27 FEB

日本をドキュメンタリー大国に——「DDDD Film School」1年目の現在地(後編)

編集部 2026/2/27 12:00

「日本をドキュメンタリー大国に」——世界で戦えるドキュメンタリーづくりを学ぶ場として始まった「DDDD Film School」は、その実現に向けてどのような形で落とし込んできたのか。副校長に2025年の米アカデミー賞短編ドキュメンタリー部門ノミネート作を手がけた山崎エマ氏を迎え、学びの環境を整えてきた。後編では、スクール立ち上げから1年目を通じて何が見えてきたかに焦点を当てる。一般社団法人DDDD Institute代表の金川雄策氏がその手応えと課題を語る。
(ジャーナリスト・長谷川朋子)

【関連記事】なぜ、ドキュメンタリーの学びの場が必要なのか——「DDDD Film School」立ち上げ背景(前編)

■米アカデミーノミネート監督が副校長に

DDDD Film School副校長 山崎エマ氏

DDDD Film Schoolでは、「誰が教えているのか」という点も学校の成り立ちを考える上で欠かせない。副校長として名を連ねる山崎エマ氏は、その一人だ。代表の金川雄策氏とは、これまで複数の制作現場で協働してきた関係にある。2025年の米アカデミー賞短編ドキュメンタリー部門にノミネートされた山崎氏の代表作『小学校〜それは小さな社会〜』では、金川氏がCo-Producerや撮影チームの一員として参加している。

「共に作品に取り組み、色々な話をしていく中で、ドキュメンタリー学校の構想もごく早い段階から話題に上っていました。具体的に動き始めてからも、意見をもらいながら内容を整えていった形です」

実際、カリキュラムを進めてきたこの約1年で、金川氏自身も手応えを感じている。

「生徒一人ひとりの撮影も編集スキルが、明らかに変わってきています。シネマティックに撮れるようになってきていますし、編集でも、エマさんに教わりながら“ビジュアルでどう伝えるか”を意識できるようになってきました。カリキュラムについて見直すべき点はもちろん、まだありますが、方向性としては間違っていなかったという実感があります」

第1期は、少人数で進められた。募集では25人ほどの応募があったが、受け入れは10人に絞った。理由は単純で、フィードバックの密度を担保するためだ。週1回3時間のオフライン授業を効率よく回し、講師が一人ひとりに返し、「作って覚える」実践の課題に繋げている。少人数制は、エリート校化のためではなく、学習効果を最大化する設計だ。また「Discord」などオンラインのツールを活用し、授業外でもコミュニケーションしやすい環境を作り、学びを継続させている。

■ソニーFX3や音響機器F8nなど揃える

実践を学ぶことを重視する以上、実際の制作現場で使われている機材をどう整えるかも、立ち上げ当初からの課題だったという。金川氏は、その過程を「人のツテも頼りながら調整していった」と振り返る。

「音響メーカーZOOMのエンジニアの方と出会ったことをきっかけに、相談を進めていくなかで、『F8n』など音響機器を複数台、快く提供してもらっています。メディア総合イベントInterBEEに足を運んだ時には、中国のDeity Microphones社の展示ブースで直談判してガンマイクなどの関連機材の支援を受けることができました。また、大学時代の友人を介して、ソニーマーケティングからCinema Lineカメラ『FX3』などを借用する形でも揃えています。もちろん、購入している機材もあり、設備面も力を入れています」

ドキュメンタリー制作の基礎力を固めていくための環境を整える一方で、スクール単体で完結させない考え方もある。金川氏が理事を務める国際共同制作ドキュメンタリーの推進イベントTokyoDocsやドキュメンタリー国際人材育成プロジェクトJ-Docs Hubなどとの連携も視野に入れている。

「スクールだけではカバーできない部分もあると思っています。世界で活躍していくための人材を育てるためには、助成金の活用も重要です。ただ、それだけに頼る形ではなく、長期的に自立した運営のあり方を模索していきたいと考えています」

今後は講座を増やしていく計画もある。現在はディレクターを主な参加としているが、プロデューサーコースなどの設置も検討しているという。制作現場で不足しがちな役割を補い、人材の厚みを作る狙いだ。

■ドキュメンタリーの未来を一緒に開いていく仲間

立ち上げからまもなく1年。金川氏が最も強く実感しているのは、生徒たちの変化だ。

「生徒たちの目がとても生き生きとしている。楽しそうに制作に向き合っている姿を見ると、それだけで十分だと感じます。『このスクールに入っていなかったら、どうなっていたかわからない』『人生のターニングポイントになった』と言ってくれる方もいて、そうした言葉を聞くたびに、やってきてよかったと思います」

スクール設立当初から、金川氏は「ドキュメンタリーの未来を一緒に拓いていく仲間をつくりたい」と繰り返し語ってきた。その言葉は、少しずつ現実味を帯び始めている。

「一人ではなかなか変えられない。でも、束になると変わるはず。最初は10人だった生徒の数が、来年は20人になり、さらにその先で100人になっていく。そう考えると、ようやく未来が少し見えてきた気がします」

1年目の手応えは、個々のスキル向上だけにとどまらない。学びを共有し、刺激し合う“束”が生まれ始めたこと自体がこの1年を象徴している。

最終的な目標は明確だ。「日本をドキュメンタリー大国にすること」だと金川氏は語る。スクールが担うのは、人材を育てて終わることではない。学びを経た人々が交流し、情報を持ち寄り、やがて海外へと押し出されていく流れをつくる。そのための起点になることを目指す。将来的には、スクール生に限らず、放送局や制作会社といった立場の違いを越えて、ドキュメンタリーの担い手が集まれる拠点構想も視野に入れているという。

学ぶ場から、産業の基礎体力を編み直していく。DDDD Film Schoolが目指しているのは、教育機関としての成功ではなく、日本のドキュメンタリー制作の土台を静かに変えていくことなのかもしれない。

画像:DDDD Film School