ビデオリサーチUSA President & CEO 谷口 悦一氏

16 DEC

アメリカの最新メディア事情〜「VR FORUM 2020」基調講演レポート

編集部 2020/12/16 08:00

ビデオリサーチ主催のカンファレンス「VR FORUM 2020」が、2020年11月17日(火)にオンライン開催された。「メディアの新しい価値を見逃すな。」というテーマを掲げ、様々な講演を展開。今回は、その中からビデオリサーチUSA President & CEO 谷口 悦一氏による基調講演「アメリカの最新メディア事情」の模様をレポートする。

「VR FORUM 2020」のKeynote2として行われた本講演では、日本にも遠からずやってくるであろうメディアビジネス再編の糸口を探るべく、アメリカでのメディア業界の有識者たちへのインタビューをまじえた「アメリカの最新メディア事情」を発表。「アメリカの概況」「デジタルの普及が及ぼしたメディアへの影響」「デジタル化によるメディアビジネスの変化」という3つの切り口で展開された。

■アメリカの概況:人口増のいっぽうで白人シェアは減少見込み。インターネットの広告費はテレビの2倍に

最初に、谷口氏はアメリカの概況を紹介。「アメリカの人口は2020年現在、およそ3億3000万人で、増加を続けています。2050年にはおよそ3億8000万人に到達すると見込まれ、人口減少傾向にある日本とは大きく様相が異なります。

人種という観点から見ると、白人のシェアが減ってきており、ヒスパニックとアジア系が徐々にではありますが増えています。2060年頃にはマイノリティであるヒスパニックとアジア系の移民が増大し、白人のシェアが50%を下回るという予測もあります」。

これに続き、広告費について「2019年のアメリカにおける広告費は、およそ2400億ドル。メディア別の広告費はいったんリーマンショックで下がったものの、現在はほぼ回復しており、2019年のテレビ広告費は672億ドルですが、インターネットは1200億ドルと、テレビに比べおよそ倍となっています」と説明。

しかし、その一方で「現在はコロナ禍の影響によって、どのメディアの広告費も下がっていることがわかります。2021年以降、インターネットの広告費は再び伸びる予想となっていますが、インターネット以外のメディアについては、変わらず下降傾向が予想されています」と解説した。

では、メディアの接触時間についてどうかというと、「18歳以上のメディア接触時間について2015年と比較すると、全体で2時間ほど伸びています。テレビは40分減ですが、インターネットはおよそ2倍に増加。さらに俯瞰してみると、若い層では、テレビの接触時間量が半分以下となっていることもわかる」と谷口氏。

■メディアのデジタル化から浮上する「スピードアップ」「多様化」「並列化」の3軸

Odyssey社 シニアアドバイザー/CEO:Sarah Chubb Sauvayre氏

「インターネットとモバイルによってメディア利用のフラグメンテーションが加速化され、雑誌社はただの雑誌社以上のものになることを余儀なくされた」(Odyssey社 シニアアドバイザー/CEO:Sarah Chubb Sauvayre氏)

NBC Universal社 SVP Denise Colella氏

「消費者の行動やテクノロジーなど、様々な要因を受けてメディアの多様化が進んでいる。OTT(OverTheTop:動画配信)サービスが数多く提供されている一方、ウォルト・ディズニー、ソニー・ピクチャーズ、アリババなどが出資した新興の短編動画配信サービス『Quibi』が廃業を決定したというニュースもあった」(NBC Universal社 SVP Denise Colella氏)

North Base Media社 マネージングパートナー: Marcus Brauchli氏

「デジタル社会の中で全メディアが並列となって競争している。従来のコンテンツが価値を失ったわけではないが、絶え間なく生まれるコンテンツと混ざり合っている。人々は1日に何度もスマホを手に取る習慣がつき、特定のブランドへのロイヤリティを高めている」(North Base Media社 マネージングパートナー: Marcus Brauchli氏)

