左から小穴浩司氏、村瀬健氏、谷川有季氏、佐々木萌氏

24 APR

『silent』広報チームが取り組んだ「ファン体験」の創造 〜生活者とのコミュニケーション戦略【vol.4】

編集部 2023/4/24 08:00

「TVerアワード2022年ドラマ大賞」を受賞し、TVerでの歴代再生数No.1記録を更新した、フジテレビの人気ドラマ『silent』。川口春奈が主演を務め目黒蓮が共演した本作は、内容はさることながら、vol.1でもご紹介した通り、放送と並行して行われたSNSをはじめとする数々の豊かなコミュニケーション施策も注目された。

【vol.1】『silent』TVer再生数歴代No.1を生んだ番組PR

連載4回目となる今回は、株式会社フジテレビジョン 編成制作局 編成センター 編成部部長職の谷川有季氏、同広報局 広報宣伝部 主任の小穴浩司氏にインタビュー。ドラマの制作現場を追体験できるコンテンツで話題を呼んだ番組SNS、「silentツリー」「silentペンライト」などドラマの世界観をリアルな場に出現させるユニークな広報施策をそれぞれ手がけた2人に、視聴者とのコミュニケーションにかけた狙いと思いを詳しく伺う。

■「視聴者の“見たい”にコンテンツで応える」制作・広報で共有された“たった1つの思い”

──『silent』では番組SNSをはじめ、屋外広告からグッズ配布までバラエティ豊かな広報施策が行われました。施策を行うにあたって意識した点、力を入れた点などを教えて下さい。

谷川有季氏

谷川氏:「SNSは宣伝媒体ではなくて、コミュニケーションの場である」ということを大切にしていました。コンテンツを応援してくださるみなさんに『silent』という作品を楽しんでもらうためには、どういうものをどういう形でやり取りすればよいか、決して特別なことではなく、日々考えながらコミュニケーションを一つずつ積み重ねていきました。

これは『silent』に限ったことではないのですが、お寄せいただくコメントに一つひとつお返事をしていくことは物理的にも難しいとしても、「こういうところに喜んでくれるんだ」「こういうものを見たいんだ」という声を見て、それにコンテンツの形でお応えしていくというコミュニケーションを成立させようと。そういうことを基本姿勢として行っているSNSコミュニケーションが、今回の『silent』では非常にうまくいったという形です。

小穴浩司氏

小穴氏:今回の『silent』は、生方美久さん脚本のオリジナルストーリーでした。あらかじめ世界観の示された原作が存在しないなか、屋外広告は物語の世界観へ入っていただく扉として役割を果たそうと考えました。まず『silent』の雰囲気を体感していただき、キャストや物語へと、順を追って知っていただこうと。期間を通してドラマとリアルのリンクを強く意識しました。

番組宣伝というと初回の放送に向けての告知が中心となりますが、今回は初回だけに縛られず、放送期間中を通して施策を展開し続けようと考えていました。放送のなかった週に映画館で上映会を開催したり、最終回の放映前後には下北沢の駅前に「silentツリー」を立てる施策を行い、リアルの世界に『silent』の世界観をたびたび出現させるなど、ファンのみなさんが集まれるよう仕掛けました。

──コミュニケーションが成功した背景として、どのようなことが考えられますか?

谷川氏:放送前、まだドラマの内容もわからないうちからフォローしてくださるほどに熱量の高いファンの方々というのはとてもありがたい存在なのですが、『silent』にはそういうファンの方が、いつにもましてたくさんいらっしゃいました。そしてSNS用の素材撮影に全面協力してくださった、出演者の皆さん、現場スタッフのみなさんの存在がなにより大きかったです。どちらが欠けても上手くいかなかったと思います。

「作品にもっと寄り添ってもらうためには、どんなものを出していくのがいいんだろう」と、アシスタントプロデューサーの佐々木萌さんとSNSチームのみんなで毎日のように話し合いを重ねながら発信していったのが一連のコンテンツです。

コミュニケーションとはつまるところ人間関係であり、社会生活と同じく、魅力的な人間でなければ、相手の方も魅力を感じてくれないだろう、と思うんですよね。一方的に言いたいこと言うのではなく、「そうか、こういうことが聞きたいのか」と把握して「ならばこういうコンテンツを出していこうか」と、一つひとつお応えしていく。これを丁寧に積み重ねていくことで、少しずつ応援して下さる方々が増えていったのではないかと思います。

小穴氏:広報はいわば、制作の皆さんが大切に育てた“コンテンツ”を預かり、放送に向けて最前線を走っていくような立場です。ある意味、ドラマ作りの途中から参加させていただいている状況のなかで、物語の全体像をいかに理解し、世に届けていくかという点は非常に悩んだところでした。

