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分散化社会で求められるのは“ゆるやかなつながり”これからのメディアの役割 〜「MORE MEDIA 2040」セッションレポート

編集部 2023/3/2 08:00

博報堂DYメディアパートナーズ メディア環境研究所(メ環研)によるフォーラム「MORE MEDIA 2040 ~未来への3つのチャンス~」が、2022年12月8日に大手町三井ホールで開催された。3つ目のテーマは「情報でつなぐ~多地域、多世代、多様な意見」。調査結果から見えてきた、好きな情報を選び、居心地のよいコミュニティへと分散する生活者たちの姿を踏まえながら、今後のメディアに期待される役割を論じた。

スピーカーとして、信濃毎日新聞社 取締役メディア局長の井上裕子氏、MUSVI(ムスビ)株式会社 代表取締役 / Founder & CEOの阪井祐介氏が登壇し、(株)博報堂DYメディアパートナーズ メディア環境研究所の新美妙子氏がモデレーターを務めた。

 “好きな情報”を求めて居心地の良いコミュニティ空間へ生活者が分散しつつあるいま、分散を“分断”につなげないためにメディアに期待されている役割は何か。「人と人をつなぐ」活動の事例を取り上げながら、そのヒントを探った。

■「人と人をつなぐ図書館」から見えてきたこれからのメディアへのヒント

博報堂DYメディアパートナーズ メディア環境研究所 新美妙子氏

新美氏は、調査結果から「好きなコンテンツを好きなときに好きなだけ」接している生活者のメディア態度を紹介。「博報堂DYメディアパートナーズ メディア環境研究所が実施した生活者のデジタル情報意識調査」によると、全体の約半数(47.7%)が「社会の共通の話題になるような情報であっても無理におさえておく必要はない」と回答。「必要な時に調べればいい」と考えているようです。同時に「メディアのデジタル化は世代間の断絶を大きくしていくと思う」という回答は全体で過半数(52.2%)に達し、最も高い10〜20代では約6割(57.9%)に及ぶという。

社会の情報の共通化が難しくなるなか、人と人をつないでいくためにはどのようなアプローチが有効なのか。新美氏はそのヒントとして、人と人をつなぐ図書館の事例を挙げる。

10年前に設立された岩手県紫波(しわ)町図書館は、「情報交換できる場が欲しい」という町民の要望を受け、人と人をつなぐ図書館として誕生。司書が利用者へ積極的に声をかけてコミュニケーションを図るほか、館内にはBGMが流れ、明るい空間にデザインされているという。

新美氏は、「人と情報をつなぐのが図書館の役割」であるが、「“人も情報”であるから、人と人をつないでいる」とする手塚美希主任司書のコメントを紹介。司書が積極的に町へ出かけ、つながりをつくることで、人々が持つ知識や知恵、経験を価値として引き出しているのではないかと語る。

「自分の価値を“見つけてもらった人”にとっては自信になるかもしれないし、地域への愛着が深まるかもしれない」と新美氏。「図書館は人と人をつなぐことに徹し、その先はつないだ人たちに委ねるという対等な関係が生みだされている」が、その仕組みがこれからのメディアのヒントになるのではないかと強調する。

「好きなものだけでいい」と考える生活者をどうつなげたらいいのだろうか。もう一例、新美氏が取り上げたのは長野県立長野図書館の事例。同館のコミュニティスペース「信州学び創造ラボ」は、人と人がつながって共に学び、新たな価値を創る「共知・共創」をコンセプトとしている。VTRでは、「静かにしている人もいれば、会議をする人や、ただコーヒーを飲んでいる人もいる。いつも色々な人がいて、なんとなく周りの人の声が聞こえる、ゆるやかなつながりが生まれることを目的として設計されている余白のある場所」という森いづみ館長のインタビューが紹介された。

これらの事例を振り返り、「あえて“余白”のある場をつくることがポイント」と新美氏。「これまでメディアは生活者とさまざまな情報、空間でつながってきたが、これからは『お膳立てしすぎない、ゆるやかな場』が求められるのではないか」といい、「意識せずとも自然とそこに行きたくなるような場をつくっていくことが大切になってくる」と述べた。

■新聞社と地域住民が「ゆるやかにつながる」場づくりに取り組む信濃毎日新聞社

信濃毎日新聞社 取締役メディア局長 井上裕子氏

デジタル化により、メディアと生活者とのコミュニケーションの形も大きく変化しつつある。その代表的なものが、双方向化だ。井上氏は、信濃毎日新聞社が取り組む「ジャーナリズムオンデマンド」の事例を紹介する。

ジャーナリズムオンデマンドとは、読者からの要望に応じてメディアが調査報道を行い、フィードバックする仕組みだ。西日本新聞社が2018年に「あなたの特命取材班」を立ち上げ、いまでは、地方紙約30紙が実施している。

信濃毎日新聞社では「声の力(コエチカ)」の名で展開し、地域における募金ノルマ問題や、騒音クレームによる児童公園閉鎖問題を取材。報道をきっかけに自治体の制度改革につながるなど、大きな成果を挙げているという。

