2020年1月、取材先のイギリスで 南海放送・伊東英朗ディレクター

19 OCT

南海放送、異例のクラウドファンディングによるドキュメンタリー映画制作への思いと狙い~担当Dインタビュー

編集部 2020/10/19 07:00

南海放送株式会社(愛媛県松山市:以下、南海放送)は、1946年から17年間続いた米英による太平洋での核実験による被ばく被害を追うドキュメンタリー『X年後』シリーズの映画化第三弾(仮題:『放射線を浴びたX年後3』)の制作に向けたクラウドファンディングを実施している。

同作品は2012年の『放射線を浴びたX年後』、2015年の『放射線を浴びたX年後2』に続くもので、第三弾は米国での劇場上映も目指している。同シリーズのディレクター・伊東英朗氏に、映画制作にかける思いと、地方ローカル局がクラウドファンディングに挑む狙いについて話を伺った。

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■マグロ漁船被ばく事件を追う『X年後』シリーズとは?

南海放送は地域の問題や社会課題を提起するドキュメンタリー番組を多く制作してきている。その中でもテーマが広がりを見せ、継続的に取り上げられているのが、『わしも“死の海”におった~証言・被災漁船50年目の真実』(2004年放送)に始まる『X年後』シリーズだ。

NNNドキュメント’20「クリスマスソング」(1954年に行われた水爆実験のキノコ雲)
核爆発を背に身を屈めて座らされている兵士

「2002年にビキニ環礁での核実験で第五福竜丸以外に被ばくした船があるという話を聞きました。本当ならば僕らの耳に入っているはずなのに聞いたことがない。調べてみなければ……」と、取材が始まったきっかけを語るのは担当ディレクターの伊東氏。

伊東氏は、高知県や愛媛県の当時のマグロ漁船乗組員に対する聞き取り調査が行われていることを知り取材を始め、独自の調査は「もう一つのビキニ事件」とも言える、延べ2万人という被ばくの実態を明らかにする『X年後』シリーズとなった。

2011年の東日本大震災後には社会的な気運が後押しとなり、2012年に『放射線を浴びたX年後』、2015年には『放射線を浴びたX年後2』という2本のドキュメンタリー映画が作られ全国上映が行われた。全国で数万人の動員があり、日本記者クラブ賞特別賞、ギャラクシー賞、日本民間放送連盟賞といった栄誉にも輝いた。

映画化の意義について伊東氏は、「一生懸命取材して事実を放送しても、あまり反応が感じられず、双方向のインタラクティブ性がないとこの事件は解決しないと考え、一種のプレゼンテーションツールとして映画を制作しました」と語る。

■取材は順調に進んだように見えたが、事件は何も変わっていない

当初『X年後』シリーズの取材には困難がつきまとった。伊東氏は「第一弾の映画にも出てくるように殴りかかってくる人もいました」と振り返る。

しかし第二弾につながるドキュメンタリー番組の取材を続ける時、遺族の川口美砂さんに出会う。事件の舞台になった高知県室戸市出身の川口さんが被ばく者や遺族の方に声をかけ、劇的に取材が変わったそうだ。

ディレクター・伊東英朗氏

一方で同じテーマの番組を作り続けることには難しさがある。視聴者に「また同じテーマで……」と感じられてしまう可能性も。伊東氏は「そこをどう見てもらえるのか、ということは悩み続けています」と率直に語る。

ドキュメンタリー制作には百数十人の証言者に取材を行い、「露出しているのはその20分の1ほど」と伊東氏は言い、「新たな事実が明らかになった時はもちろん、その方々の話を紹介するだけで番組はどんどん変わっていきます」と続けた。

現状、政府は検証を行い、第五福竜丸以外のマグロ漁船の被ばくについて「まったく健康に影響を与えるような放射線ではない」という結果を示している。しかし伊東氏の取材意欲は途絶えることなく、『X年後』シリーズは第三弾の制作に向けて動き出している。

 

 

■テレビ局として異例のクラウドファンディングに踏み切った理由は?

『X年後』シリーズ第三弾の制作に向けて、南海放送はクラウドファンディング実施を発表。期間は9月26日から12月25日で目標額は1,000万円。この金額が達成された場合にのみ支援金を受け取れるAll-or-Nothing方式だ。

自然災害による被害への救済支援、コロナ禍における弱者救済などで一般にも知られるようになったが、ローカル局としては極めて異例の資金調達方法となる。

実施の経緯を伊東氏は、「楽しい話ならば局としてスポンサードも頂けると思います。しかし核問題を取り扱った映画では難しく、ローカル局が全額を出せるような状況でもないので、クラウドファンディングを始めました」と語る。

しかし「一般から広く資金を調達することには抵抗感がありました」と打ち明ける。

そんな伊東氏が動いた大きなきっかけは、「クラウドファンディングはお金を頂くだけではなくて、仲間の人たちが集まって、ともにこの事件を解決して行く」という意味があると聞かされたからだと言う。

実施から約半月経った現在(取材時)、「実際に開始した後も連帯感が強くなって、ものすごい広がりや繋がりを感じています」と教えてくれた。

第三弾の映画制作には、米国での上映と語りかけ活動という目的がある。

「イギリス軍の元兵士たちの取材もしています。アメリカの退役軍人の会とも連携しながら、事件を知る人の輪を大きく広げ、核兵器を手にするために行われた核実験のFALLOUT(放射性降下物)によってアメリカの人たち自身が放射能汚染していること、マグロ漁船乗組員の被ばくのことを明らかにしたいです」

FALLOUTとは、米英が太平洋大気圏内で100回以上繰り返した核実験による放射性降下物。ビキニ環礁から舞い上がった放射性物質は日本にも米国にも降り注いでいたことが明らかになっているが、その影響については何も検証されていないと言う。

イギリス アトミックソルジャーとの出会い

■核実験の問題は現在にもつながる。被ばく問題への意識を変えたい

クラウドファンディングやFALLOUTの情報発信は、Facebookを活用して行われている。伊東氏がほとんど一人で行っているため、非常に大変な作業だ。しかし伊東氏は通常の制作とは違う充実感を口にする。

「自分のことをオタクと呼ぶくらい、何でもしつこく一人でやってしまいます。すごくしんどいのですが、クラウドファンディングを通じた連帯感の中で勇気づけられ、みなさんと一緒に行動していると実感できています」

現状、集まった応募金額は目標額の2割強。それでもサイトを訪れた人の数に対する支援表明の割合は高いと言う。

クラウドファンディングのリターンは、缶バッジやパンフレット、書籍、『X年後3』の上映権など。監督トーク付き上映権や、映画製作への参画コースもある。

■クラウドファンディングによる番組制作という新たなモデル

最後に伊東氏は、特にローカル局のドキュメンタリー制作において、「地域に還元できるような題材でのクラウドファンディングの活用には意義があります」と語る。

「題材をセレクトして行えば、地域とつながったローカル局の価値が生まれます。自分たちが伝えたいものを一緒になって作り上げ、みんなで出資して番組をつくることで充実感や連帯感が生まれてくるのです」

テレビ局がクラウドファンディングを実施して番組制作費を集め、仲間の協力を得て番組制作を進めるという手法。今後の動向も引き続き注目していきたい。

<クラウドファンディングサイト> 映画『X年後』第3弾、被曝問題をテーマにアメリカ上映へ!

<Facebookサイト>FALLOUT?(放射線を浴びたX年後)