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「推し活」はスポーツ配信をどこへ導くのか〜DAZNが描く双方向とオープン化〜【Inter BEE 2025レポート】

編集部 2025/12/26 12:00

スポーツ視聴の前提が、いま大きく書き換わり始めている。テレビによる一方向の中継から、配信・AI・XRを前提とした双方向かつ多層的な体験へと、この流れはさらに加速していきそうだ。メディア総合イベントInterBEE 2025(11月・幕張メッセ)で行われた企画セッション「DAZNジャパントップに聞く、推し活スポーツ配信」では、スポーツ配信をめぐるこうした変化の兆しを、具体例とともに確認していった。登壇したのは、DAZN Japan CEOの笹本裕氏と、日経Gaming編集長の平野亜矢氏。モデレーターは筆者が務めた。本セッションでは、「推し活」を軸に、スポーツ配信の現在地と、今後数年で起こりうる体験やビジネスの進化を議論した。
(ジャーナリスト・長谷川朋子)

■「一方通行」から「双方向」へシフトした2025年

 「推し活」という言葉は、アイドルやアニメの文脈で語られることが多い。だが本セッションでこれをテーマの軸に置いたのは、推し活が単なるファン行動ではなく、スポーツ配信の現在地と未来を読み解くための有効なレンズになり得るという点にある。なぜなら、推し活とは「誰を、どこを、どの深さで見たいか」という視聴者それぞれの関心によって、同じ試合でも見え方が変わってくることを表しているからだ。多くの人に同じ体験を同時に届ける力は、いまもスポーツ文化の基盤にある。その一方で、配信を前提にすると、視聴体験はより多様になっていく。その広がりを捉える視点として、本セッションでは「推し活」という言葉を使った。

まず共有されたのは、スポーツ配信を取り巻く技術環境の変化だ。スポーツ配信の最前線に立つDAZN Japan CEOの笹本裕氏は、2025年前後を「視聴体験が一方通行から双方向へと本格的に切り替わる転換点」と位置づけた。多視点撮影は、かつてのように大規模な中継体制を組まずとも、AIによる補完などを通じて、現実的なコストで成立し始めているという。こうした技術進化によって、「編集」や「編成」の主導権が、放送側だけでなく視聴者側にも広がりつつある。DAZNでは実際、テキストで「見たいシーン」を指定するとAIがアーカイブ映像を自動抽出・編集する仕組みをイタリアでテスト中だ。

DAZN Japan CEOの笹本裕氏(編集部撮影)

「見たいポイントを自分で選ぶ」視聴体験を支えるコア層のニーズを汲む手段の一つとして、XRやVRも有効だ。具体例として紹介されたのが、DAZNがMetaと連携し、米国向けにFIFA Club World Cup 2025で展開したXR視聴の取り組みである。Meta Quest向けのXRアプリでは、ピッチ全体を俯瞰できる3D表示や、時間を巻き戻してプレーを確認できる機能、180度映像による臨場感の高い視聴体験が実装されたという。
重要なのは、これらが「会場にいる感覚」を競うための技術ではない点だ。XRは没入のための手段であり、理解を深め、見たいポイントに能動的にアクセスするための補助線として機能することに価値があるという認識が共有された。推し選手や特定の戦術を深く追いたい層にとって、XRは「よりよく理解するための視聴体験」として、現実的な選択肢になりつつある。

■eスポーツが先行した「開かれた体験設計」

この変化を先行して体現してきたのが、ゲーム・eスポーツの世界だ。ゲーム・eスポーツをビジネス視点で取材する日経Gaming編集長の平野亜矢氏は、まず無料で参加でき、追加コンテンツ(いわゆるスキン課金やDLC)を通じて関心を深めていくゲームの構造が、ファンの裾野と熱量の両方を育ててきたことを紹介した。加えて、公式配信に加え、配信者と一緒に観戦・リアクションする同時視聴文化が定着していることも特徴に挙げた。
こうした仕組みは、視聴体験を「コンテンツそのもの」から「誰と、どの視点で楽しむか」へと拡張してきたと言える。「“何を見るか”だけでなく、“誰と一緒に見るか”が体験価値になる点は、スポーツ配信にも通じる」と、平野氏は指摘した。
その延長線上で、笹本氏はライブスポーツ配信の行方について、「プロ実況・解説に加え、誰と一緒に見るかを選べる視聴体験が当たり前になれば、ライブスポーツ配信とeスポーツ配信のフォーマットは、今後5年で急速に近づいていく」との見方を示した。

日経Gaming編集長の平野亜矢氏(編集部撮影)

■「Only on DAZN」から「Open on DAZN」への転換構想

議論は、配信ビジネスの構造にも及んだ。WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)のような国民的コンテンツをクローズドで提供するモデルは、サービス側にとって契約数増加を見通しやすいという意味で、ビジネス上の利点が大きい。一方で、ライト層や次世代との接点をどのように確保するかという論点も浮かび上がる。競技人口と視聴人口の関係を含め、入口の設計をどう考えるかが、議論のテーマとして共有された。

こうした文脈の中で言及されたのが、「Only on DAZN」から「Open on DAZN」への転換という構想だ。笹本氏は、これまでの独占を前提としたモデルに対し、APIの開放や外部との連携を通じて、より開かれた形で配信基盤を活用していく方向性を示した。入口は広く保ちつつ、深く関わるユーザーが広告や推し活を通じて任意に支払う、いわばFree to Play的な発想を、スポーツ配信に応用していくという考え方だ。
笹本氏は、「DAZNだけが前面に出るのではなく、配信インフラとして他サービスに組み込まれ、広告や推し活課金など多様な形で収益化していく未来像を描いている」と語った。

「推し活」をテーマの軸に置いた議論(編集部撮影)

■ゲームなど業界内外との連携カギに

無料配信が入口となり、有料配信がコア層を育て、その先ではコミュニティや推し活の設計が重要になる。そうした視点から始まったセッションの締めくくりとして、平野氏は、「スポーツとゲームは一方向ではなく、体験設計やマネタイズの面で相互に影響し合っている」とまとめた。
笹本氏はTwitter Japan社長時代を含む自身のキャリアを振り返り、「AI時代に、スポーツという人類最高のエンターテインメントに新しい表現を与えたい」とDAZN参画の理由を語った。その上で「Open on DAZN」の文脈で、業界内外と連携していく考えを示した。
スポーツ配信は今、技術・ビジネス・文化の三層が同時に組み替えられる局面にある。その交差点に「推し活」という視点を置くことで、次の5年を考えるための具体的なヒントがあるのではないか。

スポーツ配信の現在地と今後のビジネスの進化について語った(編集部撮影)