カナリア諸島の税制優遇制度セミナーが5月20日に東京・インスティトゥト・セルバンテスで開催された。(画像:Proexca)
『えんとつ町のプペル』続編はなぜカナリア諸島で作られたのか【税制優遇セミナーレポート後編】
編集部 2026/6/22 10:00
興収27億円のヒットを記録したプペルシリーズの続編映画『えんとつ町のプペル ~約束の時計台~』の制作で、カナリア諸島の税制優遇制度が活用された。なぜ日本から遠く離れた島だったのか。その舞台裏をSTUDIO4℃代表・田中栄子プロデューサーとスタジオNOWAKE(ノワケ)の創業者兼CEO・四角英孝氏が語った。前編に続き、Proexca(カナリア諸島投資・輸出促進機構)とスペイン大使館経済商務部が5月20日に東京・インスティトゥト・セルバンテスで開催したセミナーをレポートする。
(ジャーナリスト 長谷川朋子)
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■出会いは、2022年秋のランチだった
映画『えんとつ町のプペル ~約束の時計台~』の制作がカナリア諸島と結びついたのは、2022年10月のことだった。日本からアニメーションを中心に映像関係者の視察団がカナリア諸島を訪れ、設けられたランチの席でSTUDIO4℃の田中栄子氏とスタジオNOWAKEの四角英孝氏が出会う。
かつてスタジオジブリで『となりのトトロ』『魔女の宅急便』のラインプロデューサーを務めた経歴を持ち、現在はSTUDIO4℃の代表として活動する田中氏だが、それまで海外との共同製作の経験はなかったという。一方の四角氏は海外拠点の経験は豊富だ。28年間に渡りアニメーションとゲームの制作現場で活動してきた。スクウェア(現スクウェア・エニックス)ではゲーム制作、ウォルト・ディズニー・スタジオでは『塔の上のラプンツェル』の制作に参加、6カ国・8都市での生活を重ねた後、2022年3月にカナリア諸島テネリフェ島にスタジオNOWAKEを設立したばかりだった。
「田中さんとはその時、初対面でしたが話が盛り上がって、すぐに協業のアイデアの話し合いを始めた」と四角氏は振り返る。具体的には、同年12月に両社の協議がスタートした。「プペルシリーズがテネリフェ島で作れたら最高だよね」という思いが二人を動かし、翌2023年8月から映画『えんとつ町のプペル ~約束の時計台~』向けのキャラクター開発に着手し始める。STUDIO4℃との正式契約から約1年半を経た2025年5月に最終納品が完了したというのが経緯だ。
■セックメンバーになる3つの条件
STUDIO4℃とスタジオNOWAKEが共同制作した目的の一つに、カナリア諸島の税制優遇制度の活用があった。カナリア諸島で制作したパートの経費の一部が還付されるタックスリベートを受けるため、四角氏が取り組んだのがカナリア経済特区(セック)へのメンバー登録だ。
セックのメンバー登録の条件には、まず新たな会社または支社をカナリア諸島に設立する必要がある。この条件はすでにクリアしていた四角氏だったが、「当時の条件では、2年以内に10万ユーロの投資を行うという項目が、僕にとって高いハードルでした」と正直に話していた。「他にもいろんな条件がありますが、カナリア諸島に法人を置くこと、現地に住民票のある従業員を最低5人雇用すること、そして現在は2年以内に10万ユーロの投資を行うか、もしくは従業員をもう1人追加することが求められています。この3つが最も必要な条件だと思います」。
映画のエンドクレジットには「カナリア諸島で制作された作品」であることが明示されており、これもタックスリベート申請の条件のひとつだという。STUDIO4℃への最終納品が完了した後、2025年12月にタックスリベートの申請書類の提出を完了させた。還付金の受け取りは2027年6月を予定している。
■ベルリン、アヌシーで高い評価を受けた技術表現
そもそも、STUDIO4℃とスタジオNOWAKEがタッグを組んだのは、新しいアニメーション制作技術を生み出すことにあった。人気のプペルシリーズ続編を成功させるために、これまでにない表現に挑んだというわけだ。
「STUDIO4℃ではそれまで"SP4"という自社で開発したリグ(アニメーションを動かすための骨格システム)で作業をしていました。今回、四角さんと出会ったことによって、"NK4"という新たなリグを一緒に開発し、映画『えんとつ町のプペル ~約束の時計台~』の制作を進めたんです」と田中氏は説明する。
NK4は、作画のようなタッチで3Dアニメーションを表現できることが特徴にある。技術の真価は新キャラクター「モフ」の制作に表れている。主人公のルビッチのバディとして、でっぷりとした猫キャラクターの「モフ」は、お肉を持ち上げて走ったり、四つ足でパッと逃げたりと、2Dのラインを活かしながら3Dに落とし込まれた。微調整を重ねながら作り上げ、欧米の3Dアニメーション特有の伸縮自在の動きと、日本のリミテッドアニメーション的なタッチを融合した新たな表現を追求できたことで、高い評価を受けている。
今年2月のドイツ・ベルリン国際映画祭ではジェネレーション部門にノミネートされ、さらに6月にはフランス・アヌシー国際アニメーション映画祭で特別上映されるに至った。ノミネートの理由について「STUDIO4℃の技術力がさらに磨かれ、美しい表現力を身につけたことへの評価は大変嬉しいことです」と田中氏は話す。
■テネリフェ島の海を望む場所にあるオフィス
テネリフェ島のサンタクルス中心部、海を望む場所にオフィスを構える四角氏はカナリア諸島での生活そのものについても語った。「日本人に合う新鮮な食材が豊富で、マンゴー、パパイヤ、アボカドは手を加えなくても季節になれば庭木に実がなります。車で15分走れば、山にも海にもすぐに着く。天然の海水プールがあるのも魅力です。毎年2月にはヨーロッパ最大級のカーニバルが島の中心で開催され、賑わいます。仕事と生活のワークライフバランスを保つことができる場所だと思います」。
また島の住民の5人に1人はヨーロッパや中南米からの移民という。「島の知り合いの半数はスペイン以外のヨーロッパ各国、もしくは中南米からの移民です。マドリードよりもむしろインターナショナルだと感じます」と四角氏は話す。その言葉通り、スタジオNOWAKEの従業員11人もスペイン人6人、ベネズエラ人2人、フランス人2人、インド人1人という国際色豊かな顔ぶれだ。このメンバーで今回のプペルシリーズのほか、Disney+向けアニメーション『Messi and The Giants』や、ポン・ジュノ監督の次回作アニメーション『Ally』(2027年公開予定)のキャラクター開発を手がけるなど、設立からわずか数年で実績を積み上げている。
日本企業がカナリア諸島の税制優遇制度を活用した事例は今回が初めてだ。スペイン政府機関による日本の映像関係者向け視察プログラムを通じて生まれたネットワークが、新たな技術開発と国際共同制作へと結びついたことにも意義がある。今回の取り組みは、日本のアニメ制作における新たな選択肢のひとつを示した。