森永真弓氏と須賀久彌氏

15 MAR

オンライン同期とテレビ番組と広告【メディア環境研究所ランチウェビナー】レポート

編集部 2021/3/15 08:00

博報堂DYメディアパートナーズ メディア環境研究所は2021年1月28日、新たなスタイルのイベント「メディア環境研究所 ランチウェビナー」を開催した。

このウェビナーは、同研究所の研究員がゲストを交えながら、トークセッション形式でメディア環境の最新動向についてディスカッションするもの。今回は「オンライン同期とテレビ番組と広告 ~共視聴、専念視聴、様々な視聴形態から考える~」と題し、同研究所 上席研究員・森永真弓氏、株式会社TVer 取締役・須賀久彌氏が登壇。進行を同研究所 上席研究員・斎藤 葵氏が務めた。

メディア環境研究所 森永氏
TVer 須賀氏

■「お互いに楽しんでいる態度を相互共有する」メディア行動としてのオンライン同期

冒頭森永氏が、インターネットを介してコンテンツを離れた仲間と同時に楽しむ「オンライン同期」の切り口から、生活者のメディア態度における調査結果と考察を紹介。

生活者のコンテンツの楽しみ方に、「コンテンツを中心に人の集まりができる」のではなく「先に集まりがあってそこにふさわしいコンテンツが選ばれる」という順番の逆転が生まれていると説明。

またその「先にある集まり」は、人数が多く沢山の人が盛り上がっていることよりも、集まっている人達の共感性が高い状態を好ましいと思っている傾向に、移り変わりつつあることを紹介。

そのような環境変化下において、メッセージづくりも集合づくりも考え方を変える必要が出てきていると解説。発信内容は多くの人に響く1つに絞るよりも、誰かに響く可能性を想定して複数要素を展開したほうがよく、集合づくりも1箇所にすべてを集めようとするよりも、複数箇所の集まりを総合するほうが、結果的により多くより共感性の高い盛り上がりを作り上げられる可能性を示唆。

以上の状況を、メディア環境研究所では「オンライン同期」と呼んでいることを語った。

※なおこちらは2020年12月9日と10日に開催されたウェビナー「MEDIA NEW NORMAL コロナ禍は生活をどう変えたか メディアはどう変わるか」で取り上げられた内容のおさらいとなる。以下の記事で詳報しているので、ぜひ、ご覧いただきたい。

>>コロナ禍でメディア利用に変化!新たなスタイル「オンライン同期」がコンテンツを強くする~メディア環境研究所:MEDIA NEW NORMAL ウェビナーレポート

■均等に存在する“欲求”にマーケティングを当てる「専念視聴」のニーズから見えるもの

ここで、オンライン同期的視聴が「共視聴」状態と呼べるなら、「専念視聴」という視聴態度もある、と森永氏が提示。

一般的に見逃し配信は専念視聴傾向が強いと言われるが、そのサービス「TVer」を展開する須賀氏より、イギリスの放送局系シンクタンク・Thinkboxが2013年に行った専念視聴への理解につながる調査結果を紹介した。

この2013年当時、イギリスでは国営放送のBBC・民放ともに同時配信をスタートして4〜5年が経過。すでにキャッチアップも浸透しているという状況のなかで、須賀氏は生活者たちの「視聴目的」に着目。森永氏と意見を交わした。

須賀氏:この調査では、VODの視聴目的の41%が「現実からのエスケープ」とかなりのウェイトを占め、「欲望を満たす(18%)」、「繋がっていたい(15%)」、「経験・体験(14%)」、「リラックスする(8%)」、「元気づける(3%)」に差を付けている。一方で、「テレビの視聴目的は“均等に”存在している」ということ。「(オンライン同期のような)繋がっていたい」という目的もあるが、仕事のことを考えたくないからドラマに没頭したい、スポーツを見て元気をもらいたいなど、様々な目的で見る人に分かれている。

単にリーチだけではなく、どういう欲求の人たちが来ているところにマーケティングを当てるか。リーチという観点で私たちはどうしてもGRP(Gross Rating Pointの略、延べ視聴率)や個人全体の視聴率という尺度で見てしまいたくなるが、やはりこうした「多様性の価値」をしっかり測ったうえで、それを広告主に価値として提供することが必要なのではないか。

