テレビ朝日・田中彰一氏、WOWOW・石村信太郎氏、TBS・藤本剛氏、テレビ東京・大崎雅典氏、フジテレビ・飯田智之氏

26 MAY

テレビ局のリモートプロダクション最新動向〜Interop Tokyo2021〜「取り組み事例」レポート

編集部 2021/5/26 08:00

インターネットテクノロジーの最新動向とビジネス活用のトレンドを伝えていくイベント「Interop Tokyo 2021」が、4月14~16日にかけて千葉県・幕張メッセで開催。特別企画「Connected Media」では、放送業界の最先端の取り組みを紹介する専門セミナーが行われた。

ここでは、4月15日(木)に行われたセッション「テレビ局におけるリモートプロダクション取り組み事例」の模様をレポートする。

本セッションでは、NHK・テレビ朝日・WOWOW・TBSテレビ・テレビ東京・フジテレビの各局における、放送局内や中継/撮影現場などに必要なスタッフと機材を分散して番組を制作する「リモートプロダクション」の実施事例を紹介。

スピーカーとして、日本放送協会 放送総局 メディア開発企画センター・北島正司氏、株式会社テレビ朝日 技術局技術運用センター・田中彰一氏、株式会社WOWOW 技術局技術企画部・石村信太郎氏、株式会社TBSテレビ メディアテクノロジー局 未来技術設計部・藤本剛氏、株式会社テレビ東京 技術局 技術推進部・大崎雅典氏、株式会社フジテレビジョン 技術局 技術開発部 副部長・飯田智之氏が登壇した。

■NHKの事例:低遅延伝送と遠隔操作で「機材の設置場所によらないワークフロー」

北島正司氏

リモートで登壇した北島氏は、2020年の広島平和記念式典、大相撲8K中継、NHK長野放送局開局90周年特番の現場における事例を紹介した。

「これまでリモートプロダクションにおいてはレイテンシーが大きなネックであった」と北島氏。これまで遅延に対してシビアな現場ではベースバンド(電波回線)で中継を行い、完成形の素材を送っていたが、「高速化、低遅延の映像圧縮技術が生まれたことにより、IP回線でも低遅延で現場と放送局を結んだ制作が可能になった」と語る。

2020年8月6日に行われた広島平和記念式典では、コロナ禍によって参加者が削減されるなか、NHKも感染防止対策としてリモートプロダクションを実施。番組素材の伝送規格として、NHKとして初めて「SMPTE ST 2110」を導入。会場−NHK広島放送局間を結ぶ40Gbps のIP回線でテレビカメラ10台分の映像信号ならびにテレビ・ラジオの放送席音声を非圧縮で伝送し、「現場側スタッフは前年の3割程度、中継車スタッフについては7割のスタッフを削減した」という。

続いて北島氏は、大相撲の8K中継現場でのケースを紹介。現場での密を避けるため、スローVTRの担当スタッフを放送局へと移動させることに。8K映像の直接伝送には48Gbps相当の膨大な帯域が必要となるため、現場に設置した収録機を放送局から遠隔操作するアプローチが取られた。

2021年3月の、NHK長野放送局開局90周年特番では、「(コロナ感染拡大防止のため)東京在住の出演者を長野に招くのが難しい」という事情から、長野放送局と東京の放送センター間でIPリモートプロダクションを実施。東京から3台のカメラ映像を1Gbpsで長野へ送り、東京のスタジオにいる出演者と長野のスタジオにいるMCをリアルタイムで結んで番組を進行した。

「74分の生放送で、東京のゲストのかけあいが重要というシビアな環境だったが、高画質、低遅延の技術を用いることで実現できた」と北島氏。「地域放送局が放送センターのリソースを活用した事例」である点も強調した。

「回線費がやはり普及の鍵。(素材の)相互接続性を重視して『SMPTE ST 2110』を導入したが、今後はNMOS (Networked Media Open Specifications) なども用いて、機器制御についても相互接続性を重視したい」と北島氏。「リモートプロダクションを用いて機材を集約化し、機材の設置場所にとらわれないワークフローを実現したい」と述べた。