これまで10年以上をアナウンサーとして活動したほか、報道局で社会部記者も務めるなど、情報の最終発信者という仕事を長年務めてはきましたが、この『silent』で初めてドラマ広報チーフを担当することになり、最初は不安なことも多かったです。しかし、制作チームのみなさんの協力もあって、一緒にいろいろと取り組んでいったことで成果につなげることができました。

谷川氏:広報活動もSNSでの展開も大なり小なり限られた条件があるのが一般的で、私たちはそのなかで落とし所を探っていくところがあるのですが、『silent』においては何か譲歩しなければならないといったことがほとんどありませんでした。「こういうの、きっとファンの人は見たいよね、やってみよう」と、みんなが自然に考えて動く環境ができていて。

野球中継が延長して放送時間が90分繰り下がった4話の際も、「どうしても今日見たい、と待っていてくれるファンの方はきっといると思うから、せっかくならば待ち時間も一緒に楽しんでもらおう」と。制作チームのみなさんの協力によって出せる素材は潤沢にあったので、「どうしよう、出すものがない」という迷いそのものがありませんでしたね。いま振り返っても、本当に恵まれていたと思います。

──今回の施策にあたっては、現場サイドの理解と協力体制が背景にあったのですね。

谷川氏:制作期間中、SNS用の素材撮影担当スタッフが現場へ通っていたのですが、現場のみなさんの理解が本当に厚くて。村瀬プロデューサーも鶴の一声で一斉に体制を整えてくださって、いろいろなことが非常にやりやすい環境を整えていただきました。撮影の合間に、出演者の方の待ち時間が意外とあったことも幸いして、これまで担当してきた番組でも一番ではないかというほどに潤沢な素材を得ることができました。

■公式“聖地”、“最終話見守りペンライト”・・・ ファンを1つにした「体験のプレゼント」

──今回はSNSに加え、渋谷マークシティをジャックしてのラッピング企画など、リアルな世界をドラマの世界観で染め上げる屋外広告が大きな話題を呼びました。

小穴氏:いろいろなところに面を増やし、認知を上げるというのは広報としては王道の方法だと思っています。その上で、こういう時代だからこそ、ダイナミックな広告を展開して、みなさんに楽しんでいただきたい! と考えるところから始めました。

村瀬プロデューサーをはじめ、制作に携わる方々から『silent』の世界観を聞いていくなかで浮かんできたのは、この世界観を表現する施策を行おうということだったんです。たんなる番組宣伝ではなく、展示会のようにみんなで見に行きたくなる空間を作ろうと考えました。

そのうえで行ったもののひとつが、渋谷マークシティをジャックする企画です。大きな吹き抜けのエスカレーター部分への大型ポスター掲出をはじめ、京王井の頭線の改札を内側、外側ともにラッピングしました。さらにサイネージにはPR映像やドラマのサウンドトラックを流し、「ここに来れば『silent』の世界がある!」とみなさんに没入していただける場を作り出しました。

──屋外広告に加え、「一緒に灯しながらドラマを見守ろう」という「『silent』カラーのペンライト」のプレゼント企画も大きな話題となりました。このアイデアはどのような経緯から生まれたのでしょうか?

谷川氏:ドラマ放送期間中のリアルタイムな盛り上がりはSNSチームの頑張りの部分が非常に大きかったと思いますが、物語がクライマックスに近づいていく中での最後の盛り上げの部分で、ここまで応援して下さった視聴者のみなさんと相互のコミュニケーションを図れる仕掛けとなるものがあれば、ひとつでも「積極的にツイートしたくなる理由」が増やせるのではないかと考えました。

小穴氏:その結果、思い至ったのがペンライトというアイテムでした。もっとも、劇中にペンライトが登場するシーンはなかったので「『silent』と書いてあるペンライトをプレゼントします」というシンプルな企画でしたが、「応募の際に『#silentラストエピソード』というハッシュタグを付けてつぶやいてください」と呼びかけたところ、キャンペーンを行ったのが第10話放送直前というタイミングにもかかわらず、このハッシュタグが日本国内のTwitterトレンド1位に入り、注目を集めることができました。

──今回の屋外広告施策を振り返ると、「ファンが集まれる場所を作る」というコンセプトで通底しているように感じました。

小穴氏:ツリーだけでなく、今回をきっかけに「聖地巡礼」というものを初めて体験した方がいたら、すごく新鮮で忘れられない思い出になっていたらうれしいです。ツリーにしてもペンライトにしても、『silent』というドラマの思い出が「リアルな思い出」になる一助になれたらという思いはずっと根底にありました。