ゆるやかにつながる場をつくる取り組みとして井上氏は信濃毎日新聞社の松本本社に2018年オープンした複合施設「信毎(しんまい)メディアガーデン」を紹介する。

同施設にはオフィスとともにコミュニティスペースやイベントホールが設けられ、市民参加型の演劇や講演会、展示会を開催。カフェもあり、新聞を読んだり自由に過ごすことができる。「新聞社の人間と地域の人々がふらっと出会うことができるので、今後はもっと有機的なつながりを生む場になったらいい」という。もう一例、井上氏は10年ほど前の地域活動部時代に担当した読者と実際に顔を合わせるイベントの事例を紹介。製糸業で発展した長野県各地の着物の関係者や研究者などの人達をつなげたいと考えて、各地で交流会を開いていたが、その中で「着物好き」というキーワードから誕生した「キモノマルシェ」は、2022年10月で7回目を迎えた。

これまでのメディアと読者との関係ではなく、何の利害関係もない、ゆるやかで対等な関係ができた一例であるが、デジタルが加速したいま、新たな展開もできるのではないかと思っていると述べた。

■“気配をつなぐ”デバイスで異なる空間を接続。「ゆるやかな場づくり」に技術で挑むMUSVI

MUSVI(ムスビ)株式会社 代表取締役 / Founder & CEO 阪井祐介氏

「ゆるやかなつながりづくりにおいて、実空間が果たす役割は大きい」と阪井氏は、MUSVI(株)が開発するテレプレゼンスシステム「窓」を紹介。「気配を感じるメディア」をコンセプトに、「ゆるやかな場」づくりに向けたアプローチを語る。ゆるやかなつながりづくりにおいて、実空間の果たす役割はすごく大きい。信濃毎日新聞社さんのホールや図書館のような空間が当てはまると阪井氏。

セッションでは、あたかも人がそこにいるような気配を感じられる「窓」を実際につないで、同社取締役COOの三木大輔氏が品川のオフィスからフォーラム会場に「同席」するデモンストレーションが行われた。

「コロナ禍を経て、人同士の対面がリアルとバーチャルのどちらかで語られるようになったが、『聞いていなくても何気なく話が聞こえている』ような離れていながら本当に同じ空間にいるような感覚。気配や雰囲気が感じられる技術があると、ゆるやかなつながりは更に面白くなるのではないかと考えた」と阪井氏。立ち入りが制限される病棟での面会や、遠隔地での専門教育、ペットの見守りなど、活用シーンはさまざまだという。

「窓」はリアルで人に会っている感覚でありながら、バーチャルのメリットも享受できる。「横にも縦にもどんどん空間が広がり、距離を超えて、“ゆるやかなつながり”をつくっていくことができる」とそのメリットを語る。

「ちょっとした笑い声や何気ない会話が常に流れこんでくることで、思いもよらないコミュニケーションのチャンネルがつながることも期待できる」(阪井氏)

■多様化社会でメディアに求められる「余白を持ったゆるやかなつながりづくり」の役割

人々のゆるやかなつながりに向けて、メディアが果たせる役割とは何か。後半はパネリストがそれぞれの立場から意見を述べあった。

「これまでも読者から記事に対する感想の手紙などをもらうことがあった」と井上氏。「即時性はないものの、読者からの声に対してフィードバックすることは新聞にとって重要な役割だった」と振り返りつつ、「新聞社に何かを直接言うということそのものがハードルの高いこと」と語る。

「『読んでいるけれど、何もリアクションしない人』とどうゆるやかにつながるかを考えなければならない。ファンを作るのは大事だが、どうしても『ファン』というと熱量が高いイメージがある。熱量が高くなくとも、信濃毎日新聞が好きな人を増やしたい。好きのサークルをつなげるために、窓のようにゆるやかにつながれる場所をつくりたい」(井上氏)

これに対し、「気配のような“見えないモノ”を見せていくことは、技術の力でも可能だと思う」と阪井氏。「新聞社まで足を運ぶのはハードルが高いが、街中に気軽なタッチポイントが増えていけばポータル(情報集約点)が広まり、ファンの裾野が広がっていくのではないか」と提案する。

「『窓』には『カーテン』の機能があり、姿や景色を隠したまま気配だけを伝えることにも対応している。いわゆる“テレビ会議の画像”ではなく、空間や人の存在といったものをメタバースを通じて表現することで、新たな認知が広がっていく」(阪井氏)

新美氏は「異なる人と人をつなぐときにリアル、バーチャル関係なく“余白”をもつことで、ゆるやかで豊かなつながりが生まれていくのではないか」と語る。

これまでメディアはさまざまな形で生活者とつながってきた。そのつながりを整理してみると、従来型の情報発信である「伝える」、イベント開催に代表される「集める」、生活者の悩みや疑問に対し双方向で取材を進め社会課題として解決する活動に代表される、対等な関係で生活者とつながる「応える」。そして、今回、3人で話してきた新たな関係が「つなぐ」である。デジタル化が加速し、世代間の断絶につながりかねない今、メディアも「ゆるやかにつながれる余白のある場」をつくることが大切。社会や年代間の共通の話題への興味が少なくなっていくことが予想される未来には、余白がある空間づくりにチャンスが生まれていくのではないだろうか。余白がある空間とは、お膳立てしすぎず、「目的はなくても、なんとなく行きたくなる場所」。そして、人としてつながる姿勢を忘れてはいけない。そうすることで、そのゆるやかなつながりは豊かになっていくのではないだろうかとセッションを結んだ。