大規模スポーツメディアイベントの革新と小規模スポーツメディアイベントの可能性~Inter BEE「スポーツライブ配信のポジションセッティング」レポート
編集部
2017年11月15日~17日に幕張メッセ(千葉市美浜区)で、音と映像のプロフェッショナル展「Inter BEE 2017」が開催された。3日間で過去最多となる出展者数1,139社・団体と38,083名の登録来場者数を記録するなど、今年も大きな盛り上がりを見せていた。本項では平昌(ピョンチャン)オリンピック、そして、きたるべき東京オリンピックと、日本と時差のない大会が続くが、そんな相次ぐビッグイベントを控えて熱視線を集めた企画セッション「スポーツライブ配信のポジションセッティング~ニッチコンテンツからピョンチャンまで~」をレポートする。
(モデレータ)
・岩田 淳 氏
株式会社テレビ朝日 経営戦略局 経営戦略部 渉外担当部長
(パネリスト)
・須澤 壮太 氏
一般社団法人リコネクトテレビジョン 代表理事
・佐野 徹 氏
日本テレビ放送網株式会社 スポーツ局 担当部次長 兼
スポーツ事業推進部 プロデューサー
■スポーツ中継はリアル視聴に向いたコンテンツ
まずは、モデレータを務めた株式会社テレビ朝日の岩田淳氏により、スポーツ中継とリアル視聴の関係性を示すことからスタート。
テレビ離れが叫ばれている状況のなか、スポーツやニュースはテレビによるリアル視聴に向いているコンテンツだとされている。「運動会ではビデオ撮影が花盛り。しかし、かつては写真だったもののが、今は動画になっています。また、リプレイで見直すだけではなく、可能なら動画を発信したいという気運の強まりも感じます」と述べ、スポーツの動画視聴やライブ配信への関心の高まりを説明した。
続いて、スポーツのリアル視聴について「近年、テレビでは放送されないスポーツ中継をライブ配信で取り組まれている会社の一つ」として、登壇者の一般社団法人リコネクトテレビジョン(rtv)の須澤壮太氏を紹介した。
■ローカルスポーツのライブ配信に取り組むrtv
須澤氏によると、rtvの事業ドメインとは「ローカルスポーツを中心に、ライブ配信を軸としたメディア展開やコンテンツマーケティングを通して、スポーツと地域文化の発展を目指す」とのことだ。
その言葉の通り、rtvはアメリカンフットボールの競技団体とともに展開するメディア「アメフトライブ by rtv」の運営や、スポーツ競技団体、テレビ局やスポーツ用品メーカーなどのライブ配信の企画・制作・SNSマーケティングを行い、スポーツや地域文化の発展を支える事業を進めている。
同社のスポーツ事業における展開方法は「スポーツ競技団体+rtvの協業」あるいは「スポーツ競技団体+テレビ局+rtvの協業」となり、これらのミッションは「コアなファンの開拓→マネタイズの施策→動画マーケティング→競技の発展」だという。さらに、「テレビ局(スポーツ用品メーカー)+rtvの受託」というケースもあり、この場合のミッションは「地上波放送・商品プロモーションへの導線作り」となる。
rtvの中継体制の特徴として挙げられるのは、テレビ放送の制作をドメインとしない「ローカルスポーツライブ配信を実現するネット特化型のスポーツ制作技術」を持っていることだ。
「カメラはデジ(小型業務用カメラ)を使い通常は3台程度。中継スペースは長机2本分ほどの場所に音声、ディレクター兼スイッチャー、CG担当、スロー担当、配信担当が並ぶくらいの規模感でネット配信を行います」(須澤氏)
このような小規模の体制でありながら、rtvはネットライブ配信で多くの実績を残し、マネタイズを通じてローカル・マイナースポーツの発展にも寄与している。
■「史上最大のデジタル展開」を実施した日テレ
