カナリア諸島の税制優遇制度セミナーが5月20日に東京・インスティトゥト・セルバンテスで開催された。(画像:Proexca)

18 JUN

「撮影経費の半分が戻る」カナリア諸島の異例の税制優遇とは【税制優遇セミナーレポート前編】

編集部 2026/6/18 10:00

カナリア諸島でロケを行うと、撮影経費の約50%が還付される。スペイン領の小さな島が、なぜここまで振り切った優遇策を設計したのか。Proexca(カナリア諸島投資・輸出促進機構)とスペイン大使館経済商務部が5月20日に東京・インスティトゥト・セルバンテスで開催したセミナーで、Proexcaのトレードアドバイザー、ハビエル・パスクワル氏が説明した。前編では、その背景と制度の全容を追う。
(ジャーナリスト 長谷川朋子)

■観光依存からの脱却と、15年のエコシステム構築

Proexcaのトレードアドバイザー、ハビエル・パスクワル氏(筆者撮影)

スペイン領のカナリア諸島は、大西洋上に浮かぶ8つの島々から成る。人口220万人に対し、年間受け入れ観光客数は1800万人。スペイン全体の観光客1億人のうち約5分の1を、この島々が受け入れている。

観光産業がカナリア諸島の経済を支えているとも言えるが、裏を返せばそれはリスクでもある。観光客の動向に収入が左右されないよう、カナリア諸島州政府が産業多角化の戦略を打ち出したのがここ15〜20年のことだ。ターゲットに定めたのは映像コンテンツ産業、IT・テクノロジー産業、海洋産業の3分野。そのうち映像コンテンツ産業に対しては、世界中の制作会社がカナリア諸島で撮影・制作に投資しやすい形の税制優遇を設けた。

「何もないところから始めた」とパスクワル氏は言う。カナリア諸島に拠点を置く企業も増え、15年前には数えるほどしかなかったアニメーション制作会社は現在25社を超え、ゲームスタジオは44社以上にまで成長した。「ハリウッドに匹敵する制作拠点」として認知されつつあるという。

カナリア諸島の成長の鍵は、15年以上かけて育ててきた産業エコシステムにある。5つの大学と176の専門学校を中心とする人材育成体制が揃い、年間平均気温22度、日照時間4800時間という温暖な気候、そして物価が手頃なのも魅力だ。これに税制優遇が加わる。スペイン国内でも離職率が最も低い地域として知られ、制作拠点として人材が定着しやすい環境だ。

パスクワル氏は「他の地域にも当てはまる強みもありますが、税制に関しては、この島でしか存在しない」と強調する。立地や人材はあくまでも前提条件であり、カナリア諸島がグローバルな競争の中で差別化を図るための最後の一手が、この税制優遇制度だという位置づけだ。

■「拠点設立型」と「プロジェクト参加型」

カナリア諸島の税制優遇は、「拠点設立型」と「プロジェクト参加型」の二層構造だ。

拠点設立型は、カナリア経済特区(ZEC=Zona Especial Canaria、通称「セック」)に法人を設立した場合に適用される。スペイン本土の標準法人税率25%に対して法人税率が4%に抑えられる。さらに、カナリア諸島で得た収益を株主への配当として本国送金する際には、二重課税防止条約の適用により源泉徴収税(配当課税)が実質0%となる。

プロジェクト参加型の場合、カナリア諸島で実施される映像コンテンツプロジェクトに対し、拠点の有無を問わず適用される税制優遇になる。整理すると以下の通りだ。

・外国制作(インターナショナルプロダクション):実写・アニメーションへの投資経費に対し最大54%を税額還付(Tax Rebate)
・スペイン製作または国際共同製作:最大54%の税額控除(Tax Credit)
・ゲーム開発・技術革新系プロジェクト:最大45%を税額控除(Tax Credit)
・付加価値税(IGIC):実写・ゲームにかかる経費は0%

「この制度を使えば、仮に5000万ドルの制作費のうち、2500万ドルが手元に戻ってくるという計算です。カナリア諸島で撮影し、プロジェクトを進めることがいかに魅力的かということを伝えたい」とパスクワル氏は話す。

■インフラと体制が、制度を本物にする

立地も強みにある。カナリア諸島はアフリカ大陸から約320キロ沖合に位置し、欧州・アフリカ・南北アメリカ大陸の三大陸に挟まれた場所にある。時差の観点から言えば、午後に北米、午前に日本とリアルタイムでやり取りできる位置関係にあり、「1日を通じて全世界と仕事ができる」というのが現地で働く人々の実感だという。

8島のうち7島に国際空港があり、マドリード、ロンドン、フランクフルト、バルセロナ、ストックホルム、オスロ、ニューヨーク、アフリカ大陸各都市への直行便が毎日運航している。年間2000万人を超える観光客を支える航空インフラが、ビジネス上の移動利便性にも直結する。

カナリア諸島の映像コンテンツ産業振興は、Proexcaを中核に、州政府・カナリア文化開発機構(ICDC)・各島のフィルムコミッション(テネリフェ、グラン・カナリア、ラ・パルマ、フエルテベントゥーラ、ランサローテ、エル・イエロ、ラ・ゴメラ)・カナリア経済特区(Canarias ZEC)・カナリア諸島映像コンテンツクラスターが連携する形で機能している。対外的なブランドとして「カナリー・アイランズ・フィルム(Canary Islands Film)」が実写・アニメーション・ゲーム・ポストプロダクションの4領域を一体的に推進する窓口となっている。

法人税4%、税制優遇最大54%、配当課税0%、付加価値税0%——数字を並べると、それがいかに異例の水準かが伝わってくる。その背景として、カナリア諸島州政府がこの制度を観光依存からの脱却という明確な戦略目的のもとに設計し、15年以上かけて産業エコシステムごと育ててきたことが大きい。制度だけが先行するのではなく、制作人材・スタジオ・インフラが実態として伴っている。

後編では、STUDIO4℃とスタジオNOWAKE(ノワケ)が手がけた映画『映画 えんとつ町のプペル ~約束の時計台~』を事例に、制度活用の実態をレポートする。

画像:Proexca