放送局にとってのADVODサービスとは?~TVerエンジニア座談会(前編)<Screens×放送局技術シリーズ第一弾>
テレビ業界ジャーナリスト 長谷川朋子
放送局の技術トレンドに迫る「Screens×放送局技術」シリーズは現場の最前線で活躍するエンジニア達の生の声を聞き、放送技術の可能性を探るもの。第一弾となる今回は「ADVOD」をテーマに送る。動画配信市場の成長と共に今や、各放送局がADVODやSVODなど独自の配信サービスを提供している。なかでもADVODをけん引する見逃し配信サービス「TVer」は民放5局が共同でスタートし、取り組むものである。そこで、各局のADVODとTVerの配信技術に携わる5人のエンジニアを招き、配信サービスの価値や放送技術と配信技術の違いなど、技術者の視点から意見を交換してもらった。
■ADVODサービスの意義を技術者目線で考える
放送局のADVODサービスに携わる技術者を代表し、「Screens×放送局技術」第一回座談会に日本テレビICT戦略本部 穗坂怜氏、テレビ朝日IoTVセンター 小林剛氏、TBSテレビ技術局配信技術部 黒河内洋史氏、テレビ東京コミュニケーションズ動画・データビジネス部 段野祐一郎氏、フジテレビ技術局IT推進センター 松村健人氏の計5氏が参加した。互いに日頃から顔を合わせている面々でもある。週一ペースで開かれているTVerシステム開発会議の参加メンバーでもあるからだ。座談会の進行役は同じくシステム開発会議に参加するTVerを運営するプレゼントキャストの一枝悟史氏が務めた。
5氏はそれぞれ所属する放送局でこれまでどのような技術に携わってきたのか。まずは自己紹介を兼ねて答えてもらった。
日テレ・穗坂氏:技術職採用で2007年に入社しました。現在12年目です。放送技術からキャリアがスタートし、回線センターや番組送出部門、設備戦略担当などを経て、2015年6月にインターネット配信に関する部門に異動し、放送と配信のシステム連携や地上波番組のライブ配信などに携わりました。現在はADVODを含む配信技術全体を担当しています。
テレ朝・小林氏:2012年入社の7年目です。当初からインターネット配信技術に携わり、TVerは立ち上げから参画しています。これまで担当したのは番組公式サイトのインフラ周りや「テレ朝動画」で配信されている「新日本プロレスワールド」の技術など。現在は2018年11月1日に設立された新組織IoTVセンターに在籍し、動画技術全体について担当しています。
TBS・黒河内氏:動画配信事業会社から転職し、2016年に中途入社しました。「TBSオンデマンド」のリニューアル担当やParavi立ち上げなどを経て、現在は同時配信の基礎となる配信基盤の検討やTBSFREEとTVerの配信技術に携わっています。
テレ東コム・段野氏:技術職採用で2007年にテレビ東京に入社し、穗坂さんと同じ12年目です。情報システム部門に配属された後、異動した番組制作部門ではカメラマンを担当しました。2015年以降はADVODの立ち上げなど配信技術に携わっています。
フジ・松村氏:2017年に入社し、2年目です。制作技術の部署から、2018年5月に配信技術推進部に異動になり、ADVODなどの配信業務に携わるようになりました。主に「FOD」や同時配信の検証を担当しています。
入社年数からバックグラウンドまでそれぞれ異なるキャリアを持つ5氏だが、共通項にあるのがADVOD配信技術である。業務にあたるなか、ADVOD配信サービスそのものについてどのように捉えているのだろうか。
進行役のプレゼントキャスト・一枝氏が「テレビCMで稼ぐビジネスモデルを生業としてきた民放局が、配信においても広告で稼ぐ手段としてADVOD配信サービスに取り組んでいると定義します。技術者視点からこのADVODの配信サービスに取り組む意義について、どのように考えていますか」と尋ねると、段野氏がこれに答えた。
テレ東コム・段野氏:テレビの最大の価値は、ニュース、スポーツ、お笑い、音楽などありとあらゆるエンターテインメントを無料で届けることにあると思います。かつてはお茶の間で家族がそろってテレビを見て楽しめるものでしたが、様々なデバイスの普及や技術革新によるライフスタイルの変化によって、ユーザーの視聴スタイルが変化し、今はテレビ以外のデバイスでの視聴ニーズが増えています。放送局自身もこの変化を実感し、テレビ以外のデバイスにもコンテンツを届ける必要があると考えており、動画配信にも力を入れ始めているところです。今は、デバイスとしてはスマホに注力していますが、将来的にはヘッドマウントディスプレイやスマートグラスにもコンテンツを届けることが求められていくのかもしれません。時代とともに変化する視聴環境に技術としてどのようにコンテンツを届けることができるのか、そんなことも考えています。
