31 MAR

民放キー局、リアルタイム配信の運用体制は? 各局技術担当者が語る 〜『PLAY NEXT 2023』レポート

編集部 2023/3/31 09:30

渋谷ストリームホールにて株式会社PLAY主催のカンファレンスイベント『PLAY NEXT 2023』が2023年2月10日に開催。動画配信における効率化ソリューションをはじめ、視聴者に寄り添った機能や新たな視聴スタイルをテーマに放送局や配信事業者が展示やトークセッションが行われた。

今回はこの中からトークセッション「手間と戦え!配信までのワークフロー自動化への取り組みとは」の模様をレポート。PLAY社が提供するクラウドサービス「KRONOS(クロノス)」をリアルタイム配信のプレイアウト(映像素材送出システム)として活用する放送局の担当者が登壇し、配信現場における技術的・人的な運用体制や負荷軽減に向けた取り組みなどが紹介された。

登壇者は、日本テレビ放送網株式会社 コンテンツ戦略本部 ICTビジネス局 兼 営業局 営業推進部 担当副部長 松本学氏、株式会社テレビ朝日 ビジネスソリューション本部 インターネット・オブ・テレビジョン局 インターネット・オブ・テレビジョンセンター 田中康博氏、株式会社テレビ東京 IT推進局次長 兼 配信技術センター長 星雄二氏。

松本学氏、田中康博氏、星雄二

モデレーターを株式会社PLAY メディアプラットフォーム事業部 クラウド技術推進統括部 部長 福本顕也氏が務めた。

福本顕也氏

■「マスター改修だけでは困難だった」各局が語るクラウド型プレイアウト導入の経緯

「KRONOS」はネットでの24時間ライブ配信をはじめ、ケーブルテレビ、衛星放送用のプレイアウトをパブリッククラウド上で提供するサービス。ライブ配信への広告挿入や “フタかぶせ”の規格である「SCTE-35」にフレーム単位の精度で対応するほか、既存放送設備との連携機能によって放送同等の複雑な番組編成にも対応し、キー局では多くの現場でTVerをはじめとするリアルタイム配信のプレイアウトとして活用されている。

まずは登壇者らが、導入の経緯について説明。

松本学氏

各局に先立ち、2020年秋に「日テレ系ライブ配信」としてトライアル配信を実施した日本テレビ。リアルタイム配信への対応について当初は営放システム改修を考えていたが、「コスト面を含め、今後の見通しが不透明なリアルタイム配信にオンプレミス(自設備での物理サーバー運用)で対応することへの懸念が大きかった」(松本氏)ことから、クラウドベースでの対応を決めたという。

田中康博氏

「各局に比べてマスター設備が古く、ネット配信を考慮した仕組みになっていなかった」というテレビ朝日は、今後の常時リアルタイム配信も見据えてマスターの改修を検討。しかし放送とネット配信では要件に異なる点があり、複雑な編成に対応する課題が残ったことからプレイアウトを使用する形に変更。PLAY社に相談し、「KRONOS」導入を決めたと語る。

星 雄二氏

一方、テレビ東京は初期段階からクラウドベースでのプレイアウトを指向し、2019年には英Veset社のインターネット放送局向けクラウドプレイアウトサービス「Nimbus」をはじめ複数のサービスについて情報収集を行う。海外製品では運用や保守の面に不安があったが、2020年12月にPLAY社がVeset社と資本提携する発表があり、PLAY社と話をしていくなかで、課題が解決するかもしれないということもあり、導入を決めたと語る。

■プレイアウトで制御、マスターで一本化・・・ リアルタイム配信 各局の送出システム

続いて、リアルタイム同時配信をふくめた各局のネット配信運用体制が紹介された。

日本テレビでは、放送番組サーバーと記事入稿サーバーを経由した収録番組ファイル、営放システムとメタ集約システムを経由した番組メタデータ、マスターとライブエンコーダーを経由した生番組動画ストリームの3系統を「KRONOS」に集約し、放送とは別個にネット配信用の送出システムを構築。一方、送出用のデータはいずれも放送用のデータを使用し、配信用のデータを二重に作成しなくてもよいよう工夫しているという。

テレビ朝日は地上波マスターを改修し、すべての番組の映像・音声をマスターからPLAY社のOVP(Open Video Platform:動画配信プラットフォーム)「STREAKS(ストリークス)」へ“直結”する形を検討。しかし、複雑な編成への対応や、系列各局が制作・セールスする番組における広告挿入や“フタかぶせ”の責任問題、CM(広告)とPR(番宣・告知)が連続する広告枠の扱いなど、複雑な要素にはマスターのみでの対応が難しかったという。