森永氏:TVerにおける完視聴率はモバイルが66%、テレビデバイス経由では75%もあり、全体では68%ほどと、テレビ放送よりも高い水準と聞いている。もはや「専念視聴するつもりでTVerに臨んでいる」といってもいいかもしれない。

須賀氏:現状、TVerの視聴スタイルは、ドラマを見ると決めたら45分なり50分なり自分の時間をとって再生ボタンを押すというかたちが多い。ドラマコンテンツが多いことも含め、非常に専念視聴率が高いメディアとなっている。

(TVerの番組本編中に挿入されるCMは)いわば映画を見に行った人たちに向けて、映画の本編の途中にCMを入れるような感覚に近いかもしれない。CMを含めて専念視聴とかメッセージをしっかりと伝えられるメリットがある。メリットでもある一方で、テレビのように気軽にザッピングしてつまみ食いしてもらう、というユーザの取り込みに関しては、まだまだこれからだと思っている。

■ツイートを見ながらドラマ視聴 オンライン同期の実態は「SNSとテレビの相互流入」

この後、参加者からのチャットメッセージをきっかけに、リアルタイム視聴に対するニーズの話題に。そこには、視聴スタイルの変化とはまた違い、それぞれのニーズがともに高まりあっている傾向を感じるという。

須賀氏:Twitterが出てきたことで、リアルタイムで(他の視聴者の)ツイートを見ながらドラマを見るという流れが出てきた。

少し古い話で恐縮だが、月9ドラマ『恋仲』(2015年)では、ツイッターを介してリアルタイム視聴を楽しむ10代の視聴者層が注目された。ドラマという(生放送ではない)完パケものにも関わらず、Twitterで「世の中とオンライン同期で繋がりたいからリアルタイムで見る」というニーズがある。

森永氏:一般的に、ドラマは初回の視聴率が一番高くて、段々と落ちていくものだが、見逃し配信で人気が上がっていった結果、ラスト2回あたりからリアルタイム視聴率が上がる、というケースが出てきている。

須賀氏:番組のロイヤリティが高まっていくにつれ、視聴者のあいだに「誰よりも早く見たい」という欲求が高まっていき、「先にネタバレを目にしたくないから、リアルタイムで見ていく」という行動が起きている。これまで「後で録画を見よう」と思っていた人たちも「この時間は家に帰ってテレビを見よう」というように変わっていくのかもしれない。

森永氏:2018年のサッカーワールドカップの日本vs.コロンビア戦では冒頭数分で日本が得点する展開になり、試合をテレビで見ていた視聴者が興奮してツイートし、それが拡散した結果、「どうやら日本が勝っているらしいぞ」とどんどん試合中継に人が入ってくるという光景を目にした。「ネットとテレビは食い合う」という論調もある一方で、このように「お互いに流入させ、相互で盛り上がる」という感じを体感できたことは大きかった。

ドラマの場合も、火曜日に放送されていた『カルテット』(TBS系)では、放送日当日だけでなく、放送日から次の放送日までのあいだに発信された公式ツイートが、視聴者の盛り上がる気持ちの“繋ぎ”の役割を果たし、発言によって誘発される「早く次の放送が来ないかな」という期待の感情が次回視聴に結びつき、ツイートの量も増えるという好循環になっていた。「次回放送までの間をどう過ごすか」にネットが寄与している面はあると思う。

【関連記事】ドラマ『カルテット』とTwitterから見えた“視聴率とトレンドワード”の関係性

専念視聴は専念視聴でニーズとして普遍的にあって、「これからは専念視聴よりもオンライン同期がトレンドだ」というような「どちらか一つになる」論調ではなく、両方とも大きなニーズとして存在していく中で、どう向き合っていくかを考えるのが重要なのではないか。

■他者の視点を交えながら多角的に楽しむ─「共視聴」と「サブチャンネルコンテンツ」

続いての話題は「共視聴とテレビ放送」に。

「生活者インタビューを行っていくなかで、リアルタイムのテレビ放送は、共視聴・オンライン同期をするにあたって大きな要素の一つとなっていると感じた」と森永氏は語る。

森永氏:仲間内みんなでオンライン上に集合し一斉にDVDの再生ボタンを押したり、あるいは同じサブスクリプションサービスに契約している者同士で集まったりするよりも、「何時からナントカの放送があるから、みんなで一緒に見ようよ」と呼びかけて視聴しながら仲間内で楽しむスタイルが、楽にできることもあって多いことが見てとれた。

