24 JAN

「デジタルクローン」はテレビをどう変えるのか? オルツ×ビデオリサーチ 担当者インタビュー(後編)

編集部 2022/1/24 09:00

株式会社ビデオリサーチは、同社が提唱する新たな調査ソリューション「リサーチ4.0」の取り組みとして、P.A.I.(パーソナル人工知能)を開発する株式会社オルツと共同で「デジタルクローンアンケートシステム」の実証実験を進めている。第一弾の成果として、実際のアンケートモニター(回答者)の思考や行動をシミュレートし、“仮想の調査回答者”として活用する「デジタルクローン」技術の開発に成功した。

訪問調査をベースとしてきた「リサーチ1.0」、ネット調査をベースとした「リサーチ2.0」、ログ分析をベースとした「リサーチ3.0」に加え、リサーチデータを“生成”して調査するという「リサーチ4.0」。この核をなす「デジタルクローン」技術は、個々人が持つ「平均に対する“ズレ”」をモデル化することで、未知のデータに対しても実際のアンケートに近い回答をシミュレートできるという。

はたしてこれらは、テレビにどのような可能性をもたらすのか。前編に引き続き、株式会社ビデオリサーチ 企画推進局 データビジネス推進部の藤森省吾氏、株式会社オルツ副社長の米倉豪志氏に尋ねる。

■ログからは見えなかった「将来」と「意識」が見える

――前編では、リサーチデータを“生成”して調査するという「リサーチ4.0」の概念、そしてその核をなす「デジタルクローン」の仕組みについて伺いましたが、あらためて、「リサーチ3.0以前」に対する新規性を教えて下さい。

藤森氏データを集め、分析するアプローチの「リサーチ3.0以前」は、いわば「結果」を見るものであり、「将来」を見ることはできないものでした。「リサーチ4.0」は、これらを補完する非常に有効な存在になると考えています。個々人の思考をシミュレートするデジタルクローンによって、これまでの「結果」だけでなく、さらにその先の「将来」までを見ることができます。

「リサーチ3.0」で行ってきたログ調査と組み合わせれば、「行動の背景」を把握する手段としても活用できるでしょう。たとえば「商品を購入した」というアクションに対し、「一直線に決めた」のか「迷ったあげくに決めた」のか、その背景に働いた“意識”を把握するうえでも非常に有効な手段になると考えています。

ビデオリサーチ 藤森省吾氏

――「リサーチ4.0」は、これまでの調査を拡張する存在なのですね。

藤森氏これまで調査の対象とされてこなかった分野にも応用することができ、一般の方々に対しても利用の裾野が広がっていくのではないかと思います。

たとえば、Instagramに花の写真をアップしようとして、「AとB、どちらの写真が『映える』か」と悩んだとします。これまで、こうした悩みはわざわざ調査をかけるほどのことではありませんでしたが、「リサーチ4.0」の技術を応用すれば、「こちらの写真のほうがいい」と手軽に知ることができるサービスが生まれるかもしれません。

■デジタルクローンはテレビの現場をどう変える?

――「リサーチ4.0」、そしてデジタルクローンは、これからのテレビにどのような変化をもたらすのでしょうか。具体的な展望を聞かせて下さい。

藤森氏ビデオリサーチでは視聴率調査のほかに番組評価調査や、企画段階での事前調査を承ることも多いのですが、これらが実際のアンケート調査から、デジタルクローンによる調査へと置き換わっていくかもしれません。

――テーマや企画の絞り込みなど、人力では追いつかなかった膨大な数を試す事も可能となりそうですね。

藤森氏番組の立ち上げにあたっては膨大な量の企画書が作成されますが、そのすべてを調査することはなく、あらかじめ数本に絞り込まれた状態で持ち込まれることがほとんどでした。100本の企画案があったとして、実際にヒアリングの対象とされる数本以外、俎上にすら上がることがなかったのです。

しかし、デジタルクローンならば、これまで人力ベースでは対応しきれなかった量の判断を自動かつ高速に行うことが可能になります。これからは、100本の企画をまずデジタルクローンにかけて数本に絞り込み、それらを最終的に人間にヒアリングする、といったアプローチも可能となるでしょう。

――個人をシミュレートできるならば、これまで「1000本ノック」と表現されてきたような膨大なアイデアのチェック機能として活用できそうですね。

藤森氏広告の世界では1人で膨大なキャッチコピーを考え、その中からさらに膨大な時間をかけて精査すると聞きます。今後はまず最初の絞り込み段階でデジタルクローンに「聞いてみる」ことで、選ぶ手間を大幅に削減できるかもしれません。

米倉氏デジタルクローンならば、特定のコピーライターの思考そのものをシミュレーションできるので、「Aさん風のキャッチコピー」を大量に生成することができます。同時にそれを判断する側でも「Bさん風の判断」をシミュレートすることも可能です。

藤森氏「たくさん案が必要で、その中から選ばなければいけない」場合など、様々な場面でデジタルクローンの活用チャンスはあると思います。

――TVerをはじめ、テレビ局によるネット配信が盛んとなっていますが、「コンバージョンの高いサムネイル・キービジュアル」を選出するなどにも応用可能でしょうか。

藤森氏「この番組はTikTok好きの女子高校生に訴求したい」というケースがあったとして、デジタルクローンは「TikTok好きの女子高校生の思考」をシミュレーションし、「どのサムネイルがもっともクリック率が高いか」という調査手段として活用していただくことができるでしょう。細分化したターゲットに対して「最も刺さる」クリエイティブがわかるようにする、ということは、私たちもゴールとして目指しているところです。

