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「発想の具現化」が見たことのない景色を作る! フジテレビ『99人の壁』リモート収録の舞台裏~担当者インタビュー

編集部 2020/11/27 09:00

日常業務の中から生まれた身近なアイデアから、独自の技術開発や研究までを対象とするFNSのテクニカルフェア「あんたが大賞」。系列22社から34件の応募があったなか、今年はフジテレビの“『超逆境クイズバトル!! 99人の壁』リモート収録システムの開発”が金賞を受賞した。

『99人の壁』は、さまざまな分野で卓越した知識を持つ100人が集結し、センターステージに立つ1人の回答者と、それを食い止める99人の「ブロッカー」に分かれて早押しバトルを繰り広げるクイズ番組。これまでスタジオに参加者全員を集めて収録が行われてきたが、新型コロナウイルス感染拡大を受け「安全が確保できない」として、一時収録を休止。その後、「100人が同時に対決する」というコンセプトを損なわずにリモートでの番組進行を可能にするシステムを独自に開発し、収録再開にこぎつけた。

密集・密閉・密接の“3密”を避けながら100人が一斉に対決する、という大きな課題を、技術の力でどのように解決したのか。新しい仕組みによって見えた、コロナ禍における新たな番組収録のかたちとは──。

プロジェクトマネージャーを務めるフジテレビ デジタルコンテンツ部の上田容一郎氏、プログラマーを務める若狭正生氏、そして番組の総合演出を務める、同第二制作室の千葉悠矢氏に話を聞いた。

『超逆境クイズバトル!! 99人の壁』司会を務める佐藤二朗さん

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■100人集まるコンセプトの番組が「100人集められなくなった」日

──プロジェクト立ち上げの経緯を教えて下さい。

フジテレビ デジタルコンテンツ部 上田容一郎氏

上田氏きっかけは、旧知の仲であった『99人の壁』の竹岡直弘プロデューサーから受けた、一本の電話からでした。「このコロナ禍でスタジオに人を集められなくなり、すごく困っている。なんとかならないだろうか」と。

当時私は音楽番組のカメラマンからデジタルコンテンツ部に異動したばかりで、バラエティ番組の経験もあまりなかったのですが、『99人の壁』という“そのものズバリ”なタイトルからして、「番組の根幹を揺るがす事態なのだ」ということは想像に難くありませんでした。

部内には若狭さんをはじめ優秀なエンジニアが在籍していたので、「これは何かできるんじゃないか」と相談したところ「いけそうだ」と好感触だったので、総合演出を担当する千葉さんに提案するかたちでプロジェクトが始動しました。

──システムの提案を受けたとき、千葉さんはどのように思いましたか?

番組の総合演出、同第二制作室 千葉悠矢氏

千葉氏そもそも番組収録がストップしてしまっているという状況だったので、どんなかたちでもいいから早く再開させなければ、という思いがありました。話をいただいた当時は、まだZOOMもあまり浸透しておらず、私自身「リモート会議ってどういうことだ?」というような状態だったのですが、「この仕組みならソーシャルディスタンスのうえでも大丈夫そうだ」と聞いて、そうか、この方法なら番組収録ができるのかと。

100人を同時にリモートでつなぐというのはまだ誰もやったことがないだろうな、とも思いましたし、これが実現すればかなりのエポックメイキングではないかと感じました。

■G20サミットでも使用された会議システムで、スタジオへの集結を“再現”

──開発にあたり、千葉さんからはどんなことをリクエストしましたか?

千葉氏とにかくタイムラグが発生しない仕組みを、ということはお願いしていましたが、それ以外の細かな仕様については「番組が成立すればどんなかたちでも構わない」と考えていました。

番組では東西南北の4方向に25人ずつブロッカーが座って「壁」をつくり、センターステージをぐるっと囲みます。各方向ごとに25人の顔がちゃんと25分割で全員表示され、お互いの声がごちゃごちゃと混じってしまうような状態にさえならなければ、どんな仕組みであっても構いませんでした。

25分割でパネルに表示されたブロッカーのみなさん

その一方で、早押しボタンなどのタイムラグ対策については、かなりきわきわのところまでこだわり抜きました。とくに、リモートの参加者が家でボタンをポン、と押したらスタジオにボタン音が鳴り響く、という演出は絶対に入れてほしいとリクエストしました。

──開発サイドでは、千葉さんのリクエストをどのように落とし込んでいきましたか?

