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5G時代のユーザーが受ける恩恵と新たなコンテンツの形〜『5G準備委員会』イベントレポート(後編)

編集部 2020/4/15 07:00

全国の視聴者がリアルタイムに参加できるインタラクティブなテレビ番組やCMを数多く手がけてきた株式会社LiveParkは、2020年3月18日(水)自社が運営するイベント参加型ライブ配信アプリ「LIVEPARK(ライブパーク)」上でオンラインセミナーイベント「メディア&コンテンツ業界のための“5G準備委員会”」を開催した。

テレビ放送の現場における5G(第5世代)回線を用いた具体的な取り組みについてパネルディスカッションのうち、今回は5G回線によってユーザーサイドが受ける恩恵、そして5G時代の新たなコンテンツの形についてまとめる。

会場の様子

パネラーは毎日放送 経営戦略室メディア戦略部長・マル研運営会リーダーの齊藤浩史氏、日本テレビ放送網 技術統括局の川上皓平氏、北海道テレビ放送 コンテンツビジネス局 ネットデジタル事業部兼編成局編成部 兼 技術局 放送・ITシステム部の三浦一樹氏、そして「5Gでビジネスはどう変わるか」の著者で、株式会社 企 代表取締役 慶応義塾大学大学院政策・メディア研究科特任准教授のクロサカタツヤ氏。MCをLivePark エグゼクティブ・プロデューサーの清田いちる氏。

【関連記事】5G回線を用いた生中継・素材伝送の現状と今後の課題〜『5G準備委員会』イベントレポート(前編)

■5Gがもたらす「機材のワイヤレス化」というメリット

パネラーの多くは、5G回線の大きなメリットとして、カメラから放送機材までをワイヤレス化することで現場のケーブル敷設コストを大きく削減できるという点を挙げた。

三浦一樹氏と齊藤浩史氏

三浦氏:「さっぽろ雪まつり」では会場の各所で在札テレビ局がステージイベントをやりつつ(その模様を番組素材として)素材伝送している。今回は2つの大通会場で5Gの実験を実施。3丁目エリアのスキージャンプ台と8丁目エリアの大雪像でのイベントの映像を5G回線で伝送した。8丁目にはNTTドコモより借りた移動基地局車を、3丁目は特設アンテナを用いて5Gのエリアを構築した。また、公衆網の4G回線も組み合わせた。

 

これまでさっぽろ雪まつりのテレビ中継では来場客の支障にならないよう中継車とカメラを繋ぐケーブルを(会場の)雪を掘って通していたが、今回はカメラにつけた直接通信端末からコードレスに伝送でき、現場スタッフからは好評だった。

 

また今回は(ジャンプ台でパフォーマンスする)スノーボードプレーヤーの胸元にスマートフォンを取り付けてアクションカメラとし、その映像をRTMP(Real Time Messaging Protocol)でYouTubeに直接配信する試みも行い、大きな反響を得た。

斉藤氏:ゴルフ中継の場合もカメラケーブルはすごい量になる。人が通る場所は養生しなければいけないし、断線したら故障箇所の特定が大変で場合によっては全部配線しなおし。ケーブルに変わる伝送回線として5G回線を活用するという話は現場の省力化という意味では大きい。

齊藤浩史氏と川上皓平氏

川上氏:駅伝でも、各中継拠点やビルの上に伝送用のマイクロ波アンテナを立てるが、出先とベース基地間などその地点までのでは毎回のケーブル敷設が必要になる。

斉藤氏:公衆網ではなく、特定施設内の(クローズドな)アクセスポイントを活用するという方法はカギにかもしれない。技術スタッフの働き方改革にもつながる。

清田いちる氏とクロサカタツヤ氏

スペインで開催されるモバイル通信の見本市「MWC(Mobile World Congress)」でファーウェイが行った実験では、圧縮レートの低い8K映像をノンスタンドアロンの回線網でスムーズに伝送していた。発信端末から受信端末までは2〜3kmほど離れていたが、100インチの8Kディスプレイで問題なく視聴できるレベルだった。同様のことが今後据え付けのアクセスポイントを用いた「ローカル5G」によって実現できれば、いっきに導入の敷居が低くなるだろう。

■5Gによってコミュニケーションはどう変わる?

