05 OCT

TVer初オリジナルドラマ『潜入捜査官 松下洸平』プロデューサーが語る制作の舞台裏と“テレビの新しい可能性”

編集部 2023/10/5 09:00

TVer初となるオリジナルドラマ『潜入捜査官 松下洸平』(全5話)が配信中だ。
本作は松下洸平が、​​じつは警視庁の潜入捜査官で、大物俳優・佐藤浩市の疑惑解明のために芸能界に潜入。15年前から捜査を続けていた……という設定のサスペンスコメディ。

『潜入捜査官 松下洸平』キービジュアル

このドラマの特徴として挙げられるのが、在京民放5局のバラエティ番組とタッグを組んだこと。松下が本物のバラエティ番組の収録に参加しながら、同時にドラマの撮影も敢行。収録されたバラエティも通常の番組として放送・配信されている。

各局のコンテンツが、放送局の垣根を超えて集まっているTVerだからこそ実現できたというこのドラマの仕掛け人は、フジテレビで『失恋ショコラティエ​​』や『鍵のかかった部屋』など、数々の名作をプロデュースした小原一隆​​氏。この新しい取り組みを深掘りするため、各バラエティ番組のプロデューサーにアンケートをとり、小原一隆Pにはインタビューを行った。

■「影のアベンジャーズ」がアイデアを出し合う。前代未聞のドラマが誕生した経緯

フジテレビからTVer社に出向した小原Pは、常々、株主に在京民放5社がいるこのステージで、手を取りあったコラボレーションができないか、と考えていたという。それは、いちテレビ局では難しいことだが、TVerなら実現できるのではといった計画だった。

「自分ができるものと言ったら、やっぱりドラマ。ドラマで何かできないかなと考えたのが発端ですね」。そんな思いを抱えた中、旧知の仲だった松下のマネージャーと雑談。せっかくTVerに行ったのだから、松下で何かできないか、という話になった。

魅力的な俳優・松下洸平​​というコアができたことで、一気にアイデアが膨らみ始めた。企画を練り直す中、2022年9月、各放送局の配信担当、ドラマ担当、ドラマ制作経験者などに非公式でTVer社に集まってもらい、アイデアを投げてもらうことに。小原P曰く、このメンバーは「5局それぞれの精鋭がそろった影のアベンジャーズ」だという。

「集められた方々も、“本当に成立するのか”という思いがあったと思うんです。だからこそ、自由かっ達な意見をいただけました」。たくさんの案が出た中で、小原Pが注目したのは、モキュメンタリー(フェイクドキュメンタリー)の手法をとった映画『容疑者、ホアキン・フェニックス』​​の枠組みと、バラエティとコラボをするというアイデアだった。

「松下さんは、朝ドラ『スカーレット』​​(2019年)を皮切りに、ここ数年でブレイクされた俳優。“売れちゃったがために何か制約がある役”というアイデアと、もともと好きだったサスペンスの要素を組み合わせて企画が出来上がっていきました」(小原P)

潜入捜査という設定は、日本テレビの番組をTVerで見たのがきっかけ。ある事件を追うため、警視庁の公安部が10年間潜入捜査した裏側が、再現ドラマで配信されていた。「そこで、松下さんは、潜入捜査で芸能界に入ったため、“売れてはいけなかった”。だけど、売れてしまい捜査ができなくて困る、という設定を思いつきました」と振り返った。

■5局とコラボの“意味”を持たせるための番組の“役割”

民放5局の人気バラエティ番組が制作協力

本作でコラボしたのは『ぐるぐるナインティナイン』(日本テレビ)、『あざとくて何が悪いの?​特別編』(テレビ朝日)、『ラヴィット!』(TBSテレビ)、『緊急SOS!池の水ぜんぶ抜く大作戦』(テレビ東京)、『全力!脱力タイムズ』(フジテレビ)の5番組だ。

この企画において、湯浅弘章監督からは、バラエティとのコラボとなると、どうしても「番組宣伝色」が強くなる。視聴者に“やらされている感”を与えることだけは避けたい、との注文があった。すると、脚本家(峰尾賢人、我人祥太)から、それぞれの番組に役割を持たせ、ストーリーの中でその役割を分担してもらう、というアイデアが出た。小原Pも“コラボする意味”を考えたという。

「局側にお願いするときに、“こういう絡みがあったら面白い”と思い描いていました。たとえば、松下さんは『ぐるナイ』に1年間出ていたし、親和性もあるから、今度はドラマの主役として出るのが面白いと思いましたし、『池の水』みたいなロケもので、松下さんが奮闘する姿はなかなか見られない。そうやって、松下さんがどんな番組に出たら面白いだろう、という思いと、テレビ局側のメリットも考えつつ選ばせていただきました」(小原P)

この前例のない新しい企画について各局のプロデューサーは、当初どんな感想を抱いたのか。

「非常に面白いと感じました。松下さんが現役ゴチメンバーのときに、これが実現できていればもっと面白かったなと思います(笑)」(『ぐるナイ』合田伊知郎プロデューサー)

「選んでいただいたことに驚きましたし、各局を代表するバラエティ番組のラインナップを知ったときには、その驚きが膨れ上がりました」(『脱力タイムズ』中村倫久プロデューサー)​​

