日本放送協会 メディア総局 副総局長・山﨑英一氏
NHK ONEが示す公共放送の新たな役割「情報空間の参照点に」 〜Inter BEE 2025レポート
編集部 2026/1/19 12:00
一般社団法人電子情報技術産業協会(JEITA)は、「Inter BEE 2025」を2025年11月19~21日にかけて幕張メッセで開催。今年は昨年を上回る33,853名が来場した。
本記事では、11月19日に行われたINTER BEE FORUM「Inter BEE 2025 Opening & Keynote」から、「情報空間の参照点を目指して―NHK ONEと公共放送の新たな役割」をレポートする。
本講演では、日本放送協会 メディア総局 副総局長・山﨑英一氏が登壇。不確かな情報が氾濫する現代において、公共放送がネット空間で果たすべき新たな役割を「情報空間の参照点の提供」と位置づけ、NHKネット必須業務化の中核である「NHK ONE」の理念と展望を語った。
■ネット配信の必須業務化で、公共放送は新たな段階へ
2024年5月の放送法改正により、2025年10月1日からNHKのインターネットサービスが放送の「補完」から放送と同等の「必須業務」へと格上げされた。これにより、テレビとラジオ番組の同時配信、見逃し・聞き逃し配信、そして番組関連情報の配信が正式にNHKの本来業務として位置づけられた。
「放送経由でもネット経由でも、同等の変わらない同一の価値、同一の受益をもたらすことを目指す」と山﨑氏。ネットでの価値提供にも強い意欲を見せた。
「NHK ONE」の利用にあたっては、受信契約者であれば追加の負担はなく、「NHK ONE」アカウントと受信契約情報を連携させることでサービスの利用登録が完了する。
「この変革は、視聴者のメディア利用形態の変化に対応するものであり、公共放送が新たな段階に入ったことを象徴する出来事」と、山﨑氏は力を込めた。
■放送の原点、災害報道と「公共公益性」の理念
山﨑氏は放送100年の歴史を振り返り、その原点として1923年の関東大震災を挙げた。
「大震災の混乱の中でデマが飛び交い、社会が不安に陥るなかで、災害時における最も有効な報道機関としてのラジオ放送の必要性を、国民は痛感した。この教訓が、1925年の日本初のラジオ放送開始につながった」
山﨑氏は東京放送局初代総裁・後藤新平氏の言葉を引き、文化の機会均等や公共公益性の追求といった理念が放送開始当初から存在したことを強調。「放送局と消費者の双方に『高い自主的感覚と倫理観で放送を活用すべき』と訴え、放送に関わる者の自立と責任を求めた精神を紹介した。
■メディア環境の変化と“参照点”としての使命
山﨑氏は、ネット利用時間がテレビのリアルタイム視聴時間を上回ったとする総務省の調査結果を紹介。NHKがネット必須業務化に至る経緯となった総務省検討会での議論の背景に、メディア環境の劇的な変化があったことを示した。
「情報の信頼性が揺らぐ今、メディアの最も重要な役割は、何が事実で何を信じれば良いのか、その判断のよりどころとなる情報を提示し続けること。NHK ONEの使命はここにある」
山﨑氏は、NHKの経営計画が掲げる2つの基軸「情報空間の参照点の提供」「信頼できる多元性確保への貢献」を挙げ、「放送で培ってきた公共的役割をネットの世界でも果たしたい」と決意を表明。
「伝統のあるメディアとして長年培ってきた『自己修正メカニズム』と『多元性』が信頼の基盤である」と述べ、ネットにおいてもその責務を担っていくとした。
■興味関心を軸に情報を横断 構造化データとデザインで「コンテンツ中心UI」を実現
山﨑氏は、「NHK ONE」が従来のサービスと一線を画す思想として、「機能中心」から「コンテンツ中心」への設計思想の転換を挙げた。
「見逃しはここ、ニュースはここといった機能別の縦割り構造ではなく、たとえば『相互関税について知りたい』といったユーザーの興味・関心を軸に、番組、ニュース、テキスト記事など、多様な情報を横断的につなぎ合わせる」
こうした「コンテンツ中心設計」を実現する技術的基盤として、「NHK ONE」では、世界標準の構造化データ仕様「schema.org」「JSON-LD」を導入。「これにより、NHKが持つ膨大な情報を構造化し、コンテンツ同士を意味的関連性で結びつけることが可能になった」と山﨑氏は説明した。
<編集部解説>
「schema.org」は、Googleなどの検索エンジンが共同で提唱する、ウェブページの内容を説明するための共通語彙集。これにより、たとえば「人物の名前」や「製品の価格」といった情報の意味が標準化される。
「JSON-LD」は、WWWの標準化組織・W3Cが提唱する記述形式の一つ。JavaScriptのオブジェクト記法を元にしたデータ形式であるJSON(JavaScript Object Notation)を使い、schema.orgの語彙を用いてページの情報を構造的に記述することで、検索エンジンがその意味を正確に理解できるようになる。
さらに、ウェブサイトを構成するパーツである「コンポーネント」と、統一されたデザインを実現する「デザインシステム」を導入し、CMSで管理。
構造化されたデータを、APIを通じてやりとりすることにより、「様々なデバイスに最適化された形で、直感的かつ統一感のあるインターフェースで提供できるようになった」と、その具体的な仕組みを解説した。
■ユーザー一人ひとりに最適化した「情報空間の参照点」へ
山﨑氏は、「NHK ONE」が掲げるキャッチフレーズ「いつでも、どこでも、あなたのそばに」が示す趣旨についても説明。
「いつでも」は、同時配信や見逃し配信によって放送時間に縛られない視聴体験、「どこでも」は、スマートフォンからテレビまで多様なデバイスで場所を選ばず利用できる利便性を表現。「あなたのそばに」は、最大5つまで作成可能な「プロファイル機能」を示す。
「世帯内でも個人ごとに視聴履歴やお気に入りを管理でき、一人ひとりに寄り添ったサービスが提供可能になった」と山﨑氏。「放送局から一斉に同じ情報を届ける一方向的なサービスから、個人の使い方に合わせたパーソナルなサービスへと進化することで、NHK ONEがより身近な存在になれば」と、期待を語った。
山﨑氏は、今後の展開として、年末の「紅白歌合戦」、来年の大河ドラマ「豊臣兄弟!」、ミラノ・コルティナ五輪といった大型番組やイベントの配信を予定していることを発表。特に長時間の番組では「便利な追いかけ再生を使えば、見逃した部分もすぐにキャッチアップすることができる」と、新機能の利便性をアピールした。
「豊かな番組体験、正確で充実した情報を、インターネットでも視聴者の皆様にお届けしていく」と山﨑氏。「NHKはこれからも放送と配信という両輪を通じて、『情報空間の参照点』を提供する」とし、「『信頼できる多元性確保への貢献』を目指すことで、国民一人ひとりの役に立つサービスを届けていきたい」と、力強く述べた。