株式会社電通 代表取締役社長執行役員 五十嵐 博氏

08 DEC

DXで繋がる消費者・メディア・コンテンツの未来〜「VR FORUM 2020」基調講演レポート

編集部 2020/12/8 08:00

ビデオリサーチ主催のカンファレンス「VR FORUM 2020」が、2020年11月17日(火)にオンライン開催された。「メディアの新しい価値を見逃すな。」というテーマを掲げ、様々な講演が展開。今回は、その中から株式会社電通 代表取締役社長執行役員 五十嵐 博氏による基調講演の模様をレポートする。

「コロナ禍で人との物理的な繋がりも制限されるなかでも、人気コンテンツがあれば、それを通じて人々は繋がることができる」と五十嵐氏。コンテンツ接触の前後段階もふくめて顧客体験を創出する「オーディエンスジャーニー」の考えを示しつつ、その実現手段としてのDXのあり方を探る内容となった。

■コロナ禍の“新しい日常”で消費者のメディア意識が大きく変化

冒頭、五十嵐氏は、電通がコロナ禍以降より定点的に実施している「電通コロナ禍ディープ・インサイト調査」から、コロナ禍突入直後の4月16日と直近の10月1日のデータを比較した。

 

 

これによると、「新生活スタイルを試行錯誤する」との回答が28.3%→34.0%と大きく上昇。「テレビやネットなどで接する情報はそのまま鵜呑みにせず、自分で情報収集をして判断するようにする」という回答も、8月から10月にかけて57.7%→62.5%→63.8%と漸増していることがわかったという。

五十嵐氏は「“新しい日常”に向けて消費者たちが実際に行動を起こし始めており、メディアに対する向き合い方も変化している」と指摘。さらに同調査では、「家族との絆や家族と過ごす時間をより大事にするようになった」という回答が58.2%→64.3%、「人生を自分らしく思う存分楽しみたいという気持ちが強まった」という回答が53.3%→59.2%と、いずれもコロナ禍を通じて上昇していることも明らかにされた。

■「強力なコンテンツを中心に、人々がつながっていく」時代

「力強いコンテンツは、コロナ禍においても人々を強く惹きつけ、繋いだ」と五十嵐氏は、コロナ禍におけるヒットコンテンツの事例としてテレビドラマ『半沢直樹』、映画版も公開されたテレビアニメ『鬼滅の刃』を紹介。

1分以上のリーチという尺度で見た場合、『半沢直樹』は累計で7,408万人、『鬼滅の刃』は4,916万人に達しており、『半沢直樹』については9月27日の最終回放送中、43万件ものツイート数を記録。「コロナ禍で人との物理的な繋がりも制限されるなかでも、人気コンテンツがあれば、それを通じて人々は繋がることができる」と五十嵐氏。

続いて、「コンテンツを視聴する場所は多様化してきている」と、YouTube・TVer・radikoといったメディアプラットフォームの利用者が急増している実態についても解説。

「メディアのDXというと、あくまで一人ひとりの視聴者が各自の好きなときに好きなものを見る、という視点になりがち」と、その見方を注意したうえで、これらの調査結果が「強力なコンテンツを中心に、人々が大きくつながっていく」という流れを証明するものであると強調した。

■コンテンツを軸にした「コミュニティ」でファン同士が盛り上がる

五十嵐氏は『鬼滅の刃』のファンたちの行動を例に、「感想をSNSで感想をつぶやいたり、購入したグッズを投稿する」「Instagramで好きなキャラの画を描いたり、コスプレを披露する」「主題歌のダンスをYouTubeやTikTokで発信する」など、コンテンツを起点とした行動によって、身の回りやネット上の人々とのつながりを作った人のあいだで「コミュニティ」が生まれていると定義する。