1980年代後半に端を発する1G(第1世代)通信にはじまり、現代の5G通信までをなぞりながら、その過程で起こってきたコミュニケーションスタイルの変化をまとめたスライドを川上氏が発表。これをもとに議論が進んだ。

 

川上氏:大きなショルダーバックみたいな機材を必要とした1G世代は電話としての用途が主流で、音声でリアルタイムにコミュニケーションできることが大きな価値を持っていた。やがて2Gではテキストのやりとりに軸が移り、メールというストック可能なコミュニケーションが生まれた。3GではLINEのような、リアルタイム性のあるプッシュ型コミュニケーション。4GではInstagramやTikTokのようなショート動画がコミュニケーションの中心になった。

5Gではリアルタイム動画が主流になるのでないか。その場にいる感覚や、その場の状況を共有できることに価値が出てくる。(リッチな)情報発信がオールドメディアだけの特権ではなくなり、コモディティ化していくと思う。

クロサカ氏:5Gが本当に行き渡った世界では、我々の考えと違うメディア体験が実現されているだろう。たとえば通信する相手同士の細かな状況の変化をセンサーが検出し、動画を最適化してくれるかもしれない。

クロサカ氏:5Gが本当に行き渡った世界では、我々の考えと違うメディア体験が実現されているだろう。たとえば通信する相手同士の細かな状況の変化をセンサーが検出し、動画を最適化してくれるかもしれない。

斉藤氏:昨年登壇したInterBEEのパネルディスカッションでも話題に上がったが、5G時代のコミュニケーションは相手がまるでそばにいるような、もっと気配感のあるものになっていくのではと思う。

5Gが放送ビジネスに与えるインパクト【InterBEE2019レポート】

5Gでは常時接続が前提となり、伝えられる情報がどんどん皮膚感覚的になっていく。離れた地点にいる複数の人がまるで同じ場所にいるようなコミュニケーションも可能になるだろう。

川上氏:いまの(メッセージアプリの)「スタンプ」にあたるようなエポックメイキングが5G時代でも生まれそうだ。エモーショナルなふるまいや空気感を伝える、動画やテキストではない「なにか」が出てくるかもしれない。

「情報リッチ化時代」における、放送局の役割とは?

パネルディスカッションの終盤は、放送局がこれまで行ってきた「編成」が焦点に。5G時代が到来し、リッチな情報を誰でも扱えるようになったそのとき、放送局が果たす役割とは──。

 

川上氏:発信力がコモディティ化し、スマートフォンや監視カメラなどが5Gネットワークにつながることでいろんな人が発信できるようになり、膨大な動画ストリーミングが発生する。そこにテレビ局がどう絡んでいくか。膨大な情報は「これ“が”おもしろい」と味付けされなければ埋もれていく。そこでテレビ局の編成力やスイッチング力、編集力が活きてくると思う。

日々膨大な時間分の映像素材を魅力的なシーンに編集したり、複数のカメラをスイッチングするなど一意にディレクションして届けるのが放送局の力。5G時代には、放送局の素材だけではなく、ユーザーが発信する情報をうまくスイッチングし編成することに我々の価値が見いだせるのではないか。

斉藤氏:たとえば災害時に発信される映像など、「どこからその情報が来ているのか」がわかれば、番組の中で素材の選択肢が増えていく。しかし同時に、その情報をどう編集し、スイッチングするかが重要になっていく。

川上氏:流れてくる膨大な映像すべてを見ることはできない。テキストに比べて動画はカロリーが高いし、1時間の動画を見るには1時間かかる。コンテンツがリッチ化してユーザーの欲求も高くなるなか、そこに合ったコンテンツを届けないといけない。エンターテインメントとして伝えるにあたって、テレビ局の(情報編集)ノウハウは活用できるのではないか。

