viztrick AiDi 使用イメージ
なぜ日テレ「AiDi」はNBC Sportsに採用されたのか〜放送現場発AIが300件導入された背景【前編】
編集部 2026/3/23 12:00
日本テレビが自社開発した直感的オンデバイスAIソリューション「viztrick AiDi」が、米NBC Sportsに採用された。2026年から始まる複数のライブイベント中継で使用される予定だという。スポーツ中継の映像を解析し、選手の追従やデータ表示をリアルタイムで処理するこのシステムは、番組制作の現場で生まれたAIである。なぜこの技術がアメリカのスポーツ中継の現場に届いたのか。開発を主導してきた日本テレビ海外戦略センター部次長兼技術統括局創造テクノロジー部の篠田貴之氏に聞いた。
(ジャーナリスト・長谷川朋子)
■番組制作現場の小さな課題を解決する
篠田氏は、日本テレビでスポーツ中継やスタジオ制作の現場に長く携わってきた。その経験が、「viztrick AiDi」(読み方:エイディ、以下、AiDi)を開発する出発点になったと語る。
「現場にいるからこそ見えてくる問題点というものがあります。制作側の悩みも日々耳にします。これまでも、例えば電池の残量を自動で測って分類するといったアナログな仕組みを自分たちで作ってきました。もともと開発することが好きということもあり、現場の課題を何とか解決したいという思いから始まりました」
つまりAiDiは、AI導入を目的に開発されたツールではない。番組制作の現場で繰り返し発生する小さな課題を一つずつ解決していく過程で、自然に形になっていったシステムである。
転機となったのが、2021年の東京五輪だった。国際映像には英語テロップが多く表示されるが、それを日本語に変換して表示する作業は人手では追いつかない場面が多いという。何とか解決できないと考えた篠田氏は当初、外部企業との連携を模索した。
「最初は社外に相談しました。5、6社に声をかけましたが、ほとんどがリアルタイムでは実現が難しく、放送信号に対応していないことから断られたんです」
具体的に検討が進んだ企業もあったが、提示されたコストは現実的とは言えなかった。そこで篠田氏は、自ら開発する道を選ぶ。
「東京五輪の開催が差し迫っていましたが、2カ月くらいで一気に進め、実際に使える形になりました。入社した頃から、番組制作の中で必要になったものを短期間で自分たちで作るというプロセスを大事にしてきたので、その経験が活きたのだと思います」
■放送局にとって欠かせないAIツール
AiDiという名称には、制作現場の様々な場面でアシストする存在という意味が込められている。例えばスポーツ生中継では、AI顔認証による選手名やデータの自動表示、特定選手の自動追従、自動カメラスイッチングなどを行う。操作もシンプルで、特別な知識の必要がなくてもタブレットとタッチペンだけで直感的に扱える。
さらに特徴の一つに挙げられるのが、オンデバイスで動作する点だ。クラウドに接続せず、ローカル環境だけでAI処理を行うことができる。篠田氏は「放送局にとって欠かせないポイント」だと強調する。
「AIツール自体は世の中にたくさんありますが、多くはクラウド前提です。放送局向けのコンテンツ制作に特化したAIは案外見当たらないのが現実です。制作現場では、そもそもインターネット環境がない場所も多々あり、クラウドでは対応できないケースが多いのです」
さらに生放送では、遅延が大きな問題になる。
「クラウド型の場合、動画をアップロードする段階で遅延が発生してしまう。ライブ中継ではそれだけで使える範囲がかなり限られてしまいます」
オンデバイスであれば、リアルタイム処理が可能になるだけでなく、セキュリティ面でも利点がある。
「個人情報や機密情報を扱うケースもあり、クラウドに上げず手元だけで処理できるというのは放送現場では大事なことです」
こうした特徴から、AiDiは放送現場向けに最優先に設計されたシステムであることが改めてわかる。
■海外市場で「AiDi」の性能を価値訴求
AiDiはすでに放送現場をはじめ、幅広い分野で活用されている。
「採用いただいた数は300件を超えています。自社番組内やグループ会社、ネットワーク局での活用はもちろん、世界的な大型国際イベントから一般企業での利用まで、いろんな用途で使ってもらっています」
現場で鍛えられたAiDiの強みは、NBC Sportsが求めていた要件とも重なった。従来の放送映像から特定のアスリートを自動抽出し、9:16の比率でモバイル向け配信に最適化できる技術がその一つだった。しかもライブスポーツである以上、リアルタイム性は不可欠である。
NBC Sports技術担当シニア・バイスプレジデントのティム・カナリー氏は「ライブスポーツのストリーミング配信で、アスリートを自動追従し、9:16の比率で切り出せるツールを探していました。AiDiこそがそのツールです。しかも、AiDiは遅延を最小限に抑えたリアルタイム処理を提供してくれます」と評価している。
ではなぜ、数ある選択肢の中でAiDiが選ばれたのか。篠田氏はこう語る。
「IBCやNABに製品出展すると、海外の放送関係者から『こんなシステムは他にない』という反応をいただきました。その中で、NBC Sportsとも話し合いが始まっていきました。海外市場でAiDiの性能を価値訴求できたことに加えて、現場目線で開発されたものであることが決め手になったと思います」
国際展示会への出展を通じて海外の放送関係者との接点が広がっていった背景には、日本テレビのグローバル戦略を強化したことも大きい。同社は中期経営計画2025-2027で「日テレ、開国! Gear up, go global」をスローガンに掲げ、「グローバルコンテンツ企業への変革」を打ち出している。
「コンテンツの力で、“世界”を変える。」という経営ビジョンのもと、海外戦略センター内にはTech事業部門が設置された。独自AI技術「AiDi」をはじめとする日本テレビの技術を海外に展開し、グローバルコンテンツメーカーへの進化を目指す方針だ。AiDiのNBC Sports採用は、そうした取り組みの中で実現した象徴的な事例の一つと言える。
もっとも篠田氏自身は、NBC Sportsでの採用をゴールとは考えていない。
「グローバル市場への挑戦の第一歩だと思っています。現場で本当に使えるAIを追求し、世界の映像制作の現場に新しい価値を届けていきたいと考えています」
AiDiが示しているのは、日本の放送局がAI時代に現場発の技術を世界に展開するプレイヤーになり得るという可能性でもある。その真価が問われるのは、むしろこれからだ。後編へと続く。