テレビ放送という共通の場に対し、裏話やファントークなど、付加的な情報を楽しみ合う「小部屋的、サブ音声的」なコミュニケーションが活発だという。

森永氏:昨年、『金曜ロードショー』(日本テレビ系)で「4週連続ハリポタファン祭」が開催された際、映画『ハリー・ポッター』の主人公・ハリー役の声を務める小野賢章さんと、現在ヒット中のアニメ『鬼滅の刃』の主人公・竈門炭治郎役の声を務める花江夏樹さんのふたりが、普段ゲーム配信を行っているサイト「Mildom(ミルダム)」上で「金曜ロードショーを見ながらいろいろつぶやきます」という配信を行っていた。

配信そのものにはテレビの音声も映像も流れず、ふたりの会話だけが流れるという形式だったものの、2万数千人ほどの視聴者が参加していた。これはいわば全国ネットでみんなが見られる「金曜ロードショー」という大きなメインの場があったことで、そのサブチャンネル的なアプローチが成立したといえるだろう。

同時共有のテレビ番組という場が真ん中にありつつ、もともと存在していた「特定声優のファンコミュニティ」と組み合わさった形。「地上波放送だから、みんなで一緒に見られる。同期視聴できる」という機運があったところに「ハリポタ好き、かつ声優好き同士の小部屋」となる空間が現れたことで、2万数千人が参加する集合体が誕生したといえる。

この事例では吹き替え声優の小部屋だけだったが、例えばハリウッド俳優のファンや、作品ファン、原作派、映画評論タイプ、などなど様々な人々の集まる「小部屋」を増やしていく方法があるように思う。

須賀氏:『逃げるは恥だが役に立つ』(TBS系)の翌クール同枠が『カルテット』だった。ある意味、この2つのドラマ視聴は大きく切り替わったように思う。『逃げ恥』はまさに共視聴向けで、オンライン同期でみんなしてワイワイガヤガヤ騒ぎながら見られていたが、『カルテット』においては、最初の1回、いわば舞台を見に行くように黙ってじっくり自分で見て、その後もう1回「あのシーンさぁ」と感想を話しながらみんなで見るというスタイルが見受けられた。

森永氏:2019年、ラグビーW杯の試合をスタジアムで観戦したが、とある試合の展開があまりに高度で、スタンドに座っていても「何が起きているかわからない」「今おきたことは偶然なのか意図的なのかわからない」と判別できない状況におちいってしまった。結局、帰宅後に同じ試合を再度テレビの解説付きで見ることでようやく「この試合はこういうことだったんだ」と理解できたが、いま思い返すとこのタイミングはまさに「共視聴したい」場面だった。

須賀氏:ニュースを見ながら番組に関するツイートを眺めていると、「このニュースを世の中の人はどう受けとめているのか」というのをリアルタイムに把握できる。ワイワイガヤガヤ盛り上がりたいという欲求とはまた違うかもしれないが、「世の中がどう捉えているかを知りたくなる」というのもオンライン同期の欲求としては結構あるような気がする。

森永氏:いま、『PUI PUI モルカー』(テレビ東京系)というショートアニメが話題になっているが、Twitterを見ていると「このシーンのこの場面をよく見ると、後ろにこういうものが映り込んでいた」というような話と、その解説や深読み考察が流れてくる。

シーンの細部に込められたギミックを目ざとく見つけ出す「じっくり見る勢」の人々による解説を見て、さらに気になってもう一度見て、その次には「友達とモルカーについてわいわい言い合う会をつくりたい」というような欲求につながっていく。TVerには、「ここからシェア」という、このシーンから見て、とSNS上にシェアできる機能がある。この、番組中の特定地点にリンクを張れるようになったことも「人を誘いやすくなった」ことに貢献しているように思う。

■専念視聴と“サブテレビ化”で新たな「疑似お茶の間」が生まれている

「昔は(番組空間を)同期しようと思ったら、同じテレビの前にいる家族としかできなかった。しかしいまはネットを通じて『疑似お茶の間』が簡単に作れる」と森永氏。

森永氏:ネットを通じて「気の合う人たちと“お茶の間”を作れる」という楽しさは売りだと思う。お茶の間っぽいところでワイワイとみんなでテレビを見ることって楽しかったよね、と思い出させてくれる。

