09 JUL

テレビは結局“何周まわった”のか? 奥律哉氏が語るメディアの変遷と「最終周」の結論

編集部 2026/7/9 12:00

放送を基軸とした情報通信サービスの融合、地域の新たな情報基盤創造に取り組む放送局有志の団体、マルチスクリーン型放送研究会(マル研)の勉強会が6月9日に都内で開催。この中で、メディアビジョンラボ代表・奥律哉氏による特別講演「テレビはいったい何周まわったのか?」が行われた。

本講演では、2011年のマル研設立時からの議論を振り返りつつ、最新の統計データや時間帯別の生活者インサイトを交えて、放送と通信の融合が辿り着いた結末を分析。メインスクリーンとサブサブスクリーンの概念が消失し、インターネットに包含されつつあるテレビメディアの現在地と未来の課題を浮き彫りにした。

■「全部インターネットに包含される」視聴環境と広告市場の現状が突きつける“現実”

「マル研で初めて登壇した2014年はメインスクリーンとサブスクリーンの連携を議論していた」と奥氏は振り返りつつ、当時10%程度であったテレビのネット接続率が「関東においては現在70%に達している」と、12年間を通した環境の激変ぶりに言及した。

変化の背景について奥氏は、「テレビ購入時、設置業者が初期設定でWi-Fi接続やチャンネルセンシング、各種チャンネルの視聴設定までを完了させている」と指摘。キャッチアップ(見逃し)配信や同時配信など、視聴経路そのものがネット接続を前提としたものになりつつあるとした。

続いて奥氏は、広告市場における現状の構造について言及。全体の広告費の中でインターネット広告費が半分を超えて4兆円に達し、うち動画広告費だけで1兆円以上を占めている現状を説明した。

「テレビ市場は1兆6000億から1兆7000億円、BSは900億強で1000億円に届かず、ラジオは1200億円規模で推移している。現在の広告費の市場成長はすべてインターネットが牽引している。」

その上で奥氏は、インターネット広告費4兆円のうち、3兆3000億円を占める媒体費の中に新聞、雑誌、ラジオ、テレビといった「4マス由来のデジタル広告費」が807億円含まれていると指摘。「かつてのような『敵か、味方か』という考え方はもはや存在せず、各メディアのコンテンツの力がインターネット側に合算されている」と述べた。

「ECサイトの物流や個人の行動、プロモーションのすべてをインターネットが包含する時代になる。メディアはその中で存在感を回復していくしかない」

ここで奥氏は「動画広告費」にフォーカス。1兆円を超える規模の大半を運用型広告が占め、2026年も約15%の成長率が予測されている現状を報告した。

「放送と通信の融合が叫ばれてからの20年間、音声や映像を出しながら付加情報やCM、サブスクリーンを連動させるハイブリッドキャスト、SyncCastなどの日本オリジナルモデルが模索されたが、結果的にはコネクテッドTV上で本線映像そのものをフルスクリーンで持ってくる形に決着した」と奥氏。

これまでさまざまな角度から「一周まわってテレビ」の形を模索してきた末の「最終周」と結論づけた。

■メディア25年の歴史が示す「メインとサブ」の消失

続いて奥氏は、内閣府による2025年の消費動向調査のデータを紹介した。

総世帯におけるテレビの普及率は90.3%まで低下し、「約1割の家庭がテレビを持たない時代」に。100世帯あたりのテレビ保有台数は168台へ減少し、二人以上の世帯でも世帯あたり2台を割っている。

その一方で携帯電話の100世帯あたり保有台数は総世帯ベースで195台を超え、1世帯あたり2台近くのスマートフォンが存在する状況に。「こうした現状が、テレビ広告の在庫減少に拍車をかけている」と奥氏は懸念を示した。

「29歳以下の若い単身世帯におけるテレビ普及率は69%にまで急減している。若年層における実際のテレビ視聴行為者率は概算で約5割にとどまっており、非常にゆゆしき状態だ」

この背景には、チューナーレステレビの台頭が大きく影響していると奥氏は語る。

「チューナーレステレビという呼び方には、チューナー内蔵テレビが当たり前であるとの無意識が前提にある。しかし将来的には、チューナーレステレビがデファクトになることも考慮する必要がある。アンテナ端子に接続してテレビを見るという概念自体が変化していくだろう」

「放送と配信のハイブリッドで同じサービスが提供できれば媒体としてのリーチ力を取り戻せるはずと主張してきたが、現実はオンエアのフルスクリーンをネット動画に持っていかれている」と奥氏。「キー局やBS局はネット対応のモデルを構築しやすいが、ローカル局にとっては厳しい状況」とし、今後も議論の余地が残ると述べた。

