13 JUL

「マルチスクリーン型放送研究会」15年の歩みに幕 放送とデジタルの融合が遺した財産と地域メディアの未来

編集部 2026/7/13 12:00

放送を基軸とした情報通信サービスの融合、地域の新たな情報基盤創造に取り組む放送局有志の団体、マルチスクリーン型放送研究会(マル研)の勉強会が6月9日に都内で開催された。

この日あわせて行われた総会では、同会が2026年9月末をもって活動を休止、2027年3月末をもって解散することが提案された(後にメール審議にて可決)。参加メンバーの減少や高齢化によって、同会の主旨である「新たな放送サービスを実現する」という目的を果たすことが難しくなったとした。

勉強会では、15年間の活動を振り返るトークセッション「マル研とはいったい何だったのか」を開催。メディア研究者で東京財団上席フェローの村上圭子氏、初代事務局長を務めた毎日放送の齊藤浩史氏を中心に、全国から集まった参加者がマル研15年の歴史を振り返りながら、数々の挑戦と直面した壁、次世代へ託す地域メディアの絆に思いを馳せた。

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■マル研15年の歩み ネット時代の新放送サービス実験場からローカル局連帯の場へ

セッションの冒頭、村上氏は「15年間を前向きに振り返るセッションにしたい」と宣言。同会の初期段階から関わってきた自身の経歴に触れ、技術畑ではない外部の視点と内部の視点の双方から活動を見守ってきたと述べた。

齊藤氏は、2011年の設立から約8年間にわたり事務局長を務めた経験を回顧し、設立から今日までの歩みを振り返った。

マル研は、放送に連動して番組やCMの情報がスマートフォンに届く「セカンドスクリーンサービス」など、インターネット時代の新たな放送サービスを実現することを目指し、在阪局が中心となって2011年12月に設立された。

放送の進行に応じてスマートフォンに情報を連動させる「SyncCast」の実証実験は、全国41局、163番組を舞台とする大規模な取り組みへと発展した。

その後、2015年のTVer立ち上げによってメインスクリーンとセカンドスクリーンの議論が激変すると、同会はローカル局の情報共有の場へと軸足を移し、「インターネットの父」村井純氏を招いた勉強会などを開催。

さらに総務省の委託事業として、放送音声のAI自動認識によるリアルタイム字幕をスマートフォンなどのセカンドスクリーンへ表示する「字幕キャッチャー」の実証実験に取り組んだ。

コロナ禍以降はWEBベースでの活動を展開し、在阪局主体から地方局を巻き込んだ体制へと一新。静岡のローカル4局による動画配信ポータル「ShizLIVE」の試みや、民放連の採用支援事業「MINPO.WORK」用コンテンツを南海放送のスタジオで制作するなど、エリアや系列を超えたローカル局の課題解決に尽力してきた。

■メンバーが語るマル研「夢を形にしようとした時間」「会社組織を超えた重要な居場所」

続いて、事前に実施されたアンケートの回答を基に、参加者にとっての同会の存在意義を検証。齊藤氏がAIを活用して整理した回答データには、同会を象徴する言葉が並んだ。

ある参加者はアンケート結果を振り返りつつ、同会立ち上げから技術部会長として濃密な時間を共有した日々を述懐。系列や広告業界、メーカー、ネットワーク事業者など多様な立場の人々が集う様子を「おもちゃ箱をひっくり返したような空間だった」と振り返った。

放送とインターネットが融合した未来を真剣に信じる人々が集まった同会。参加者の一人は、「未熟な議論や失敗もあった」としつつも、「夢を語ることを恥ずかしいと言わず、実際に形にしようとした時間そのものだった」と語った。

セッションにオンライン参加したメンバーは、「現在のネット配信が普及した環境を、当時から完全に予測していたわけではない」と前置きしたうえで、「迫り来る脅威に立ち向かうため、放送局やベンダーが垣根を超えて知恵を出し合える『同志の集まり』ができたことは大きな財産である」と述べた。

さらに別の参加者は、「自社内で孤立しがちだった問題意識をマル研で解消できた」とする経験を告白。「日本中に同じ未来を見据えて活動する仲間がいると実感できたことで、迷子にならずに済んだ」と話し、同会が会社組織を超えた重要な居場所であったと振り返った。

これを受けて齊藤氏は立ち上げ当時を振り返り、「セカンドスクリーンを提唱しても社内の理解が全く得られない時期であった」とコメント。「マル研の試みが、時代に対して早すぎたのかもしれない」と悔しさを滲ませた。

■マル研の成果:デジタル人材の底上げと系列を超えた連携

村上氏は、「マル研を通じ、放送業界のみならず配信会社やメーカーなど様々な業界が混ざり合うことで、デジタル人材の底上げを実現できたと思う」とコメント。

ある参加者からは、同会における他局や系列局との交流を通じてデジタル領域の知見を深めた若手社員が、現在は自社で技術やデジタルの統括、AI概念の導入などを推進する中核人材として活躍しているという報告がなされた。

地方兼営局に所属する参加者は、「新しいデジタル領域での事業展開において、マル研のネットワークが決定的な役割を果たした」と発言。視聴者向けオウンドメディアとして機能する「南海放送アプリ」を開発する同社社員と情報交換を行い、社内プレゼンを経て同アプリの自社カスタマイズ版を導入した。現在はイベントのスタンプラリーなど、事業の核として機能し、マル研で共有された知見も運用ノウハウとして活かされているという。

別の地方局の参加者は、2013年に熊本城マラソンの生中継において「SyncCast」を活用した検証を行ったと報告。当時はテレビを見ながらスマホを操作する文化が未成熟であったものの、営業サイドから要望が出るなど、テレビ以外の接点で視聴者へ情報を届ける「新しい可能性を現場で証明した」と振り返った。