続けて、日本テレビ放送網株式会社(日テレ)の佐野徹氏は、バレーボールのワールドグランドチャンピオンズカップ2017(グラチャンバレー2017)の中継体制を紹介。同局のスポーツ配信への取り組みについて語った。
「グラチャンバレー2017では、『史上最大のデジタル展開』を実施しました。テレビ放送とネット配信が同時に行われているということが前提となるスポーツ中継です」と佐野氏は紹介した。
同大会は地上波だけでなく、日テレが所有する有料動画配信サービス「Hulu」にて同時中継された。また、「Hulu」では4つのマルチアングルのカメラから中継された映像を配信。特定の選手を追いかける映像のほか、初の試みとなるコートのネットに仕込まれたカメラによる迫力満点のアングルを選択することもできた。
「Huluは有料ですから、テレビよりもプレミアム感が必要だと考えたのです」と佐野氏は語る。さらに試合冒頭をtwitterで配信するなど、無料同時配信の試みも行った。その結果、無料配信がテレビへの誘導につながり、特にF1、M1層の視聴率が上がったという。
テレビとネットの同時配信に向けた議論は現在も各所で行われている。佐野氏はこの結果を踏まえて、「スポーツのライブ配信、同時配信のノウハウを貯めまくっております」と力を込めた。
■ピョンチャン・東京オリンピックに向けたそれぞれの取り組み
今後のスポーツ中継や配信において大きな動きがあると考えられるのがオリンピック中継だ。セッションの後半からは、そのオリンピック中継に焦点を絞ったレポートが佐野氏によって発表された。
「gorin.jp」は2008年の北京オリンピックから動画配信をスタート。夏季・冬季を含めた過去5大会の各種サイト制作と運用に携わっている。前回のリオデジャネイロオリンピックでは、PV数が5,593万、UU数が1,240万、動画再生数は2,700万回に上ったという。
日本にとっては地球の裏側に位置するリオデジャネイロだが、オリンピック期間中は、世間の注目を集め、アクセスも膨大であった。しかし、日本と時差のない大会となるピョンチャンと東京はテレビ放送やネット配信にとってさらに重要な大会になると考えられている。
佐野氏はリオデジャネイロオリンピックを1時間の時差で経験したアメリカの例を取り上げ、今後の視聴動向の予測を示した。
「NBCが中継したリオデジャネイロオリンピックではテレビ視聴率が下がりました。しかし、同局は歴史上最も成功したメディアイベントであったと発表しています。それは、PCサイトやアプリを通じて全競技でライブ、録画、ハイライトを提供し、視聴UU数が1億人と、前回比29%増になったことから分かります」(佐野氏)
メディア大国のアメリカの場合は並ぶ数字も桁違いになるが、ピョンチャンと東京のオリンピックにおいても「かなりの注目と資金が日本のスポーツ中継や配信に集まることは間違いない」と語尾を強めた。
このような大規模な取り組みに対して、rtvの須澤氏は「ここを目指したいという気持ちもあり、一緒にできることもあると思いますが、まずはローカルスポーツ中継の数を増やし、発展の力になっていければ」と自らの立場と方向性にブレがないことを強調した。
モデレータの岩田氏は「今回は立場が両極の人に来ていただきましたが、この両方の立場の人が、それぞれより活発になっていくことを期待しています」と述べ、セッションを締めくくった。
従来のテレビ放送だけではなくインターネットの世界も巻き込んだテレビ局による大規模な取り組みは、東京オリンピックという一大イベントに向けてクライマックスを迎えつつある。一方で、東京オリンピックという近年最大のメディアイベントが迫るということは、「ポスト東京オリンピック」時代の足音が近づいていることでもあり、「次の次」を見据えた議論をそろそろ用意する必要があるだろう。そして、「次の次」時代のスポーツ中継の全体図を考察するにあたって、rtvの「ローカルかつ小規模な中継」の成功は注視に値するのではないだろうか。