斉藤氏:(雑多な無編集映像の)ダダ流しを面白いというユーザーもいるがそうした人はごく限られたコアなファンでないか。たとえば多くのユーザーにとって野球中継のでマルチアングル(配信)は本当にたのしいのだろうか? と考えてしまう。いま何が起きているかを的確に伝え、そのうえで別の視点も提供する情報編集ノウハウは重要でないか。番組制作現場では“タリー(放送中を示すランプ)”というサインがあり、自分の撮影している映像がいま放送されていることをカメラマンは把握できる。「数ある情報のなかから自分の発信する情報が『選ばれている』」というのは嬉しく感じるはずで、このような仕組みをユーザー側にも作れると、発信のモチベーションにつながり、よりクオリティの高い情報の発信につながるのではないか。

川上氏:YouTube動画も誰かのプレイリストに入ると再生数が上がる。(タリーは)5G時代の新しいメディアはいわばそれのリアルタイムストリーミング版のイメージだ。

清田氏:「みんなが知っておいたほうがいい情報を伝える存在である」ということが、テレビ局の公共性ではないか。

クロサカ氏:放送局とは「スーパーマーケットの棚」のようだと思った。山ほどモノ(情報)があって棚(番組)が細かく分かれ、つねに供給(放送)されている。たくさんの商品のなかから欲しい物をユーザーが選んでいるように見えるが、それらは送り手が「提案」したものだ。

5G時代には、従来よりもはるかに大量なラインアップの情報を放送局が揃えることになると思うが、新しいチャレンジの余地がそこにはあると思っている。UGC(User Generated Contents:ユーザー発信型コンテンツ)はユーザーから自主的に情報が投稿されるという構図に見えるが、そこに「編成」の概念はない。放送局には、UGCとは違うアプローチがある。

 

ユーザーの持つビヘイビア(文脈)の変化を察知し、それに応じて放送局の制作スタイルも変化していくのだろう。

 

蓄積したノウハウと技術で「チャンスを用意する」

締めくくりは、今回のテーマをふりかえってパネラーたちが感想を述べた。

 

三浦氏:いまのビジネスモデルの延長線上ではテレビ局の活路は見いだせないと感じた。地方局は人員も少ないので、限られたリソースで新しいことをやらなければいけない。マネタイズのかたちも考えていかなければいけない。

斉藤氏:5G回線を利用したスイッチングや伝送といった技術的な取り組みは(局内で)すでに行われている。一方、5Gという技術がチャンスをピンチにしないためにも、いま世の中をどうがどう変容していくか変わっていという視点が足りていない。5Gで生活者の暮らしが変われば企業のマーケティングが変わり、企業のマーケティングが変われば民放の収益の柱になっている広告の投下もおのずと変わってくる。迫りくる5Gという流れをチャンスにできるかどうか。放送局の中で(5Gの世界に)足を踏み入れている人間としては「チャンスにしていかなければ放送に明日はない」とすら思う。そうしたメッセージをるのかを社内に伝え、来るべき時代に(一丸となって)備えられるようにしていかなければいけない。

川上氏:テレビ局のコンテンツを因数分解すれば、(新しい技術と)シナジーする要素が見つかる。テレビ局がもつ「伝統芸」の力はあなどれない。我々が持っているノウハウを活かすことで、これまでの一方的な伝達に限らない、視聴者との新しい関係作りができると思う。

クロサカ氏:以前「LIVEPARK」で行っていた「焚き火の中継」が印象に残っている。「焚き火のリアリティを考える」という発想は、これまでありそうでなかった。こうした(斬新な視点をもつ)ものを見る、作り出す自由がまだまだあると思う。息苦しさを感じるいまの日本社会に、技術の力で「そんな情報の見せ方があるの?」というようなエポックメイキングを期待していきたい。

 

白熱した会場の雰囲気を残しつつ、当初の予定終了時刻を大幅に超える90分の配信が終了した。