また、アーティストの米津玄師は、オンラインゲーム「Fortnite(フォートナイト)」の仮想空間を“会場”としてライブを開催。世界中から50万人の参加者を集めた。「人同士がコミュニケーションを取りやすく盛り上がりやすい場所であれば、既存の枠組みに全くとらわれず、それが実現できるメディアが選ばれている」(五十嵐氏)

■コンテンツ接触の前後ふくめ顧客体験を醸成する「オーディエンスジャーニー」

「人々が繋がりを持てるようになれば、コンテンツ視聴の前後にさまざまな行動をする」と五十嵐氏。近年定着してきたカスタマージャーニーの考えをベースに、コンテンツへの接触時はもとより、その前後においても顧客体験を醸成していく「オーディエンスジャーニー」を提唱。「視聴者は、自分の得たい情報の種類によってメディアを横断している。メディアの枠を超え、メディアニュートラル、デバイスフリーで考えることが重要」であると述べた。

「コミュニティを形成するオーディエンスジャーニーに働きかけることを通じて、メディアの価値は再定義される」と五十嵐氏。DX(デジタル・トランスフォーメーション)を活用することで、メディア単独では繋ぎ止めることができない視聴者を大きくつなぎ、コンテンツを軸としたコミュニティを大きく育てていくことが重要だと語った。

■視聴者コミュニティの価値を高める”3つのアプローチ”

その後五十嵐氏は、コンテンツを軸としたコミュニティを作り、価値を高めていくためのアプローチを提言。以下の3項目について、それぞれメディアや広告主とともに実現を目指していきたいと語った。

①コミュニティの質を可視化する

「コンテンツを通じて形成されるコミュニティの価値が高まるのは、コミュニティが大切にする価値観に、広告主のブランドの価値感がぴったり合致するとき」と五十嵐氏。

電通で使用されている視聴者プロファイリングツール「People Profiler」の画面を挙げながら、視聴者の性別・年代をはじめ、興味関心や「いまお金をかけているもの」など、様々な角度からコミュニティの質的な特徴を定量化することで「コミュニティが広告主のどのブランドと共鳴できるかを探るべき」と語った。

②ブランドもコミュニティの一員となる

「ブランドがコミュニティに参加するためには、ブランド自らが、コミュニティの大切にする価値観を『尊重している』と表明することが重要」と五十嵐氏。

ブランド側もコミュニティにいる他の参加者と同じ視点でコンテンツを愛し、そのうえでイベントやキャンペーン、コラボコンテンツ制作などを通じ、コミュニティの中で関係性を強めていくことが重要だと語った。

③コンテンツの“深さ”を計測する

従来の視聴率に代表されるような「コンテンツを見ている人の量」の指標、さらに視聴者のプロファイリングを通じて得られる「視聴者の質」の指標に加え、「コンテンツがどれだけ人を動かしたのか、その深さを測る指標を作ることはできないだろうか」と五十嵐氏。

コンテンツが見られている頻度や、視聴後オンライン上での行動につながった数、関連広告への反応率など、コンテンツを起点にした具体的な行動の度合いについて「まだ十分な可視化ができていない」と現状を語りつつ、「DXが進むことによって、こうしたコンテンツの“深さ”も計測できるようになっていくだろう」と展望を語った。

■一度作り上げたコミュニティは、必ず顧客資産になる

「従来のメディアコンテンツ作りは、1回あたりの合計視聴者の数を最大化するものだった」と五十嵐氏。

これからは継続的に視聴者の質や深さ、そしてつながりを通じて高める「メディアコミュニティ」が“資産”として重要になっていくといい、これを実現するためには「入念に練られた戦略」「既存の枠組み、枠組みにとらわれない思想」「粘り強く時間をかけて大きくしていく忍耐」の3つが欠かせないと提言した。

「一度作り上げたコミュニティは、必ず顧客資産になる」と五十嵐氏。メディアコミュニティは「メディアのみなさまにとっても、広告主のみなさまにとっても、顧客との関係性を強固にする基盤になる」と語り、講演を締めくくった。