そこで同局では、マスターとOVP間の橋渡し役として「KRONOS」を導入し、営放システムからの放送データやEPG(電子番組表)データ、広告データを連携。同一のデータを使いながら運用を独立させることで、系列局でも個別にオペレーションが行えるようにし、課題であった責任の切り分けも解決したという。

テレビ東京では、地上波とBS、さらに独自配信用の系統を用意、それぞれの出力に対してネット配信向けの「インサーター(素材挿入設備)」を経由。3系統のうちBSと独自配信用のどちらを選択できるようにして、2系統の映像・音声信号を「KRONOS」へ出力して配信する形式を採用。これと並行し、営放サーバーからのメタデータを運行制御サーバー経由で同様に「KRONOS」へ出力している。

「他局との大きな違いは、まだ利用実績はないのだが、KRONOS上で地上波とBSまたは独自配信の2系統を組み合わせて編成できるようにしたこと。」(星氏)

■リアルタイム配信の監視体制 各局ともに「マスター業務の一部」として位置づけ

続いての話題は、リアルタイム配信における監視体制について。

日本テレビの場合では、リアルタイム配信における編成は一週間前までに確定し、配信当日の昼までに送出用の収録素材をスタンバイ。最終的な確認・送出作業はマスターの技術者が担当している。

「2020年のトライアル時から、リアルタイム配信の送出はマスター側の作業フローに組み込まれており、マスター側にもデジタルの知見が蓄積できつつある」と松本氏。これまではリアルタイム配信の担当部署である「ICTビジネス局」でも送出担当者を輪番制で決めていたが、今夏をめどにマスターでの一括管理に切り替える予定だという。

一方、テレビ朝日の場合は、マスター側でリアルタイム配信対応の専任チームを組み、地上波放送と並行して対応。「マスター側で地上波放送の運行データができあがる頃には、並行してプレイアウト側の運行データも完成している」(田中氏)という。

「TVerに公開する番組表データはEPGのデータを基本としているが、番組サムネイルなど、放送用のデータにはない項目については個別に対応する。番組素材の納品が放送ギリギリになることも多く、だいたい配信当日の午前中から夕方頃にかけて確定作業を行い、配信監視体制に入る」(田中氏)

日本テレビのケース同様「放送と配信を一括してマスターが担当することにより、マスター側にも配信に関するスキルが蓄積できている」と田中氏。フタかぶせなどの処理については当初手動での対応を予定していたが、「特定の担当者がかかりきりの状態となるため、障害対応に不安がある」とし、「KRONOS」で処理を自動化。負荷軽減につなげているという。

テレビ東京の場合は、見逃し配信担当の専任チームがメタデータと事前収録素材の登録を担当する一方、配信当日の監視作業はマスターが担当。地上波・BSのマスターと並行し、配信のチェックにあたっているという。

■いかに手間をかけず配信するか? 各局が取り組むワークフロー自動化の施策

続いての話題は、リアルタイム配信時における事前収録番組素材の扱いについて。同じ番組でもSVOD(有料動画配信)、AVOD(無料動画配信)とはCMチャンスなどの位置が細かく異なるケースも少なくないが、それぞれの媒体に向けた出し分けはどのように行っているのか、登壇者たちが語る。

日本テレビの場合、「番組素材は『放送用の映像ファイルのみ納品』としている」と松本氏。「トライアル配信時は放送用と配信用の2素材を作っていたが負荷が大きかった」といい、現在は「放送用素材を基本としながら、配信向けのフタかぶせなどは別途用意された“差分情報メタデータ”に応じて制御している」という。

「『KRONOS』側で差分情報のメタデータを読み取り、配信向けのフタかぶせなどを行っている。最後は『KRONOS』上で各番組スタッフがプレビューし、誤った箇所にフタがされていないか確認する」(松本氏)

一方、テレビ朝日の場合、事前収録素材については「放送用素材と見逃し配信用素材の2つを納品する形式をとってきた」と田中氏。リアルタイム配信の開始にあたり、見逃し配信用素材をリアルタイム配信用素材としても共用するフローを制定し、運用しているという。

「制作スタッフが社内のファイルベースシステムに入稿後、リアルタイム配信素材を格納するストレージに分配。そこから手動作業で『KRONOS』に登録している」(田中氏)

「運用上、見逃し配信用素材においても放送同様、本編前のカラーバーや素材クレジットなど、実際には配信しない部分が収録されている」と田中氏。これまでは配信用に手動でカットし、エンコードし直していたが、現在はメタデータの情報に応じて「KRONOS」側で編集・エンコードまで自動化しているという。

「『KRONOS』が営放システムから放送用素材を取得し、タイムコードを自動で割り振る仕組み。スタッフは番組と対象素材を紐付けるだけでよい形を目指した」(田中氏)

