博報堂DYメディアパートナーズ 飯塚隆博氏、日産自動車 増田泰久氏、フジテレビジョン 小関悠介氏

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ドラマ連動CMで見えた「世界観ターゲティング」の可能性 〜生活者とのコミュニケーション戦略【vol.6】

編集部 2023/4/24 08:00

「TVerアワード2022年ドラマ大賞」を受賞し、TVerでの歴代再生数No.1記録を更新した、フジテレビの人気ドラマ『silent』。ストーリーと同時に行われたのが、日産の軽の電気自動車「サクラ」とのタイアップによるオリジナル番組連動CMだ。今回は地上波での放映に加え、最終話ではTVerを中心とした見逃し配信のミッドロール(本編中のCM放送ポジション)ジャックを実施。SNS上では、本編の世界観と連動した内容に対して多くのポジティブな感想が相次いだ。

最終回となる今回は、日産自動車株式会社 日本マーケティング本部 ディビジョンゼネラルマネージャーの増田泰久氏、株式会社フジテレビジョン 営業局デジタル営業部 主任の小関悠介氏、株式会社博報堂DYメディアパートナーズ AaaSビジネス戦略局 局長で「TV AaaS Lab」リーダーの飯塚隆博氏が対談。

左から博報堂DYメディアパートナーズ 飯塚隆博氏、日産自動車 増田泰久氏、フジテレビジョン 小関悠介氏

飯塚氏:はじめに、本日ご紹介する施策の効果測定データについては、私がリーダーを務める「TV AaaS Lab」という放送局の皆さんとテレビの価値共創を行うコミュニティで、フジテレビさんとの共同研究という形で調査を実施しました。テレビコンテンツの配信領域での視聴の広がりや番組連動CMのブランドリフト力を目の当たりにできる素晴らしい事例を研究させて頂いたと思っております。本日は施策の立案者である小関さんからの視点を交えながら、日産さんのマーケティング戦略における施策評価について増田さんのお話を伺えるのを楽しみにしています。よろしくお願い致します。

担当者として今回の番組連動CM施策に込めた狙いと思いを振り返りながら、TVerと地上波によるオンオフ統合出稿の効果、番組の世界観と一体となった広告出稿におけるブランドリフト面の効果について掘り下げる。

■「お客様が没入する世界の一部になる」番組連動CMの背景にあった日産の“姿勢”

飯塚氏:今回、『silent』における日産さんの施策、地上波でのオリジナル番組連動CMを皮切りに、最終話ではTVerを中心とした見逃し配信でもミッドロールジャックでの出稿と、オンオフ統合型の展開が行われました。施策を行うにあたって抱かれていた思いや狙いについて、ぜひお聞かせいただければと思います。

増田泰久氏

増田氏:日産ではいま若者層へのアプローチに加え、理念や姿勢など精神的な価値に重きを置いた消費行動、いわゆる「エモ(感情)消費」を非常に重視しています。従来の広告は私たち企業側からお客様へ一方通行的に発信するものでしたが、いまはお客様の立場で一緒に思考し、それを広告に反映していくべきだと考えます。こうした姿勢を日産自動車では「Dance Over There」と名付け、社内共通のフィロソフィーとしています。

これまでも日産ではドラマコンテンツにおいて「お客様が没入する世界観」の一部になるべく、番組連動CMやプロダクトプレイスメントに取り組んできました。そんななか今回の『silent』の盛り上がりを目にし、視聴者のみなさんから発せられた感想や思いが「もうひとつの世界」を生んでいる光景に衝撃を受けました。

これまでは地上波での施策がメインでしたが、こうした場において私たちの番組連動CMを通してお客様に共感していただきたいと思い、『silent』最終話のTVer配信においてミッドロール枠のファースト・イン・ブレイク(筆頭広告)ジャック施策を行わせていただきました。

飯塚隆博氏

飯塚氏:運用型テレビCMといった純広告枠の効率化に注目が注がれる中、ブランデッドコンテンツというアプローチに着目された点がとても印象的に感じました。フジテレビさんとしては、今回の番組連動CM施策をどのように捉えていますか。

小関悠介氏

小関氏:地上波やリアルタイム配信で視聴した方々の盛り上がりがSNSで広がり、それを目にした人が見逃し配信を通じて輪の中に入っていく、という視聴サイクルが生まれるなか、TVerを通じて好きな時間に好きな場所でいつでも『silent』の世界観に没入できるという楽しみ方は、テレビコンテンツの出面が今までのハードの枠を超えつつあることを感じさせるものでした。

