ビデオリサーチ ひと研究所 渡辺庸人氏

22 DEC

生活者データから予想される複雑化社会への視座と、メディアの価値の示し方〜「VR FORUM 2020」セッションレポート

編集部 2020/12/22 09:00

ビデオリサーチ主催のカンファレンス「VR FORUM 2020」が、2020年11月17日(火)にオンライン開催された。「メディアの新しい価値を見逃すな。」というテーマを掲げ、様々な講演が展開。今回は、その中からビデオリサーチ ひと研究所 渡辺庸人氏によるセッション「生活者データから予想される複雑化社会への視座と、メディアの価値の示し方」をレポートする。

社会のデジタル化が進展するなか、2020年はコロナ禍が発生し、人々の価値観や行動が大きな転換点を迎えるとともに、さらなる社会の複雑化が加速した。今回のセッションは「生活者に一体何が起こったか」をデータから振り返りつつ、進展する複雑化社会における考え方やメディアの価値の示し方を考える内容となった。

■情報の個人化が進み、価値観が“複雑化”した社会

まず、渡辺氏は「20代から40代にかけてのスマートフォン普及率は90%(総務省 「通信利用動向調査」より)に達し 、個人のデジタルデバイスにデータが蓄積されていくという情報形態があたりまえのものとなった」と、ビデオリサーチ社のパネルデータ「ACR/ex」を用いて説明。

 

 

 

「日頃よく行うレジャー・趣味活動」の統計では、2000年の上位3位が「音楽鑑賞」「読書」「パソコン」となっていたのに対し、2020年では「モバイルゲーム」「SNSの利用」「写真撮影」と変化。渡辺氏は「情報体験の個人化がいっそう進んでいる」と指摘する。

さらに今年は新型コロナウイルスの世界的な流行を受け、政府からの緊急事態宣言が発出された春を境にソーシャルメディアの利用率が急激的に上昇。とくにLINEにいたっては、70%を超えるまでに成長しているという。

「情報の個人化とともに大きくなったのが、人々における行動価値の“揺らぎ”」と渡辺氏。コロナにおける考え方を例に挙げ、「『感染対策を優先すべき』『経済対策を優先すべき』とそれぞれの意見を明確に持っている人もいれば、相反する意見を自らのなかに両方抱えて“揺らいでいる”人、さらには場面や相手によって意見を切り替えているという人もいる」と語る。

行動価値観が分化し、個人へのフォーカスが進むなかで、「従来の価値観を変えようと『分散する力』、そして従来どおりの価値観へ『回帰する力』との“綱引き”がいっそう強まっている」と渡辺氏。さらにはその“綱引き”が、ひとりのなかにいくつも存在するまでに複雑化しているという。

■「自分だけ/みんなと一緒」の両立

こうした「複雑化社会」において、生活者はどのようにメディアを使い、どのようにメディアと関係を持っているのか。渡辺氏は4つのキーワードを用いて解説した。

カスタマイズやレコメンドの進化によって「自分だけのメディア体験」ができるようになってきた一方、『半沢直樹』や『鬼滅の刃』のように「みんなが話題にする強いコンテンツ」の存在感も増していると渡辺氏。

「『自分だけの世界でコンテンツを楽しむ』『強力なコンテンツのもとに人が集まり、繋がりあう』という2つのコンテンツ体験が並行し、両立している」という。

■「メディア体験とリアル体験のシームレス化」

「メディア体験はデジタルデバイスのなかで完結するようにも思えるが、『実際に体験したい』という欲求を持つのもまた人間の特徴」と渡辺氏。「メディアを起点としてイベントがおこり、そこに人が集まるという流れはこれまで連綿と続いてきたもの」であり、「もともとメディア体験は、リアル体験につながりやすい」という。

渡辺氏は、「『リアル体験の延長に、メディア体験がある』と考えることが必要」と「インスタ映え」を例に挙げながら、「美味しいものを食べ、旅行へ行き、そこで写真を撮ってSNSにアップロードする」と、個々人によるリアルの体験がメディアの体験へ転化することによって「個人ごとに異なるメディア体験が生まれている」と語った。

