viztrick AiDi 使用イメージ

30 MAR

日テレ「AiDi」が広げるスポーツ中継の未来〜「現場で本当に使えるAI」の強み【後編】

編集部 2026/3/30 12:00

米NBC Sportsに採用された日本テレビが自社開発した直感的オンデバイスAIソリューション「viztrick AiDi」は、16:9の放送フォーマットを維持したまま、9:16の縦型視聴にも対応できる技術として注目されている。さらに、スポーツ中継にとどまらず、報道、音楽、イベント、バラエティなど幅広いジャンルへの応用が期待される。「現場で鍛えられたAI」の広がりについて、前編に続き、日本テレビ海外戦略センター部次長兼技術統括局創造テクノロジー部の篠田貴之氏に話を聞いた。
(ジャーナリスト・長谷川朋子)

【関連記事】なぜ日テレ「AiDi」はNBC Sportsに採用されたのか〜放送現場発AIが300件導入された背景【前編】

■1台のカメラで複数視点も可能に

日本テレビ海外戦略センター部次長兼技術統括局創造テクノロジー部・篠田貴之氏(筆者撮影)

日本テレビが独自開発したオンデバイスAIソリューション「viztrick AiDi」(読み方:エイディ、以下、AiDi)が米NBC Sportsに採用されたことは、単なる導入事例にとどまらない。この技術がスポーツ中継の表現や配信のあり方を変える可能性を示している点にも注目が集まる。その鍵の一つが、縦型視聴への対応だ。

スマートフォンを前提とした動画視聴が拡大するなか、9:16の縦型フォーマットでのライブ配信の重要性が高まっている。TikTokやYouTube ショート、Instagramリールなど縦型動画の視聴が日常化し、スポーツ中継でもスマートフォンでの視聴を前提とした映像設計が求められるようになっている。一方でテレビ局の制作現場は、16:9の放送制作を前提とする。篠田貴之氏は、このギャップをこう説明する。

「9:16の縦型フォーマットに変換すること自体は、それほど難しいことではありません。問題は、それをライブで実現することや、リッチなグラフィック表現を加える処理を可能にする技術は、実はあまり存在していませんでした」

AiDiはそれを実現する技術だ。ライブスポーツの放送を縦型でも同時に成立させる仕組みを持つ。

「選手だけを追った縦型のコンテンツをリアルタイムで作り続けることも可能です。従来のやり方だと特定の選手を撮影するにはその分カメラを追加する必要がありますが、AiDiであれば1台のカメラだけで複数視点の映像を生成できます。また単純に縦型にするだけではなく、若者にリーチしやすい演出も加えることができます」と篠田氏は説明する。

ファンの関心やターゲットに合わせた視点を生成することで、スポーツ視聴体験を大きく変える可能性を持つ。実際に展開するには権利処理や配信設計などの検討が必要になるが、技術的にはすでに実現できる段階にある。

■スポーツの現場で鍛えられたAI技術

では、なぜここまで応用力の高い技術になったのか。篠田氏は、その理由をスポーツ中継という特殊な環境に求める。

「スポーツの現場は、番組制作の中で最も柔軟性が必要です。会場の環境にその都度合わせ、中継の仕方も変わり、ライブの試合は次に何が起こるかもわからない。スポーツ中継は予測不能な状況の連続です。毎回条件が異なる中で、映像技術を磨く環境で鍛えられてきたので、いろいろなジャンルに応用できるのだと思います」

実際、AiDiの活用はすでにスポーツにとどまっていない。報道、音楽、バラエティ、ストーリーコンテンツなどジャンルは多岐にわたり、テロップ確認、データ表示、イベント中継対応などコンテンツに合わせた用途も広がっている。つまりAiDiは映像制作のさまざまな工程を支援する基盤技術として汎用性が高いのだ。

興味深いのは、篠田氏が実感を込めてAiDiの技術背景を日本の組織文化と結びつけて語っている点である。

「海外は基本ジョブ型です。技術と制作の役割が分かれているのに対し、日本の場合は制作現場を経験しながら技術開発に関わるキャリアも珍しくありません。長い時間をかけて人を育てる傾向があり、制作現場を理解しながら開発ができる人材が生まれやすい」

その結果、現場の課題を理解した技術が形になる。

「実際、2008年に入社して以来、さまざまな部署に異動し、制作現場にもいながら技術開発に関わり続けることができました。だから、開発スピードも速く、本当に求められるものを作ることができたのだと思います」

この点は、AiDiの設計思想にも表れている。AiDiの機能はネット環境がなくてもノートPC一台で動作するため、従来は人手で行っていたアシスタントディレクター的な業務を減らすことができる。制作スタッフがよりクリエイティブな作業に集中できる環境を作ることも狙いの一つにある。

■日本のものづくり文化が強みになる

さらに篠田氏は、AI時代において日本のものづくり文化が強みになる可能性も指摘する。

「AIモデルの性能を高めるには、学習データの質を高め、結果を細かく評価しながら改善を重ねることが重要です。単にデータ量を増やすだけでなく、小さな違いに気づき修正できる人が必要なのです。日本人は細かい部分に時にこだわりすぎると言われがちですが、こうした作業が実は、日本のものづくりの感覚に合っているのではないかと思うのです」

もちろんこれは一つの仮説ではある。しかしAIの普及が進む中で、単なる技術力だけでなく、現場の知識や評価能力が重要になるという指摘は示唆に富む。

では、篠田氏にとって「現場で本当に使えるAI」とは何なのか。

「どんなに優秀なAIエンジニアがいたとしても、現場に溶け込まずに作られたAIツールでなければ意味はありません。現場のニーズに合わせて作られたAIが、本当に使えるAIだと思っています。現場で鍛えられたAIこそ、現場で一番使えるものになるのです」

NBC Sportsへの採用は、その一つの証明と言えるだろう。

「海外の現場の方と話をして感じたのは、課題や悩みは意外と共通しているということです。現場経験から解決した技術に共感してもらえたことに価値があると改めて気づきました」と篠田氏は語る。

AiDiの出発点は極めてシンプルだ。現場の課題を、現場で解決する。その積み重ねが、世界のスポーツ中継へと届いた。