その“新たな出面”であるTVerで番組連動CM施策をご一緒できたことは、非常に有意義なことであったと思います。

飯塚氏:今回の番組連動CMでは、ドラマの世界観を忠実に取り込み、まるで本編と地続きであるかのような内容が非常に高い評価を得ていましたね。

小関氏:コンテンツと一緒に広告主のメッセージを届ける際、「せっかくの取り組みの機会、この点やこの点もアピールしたい」という希望が膨らんでしまいがちです。しかし、あまりに直接的な訴求はドラマの世界観を楽しみにされている視聴者の気持ちを損ねてしまいます。制作チームにとっても、自分たちが大切にしている世界観の上で露骨に広告的な意図を感じさせる表現は避けてほしいと思うのが実情でしょう。

その点、日産さんとは今まで何度も取り組みをご一緒した中で、そうした経験がなく、いつも番組コンテンツの世界観を尊重頂けていると感じていました。今回の番組連動CMも同様に『silent』の世界観、難聴というセンシティブなテーマに込められた思いに寄り添い、制作チームを信頼してくださったことで、本編と近しく楽しんで頂ける作品になったのだと思います。

■“世界観”の番組連動CMと“訴求”の純広告

飯塚氏:コンテンツの世界観を尊重しつつ、同時に訴求したいメッセージを織り込むにあたってなされた検討や議論などがあれば、ぜひ伺いたいです。

増田氏:まず、コンテンツを選定する段階から、クリエイティブと私たちの世界観と親和性があるかどうか、非常に時間をかけて議論しました。その上で、コンテンツの世界観の中で日産をどう入れ込んだらうまくはまるかを考えていきました。

今回「サクラ」の自動駐車機能を伝えるシーンでは、横井真子役の藤間爽子さんに実際に運転していただきました。さらに踏み込むとするならば、例えば『silent』がスポットを当てているろう者の方が特に共感していただけるポイントを一緒に引き出していくといったことが、いまの時代は必要なのではないかとも思っています。

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社内からは「もっと車をクローズアップすべきでは」という声もありましたが、あまりこちらの訴求ポイントを入れすぎて本編のストーリーから浮かないよう配慮を重ねました。

飯塚氏:「Dance Over There」の戦略としてオリジナル番組連動CMを展開しつつ、他のメディアやリーチ型の純広告も含め、機能など製品としての訴求ポイントはしっかり伝えていくという棲み分けがなされているのですね。

増田氏:どちらかに全て寄ってしまうのも良くないなと。ある程度私たちが言うべきことと、お客様の立場で入り込んでいくことのバランスを見極めることは非常に大事だと考えています。

■「見逃し視聴に100%リーチ」地上波同等のブランドリフトを生んだTVerジャック

飯塚氏:ここで、今回の「silent×日産サクラ オリジナル番組連動CM」の到達率を示すデータを見てみましょう。地上波でのリアルタイムとTVerでの見逃し配信では、最終話でのトータルリーチは7.7%。全体的には地上波が6.0%、TVerが1.7%でしたが、特に注目したいのが、F1(女性20〜34歳)・F2(女性35〜49歳)におけるTVerのインクリメンタルリーチの高さです。

※「ニールセン トータル広告視聴率(TAR)」で計測

通常地上波では非常にリーチを取りにくいM2(男性35〜49歳)においても、今回の施策を通じて平均の120%ほどに大きく伸びています。これほどまでにはっきりとした効果が現れたことは、非常に大きなインパクトではないでしょうか。

小関氏:『silent』は非常にエモーショナルなストーリーで、特に最終話は地上波を見たあと、見逃し配信でも再度ご視聴頂いた方も多かったと思います。その環境下でも、1話単位では地上波とTVerでこれほど重複が少なく、ユニークリーチが広がった点は注目できるポイントだと思います。

今回、日産さんには地上波提供CMに加え「見逃し配信最終話ジャック」という形を取っていただいたことで、最終話を見た方が全員、オリジナル番組連動CMを目にすることとなりました。地上波・見逃し配信を横断してリーチを取るというアプローチをいただいた結果、デバイスの垣根も超えた「1コンテンツ中心のリーチ最大化」を定量的に示すことができたと思います。