上田氏100人が常に映っていること、25人ずつ4面の『壁』を表現できること、スタジオにいる出演者とリモート参加者とのあいだでちゃんと早押しバトルが成立すること── この3つは開発のうえでも必須事項としました。

リモート参加者とスタジオをつなぐ仕組みについては、「25人のマルチ画面を表示できる」という条件を満たすいくつかの会議システムを検討し、そのなかでも安定性やセキュリティ面の評価が高く、今年のG20サミットでも使用実績のあったCisco Webexを採用しました。

──リモート参加者もスタジオにいるのと変わらないやりとりができるようになったのですね。

上田氏Webexの機能をそのまま使うだけでなく、参加者のマルチ画面をすぐに切り替えるオペレーションとすることでタイムラグ感を極力感じさせないようにするなど、スタジオでの運用面や演出面についてもいろいろ工夫をこらすことで実現できたという感じです。

■「カンマ数秒」の早押しバトルを支えたシステム設計

──早押しボタンについてはオリジナルのシステムを自社開発されたと伺いました。早押しクイズではカンマ数秒の差が勝負を大きく左右しますが、こうしたシビアな要求に対して、技術面ではどのように向き合いましたか?

プログラマー 若狭正生氏

若狭氏リモートという形態をとる以上、遅延を完全に無くすことは難しく、どうしてもある程度妥協をしなければならない部分もありましたが、「早押しクイズを成立させる」ということよりも、あくまで「『99人の壁』という番組を成立させる」ことに重きをおいて考えることにしました。サーバーや通信環境のコンディションによって回答速度にムラが生じることも想定されたため、そのようなケースも折り込みながら、できるかぎりフェアな勝負ができるよう、設計していきました。

今回、早押しボタンはWEBアプリとして構築し、Amazon Web Services(※1)上に構築したバックエンドプログラムと連携させています。

バックエンドプログラムにはサーバーレス(※3)環境のAmazon API Gateway(※2)やAWS Lambda、 Amazon DynamoDB 、Amaozn SQSなど複数のサービスを利用し、早押しボタンのWEBアプリから呼び出しがあったときだけプログラムを稼動させる仕組みにしています。エンジニアがずっと張り付いて対応したり、サーバーを24時間スタンバイ状態にしたりしておく必要がなく、きわめて低コストで効率的な運用を実現しています。

(※1)Amazon Web Services:Amazon が提供するクラウドサービス。略称AWS。

(※2)Amazon API Gateway:Amazon Web Servicesが内包するAPI(Application Programming Interface)環境。WEBアプリケーションとバックエンドプログラム間のリアルタイムな通信を仲介し、さまざまな接続規模に応じた調整を自動で行う機能も持つ。

(※3)サーバーレス:専用のサーバーを立てず、クラウドに据え付けられた処理環境を利用してプログラムを稼働させる仕組み。サーバーを24時間スタンバイさせておく必要がなく、効率的にサービスを運用できるメリットがある。

(※4)AWS Lambda:Amazon Web Servicesが内包するサーバーレス環境。独自にサーバーを持たず、直接クラウド上でプログラムを稼働させることができる。

──システム稼働にあたって、技術スタッフによる都度対応を必要としないのは画期的ですね。

若狭氏『99人の壁』では本番以外にも、参加者のみなさんとの接続や段取りを確かめる事前テストというのがあり、こうした場面でも今回の早押しボタンのシステムを稼働させる必要がありました。テストのスケジュールはきわめて流動的なため、ADさんなど制作スタッフが必要なときにいつでも現場で立ち上げられるよう、考慮して構築しました。

■リモート収録から生まれた「新たな番組展開」

──リモート収録において、苦労した点はありましたか?

千葉氏回線の不具合によってリモート参加者が「落ちる」、という問題には結構頭を悩ませました。本番中、突然25人ごっそりいなくなったり、クイズを開始した瞬間に1人がポン、と落ちたり……。ただこればかりは、参加者の方々がさまざまな通信環境で接続している以上、仕方のないことでもあったので、こうしたハプニング込みで展開を楽しめるよう、演出面を工夫しました。

──リモート参加者のみなさんからは、どんな反応がありましたか?

千葉氏遠方からの参加者の方にはとくに喜んでいただきました。これまで収録やオーディションの日に東京まで足を運べないから、という理由で参加を断念していたけれど、リモート収録となることでようやく参加できるようになった、という方が非常に多かったようです。こうしたかたちで参加の門戸をひろげることにもつなげられたのは良かったなと思います。

──参加者のみなさんは、システムの操作をスムーズにできていますか?

千葉氏パソコン画面を見ながら早押しボタンを押すだけと、きわめてシンプルにシステムを作っていただいたこともあって、幸いにも操作に関するストレスの声は聞かれませんでした。もともとこうしたインターフェースに慣れている20〜30代の方はもちろん、50〜60代の方も難なく使いこなしていただいており、参加者のみなさんにとっても非常に飲み込みやすいシステムに仕上がっているなと感じました。

──リモート収録になって以降、演出面ではどんな変化が生まれましたか?