さらに青森の放送局から出席した参加者は、現在の当たり前となっている配信への取り組みは、同会における「数々の研さんの先にあって」実現したものだと主張。地方の小規模な局であっても、同会に参加することで業界の最新動向を学び、ベンダーとの接点を持てたことへの謝意を示した。

■マル研の反省:先取りしすぎた挑戦と、直面した壁

村上氏は、2022年2月に総務省の有識者会議に向け、マル研のメンバー有志が意見書を提出した歴史についても言及。キー局主導で進む再編議論や、ローカル局の役割について自社制作比率偏重の表層的な議論が進む中、当事者であるローカル局の生の声を直接届ける手段が不足していたと指摘した。

意見書の提出という行動について、齊藤氏は「有志の中では、各局が個別に発言しにくい中言うべきことはしっかりと伝えなければいけないという思いがあった」と語り、議論を重ねてエッセンスを絞り込んだと回顧。様々な摩擦はあったとしながらも、「提出によって議論の風向きが変わった」との実感を述べた。

これに対して村上氏は、「当時の国の議論は『キー局のニュースの拠点としてローカル局をどう維持するか』という狭い視点で進んでいた」とコメント。「地域においてローカル局が果たす多様な役割や、制作比率の低さが系列ネットワークという仕組みによる制約の問題でもある点を示した意見書は、同会という枠組みがあったからこそ表明できたものであり、中央主導の議論に一石を投じた」と強調した。

成果を確認しあう一方、「マル研で達成できなかった課題」についても議論がなされた。

メンバーへのアンケートでは「SyncCast」について「時代を先取りしすぎた」という声や、「自社での理解を得られず、全国的な定着に至らなかった」と無念の声が上がったという。

齊藤氏は、「スマートフォンの画面をテレビに占有されたくない」という現代の若者の視聴行動に触れ、「放送とスマートフォンを強制的に連動させる設計自体に限界があった」とコメント。「たとえ実施タイミングが良かったとしても、いずれ頭打ちになったのではないか」と、構造的な課題を指摘した。

かつてプロ野球のオープン戦で「SyncCast」の運用を担当したという参加者は、「オンエアを見ながら手動で情報を配信し、スポンサーのサイトへ誘導する試みを行った」と説明。しかし視聴者からは「テレビを見ていただけなのに、なぜ勝手にサイトに飛び込んでしまうのか」と苦情があったといい、狙いが刺さらない苦しさが強烈な思い出になったと語った。

番組連動のデパート中継でリアルタイムに情報を表示させる施策を行ったという参加者は、クーポン配信で実利的な成果を上げたとしながらも、「力技による運用負荷の大きさが、横展開を阻む要因になった」と分析。その一方で、「AIなどのツールが普及した現在であれば、当時とは異なるアプローチでのサービス展開が可能かもしれない」との見解を示した。

TVerに埋もれないローカル独自の共通プラットフォーム構想が実現しなかったことへの悔しさを滲ませる参加者もいた。「1局単独ではネット発信に限界がある。マル研のような結集軸で真の共通プラットフォームが作れていれば、状況は変わっていたかもしれない」

別の参加者は、「初期のマル研は『何かをやりたい人が集まる熱い場所』であったが、後半はコロナ禍の影響もあり、単なる勉強会へと変質してしまったように思う」と指摘。「実験で終わらせず、社会へ浸透させる取り組みこそが改革には不可欠である」と述べた。

■マル研の先に伸びる道:次世代へ紡ぐ、地域メディアの未来とつながり

セッションの終盤では、マル研の終了理由ともなったメンバーの高齢化について議論。当日も会場参加者の平均年齢が50歳を超えているとして、若手の参加者が少ない現状に対する懸念が示される一方、若手参加者からは未来につながる希望の声があがった。

配信プラットフォーム企業からの参加者は、「マル研を通じて各局と密な連携を行ってきた」とする経験を報告。「今後もローカル局がまとまって新しい挑戦ができるよう、若い世代が主体となって現場を盛り上げていきたい」と決意を述べた。

20代が主体のベンチャー企業の技術者であるという参加者は、「音と映像を扱うテレビの領域は、エンジニアにとって今なお非常に魅力的で面白い分野である」と強調。「テレビの強みを生かした新しいエンターテインメントの創出を使命とし、クオリティを高めていきたい」と意気込みを語った。

2020年頃から参加しているという参加者は、「自社内に相談できる相手がいなくても、『マル研に来れば背中を押してもらえる』というファジーな状態こそが貴重な役割だった」とコメント。「キー局とは異なり自社完結が難しいローカル局の若手のため、マル研が解散しても、緩やかなネットワークの仕組みは形を変えて残すべきだ」と主張した。

最後に、村上氏と齊藤氏が全体の議論を総括した。

村上氏は、「地域に向き合うメンバーからの学びは自身の地域メディア研究の原点」と語り、マル研が幕を閉じることに「ものすごく寂しい」と本音を吐露。「巨大なネットの波が押し寄せる今だからこそ、系列や業界の枠を超えて地域での役割を模索する『同志のつながり』が必要」と述べ、「これは解散ではなく新しいスタート」と声をあげた。

齊藤氏は、最終の総会にリモート含め約100人の参加者が集まったことに感謝を示し、「これからもみなさんのつながりは続く」と強調。「今後も組織の枠に捉われず、やりたい人が集まる緩やかな関係性を継続していきたい」と述べ、15年にわたるマル研の活動を前向きな言葉で結んだ。