谷川氏:ツリーの展示が終わった後、ツリーに吊されていたオーナメントを希望する方にプレゼントする企画を行いました。ドラマの余韻を手触りのあるリアルな体験として持ち続けていただけたら、という思いからだったのですが、本当にたくさんのご応募をいただきました。こんなにもドラマの世界に浸りつづけてくださる方がいること、そしてそういう場を用意できたことはすごくよかったなと思います。

小穴氏:リアルな施策は、文字通りファンの熱量が可視化されます。最後の方は、素敵なドラマを作りあげた制作チームのみなさんに向けて、ファンのみなさんとともに目に見える形で思いを届けたいというモチベーションに突き動かされていましたね。

その思いも込められた施策として、最終回のオンエア前日と当日にあたる12月21日と22日には、お台場のフジテレビ本社ビルと東京タワーを同時に「silentカラー」にライトアップする企画も行いました。どちらもドラマに直接関係する場所ではありませんが、ドラマを愛してくださったたくさんの方の思いで「誰もが知っているスポットである東京タワーが『silent』カラーに染まるんだ」という体験をしていただきたかったんです。

──「共通の思い出作り」ということはひとつのキーワードかもしれませんね。

小穴氏:私たちが取り組んできた施策は、視聴者のみなさんに向けた「体験のプレゼント」だったとも言えるかもしれません。いま、コンテンツそのものに加え、コンテンツ視聴前後における関連行動「視聴ジャーニー」の存在が提唱されていますが、そういった軸で見ても、今回は「ドラマに触発され、行動する」若年層の方々のメディア態度にとてもフィットできたのではないかと思います。

■「“盛り上がり”をまず伝え、番組の認知につなげる」見逃し配信時代の広報アプローチ

──最後に、『silent』におけるさまざまな広報施策への取り組みを通じて感じられたことをお聞かせ下さい。

谷川氏:さまざまな意味で「継続」の大切さを噛みしめています。

どのような素材を、現場にできるだけ負担をかけることなく集められるようにするか、という物理的な課題も含め、日々コミュニケーションをとっていくにはどのような形で信頼を積み重ねていくべきか、これからも考え続けていかなければと思います。

ドラマ作品のなかには情報解禁から放送まで非常に期間の長い作品もありますし、原作がすでにあるものなどは、そもそも実写化に対して不安を抱くファンの方もいらっしゃいます。さまざまな目的や思いが背景にあるなか、「作り手側からの情報を得たい」という気持ちでフォローしてくださった方々にどう嬉しい体験をしていただけるかを考え続けていくことも必要です。

私たちが目指すゴールは、こうしたひとつひとつの「継続」が積み重なり、作品とファンのみなさんをつなぐコミュニティが生まれていくことです。トレンド入りはファンのみなさんが作り出した盛り上がりの結実であり、私たちだけではなし得ません。私たちが取り組むべきは、そういう形にコミュニティが育っていくお手伝いをしていくこと。これはこれからも変わらない課題であると思います。

小穴氏:今回は見逃し配信もあり、SNSの盛り上がりや街中の広告などを見て『silent』の存在を知った方が番組を視聴して下さったことも大きかったと思います。このように放送以外の場に向けた広告施策を打っていくということは、トータルで見たときに非常に効果があるのではないかと可能性を感じました。

番組の視聴率やTVerの再生数に関するリリースも同様に、盛り上がりをまず伝えることで『silent』を認知してもらい、そこから視聴につなげていくことを意識しました。初回の放送が終わったあとも視聴率や配信数を注視しながら、次はどうやって見逃し視聴へつなげられるかを考え、急ピッチで村瀬プロデューサーからコメントをもらうなどリリースを準備したんです。それを配信数の数字など、データと共に木曜日の放送から間もない土曜日のタイミングで出したことで、『silent』に興味をもち、週末に見逃し配信で楽しんで下さった方も多かったと思います。こうしたみなさんが色んなタイミングで興味をもってもらう取り組みは今後も続けていきたいと思います。

先にも述べましたが、広報に異動する前はアナウンサーとして、すでに存在するもの、目の前にあるものを取材して言葉にするという仕事が中心でした。今回こうしてコンテンツをゼロから生み出し届ける仕事ができたというのは、テレビマンとしても非常に大きな経験になりました。

次回、第5回目は、博報堂DYメディアパートナーズ「TV AaaS Lab」メンバーにインタビュー。今回の視聴者コミュニケーションが番組の盛り上がりにどう貢献したか、データの面から検証する。