米倉氏普遍的、平均的にもっともクリック率が上がるサムネイルを選択するということは、現状のAIでも簡単に実現できますが、デジタルクローンの場合はそこからさらに「個別」に踏み込むことができます。具体的には、ユーザーごとにもっともクリック率の高いサムネイルを選び、配信するといったアプローチも可能となります。

■AIは「普遍性」を志向し、デジタルクローンは「個別性」を志向する

――クリエイティブ生成やレコメンドの仕組みは、これまでAIの代名詞でもありました。一見すると同じようにも見えるAIとデジタルクローンですが、その“決定的な違い”は何でしょうか。

藤森氏番組の評判を判断するAIやキャッチコピーを生成するAIはすでにありますし、AIを用いて実在する芸能人の受け答えを再現するチャットボットも一時期流行しました。ただ、これらはあくまで既存のパターンを再生産する仕組みにすぎません。デジタルクローンがAIと大きく異なるのは、「未来を含めて『人間の思考』を再現できる」という点です。

米倉氏ほとんどのAIは「普遍的正確さ」がとても重視されてきました。一方、デジタルクローンは「個人的な『不正確さ』」が重視されるという点が大きな特徴です。普遍的に見て「どう考えても美しいデザイン」があったとして、「でも、自分はこちらのデザインが好きだ」と考えるのが人間というもの。それを再現するのがデジタルクローンなのです。

AIは「普遍的な“正しさ”」を生み出し、デジタルクローンは「個人ごとの“歪み”」を作り出す──。この2つが、AIとデジタルクローンの大きな違いです。

オルツ 米倉豪志氏

――人間が持つ“不合理”な面もふくめ、「その人そのもの」を再現するのがデジタルクローンなのですね。

米倉氏物事について“合理性”を求めていくのが一般的な考えですが、デジタルクローンはいわば「精度の高い“不合理性”」を作る仕組みです。

藤森氏前編のなかで挙げた「YESかNOかという質問にデジタルクローンが『わからない』と回答した」というエピソードは、まさにこれを象徴していると思います。「『はい』か『いいえ』を尋ねているのに、“その他”の答えを返してくる」ところがデジタルクローンの面白いところであり、これまでのAIにはない新しさだと思っています。

■デジタルクローンで、個人の思考は“とてつもなく”加速する

――お話を伺っていると、デジタルクローンは、「考え、行動する主体」としての「個人」のあり方そのものを大きく変える存在ともなりそうです。

米倉氏冒頭で藤森さんが挙げた、「Instagramにどちらの写真をアップするか、デジタルクローンに尋ねる」という例が本質をついているように感じました。日々研究を重ねるうえで思い至ったのが、「デジタルクローンをはじめ、これからのAI技術は個人に“とてつもない力”を与える存在になりえるのではないか」ということです。

これまでのリサーチは費用対効果の面もあり、「大規模にやらざるを得ない」ものでした。しかしデジタルクローンならば、ごくごく小規模に、「このデザイン、どちらが良いか」といった問いを「一瞬で100人に聞く」こともできるのです。

そうした意味において、これからの世界はAIやデジタルクローンによってもっと「個に力が宿る世界」になっていくと考えています。

AIやデジタルクローンを通じて、これからいろいろ体験をしたり、何ができるのかを学んでいくことによって、我々自身も「これまでの自分とは違う自分(個)」になれるのではないでしょうか。

――デジタルクローンは「個の体験」を大いに加速させる存在となりうるのですね。

米倉氏いまや、自分のクローンにキャッチコピーを100万個作らせることも可能になりました。これまでなぜそれが出来なかったかというと、フィジカルな限界があったからです。キャッチコピーを生成する能力はあるのに、自分自身でそれを一度に100万個作ることは物理的に不可能だった。しかし、デジタルクローンならば、その限界を簡単に超えることができるのです。

これからは、「自分の思考」に基づいたキャッチコピーを1時間で100万個生成し、その中から珠玉の1個を選ぶ、というように、クリエイティブのプロセスそのものが大きく変化していくことになるでしょう。

――これまで一度に1人分しかできなかった試行錯誤も、「一度に100万人分できる」ようになるのですね。

米倉氏まさにその通りです。デジタルクローンによって、個人が「もっと遠くに行ける」時代がやってくるでしょう。

藤森氏オルツさんがデジタルクローンを実現するためにAIという手段を用いているように、私たちには「放送局や広告主、広告代理店の皆さまに対してクリエイティブのお手伝いをしたい」という目標があります。今回の「リサーチ4.0」は、あくまで「お役に立つための手段」のひとつに過ぎず、リサーチそのものがゴールではありません。

そういった意味で、本当にいま悩んでいらっしゃる方々──直接クリエイティブに関わる方に限らず、編成に関わる方々などにも、どのようにしたらお役立ちができるか、という点が、目下の課題です。

プレスリリースをきっかけに、おかげさまで放送局の皆さまと直接会話させていただく機会も増えました。

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実際に細かく会話をさせていただくことによって、「このような解決方法があるのではないか」という具体的なご提案ができるかと思います。少しでもご興味をお持ちいただけましたら、ぜひご相談ください。

「デジタルクローン」がもたらす新概念「リサーチ4.0」とは? オルツ×ビデオリサーチ 担当者インタビュー(前編)