昨年末から今年初頭にかけてTVerで配信された、全国高校サッカー選手権大会や箱根駅伝によって、通常なら下がりがちのドラマの少ない時期にもかかわらずTVer視聴数が、上がったという話が非常に興味深い。ステイホーム期間中なので、自宅のテレビでも見られるはずの番組もあえてTVerで視聴した人が沢山いたという点は非常に関心がある。

須賀氏:今年の箱根駅伝は地上波での視聴率も過去最高値を記録しつつ、TVerでもフルで同時配信していた。高校サッカーや元日のニューイヤー駅伝でもそうだったが、テレビ中継の最中に「ご覧いただいている番組はTVerでもご覧いただけます」と告知を出していた。

テレビ局から考えると、今観ている視聴者をテレビから別のデバイスに切り替えさせることになるかもしれないわけで、数年前なら考えられなかったことが起きている。放送と配信の両方合わせて、新しいテレビサービスという意識になってきていると感じている。

また、視聴者の方々にとっても、ちょっと席を外していたあいだの展開を後追いで確認したり、キャッチアップで見直したりするといったサブテレビ的な使い方が一般的なものになってきたということなのかもしれない。

森永氏:お茶の間では別のテレビがついているが、TVerがあるので自分の見たい番組を見られる、ということは大きかったのではないか。他の家族はバラエティを見ているが、自分はスポーツを見たいといったような。いわば、専念視聴が家庭内に複数存在している状態とも言えそうだ。

須賀氏:まさに、いまのTVerは「2台目、3台目のテレビ」として役割も担うようになっているように思う。

■共視聴と広告ビジネス─個人ターゲティングから「場の話題ターゲティング」へ

続いての話題は「共視聴と広告ビジネスについて」。

「共視聴には共視聴で、いろんな広告のはさみ方があるのではないか」と森永氏。

森永氏:テレビを共視聴しながらコミュニケーションをはかる「小部屋」を作る際、たとえば「クライアントAの部屋」「クライアントBの部屋」のように、スポーツやイベントでは多い「協賛」という形を取って、「スポンサード小部屋」のような、視聴者とコンテンツとスポンサーをつなぐ形があってもいいだろうし、やり方はいろいろあるなと思う。

須賀氏:Amazon Primeは同じコンテンツを複数人数で同時に視聴しながらチャットを楽しめる「ウォッチパーティー」を展開しているし、LINEも複数人でYouTubeを一緒に見られる機能を去年の春先、まさにコロナ禍の最中に始めている。

みんなで動画を同時に見ているとき、そこに挟まった広告もみんなで一緒に見る、その価値はすさまじいものだと思う。コンテンツに対しての広告っていう価値もそうだが、それよりも仲のいい友達同士がCMを見て、CMについてそのままつながりながらコメントしあう体験の価値は、インプレッションでは測れない。

「ウォッチパーティー」のような機能はTVerでも実現して、こうしたコミュニケーションによってCM認知がどう高まったのかをきちんとデータで示す仕組みも用意したいと思う。

森永氏:たとえば、ある人気女優が出演するドラマをみんなで共視聴していて、そのままCMにもその女優が出てきたら、単純にCMに接触するときよりも、ドラマを見ていて雰囲気が高まっているところの方が効果が深まりそう。「ちょっとあれ食べてみよう」とか、「そういえば知ってる?」とか、CMについての理解を深める会話があり得る。

スポーツ中継にしても、1人で見ていてそこにビールの宣伝が流れてくるよりも、オンライン飲み会のような場でオンライン同期しているところにシズル感の高いビールのCMが流れてくれば、みんなで「乾杯する?」とビールがある場の楽しみが盛り上がりそうだ。

須賀氏:ラジオ局では、ビール会社とコラボして番組パーソナリティとのオンライン飲み会を開催し、テレビ東京でも「テレ東社員と乾杯してもらってイイですか?」と銘打って、プロデューサーと一緒に番組を見ながら乾杯するオンラインイベントを開催していた。番組の裏でライブ配信をやりながら、そこでビール会社などの協賛を得てイベントを開催するのはすごく面白いなと思う。

