左から村上氏、伊藤氏、川森氏、大吉氏、菊池氏
“放送技術の将来”を多様な視点で語りあう 〜Inter BEE 2025レポート
編集部 2026/1/29 10:00
一般社団法人電子情報技術産業協会(JEITA)は、「Inter BEE 2025」を2025年11月19日から21日までの3日間、幕張メッセで開催。今年の来場者数は昨年を上回る33,853名を記録した。
本記事では、11月21日に行われたINTER BEE FORUM特別講演「“放送技術の将来”を多様な視点で語りあおう!」の模様をレポートする。
放送概念の再定義が世界的に議論される中、本講演では業界の常識やしがらみにとらわれない議論を行うべく、多様なバックグラウンドを持つ専門家が集結。放送技術の現在地と未来像について熱い議論を交わした。
パネリストは東京大学 大学院情報理工学系研究科 特任研究員の川森雅仁氏、株式会社イコーゼ 代表取締役の大吉なぎさ氏、慶應義塾大学大学院 メディアデザイン研究科 特任教授の菊池尚人氏、株式会社フジテレビジョン メディア技術開発部の伊藤正史氏。モデレーターは元NHK放送文化研究所でメディア研究者の村上圭子氏が務めた。
■「日本の地デジは世界一の技術インフラ」
セッション第1部は「まだまだあるぞ!地デジ放送の可能性」と題し、日本の放送技術が持つ潜在能力をいかに引き出すかというテーマで進められた。
東京大学・川森氏は、長年IPTVやWebの国際標準化に携わってきた経験から、「日本の地デジ(ISDB-T)が世界一の技術インフラだ」と断言。世界で唯一、放送波でJavaScriptコンテンツを伝送できる規格であり、それによってインタラクティブなサービスや地域ごとの天気予報など、ターゲティング放送を実現している技術的優位性を解説した。
「この規格は国連の組織であるITU-Tで国際標準となっており、1億台近い端末で受信できるインフラは他に類を見ない」と川森氏は述べ、「ATSC3.0を採用する米国がようやく1000万台に到達したのとは比較にならない規模だ」と強調。
その一方で「コンテンツ制作はこのデジタル技術が追いついていない」「今までと同じマインドセットで考えてはいけない」と述べ、技術を活かすためのビジネスモデルやコンテンツ制作手法の変革が急務であると課題を提示した。
■1億台のテレビ端末に向けた「放送イオンモール型」BMLポータル構想
続いて、元TBSでTVerの立ち上げなどにも関わったイコーゼ・大吉氏が、現在の地デジ技術であるBML(Broadcast Markup Language)で実現可能な具体的なサービスとして、「放送イオンモール型BMLポータル」と名付けた構想を提案した。
これは、テレビの電源を入れた際や選局時に、いきなり全画面で番組を映すのではなく、まずポータル画面を表示するというアイデア。画面にはTVerIDと連携した「あなたへのおすすめコンテンツ」や、自治体と連携した災害情報、さらには視聴履歴や属性に応じたターゲット広告などが表示される。
「今の若い人はポータル画面やマルチ画面を経由して自分の好きなものを選ぶ。それであれば、データ放送の画面をポータルにすればよいのではないか」と大吉氏は語り、「現代のユーザー体験に放送を合わせるべき」と力説。
「このポータルはいわば『インプレッション100%』の画面であり、CMの視聴機会を確実に創出するなどビジネス的な利点もある」と実現可能性を述べた。
■「基盤のゆらぎ」に対する危機感 アドレッサブルTVで投げかけるテレビ広告技術革新
フジテレビ・伊藤氏は、自身が開発を主導してきた「アドレッサブルTV」技術を紹介した。
これは放送波とインターネットを融合させ、CM枠をターゲットに応じて出し分け可能なデジタル広告に置き換えるもの。技術開発の背景には、10年ほど前に米国の次世代放送規格「ATSC3.0」の検討プロセスから得た学びがあったという。
「国内で高度衛星放送の規格化に携わっていた当時、放送エコシステムの将来像から技術を考え、広告の高度化や視聴計測を要件としている米国が新鮮に映った。本来、事業のエコシステムから考えるのは当然で、日本の放送にも広告技術の進化が求められる時代が来る。民放自身が主体的に動かなければ、と強く感じた」
伊藤氏は、今後の放送業界の課題として、放送コンテンツへの接触機会につながるプロミネンス(掲出性)、「チューナーレスTV」など多様な視聴デバイスへのリーチ(到達性)の確保、デバイスメーカーとの関係性の再構築、3点を挙げ、放送局がコンテンツを届けるための基盤そのものが揺らいでいることに強い危機感を示した。