3名のインタビューからは、「メディアサイドのスピードアップ」「多様化の促進」「メディアの並列化」というキーワードが浮かび上がってきました。

谷口氏は、「スマホが登場して以降、消費者は常にスマホを手に持ち、すきま時間で画面を確認するようになりました。消費者に自社メディアを何度も見てもらえるよう、メディアが記事や動画などの更新頻度を高めているという事実は、まさに“メディアのスピードアップ”と呼んでふさわしいと思います。これまでは自宅でしか見ることのできなかったメディアも、いまやスマホがあれば屋外でも接触できるようになり、消費者へコンタクトの幅が広がりました。これは『メディアの多様化』の一端を示すものです。さらにこれらが交互にあわさり、これまで場所や時間帯、モーメント(行動軸)で棲み分けられてきたメディア体験が、スマホの画面を通じて『並列化」したのです」とまとめた。

■カギとなるキーワードは「細分化」「ニッチ」「ターゲティング」

メディアのデジタル化、スマホの登場は、アメリカのメディアビジネスにどのような変化をもたらしているのか。谷口氏は、再び有識者の見解を紹介した。

「現在、雑誌ビジネスは『ブランドビジネス』と捉えられている。彼らは自身を『雑誌を起源とするブランド』と認識している。プライバシーへの懸念やサードパーティCookieの消滅などから、コンテンツを重視するマーケティングの需要が再び高まっているが、すでに自社の読者構成について豊富な読者データを持っている会社は、これらを強力なマーケティング材料として活用している」(Odyssey社 シニアアドバイザー/CEO :Sarah Chubb Sauvayre氏)

「最近の新聞は、ニッチに属することを認識し始めている。それはニューヨーク・タイムズとて例外ではない。ニューヨーク・タイムズの読者層は、頻繁に旅行に出かけ、立派な家に住み、リベラル思想で、アートを収集するなど芸術的関心が高く、読書好きで、お気に入りの著者がいるといった特性を持つ。これは非常に限られた層であり、十分にニッチといえるだろう。彼らは、ニューヨーク・タイムズが『自分たちのための新聞』だと知っているから、お金を払っているのだ」(North Base Media社 マネージングパートナー Marcus Brauchli氏)

「アメリカのテレビ局は、データドリブンでターゲティング分析を行えるプラットフォーム『OpenAP』と共同設立した。これにより、広告バイヤーがテレビ広告においてもより精度の高いターゲティングをできるようになった。いっぽうNBC Universalでは『Peacock』という無料動画配信サービスを提供し、コンテンツ消費の多様化、分散化の流れを食い止めようとしている。広告主やわれわれにとってこの仕組みは、一つのプラットフォームを通じて多くの人にリーチできることにつながり、非常に有益なものだ」(NBC Universal社 SVP Denise Colella氏)

これを受け、谷口氏は「スマホの普及が進んでメディアの並列化がおこり、いまやテレビ、新聞、雑誌はいつでもどこでも見られる存在となりましたが、その反面、メディアは今まで持っていた場所や時間帯、モーメントに対する優位性を失いました。そのため、メディアは再度、彼らが持つブランディングを推し進めています。Odyssey社・Sarah氏の「雑誌ビジネスは『ブランドビジネス』と捉えられている」という言葉や、North Base Media社・Marcus氏の「新聞社がニッチを認識している」という言葉は、それを証明するものといっていいでしょう」と。

さらに、「NBC Universal社・Denise氏は、同社の『Peacock』という放送局アプリを通じたメディア展開の多様化や、放送局共同によるデータプラットフォーム『OpenAP』を通じてテレビ広告においてもターゲティング分析が進んでいる事例を、ViacomCBS社Mike氏は、さまざまな属性の視聴者ごとに個別に広告の差し替えを行うアドレッサブル広告がテレビ広告にも導入されていることを教えてくれました」と谷口氏。

現在のアメリカは、人口が増加傾向にあり、人種、宗教における多様性を持ち、GDPも上昇傾向と、日本とはかなり異なる環境にあることも事実だが、「デジタル化に際し、それぞれが持っていた特長とブランド力を最大限に活用し、メディアの細分化の流れを自社の強みへと置き換えているという現状は、私たち日本のメディアにとっても、大きな示唆につながるのではないでしょうか」と述べ、講演は終了した。