森永氏:一方でその効果をどう証明するかも必要になってくる。たんに単価を上げていくだけのようなかたちでは、広告主側も決断できなくなってしまう。料金を払う理由がこれだけあるという証明をして、きちんと明確な価値を創造することが不可欠だ。

須賀氏:いわばタイムCM的なアプローチ。番組と一緒に視聴者層にどう寄り添っていくか。単にターゲット層に当てたかどうかという以上の価値を証明する仕組みを作らなければいけない。

森永氏:個人ターゲティングではなく「場の話題ターゲティング」という話。

須賀氏:その場の話題という面で見ると、「さっき俺は食べたよそのチョコレート」って言い始める、あるいは「俺このクルマこの前試乗したんだよ」といったような話になっていく。CMだけの情報じゃなく、周りからも情報が掛け合わさっていくようになるだろうと思う。

森永氏:映画の世界でも、上映中に声援をあげながらみんなで楽しむ「応援上映」や「発声可能上映」というものがある。こうした場では、映画冒頭にスポンサーの名前が出てくると「スポンサーさんありがとうございます!」という、歌舞伎の「大向こう」のような掛け声があがる。

オンライン同期のスポンサード小部屋のような、掲出先としてはテレビ番組への広告だが、実態としてはスポーツ協賛に近い関わりになってくると、無理やり割り込んでくる存在というよりも、「(この楽しみの場を提供してくれて)ありがとう」と感謝される、仲間として認めてもらえる存在になれる可能性が高まる。そのようなコミュニケーションする場をどうデザインできるかが必要になるし、ペイドコンテンツとの関わり方も変わってきそうだ。

須賀氏:過去の、オリンピックで日本が金メダルを取った直後の枠で綾瀬はるかさんと乾杯するというコカコーラのCMは、モーメントを抜群のかたちでマーケティングに生かした事例として大きなインパクトがあった。ライブのオンエアで恒常化するのは難しくとも、キャッチアップであれば試合展開に応じて事後の枠を自在に変えることができる。

森永氏:ドラマやバラエティなど、リアルタイム時の視聴者の反応を見て、TVer配信の際には素材を入れ替えるというケースも今後出てきそうだ。

須賀氏:この10年、広告が「枠から人へ」となっていくなかで、動かしたいのは誰か、誰に広告を当てるのかが重要視されてきた。しかしその一方で「枠も人も」という考え方をしていいのではないか、という価値観へのシフトが生まれているようにも思う。

何歳だとか、どんな職業であるのか、どんなものに興味があるのかといったターゲット設定も重要だが、「その人にどういうコンテンツと一緒に広告を当てるのか」ということは、媒体社だからこそ設計できるのではないか。

森永氏:F1、F2層のようなざっくりとしたターゲティングではなく、「嵐ファン」だとか「お笑い好き」「スポーツの特定競技のファン」みたいなくくりもあるし、「子育て真っ最中」「ダイエット中」とか「いまちょうど受験を目の前にしている人たち」というようなくくりもある。そういった志向ターゲティングやモーメントターゲティングという「個人」に対して、コンテンツの内容が組み合わさることで、バラバラのターゲティング対象だとされていた人々が、同じ気分で集合体を形成する可能性は大いにある。そうすると「枠」は突然大きなものになる。「人も枠も」という考えは、次の段階としてあるかもしれない。

──参加者コメント:「例えば化粧品のコマーシャルで、テレビでは天海祐希さん、TVerでは藤田ニコルさん、のような差し替えをしてもおもしろいかもしれない」

須賀氏:ターゲットに合わせてだけじゃなくて、CM素材のメッセージ自体も少しずつ変えるケースが出てくるのではないか。

ある商品を買うとき、機能まで理解して買いたい人と、店頭に行って安いから買うという人両方いる。後者に向けては商品名の認知が重要だが、前者に向けてはちゃんと効果を伝えるCMにしたいというニーズもあるだろう。ターゲットが同じF1層だったとしても、番組によって「どっちの人なのか」によって広告素材を切り替えるみたいなことを広告主サイドでやっていく時代になってきたと思う。

