民放5局が共同で取り組む配信技術~TVerエンジニア座談会(後編)<Screens×放送局技術シリーズ第一弾>
テレビ業界ジャーナリスト 長谷川朋子
放送局の技術トレンドに迫る「Screens×放送局技術」シリーズは現場の最前線で活躍するエンジニア達の生の声を聞き、放送技術の可能性を探るもの。第一弾となる今回は「ADVOD」をテーマに送る。前編に続いて、民放キー5局の日本テレビ、テレビ朝日、TBS、テレビ東京、フジテレビから5人のエンジニアが参加した座談会の模様をお伝えする。自局におけるADVOD開発や5局共同で取り組む見逃し配信サービス「TVer」の配信技術の可能性を現場のエンジニアはどのように見据えているのだろうか。
■技術に対する必要性と重要性が高まっている
「Screens×放送局技術」第一回座談会に参加したメンバーは入社2年目から12年目まで、社歴やキャリアも異なるが、現在それぞれADVODの配信技術に携わる放送局のエンジニア達である。日本テレビICT戦略本部 穗坂怜氏、テレビ朝日IoTVセンター小林剛氏、TBSテレビ技術局配信技術部黒河内洋史氏、テレビ東京コミュニケーションズ動画・データビジネス部段野祐一郎氏、フジテレビ技術局IT推進センター松村健人氏の計5氏に集まってもらい、進行役は引き続きプレゼントキャストの一枝悟史氏が務めた。
新たな技術を開発していくことは配信に関わる5氏にとって、日々の業務のなかで共通の課題でもある。
一枝氏が「最近、チャレンジングだった開発体験があれば、是非教えてください」と尋ねると、テレビ東京で番組制作部門に所属経験がある段野氏が口火を切った。
テレ東コム・段野氏:私はこれまで、柔道のマルチアングル配信や、卓球中継ではリアルタイムでプレイヤーの打球をトラッキングしてデータ表示させる動画配信システムにトライしました。放送では実現できない視聴体験を配信でチャレンジしています。今後も多様なデバイスやインタラクティブ性など通信の特長を活かした視聴体験を追求していきたいと考えています。それはテレビ業界以外でもできますが、テレビ局の強みであるリーチ力と影響力のあるアセットを利用し、多くの人に届けることができるのはテレビ業界にしかできないことなので、そのようなことに興味や共感をしてもらえるエンジニアが業界内に増えれば、テレビは今よりもっと面白いものになっていくのではないか、と期待しています。
続いて、2018年11月1日にテレビ朝日に設立されたばかりの新組織IoTVセンターに在籍する小林氏が社内における配信技術の役割について説明した。
テレ朝・小林氏:3、4年後にどのようなビジネスモデルが必要になるのかを考えるのがIoTVセンターの役割です。その中で、配信は重要ファクターを担っています。実際に熱く議論を重ねていますが、具体的なところが見つからないのはどの局も同じだと思います。まさに模索中。日本テレビではどうですか?
小林氏の質問を受けて、2018年6月に新設されたICT戦略本部に所属する穗坂氏がこれに答えた。
日テレ・穗坂氏:情報通信技術を活用しつつ、地上波を使った放送と並ぶ会社の柱となるような事業を生み出すことをICT戦略本部では日々考えています。ICTつまり「情報通信技術」が組織名に入っていますが、技術を経営ファクターのひとつとして考える意識の表れだと考えています。技術に携わってきた私としては嬉しく感じた一方で、身の引き締まる思いがしました。GAFA(Google、Apple、Facebook、Amazon)に代表されるような高い技術力を持ったIT産業の企業は、多くの経営資源を技術に投下しています。もちろん同じ土俵ではありませんが、技術に対する必要性と重要性が高まっていることは間違いありません。すぐに結果が出るものではありませんが、テクノロジーが経営に直結する提案ができる場が作られたことを前向きに捉えています。自分のやりたいことをチャレンジできる環境なので、社内で若い人をリクルーティングしています。
この日本テレビやテレビ朝日の新組織の在り方について「風通しがいい」「同じような環境にあると思う」「うちはまだまだ」などといった感想も出るなか、フジテレビでFODの配信技術を担当する入社2年目の松村氏から働く環境について率直な言葉も聞けた。