第1部の議論を総括し、慶應義塾大学・菊池氏は、「『マスメディア』と呼べるのは放送だけだと思う」とその社会的信頼性の重要さを強調しつつ、「一方でそのエコシステムは脆弱になっているという二律背反状態にある」と分析。
東京大学・川森氏も「日本は技術的に優れたインフラを持っているにも関わらず、それを十分に活かしきれてない」とコメントし、「それをビジョンの力で持って行くことができていない現状を残念に感じる」と、技術と経営の乖離を嘆いた。
■世界の周波数政策と、放送を取り巻く「厳しい現実」
セッション後半は「攻めの議論で考える放送の将来」と題し、周波数再編というより長期的で根源的なテーマへと移った。
周波数政策の専門家である慶應義塾大学・菊池氏は、Queenの楽曲「Radio Ga Ga」を引用し、「ラジオ元気? まだ君のこと好きな人が結構いるよ」と、愛情と危機感が入り混じる放送の現状を表現。その上で、各国の厳しい現実を解説した。
「米国では次世代放送規格『ATSC3.0』のチューナー搭載義務化を巡って放送局とメーカーが対立し、大手メディア企業ワーナー・ブラザース・ディスカバリーが放送事業の売却を試みるも買い手がつかなかった。ヨーロッパでは、イギリスのBBCが2030年代のIP移行(=地上波停波)に言及し、スイスは既に停波を完了するなど、放送波の維持が自明ではなくなってきている」
さらに菊池氏は、米国で2012年に放送用の600MHz帯が携帯電話事業者に再割り当て(オークション)された点に言及。「これからは周波数の使い方を固定的に考えない姿勢が重要だ」と説いた。
■公共資源としての伝送路 周波数の未来と「国産クラウド」構想
「テレビ製造が中国メーカー中心となる中で、(世界的に普及率の高い地デジ規格DVB-Tを優先し、日本などの地デジ規格である)ISDB-Tに対応するチューナーを製造しなくなる可能性がある」と、東京大学・川森氏はハードウェア供給のリスクを指摘。その上で「放送とはデータを送ること」という概念の転換を提唱し、「伝送路が放送波であるか光ファイバーであるかに固執すべきではない」と語った。
大吉氏はさらに踏み込み、中継局の統廃合などで将来的に空く周波数をどう活用すべきか、という問題提起を行った。
「空いた周波数を携帯キャリアに明け渡し、彼らのネットワーク上でNetflixやYouTubeといった海外OTTのトラフィックが消費されるだけで良いのか。貴重な資源をどう使っていけばいいのかを考えるべきだ」
大吉氏はその具体的な対案として、空いた周波数を活用し、国産のデータセンターや仮想化基盤を組み合わせた「ネオプラチナム」「ジャパンソブリンクラウド」構想を披露。放送も通信も柔軟に扱える国家の新たなデジタルインフラを構築し、その上で多様なアプリケーションを展開するという壮大なビジョンを描いた。
■「マインドセットの変革」こそが放送の未来を切り拓く鍵
会場の参加者からは、「インフラは共通化するがサービスは自分だけで作る、という欧州の考え方をどう思うか」「広告以外の収益モデルになぜ行かないのか」といった鋭い質問が飛んだ。
前者に対して、フジテレビ・伊藤氏は、「垂直モデルは容易に想定できる。だからこそ、視聴者視点で各放送局を横断的に見られる水平モデルを探りたい」と応じ、後者に対しては、「そのマインドセットは動き始めている。一方で、デジタル広告市場は伸長しており、広告技術の進化も必要。アドレッサブルTV広告技術は、この10年で3回ほど世に当ててみたが当時は響かなかった。今回は手ごたえを感じる」と、変化の兆しを語った。
最後に各登壇者が未来へのメッセージを語った。
慶應義塾大学・菊池氏は、「健全な民主主義を支える放送の信頼性を担保していくことが重要」と語り、イコーゼ・大吉氏は「壮大な構想も、実現可能なことから一つ一つ着手していくことが大切」とコメント。
東京大学・川森氏は「変革はローカルから起こるのではないか」と期待を見せ、フジテレビ・伊藤氏は「来年ここにもし集まれたら、そのときに何かを動かしていたい」と自らが変革の担い手となる決意を述べた。
モデレーターの村上氏は、「この問題提起をそれぞれの職場や有志でディスカッションしたり、いろんなところで議論が起きたりしていくことが変革に繋がる」とコメント。技術論以上にマインドセットの変革こそが放送の未来を切り拓く鍵であることを強く印象付けた。