■テレビ朝日の事例:1Gbps回線で映像・インカム伝送「スタッフ自宅からスタジオカメラ遠隔操作」も

続いて田中氏が、地上波・ネット配信をそれぞれ想定したリモートプロダクション実験の事例を紹介。

田中彰一氏

地上波放送を想定したプロレス中継でのリモートプロダクション実験では、NTTの広域ネットワークサービス「ビジネスイーサ」を用いて、1Gbps帯域の回線に4台分のカメラ映像とインカム、音声すべての信号を重畳させて放送局へと伝送。それを受けたサブ側で分岐してスイッチングするという手法が取られた。

実験の結果、伝送品質は「ほぼ問題ないレベル」と田中氏。「低遅延が要求されるアイリスフォローやタリーは現場の要望に耐えられるレベル」といい、「音声で想定外の動きがあったが、IP測定装置を用いてジッターや不連続性を見ることができた」という。

さらに田中氏は、ネット配信番組を想定した実験事例を紹介。全米オープンゴルフの中継においてTVU Networks社の「TVU Producer」を使用し、国際映像の受け取りからスイッチング、配信までをすべてクラウド上で完結させた。「(TVU Producerは)テロップやファイル素材も扱え、放送局側にサブを開かなくても、ネットが繋がる場所ならどこでも運用できる」(田中氏)

続いて田中氏は、テレビ朝日がサイバーエージェントと合弁で運営するインターネットテレビ「ABEMA」でのリモートプロダクション事例を紹介。テレビ朝日内に設けられた専用スタジオの生放送番組において、スタジオ内のカメラをスタッフが自宅から遠隔操作する試みが行われた。

スタジオカメラにはPanasonic社のリモコンカメラを使用し、スタジオとスタッフ宅はVPNを通じて接続。カメラへの画角プリセット登録などの事前準備も自宅から行い、PTZ操作にはゲーム用USBコントローラーを活用したという。

スタジオからの映像送り返しにはSkypeを使用。キューシートは社内ネットワークに接続したPCで閲覧。インカムやモニター環境もスタジオと同じ回線を用いることで「サブにいるような感覚」で操作が行えたという。回線品質については「1Gbpsはいらないが、安定した操作のためには10Mbs程度は必要」と振り返った。

クラウドを活用したリモートプロダクションについて、「地上波だけでなく配信系番組に最適、サブ不足の解消にもつながる」と田中氏。これらの仕組みは番組制作に限らず「回線センターやマスター業務に使えるのでは」と期待を語った。

■TBS・WOWOWの事例:現地スタッフは「ほぼゼロ」 低遅延・ソフトウェアベースのリモートプロダクション

藤本氏と石村氏は、TBSテレビとWOWOWの共同によるリモートプロダクションの取り組みを紹介。

2013年よりTBS・WOWOW共同で「Live Multi Viewing(低遅延動画)プロジェクト」を開始。「低予算制作現場でも活用できる、安価かつ高品質な映像制作システム」をコンセプトに、2019年よりソフトウェアベースでのリモートプロダクションを共同開発しているという。

今回両社は、WOWOWが運営するテニス情報サイト「THE TENNIS DAILY」でストリーミング配信された「第43回全国選抜高校テニス大会」中継での事例を取り上げた。

同中継では、直線距離にして888kmと離れた福岡・博多の森テニス競技場の会場と、東京・辰巳のWOWOW放送センター間をNTTの公衆網「フレッツ光」で接続。「現地側のスタッフはほぼゼロ。リプレイ、スイッチング、カメラ、スコア、CG付もすべて東京から行った」(石村氏)

映像に関わる一切の処理を現地に置かれたワークステーションで行い、カメラ操作やスイッチングなどの制御は東京からクラウド経由で実施。「制御信号のみを東京から福岡のワークステーションに送ることで、広帯域を使用せず実現できた」(石村氏)という。