千葉氏もっとも顕著だったのは、ボタンを押したときのタイムが正確な数字として出るようになったことですね。

これまでのスタジオ収録では、何人かが一斉にボタンが押されても「(回答権を得た人以外に)何人か押していたよね」という程度にふわっとしていたのですが、システムを導入したことで、タイム差がコンマ何秒の単位でわかるようになりました。「この人は0.2秒差で負けていた」とか、「この問題では15人がボタンを押した」というように数字の裏付けがある状態で、バトルの激しさをよりダイナミックに見せられるようになったのです。

──これはかなり大きな変化ですね!

千葉氏これまでもボタンが押された際の効果音を聞いて「みんな押しいてるなぁ」という感覚はあったのですが、リアルなデータが出たことで「こんなに押されていたんだ!」と、正直びっくりしました。

タイム情報は司会を務める佐藤二朗さんのiPadへとリアルタイムで送られ、それをもとに番組が盛り上がるという流れも生まれるようになりました。こういった演出は、まさにリモートならではだなと思いました。

司会:佐藤二朗さんと参加者のみなさん

──『99人の壁』では、回答と関係のないところで参加者が早押しボタンを押したり、センターステージに立つ佐藤さんとのあいだで“ちょっかいの出し合い”があったりと、他のクイズ番組にはない独特のやりとりが見受けられます。

千葉氏基本的に出題時以外は早押しボタンを押せないようになっているのですが、たまに押せる状態になったときに、興味本位でなのか、問題と関係のないトーク中にボタンがバーンと押される、というようなことはよくあります。ボタンがあると押したくなるという本能が人にはあるのかもしれませんね(笑) それを受けて二朗さんが「なんで押した?!」と突っ込むという。

リモート収録になってからは、参加者のみなさんにあらかじめ配っておいたフリップを掲げてもらうという形でコミュニケーションをとっているのですが、「二朗さんの学校の後輩です」「最近映画見ました」とか、二朗さんへのメッセージやアピールしたいことを掲げてくる方が出てくるようになりました。番組としてもこういうやりとりは「どんどんやってください」とOKしているので、そこから面白い展開が生まれたりしています。

■技術者が演出に“直接コミット”する

──今回「あんたが大賞」の金賞を受賞して、いかがですか?

上田氏システムの実現にいたるまでのあいだ、『99人の壁』のスタッフはもちろん、他の番組のスタッフも仕事の合間にテストを手伝ってくれるなど、担当の垣根を超えて非常に多くの方々が力を貸してくれました。開発当初は通信がなかなか安定せずに苦労したこともありましたが、文字通りみんなで力を合わせて取り組んだ成果がこうして評価されたことは、本当に嬉しく思います。

若狭氏WEB系の技術スタッフはなかなか番組本編の制作に直接携わる機会がなかったので、今回の取り組みはとても新鮮で、やっていてすごく楽しいですね。それに、今回受賞のプレスリリースが発信されましたが、その後もシステムのバージョンアップは続いています。

──まだまだ進化しているのですか! さらにどんなことが可能になったのでしょう?

若狭氏現在はチャレンジャーやブロッカーがボタンを押した際のスタジオの照明設備を連動させるためにクラウド経由でWEB上で直接リモートコントロールしていたりできるようになったほか、本番中の指示出しに使われるカンペもiPadベースでデジタル化しています。収録中に「こういうことできないかな?」と相談されたことを次の収録までに実装して投入する、というようなスピード感で、いまなお改良が進んでいるのです。

──WEBエンジニアとして、直接番組の演出にも関わるようになったのですね。

若狭氏まさかWEBエンジニアがスタジオの美術さんとやりとりをするようになるなんて、考えてもいませんでした。「照明、どうやって付けましょう?」と相談されて、「WEBとどうつなぎましょうか」と新しい仕組みを考え出し、それが番組の盛り上がりに寄与していくというスパイラルが生まれていって…… と、非常に楽しく取り組んでいったことが賞につながったというのは、すごく嬉しいですね。

──今回の取り組みは、スタジオ技術そのものの変革にもつながったのですね。

上田氏世界中にいる人のスマホをスタジオの電飾と連結させることも可能になったわけで、そう考えるとすごく面白いですよね。極端な話、照明さんが自宅からスタジオの照明をコントロールするというようなことも技術的に可能なことが、今回の取り組みで実証されたわけで。

──まさに革命ですね!