続いて、配信技術からキャリアをスタートさせている小林氏と黒河内氏も意見を述べた。
テレ朝・小林氏:テレビは広くあまねくコンテンツを届けることが使命にありますから、今、世の中に普及しているスマホやパソコンなどテレビ以外のデバイスに対してもコンテンツを届けることが求められています。その方法として、配信で届けていると捉えています。とは言え、民放局としては収支を成り立たせる必要もあります。
TBS・黒河内氏:いつでもどこもでもコンテンツを視聴したいというユーザーのニーズに対して、違法配信でなく、安心かつ安全にテレビコンテンツ楽しんでもらうための環境整備こそ、放送局が取り組むTVerの意義だと思っています。基盤を支える意味で日々努力しています。
■これまでテレビ局が経験してこなかったコスト感覚
ここで、配信技術と放送技術の違いについても、それぞれの立場から考えを聞いた。
TBS黒河内氏:ブロードキャストとユニキャストの違いがあります。放送はブロードキャストですから、何人視聴しようがコストは同じです。一方、現状の配信はユニキャストが主流ですから、コストに敏感にならざるを得ません。今後、技術革新によって配信でもブロードキャストが主流になる時代が来れば、マルチキャストなどもみえてくるでしょう。ただし、個人的には配信のビジネス規模で放送と同じクオリティを担保することは非常に難しいと感じているところです。
配信技術のプロフェッショナルである黒河内氏ならではの現実的な指摘とも言える。放送畑から歩んできた穗坂氏もこのコスト面の違いに同意し、補足した。
日テレ・穗坂氏:私も黒河内さんと考え方は近い。これまでのテレビ局はスカイツリーの送信設備やスタジオ設備など放送するための設備を構築する際、初期コストにかかる減価償却とその保守費などのランニングコストを考えれば、その先の費用はある程度見通すことができました。視聴者が増えても減っても費用が変わらないためです。視聴者が増えれば増えるほどコストがかかるビジネスをテレビ局はこれまで経験しておらず、こうしたコスト感覚そのものに大きな違いがあります。また、放送は緊急災害時を含めて必要な情報をあまねく届ける高い公共性を持っているため、システムにも信頼性が求められています。この点も配信と大きく異なる点です。
また配信エンジニアはこれまでの放送エンジニアとは求められるものに違いがあるようである。
フジ・松村氏:そもそも、テレビ局に入社した理由は番組づくりに携わりたかったから。テレビ局にとって番組を作ることは一番大きい仕事だからです。そういう意味でも、今の時代はTikTokなど個人も発信でき、一般の方が動画配信をしているのだから、番組づくりのプロが配信しないのは正しくない、やるべきだと思っています。テレビ局のエンジニアとして今後やっていきたいことは、プロならプロらしく、インフラを含めてゼロから作っていくこと。単純にコンテンツを流すだけでなく、仕組みを考え、学んでいきたいと思っているところです。
テレ東コム・段野氏:ゼロから視聴環境を作ることは、今いる放送局のエンジニア全員にとっても未知の領域です。これまでは仕組みがもう出来上がっていました。放送技術エンジニアの責任範囲はスカイツリーにコンテンツを届けるところまででした。それが今は、インフラ部分から作っていく必要があり、受像機もユーザー体験を意識して作らなければいけない。一方、放送と違い配信は視聴されればされるほど配信するためのコストもかかるから、どれぐらいの画質だったらビジネスとして成立するのか、そんなことも考えていく必要があります。またユーザーの通信環境がよくなるにつれて、ビットレートを上げていくべきかなど、時代の流れに合わせて技術や品質選定もする必要があります。つまり、送出からユーザー環境まで広がっただけでなく、元から先まで、インフラからオペレーションまで、そしてビジネスを含めたトータルの知識と多角的な視点がエンジニアに求められている時代であると思っています。
テレ朝・小林氏:本当にそう思います。放送は規格が決められているものですから、基本的には変わらない技術です。でも、配信は規格さえ変わってしまうもの。新しい技術も一年経てば古い技術になりかねない。だから、日々キャッチアップしていく必要があります。その辺りにも放送と配信のエンジニアの違いがあると思い、私も意識しています。
ADVODサービスを担当する放送局のエンジニア達は今、放送技術とは対照的な面も多い配信技術に対して課題を抱えながらも日々向き合っていることが、これまでの話からわかった。さらに、座談会に参加した5氏のもうひとつの共通項である「TVer」を共同で取り組む意義についても技術者の視点から率直な意見を聞きたいところだ。後編に続く。