さらに東京側では、雲台の遠隔制御に加え現地で4K(3840×2160)撮影された映像からHD画角(1920×1080)で切り出すことによって、「スムーズなカメラワーク」を実現。操作にはゲームコントローラーを使うことで選手の素早い動きをフォローし、ダイナミックな映像を実現した。

「今後の目標はソフトウェアの安定性、音声のリモート制作。より省力化、高コストパフォーマンスを実現したい」と石村氏。これらの仕組みを「テニス以外のスポーツでも適用したい」と展望を述べた。

■テレビ東京の事例:広域イーサネット伝送、バックアップ体制の構築

続いて大崎氏が、2020年9月に放送した特番「テレ東音楽祭」における、IPを利用したリモートプロダクションの事例を紹介。

大崎雅典氏

2019年6月、「テレ東音楽祭」でIPリモートプロダクションを開始した同局では、同年大晦日の大型生中継特番「ジルベスターコンサート」で音声IP伝送技術「Dante」を活用したリモートプロダクションを実施してきた。

2020年の「テレ東音楽祭」では、コロナ禍にともなう現地SW、VE、PDスタッフの削減を狙い、テレビ東京天王洲スタジオと200m離れた場所に設置された特設スタジオを、NTT東日本の広域イーサネットサービス「ビジネスイーサワイド」で接続し、IPリモートプロダクションを実施した。

スタジオ間の回線帯域は、1Gbps×3回線。バックアップ体制の検証も兼ね、PTP(Precision Time Protocol:高精度時刻同期技術)同期を必要としないIP伝送やFPU(マイクロ波中継)を組み合わせた冗長化にも取り組んだ。

「本番ではPTP同期はうまくいかずバックアップシステムでの運用となり、送り返し映像の伝送遅延が増えてカメラマンに影響が出てしまった」と大崎氏。しかしバックアップにうまく乗り替わり、「運用に影響はあったものの、放送は無事に行うことができた」という。

「ひとくちに IP化といっても、さまざまな選択肢がある」と大崎氏。「設定や制御、監視も重要な要素。PTPが必要か不要かでバックアップの構築方法も異なる」と振り返る。

「本来のリモートプロダクションは、離れた場所で番組制作ができること」と大崎氏。「IP技術はあくまで手段。条件によって伝送手段を使い分けたり、場合によっては遅延をある程度許容したりするなどの割り切りは必要」といい、「今後はクラウド利用も視野に入れたい」と述べた。

■フジテレビの事例:「クラウド・ニュース・ギャザリング」の取り組み

最後に飯田氏が、フジテレビの取り組み「クラウド・ニュース・ギャザリング」の事例を紹介。

飯田智之氏

ENG(Electronic News Gathering:ビデオカメラとHDDやSSDなどの電子メディアに記録する取材体制)、SNG(Satellite News Gathering:衛星伝送による素材収集システム)の進化系として、5G回線やクラウド環境を利用したリアルタイム映像伝送に取り組んでいるという。

「クラウド・ニュース・ギャザリング」では、商用の5Gサービスを利用し、クラウド上に構築された仮想中継システムを介して映像を伝送。ソニーが開発するソフトウェアベースの中継システムを利用し、映像のスイッチングやテロップ重畳、動画ファイル再生などの処理をすべてクラウド上で行う。

飯田氏は、「クラウド・ニュース・ギャザリング」を用いたデモンストレーションの模様を紹介。東京・台場地区の2地点からカメラに接続したエンコーダーと5G対応スマートフォンを介してニュース映像を伝送し、クラウド上で映像を切り替え、フジテレビ本社内では一般的なネット回線に接続されたPCでこれを受信。非公開のテスト番組として収録した。

今回の取り組みを通じ、「IPを前提とした仕組みで放送品質の番組制作が実現できた」と飯田氏。5G回線とクラウドの組み合せによって「拠点集約や分散制作の可能性が見えた」と述べ、1時間のセッションを締めくくった。