■「個人情報への態度」

渡辺氏はふたたび、ビデオリサーチのパネルデータ「ACR/ex」による調査結果を紹介。「個人情報の管理において不安を感じる」との回答は53%と過半数を占める一方、「得する情報がもらえるなら、自分に関するデータを提供してもよい」との回答も31%にのぼるという。

「およそ半分の人が個人情報の管理に不安を感じる一方で、もう半分の人は不安と感じていない」と渡辺氏。提供される個人情報の内容によってレコメンドの精度が大きく変化することに触れながら、「個人情報への態度は、メディア体験の中身を直接左右する要素となっている」とした。

■「変化の有無・継続の有無」

コロナは私たちの社会に大きな影響を及ぼしたが、「個人個人にフォーカスしていくと、かならずしもすべての人々が平等に変化しているわけではない」と渡辺氏。「コロナによって生活が変化した人がいれば、逆に『変化しなかった』人も存在する」と語る。

渡辺氏は、ビデオリサーチ社が毎年6月に行っている日記式の生活行動調査にもとづいたパネルデータ「MCR/ex」を紹介。自宅内でのテレビ視聴の平均分数を職業別に比較したところ、事務系の職業では前年と比べて121%と増加した一方で、労務系の職業は前年比103%と、前者と比べやや鈍い増加だったという。

「仕事内容の関係上テレワークが難しく、現場へ出向かなければならない人々の場合は生活形態の変化が少なく、自宅でテレビを見る時間も変わらなかった」と渡辺氏。「職業別に見ただけでも、このように『変化がある人』と『変化がない人』の両方が浮かび上がった点に注目してほしい」と語る。

「『変化』そのものに対しても『変化が落ち着いた』『いまも変化が継続している』と2通りのケースが見受けられる」と、渡辺氏。関東地方におけるテレビの全局視聴率(個人全体)の場合、今年は3月から5月にかけて大きく上昇したが、6月以降は徐々に落ち着きを取り戻しているという。

「一方、いまも変化が継続しているのが、パソコンでのウェブ接触の時間」と渡辺氏。ビデオリサーチ社のパネルデータ「VR CUBIC」のログデータから算出した、週ごとのウェブ接触の平均時間のグラフを紹介。

「パソコンでのウェブ接触時間は、まず4月・5月で大きな伸びを見せた。その後6月に落ち着くかと思いきや、そのまま高い状態で現在にいたるまで継続している」と渡辺氏。コロナを機に、自宅のなかでパソコンを用いたインターネットの時間が増えている」という。

「メディア接触の形態にはさまざまな組み合わせがある」と渡辺氏。「個人情報への態度も人によって違い、職業によって違う」といい、「個人ごとにメディア体験が異なってきていることはデータのうえでも明らか」と語った。

■見方を変えるだけでなく、見方を“加える”アプローチを

「異なる体験を持つ個人の集合体が形成されており、それにあわせてメディア体験も多様化、複雑化している」と渡辺氏。「個人に最適化したアプローチは必須となってくるが、個人を深掘りする以外の方向性はないのだろうかという問いも立ってくる」とし、「見方を『変える』だけでなく、見方を『加える』というアプローチが必要」と語る。

「生活者はさまざまなメディア体験を通じ、今後もさらに変わり続ける。たんに見方を「変える」だけでは、見落としてしまうものも多い」と渡辺氏。「こうした状況の中では、新たな見方を今のものにどんどん付け加えていくことで、新たな価値を見つけ出せるようになる」という。

最後に渡辺氏は、ビデオリサーチUSA President & CEOの谷口悦一氏によるキーノートから、「メディア体験が細分化する流れのなか、アメリカのメディアが今まで持っていた特長とブランドをデジタル化における新たな武器にしている」という一節を引用。「価値観を転換させるのではなく、今までの価値は持ち続けたうえでそれを発展させ、新しい価値を付け足していくという流れがメディアに求められている」と、セッションを締めくくった。