続いて奥氏はビデオリサーチによる25年分のMCR/exデータを紹介。デバイスの普及とメディアの利用時間が激しくリンクしていく歴史を解説した。

「2001年にYahoo! BBが行ったADSLモデムの無料配布によるPCネット接続の普及に端を発し、2008年以降のiPhone登場によってモバイルの視聴分量が徐々に拡大していった。この過程で、2014年頃に26.3分で最大値となった録画再生時間はクラウド型へ移行し、現在はTVerなどのテレビ動画配信に代替されている」

「かつて業界では本線(放送波)映像とそれ以外を区別しており、ハイブリッドキャストやSyncCastでもメインである放送画面の視聴体験を携帯端末がサブとしてナビゲートする発想を維持していた」と奥氏は述べつつ、「結果として今は『サブスクリーン』そのものが存在しない状態になってしまった」と指摘。「スクリーンにおいて、もはやメインとサブという発想は見事に消えてしまっている」と結論づけた。

■時間帯別データが暴く、生活者のリアルな「裏ニーズ」

厳しい現実がデータによって示されるなか、未来に向けて手を打つ余地はまだあるのか。奥氏はデータの中に一つのヒントを見出す。

ビデオリサーチ社のMCR/ex(2025年6月の関東地区)データを用いた時間帯別行為者率の分析では、個人全体で朝の時間帯に時計代わり生活情報の確認、連ドラなどのテレビを見る山がある一方、23時を過ぎるとネット動画の行為者率がテレビを逆転するという。

「23時台や24時台に若者向けの編成を組んでも、「起きている人間の多くは、寝室などでネット動画を見ている」という実態を紹介。

「従来の視聴率競争のようなパイの奪い合いに終始するのではなく、ネット動画の行為者率の山を俯瞰することで、テレビに対する『裏ニーズ』を見出せるという事実を認識するべき」と提言した。

10代のデータでは、朝7時にテレビの行為者率のピークがあるものの、学校から帰宅する16時台には、テレビとネット動画の行為者率に圧倒的な開きが出ているという。

「現状、テレビ各局の16時台には何が編成されているか。どこも報道番組、ニュースショーばかりで若者を向いていないのではないか。結果、画面に見たいものがない若者がネット動画に流れている」

若年層においては、夕食時の19時半に一瞬テレビとネット動画の行為者率が拮抗するが、それ以外の時間帯ではネット動画がテレビを圧倒。M1層やF1層でも21時を境にネット動画が有利になる交差が発生しているという。

奥氏は「現状、『21時まで』と『21時以降』の壁が存在する」と指摘。昭和時代からのテレビ視聴習慣を踏襲するM3・F3層以上頼みの現状に対し、「若者を拾わなくていいのか」との課題意識を問いかけた。

■「放送の再定義」における日本の遅れ 放送と配信を分ける“ガラパゴス法制”への疑問

終盤、奥氏は総務省「デジタル時代における放送制度の在り方に関する検討会」での議論を基に、「放送の再定義」の必要性を強く訴えた。

「一戸建ての八木アンテナから同軸ケーブルで受信するシンプルな環境から、ケーブルテレビやIPマルチキャストへと受信環境が多様化する中、日本だけが公衆によって直接受信される『放送』と電気通信回線を通じた『配信』を法律で厳密に切り分けている。このように制度が硬直化した状態では、情報空間の健全性を担保することは難しい」

奥氏は「放送=一対多・片方向」「通信=一対一・双方向」という二分法に終始する従来の議論に対し、「現在の若い世代にしたら『視聴の上では全部一緒じゃないか、何が違うのか』という思いだ」と一蹴。「通信の秘密」という大前提こそあるものの、「放送の本線映像をネットで送る技術的なハードルはすでに消滅しつつある」と述べた。

放送と通信の融合において取り沙汰される一つに「輻輳問題」があるが、この点についても奥氏は言及。

先日のNetflixでのWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)配信では、輻輳はほとんど発生していなかったと認識している。技術の進歩によって「配信で受けても、いずれは輻輳しない時代がくる」とし、「そうした見方を前提として今後の放送制度を考えるべき」と重ねて意見を述べた。

「リクエストベースの通信か、チャンネル信号を選ぶ放送かという二分法は、現在の若者には通用しない。『なにも足さない。なにも引かない。』、放送と同じコンテンツが各ローカル局発でそのままネットに流れる環境を作るべきだ」

奥氏はテレビ番組や動画の包含関係の変遷をベン図で示し、かつては独立していた放送とネットが重なり合い、最終的にはネットという巨大な空間の中に放送が含まれる構造になると予測。マクロな視点とエビデンスベースでの議論の重要性を強調した。

「これまで『一周まわってテレビ』という言説を繰り広げてきたが、マルチスクリーン研究会における結論としては、『3周はまわっただろうが、結果として本線映像をネットに持っていかれた』というのが結論だ」と奥氏。「放送を起源としたコンテンツをネットのリテラシーに合わせ、ネット空間から放送への循環ループを構築するなどグランドデザインを描いて対応していく必要がある」と強い警鐘で締めくくった。