若狭氏現場の意見や要望を取り入れながら、システムはどんどん進化を続けていっています。

上田氏今回プレスリリースを発表した以降のほうが、実はもっとすごい仕掛けが詰まっているといっても良いかもしれませんね。ぜひ番組を通じて、感じ取っていただけたら嬉しいですね。

システムに対する要望も千葉さんをはじめ制作サイドから直に聞けるようになりましたし、技術スタッフも制作スタッフも一緒になって番組を進化させ続けるという流れが生まれていて、すごくいい現場だなと感じています。

千葉氏「あんたが大賞」は技術サイドの“本気の賞”だと聞いたので。上田さん、若狭さんには「おめでとうございます」という思いと、感謝の思いでいっぱいです。

■コロナという逆境を、いかに逆手に取れるか

──コロナという未曾有の事態のなか、こうした取り組みを成し遂げたことについて、みなさんはどう受け止めていますか?

フジテレビ デジタルコンテンツ部 上田容一郎氏

上田氏今回のようなリモート収録のシステムは、コロナ禍でなければ絶対に通らなかった企画だと思うのです。平常時であれば「みんなスタジオに集めればいいじゃないか」で終わってしまう。でもいまはそれができない。まさに逆境のなかでいかに知恵を絞るかというチャレンジでもあったわけです。

未曾有の事態のなか、番組チームが一丸となって力を合わせた経験は、とても大きなチャンスであると考えています。ただコロナに負けているわけにはいかないぞ、逆境だからできることもあるんだぞ、と。そうした思いを形にできたのではないかと思っています。

若狭氏今回の取り組みは、WEBという仕組みを使う以上どうしても生まれてしまう技術面な“不公平”をいかにフェアな形にしていくかという挑戦でもありました。

プログラマー 若狭正生氏

収録中に早押しボタンの通信が切れて何人かがオフラインになってしまった、という状況のときに、収録を止めて「もう一度接続してください」とちゃんと呼びかけられるかどうかは、非常に大事なポイントだと思うのです。同時に、参加者のみなさんがお互いフェアな形で参加していることをはっきりとわかるようにすることも大切でしょう。番組をちゃんと成立させながら、関わる人々がみんなハッピーであるための方法を考えていくことに、大きなやりがいを感じます。

千葉氏こうした事態において「何もできない」と泣き寝入りしてしまったら終わりだな、という思いもあるので、「できないなりに撮ってやろう」というのは、テレビ業界としては考えていかなければいけないことだと思います。

番組の総合演出、同第二制作室 千葉悠矢氏

「コロナなので番組が撮れません」と言ったら、「じゃぁ、もういいよ」となってしまうでしょう。「今日撮るから、このように工夫しよう」といかに発想できるか。逆境をいかに逆手に取って、企画や演出につなげられるかが勝負だと思うのです。

接触できない、人を集めちゃいけない── 番組作りに携わる人たちすべてがいま「お前ならどうする」という問いを常に突きつけられているなかで、今回の取り組みは「『99人の壁』としてはこう考えます」という、ひとつの“回答”でもあります。

■「発想の具現化」が、見たことのない景色を作り出す

──最後にあらためて、今後に向ける思いを聞かせてください。

上田氏技術と制作がこういうかたちでつながれたということが、やはり一番大きなことであったと思います。これは私の妄想ですが、このシステムを使えば理屈上、地球上の全員で早押しクイズができるなと。「77億人、地球上最強早押しクイズ」のような(笑)。

このシステムを使えば世界中、たとえばロックダウンなどで外出が困難な地域の方でも、家にいながらにして番組に参加するという体験を提供できるのではないかと。それこそ通信回線さえつながっていれば、宇宙飛行士のみなさんに参加していただくことだって夢ではありません。これからもこうして「まだ見たことのない仕組み」を新しく作っていけたらと思っています。

若狭氏まだまだ技術さんは技術さんの領域で、という空気があるので、今回のようにWEBの技術を活用しながら、どんどん技術者も番組作りの場へ直接関わっていけるようになればと。今回のシステム開発で“前例”が作れたので、「あぁ、『99人の壁』のような感じね」といった感じで、この流れが社内全体に波及していったらいいなと思っています。

千葉氏開発者の方々に自分たちの頭のなかの構想をぶつけ、それを受けてもらうことで夢のような仕組みが作り出せるのだと気づけたことは、とても意義深いことでした。これからも「なんだこれは!」と驚くような仕組みがフジテレビから生まれてくるのではないかとワクワクしています。

 

■『超逆境クイズバトル!!99人の壁』
毎週土曜よる7時 フジテレビ系にて放送

次回放送は 11月28日(土)よる7時より2時間SP!

『超逆境クイズバトル!! 99人の壁』公式サイト