この仕組みを応用し、リアルタイム配信を行う番組については納品を受けたリアルタイム配信用素材をもとに『KRONOS』上で見逃し配信用素材をプラットフォーム別に自動生成。納品遅れや長時間番組などの理由で複数のリールに分かれた番組素材についても自動で1本化する仕組みが稼働しているという。

テレビ東京の場合、生放送番組は局内のマスターアウトをそのまま配信に乗せ、収録番組については別途素材を登録するフローで運用。納品形式は放送用と配信用とで分けているという。配信用素材の受付に関してはリアルタイム・見逃しともに同一窓口で担当しているが、「リアルタイム配信向けとAVOD、SVOD向け、それぞれでCM部分の編集方針が異なるために対応が煩雑になっている」と星氏。自動化を検討していると語る。

各局の声を踏まえ、福本氏は「可能であれば、配信に関する全部のフローを自動化したい」とコメント。とくにテレビ朝日の運用フローについては「サービス化し、各局が使用できるようにしたい」と語る。

「現在は複数のシステムをまたいで一つのフローを作っているが、将来的には各局の担当者が実施アクションを選んで独自にフローを定義できるようにしたい」と福本氏。デフォルト定義されたフローを各局が自社の業務に応じて調整できる機能のほか、制作側でのプレビュー機能、またライブ配信映像を同録し、番組表データを元に自動切り分けて素材化する機能の実装も検討していると語った。

■各局、目下の要望は「公開作業のワンストップ化」と「メタデータの一括管理」

セッションの最後は、ネット配信に関する今後の展望について登壇者がトーク。欧米を中心に盛り上がりを見せつつあるFAST(編成型リアルタイム配信)について、それぞれ「あくまで個人的な意見」としつつ、次のように語った。

「現在使用しているPLAY社のSaaSは、FAST配信にも技術的に対応できる仕組みだと思う。リアルタイム同時配信に取り組んで思ったのは、実際に本気でやってみないと見えてこない課題やビジネスチャンスがあるということ。そういった意味でSaaSモデルはスモールスタートに適しており、いちはやく課題や可能性に直面することができる」(松本氏)

「FAST型サービスといえる『ABEMA』があるが、これからは『番組を選んで見る』視聴者のほかに『ながら見する』視聴者もターゲットになっていくだろう。スポーツのハイライトなど、相性のよいコンテンツはありそうだ。(常時接続が増えることによる)運用負荷対策も含め、PLAY社とどこまで環境を構築できるかがカギになると」(田中氏)

「現状、TVerのリアルタイム同時配信がGP帯の番組に留まっているのにはいろいろ理由がある」と星氏。「そのまま広げていくにはまだ時間がかかりそうだが、『ずっと番組が流れている』ことに対するニーズはあると感じる」といい、テレビ東京での事例を紹介する。

「テレビ東京ではYouTube上で『シナぷしゅ』などの子ども向け番組を24時間ライブ配信しているが、一定の支持を得ており、『家事や仕事で忙しい間、子どもが見てくれていて助かる』というコメントも得ている」(星氏)

「やはり課題は『何を流すか』ということ」と星氏はいい、「可能性は大きいが、それと比例して課題も大きくなっていく」と胸の内を吐露。これを受け福本     氏は「技術的に対応できる部分は対応していきたい」と返す。

今後要望する機能について、松本氏は「各プラットフォーム向けの公開作業もワンストップでできると嬉しい」とコメント。田中氏は「現状、同じEPGデータをシステムごとにそれぞれ入力しているのが現状」と語り、「『KRONOS』上にメタデータを自動配分するハブ的な役割があると助かる」と要望する。

一方、「プラットフォームごとの出し分け時、“素材編集”を行いたいというニーズが制作現場側にある」と星氏。「(プラットフォームごとのフォーマットにあわせる)カット編集だけでなく、個別のテロップ挿入など」といい、「システム側での対応が進めば、現状それぞれ手作業で対応している手間が大幅に簡略化される」と期待を語る。

「『KRONOS』はブラウザベースのシステムである関係上、画面上での編集やプレビューなどに対応できないものもある」と福本氏。「どうしても編集ソフト上での作業に頼らざるを得ないところもある」としつつ、「番組のメタデータからEDL(Edit Decision List:編集決定リスト=編集箇所と適用作業を記述したリストデータ)を生成し、編集ソフトに読み込ませることで作業を簡略化させる試みを行っている」と語る。

「これまで『KRONOS』では映像の加工を主軸にすえて取り組んできたが、今年以降はメタデータの集中管理機能も視野に入れていきたい」と福本氏。「共通する情報を集めた中間データを用意し、それぞれの出面ごとにメタデータを出し分けていく仕組み作りにも取り組んでいきたい」と抱負を述べた。