アフタートーク:「10年後のTVer」から考える同時配信、視聴体験の拡張

ウェビナー本編終了後、博報堂DYメディアパートナーズ メディア環境研究所 所長・島野真氏、同主席研究員・加藤薫氏も交えて、30分のアフタートークが行われた。

メディア環境研究所 島野氏
メディア環境研究所 加藤氏

この中で須賀氏が「個人的な考え」と前置きしながら、オンライン同期時代におけるTVerの今後について述べた。

須賀氏:いま、同時配信はキー局のサービスの話をしていることが多いが、個人的には、全ての放送局が同時配信をやらなければいけないと考えている。それぞれのエリアに住む視聴者の人達にとって、何と「同時」なのかと言われれば、自宅のテレビと「同時」であるわけで、東京のテレビと「同時」では意味が無いと思っている。

森永氏:たとえば広島で巨人×広島戦が行われた際、キー局では途中で中継を終了してしまうが、広島のテレビ局は「いま広島が勝っているから、試合最後のヒーローインタビューまで行う」という編成を組み、それぞれが同時配信を見られる環境を作る。その瞬間、北海道や東京に住む広島ファンの人々が広島のテレビ局のネット同時配信を視聴するという行動が生まれるのではないか。

加藤氏:同時配信、通信ベースになれば、他のサービスの拡張性も生まれる。そういった方向で何かユースケースが広がっていくとしたら素晴らしい。

須賀氏:テレビを端末として考えたとき、世帯の端末としての位置づけとなるので「ひとつの端末に何人ログインできるのがよいのか」という議論も出てくるだろう。

自分のプレイリストを作るのはもちろんだが、夫婦で見ているものもあれば、親子で見ているものもある。その場合、ターゲットに向けたCMをどちらのプレイリストに入れるべきなのか。

島野氏:家族でテレビを見ていると、個人に紐付いた「おすすめコンテンツ」として思わぬものがレコメンドされるというケースもある。テレビへのログインを家族ひとつのアカウントで行っていると、いろいろ問題が出てきそうだ。世帯と個人の際をどのように線引きするべきか。

須賀氏:もっとも、共視聴の環境がきちんと整備され、きちんと価値の出し方が見えていけば、世帯単位のIDはウェルカムともいえるかもしれない。言い換えれば「こういう親子で構成されたグループ」という切り口もできる。必ずしも趣味単位に限らず、こうした世帯単位で構成されたグループとして、「家族単位での共視聴」というターゲットへ打てる広告商品も可能性がある。

森永氏:ドラマのTwitterハッシュタグを見ていると、出演俳優を追いかけている人もいれば、脚本家を軸に見ている人もいるし、ミステリーやラブコメというジャンル縛りで見ている人もいて、それぞれ当て方が違ってくる。極端な話、視聴者の年齢そのものはもはや関係なく「脚本家縛りでドラマを見ているという属性であれば、10代も60代も等しくターゲットである」という価値基準も出てくるだろう。

加藤氏:人の属性をタグで分類していく感じに近いのかもしれない。

須賀氏:世帯の場合は個人設定と違って、複数のタグが付けられたような感じ。グループ分けでどこかの箱に入れてしまうというより「この人には25個のタグが紐付いている」という感じにしたい。

森永氏:この広告素材はこのタグとこのタグとこのタグの人には相性よさそう、と提示することができたら面白い。

Twitterで見かけるのが、同じ番組でも関東と関西で流れるCMが異なっていて、それについて話題が起きるというケース。たとえば東京の視聴者がツイッターで「今の広告何?」と騒いでいるのを、関西では違うCMが流れていて「どういうことだ?」と困惑する、というような光景をたびたび見かける。

共視聴している仲間であっても、タグの違いによって出るCMが違っていて、「いま違うCMがでているんだけど」という会話が起きれば、「何それ?」と検索して、YouTubeにアップされているCMを、ある種のコンテンツとしてきっちりと見てもらえる機会にもなる。また面白い動きだなと思う。

島野氏:全てがクラスター分けされるのが当たり前になっているからこそ、「一緒に見ている層」というのが、ターゲットグループとして新たな価値につながりそうだ。

所定の時間を過ぎても尽きなかった議論。テレビを「場」として考えるというテーマからスタートし、専念視聴と同時視聴それぞれが持つポテンシャル、そして今後のテレビ広告の新たな形まで、さまざまな可能性を示唆し、90分以上にわたるランチウェビナーが終了した。