フジ・松村氏:配信技術の部署に配属された時、空気の違いに衝撃を受けました。テレビ局の技術は体育会系のイメージが強かったのですが、ITベンチャーのようなノリを感じたからです。自分次第で色々なことに挑戦できるが、自分から探さないと仕事がないという環境が広がっていました。制作技術の部署は番組をベースに1日のタイムスケジュールが決まりますが、配信技術の部署は、FODや同時配信など決まった業務はありつつも、自分がやりたいことにすぐ取り組める環境に恵まれています。働き方も自由度が高いように感じます。
■競争領域がありながらも、協調領域で業界全体の底上げに
前編でも説明した通り、今回の座談会にメンバーは週一ペースで開かれているTVerシステム開発会議にも参加し、同じ課題に取り組んでいる。ここで一枝氏は「キャッチアップ全体市場における技術的課題に対して5局が共に話し合う場が作られているなか、改めて感じている意義などについて、最後にお一人ずつ意見を伺わせてください」と投げかけると、立ち上げから携わっている小林氏と段野氏から順に述べられていった。
テレ朝・小林氏:AmazonやNetflix、YouTubeなど強力な外資系の配信サービスがあるなかで、1社ががんばってもどうしてもそこには勝てないと感じている面があります。だから、各局が協力し、ひとつのサービスに取り組むTVerは競争力のあるサービスであると思っています。それぞれの局が同じように技術的に抱えている懸念や課題があるので、それを共に検討できる場にもなっています。競争の領域もありますが、協調できるところを一緒に相談し、解決していく方向に持っていけることに意義を感じています。
テレ東コム・段野氏:技術領域は、戦略の違いによる差異はあるものの、基本的に協調領域であると考えています。TVerシステム開発会議において技術者同士の横の繋がりを作ることによって、知見を共有してテレビ業界の配信全体をよりよいものにしていく、というミッションは実現できていると実感しています。テレビの動画配信事業はTVerの成功なくしては成り立たなくなってきているほどTVerの存在は大きくなってきています。技術の面から放送業界全体の成長に貢献できていることに、やりがいを感じています。
TBS・黒河内氏:皆さんのおっしゃる通りです。各局が配信サービスを展開しているわけですが、ひとつのリモコン、ひとつのデバイス、ひとつのアプリなどに集約され、全局のコンテンツを視聴できることはユーザーにとってもメリットがあるものです。我々技術者は利用するユーザーのニーズを具現化していくべきであり、それを模索する場になっているのかと思います。先ほどから話に出ている協調領域と競争領域については、困っているところは協調し、アドテクノロジーは競争していくべきだと思っています。そして、根幹のテクノロジーについては5局合わせて、パートナーに元気玉をぶつけるとか、TVerを通じてできることもあると思っています。
日テレ・穗坂氏:日本テレビも地上波番組の見逃し配信(キャッチアップ)サービスを2014年に始めた当初から、1社だけでは成功しないと考えていたと聞いています。皆さんのおっしゃる通り、キャッチアップ市場の拡大と成長は5局の協調と競争の結果だと捉えています。放送技術の現場でも同様に局の垣根を超えて情報共有する場がありますが、TVerの場合はビジネス面でも一緒に取り組んでいるところが真剣度の表れかと、新参者なりにみていました。技術的なことでここにいらっしゃるメンバーに教えてもらうこと、学ぶことは非常に多く、共通の目標・課題を持つ仲間がいることをとても有難く思っています。日本テレビとしても成長しながら、一緒にTVerを技術面から盛り上げていければと考えています。
フジ・松村氏:TVerはひとつのチャンネルに5局の番組が並んでいる状態ですから、これまでテレビでは考えられないことでした。5局が協力して一緒にやっていかないと、動画配信の海を乗り越えられません。共に取り組むことができることはやりがいのあることだと思っています。
成熟した放送技術とは相反し、配信は技術面でもビジネス面においても成長の過程にある。テレビ局がこれまで経験していない課題も多いが、競争と協調領域のバランスを保ちながら経験を積み上げていくことは、業界が得意とするところでもある。世界的にも先を行く日本の放送技術がそれを既に証明している。TVerをはじめとするADVODサービスにおいて日々チャレンジを繰り返すエンジニア達の意見交換からそんな可能性も感じ取れた。