飯塚氏:こちらは、今回の番組連動CM施策におけるブランドリフトの調査データです。番組連動CMの接触者は純広などの他ルートでサクラを認知した方とは異なるイメージが獲得できています。

増田氏:「サクラ」については、軽の電気自動車という環境面や技術的な面からも、ある程度の認知やブランドリフトは純広告でも取れるかとは思います。しかし、それ以上に私たちが欲しかったのは、お客様に自分事化していただくこと、「サクラ」という車が選択肢の中の一つにあると感じていただくことでした。

今回の番組連動CMでは、『silent』最終話をご覧の方に100%見ていただくという形を取れたことによって、「サクラ」に対する愛着や親しみ、そして「かわいい」というイメージが強く定着したことがわかりました。まさにこれこそ私たちの狙いであり、「Dance Over There」の根底に通じる部分でした。

また見直したくなるという『silent』の魅力が、この番組連動CMの中にも織り込まれていたという点も大きなポイントです。たんにドラマと同じキャストが出ているだけかと思ったら、実際の主人公の名前を呼ぶ。そういった仕組みもふくめて、お客様には「自分の好きな世界観に、日産がさらに要素を足してくれている」と受け取っていただけたのではないかと思っています。

小関氏:プロデューサーの村瀬が、「真子ちゃんにとって、自身の親友である主人公・紬の名前を呼ぶことは非常に重みがあることなんだ」と、非常に力を込めて話していて。やはり、こういう熱量の部分ですよね。

日産さんが通常取り組まれているCMとは違った形をフジテレビのコンテンツを通して実現でき、ブランドリフトの効果を感じていただくことができた。通常のCMで届けることができないメッセージを自分たちが届けるお手伝いができて、すごく嬉しかったです。

番組連動CMの制作の中心を担った佐々木APいわく、「『サクラ』を見て最初に『かわいい』と思いました」と。「自分たちも番組連動CMを作りながら無意識のうちに感じていたことを、視聴者の方にも感じていただけて嬉しいです」と話していました。やはり、こういう肯定的なメッセージを込めるということは、非常に意味があるのだなと思いました。

■番組連動CMで見えた「世界観ターゲティング」の可能性

飯塚氏:最後に、日産さんが今後番組連動CMに対してどのような展望をお持ちか、伺えればと思います。

増田氏:私たちが説得にかかるのではなく、お客様が楽しみにされている世界の中で、いかに日産がプラスの要素を足すことができるか、コンテンツの魅力に貢献できるか、という点をこれからも追究していけたらと考えています。

テレビドラマは録画視聴で楽しまれる方も多くいらっしゃいましたが、いまはこうして配信にも広告が入るようになり、お客様としての受け止め方も大きく変わってきたと思います。

「お金を払って広告をスキップできるサービス」というものが存在するように、昔に比べて広告の位置づけは変わってきてしまった。だからこそ、TVerで番組連動CMを見ていただく時間は、お客様にとってマイナスではなくプラスの感情を抱いていただきたい。これからもさらに可能性を探っていきたいですね。

これからは「この番組を好きで、こういうふうに感情を抱く」というメンタリティに基づいたターゲティングも一つの方向性になっていくでしょう。そういった意味で、今回の施策に関しては「『silent』の世界観が好きな人」というターゲティングができていたと言えるわけで、そこに寄せてクリエイティブを作っていくことが少なからず効果を発揮するという知見を今回は得ることができたと思っています。

しかもTVerでの番組連動CMならば、番組を見た人「すべて」に必ずリーチができる。世界観をセグメントとして捉えて広告を制作していく方法論と組み合わせると、無限の可能性が広がっています。

飯塚氏:冒頭申し上げた通り弊社はメディアDXソリューションである「AaaS」を活用してテレビの価値化を放送局のみなさんと一緒に推進していくコミュニティ「TV AaaS Lab」を運営しており、今回日産さんとフジテレビさんとこうしたデファクトスタンダードになるような先進的な事例について研究や対談ができたことは非常に嬉しいことだと感じています。テクノロジーが進化し、今まで計測できなかったデータが分析できるようになり、様々な広告効果の分析モデルが出てきてTVerなどの配信まで含めたテレビの価値を正しく可視化できるようになってきているので、こうしたテレビをアップデートして盛り上げていくような座組を今後も日産さんやフジテレビさんと進めていけるとありがたいなと思っています。