「TVerだからこそ実現できる企画内容だったのでワクワクしました」(『あざとくて』越後圭祐プロデューサー)

「面白そうだな、と素直に思いました。有名人が本人役で出演する作品が好きなので、その要素をメインに持ってきて連ドラを作るなんて……ワクワクします」(『池の水』桑原宏次プロデューサー)​​​​

「今までにない画期的な企画だと思いました。聞いた当初は本当にそんなことができるのか、と半信半疑でしたが、実際に実現して驚きました」(『ラヴィット!』辻有一プロデューサー)

と、ポジティブなファーストリアクションだったようだ。

この反応に対し小原Pは「コラボする番組は、編成や配信部門の方を介して決まったので、直接番組プロデューサーと話すのはほぼ内定してから、だったんです。こうした反応があったのは、率直に嬉しいですね」と述べた。

また、困難が想定されるこうした企画の場合、用意周到な準備をするという小原P。「事前に各所への丁寧な説明を行うなど、企画の実現性を高めるため、各放送局へ頻繁に通っていました」と小原流の仕事術も笑顔で答えてくれた。

■バラエティ先行でドラマの台本を変更

バラエティとドラマを同時撮影するという前代未聞のプロジェクトに挑戦した本作。苦労した点を訊ねると「もともとはフジテレビの、しかもドラマの人間なので、自局含め、バラエティの作法がよく分かっていないんです。演者さんとのやりとり、1日のスケジュール、実際に収録するにあたってどれほどの時間が必要かなど、番組の担当者と疑問点や不安点を逐一すり合わせていきました」と回顧。

一方で、良い面で想定以上のことが起こったことも。「『あざとくて』の収録を見ていた湯浅監督から『(番組で話題に挙がった)あのエピソードを生かしたいので、その話題はオンエア上、カットしないように交渉してほしい』と言われたことがありました。それをきっかけにドラマの台本も変わったんです。あの番組収録がなかったら、そういう動きには絶対ならないですよね​​」と、コラボしたことで生まれたシーンもあったと振り返る。

各プロデューサーに大変だったことを問うと、こんな答えが返ってきた。

「聞いたことのないスキームなので、ナインティナインさんのマネージャーさん含め、出演者事務所および制作スタッフに理解してもらうのが難しかったです」(『ぐるナイ』合田P)

「下見に来られたとき、まだ細かい段取りが決まっておらず、あくまで想定の範囲内での説明しかできませんでした。​​歯切れの悪いアテンドだったことが、申し訳ないところです」(『脱力タイムズ』中村P)​

「いつもと変わらない収録現場の雰囲気を作ることが大変でした」(『あざとくて』越後P)

「打ち合わせがすべてオンラインで、ドラマ班の方々とはロケ現場で初めて顔を合わせたため、細かい点をすり合わせていくのがちょっと難しかったです」(『池の水』竹内美佳AP)
「ヘドロにまみれながらの撮影で、ドラマ班のみなさんが大変だったのではないかな? と思いました。何より、あんな特殊な状況にぶっこまれても文句ひとつ言わず、むしろ楽しんでくれた松下さんに感謝です!​​​​」(『池の水』桑原P)​​​​

「通常の生放送を撮影していただいたので、難しかったことは何もありませんでした​​」(『ラヴィット!』辻P)

そんな制作陣のコメントに小原Pは「演者さんやスタッフさんに企画を説明していただいたプロデューサーのみなさんは、本当にご苦労されたと思います。ありがたいかぎりです」と感謝を述べた。

■「“面白そう”のツボに入っていけた」スタッフ陣との番組づくり

こうした各局の協力を経てドラマは完成。改めてオフラインで作品を見たとき、手応えを感じたそうで「想像以上のものが出来上がって、あまり修正点がなかったんです。もちろん撮ってるときも見ていますけど、つながってみるとまた違うじゃないですか。“これは面白くなるな”という感覚がありましたね」と振り返る。

ドラマを見たプロデューサー陣からも、

「想像以上に面白かったです。ゲスト出演者も天海祐希​​さんなど豪華だし、リアルな番組とコラボも楽しめました。ナイナイさんがドラマに出ているのはかなり新鮮でした」(『ぐるナイ』合田P)

「自分たちが日々制作に携わる番組を間接的に見られるのは新鮮で、非常に興味深かったです。番組収録の裏側も描いていたので、私たちの過ごす制作現場もあのドラマの中に存在しているのでは? と不思議な感覚を覚えました」(『脱力タイムズ』中村P)​​

「番組収録時も、どこまでが演技でどこまでが普段の松下さんなのか、ドラマを見たらより分からなくなるくらいリアリティがありました」(『あざとくて』越後P)

「泥の中でもがく松下さんが、(物語上)現状をどう乗り越えればいいのか分からず、もがいている松下捜査官の心理描写そのものになっていて、さすがだな~と思いました」(『池の水』桑原P)​​​​

「川島明(麒麟)さんの出演シーンの先が気になりました笑」(『ラヴィット!』辻P)

と絶賛のコメントが相次いだ。​

これらの感想を受けて小原Pは「現場ではプロデューサーの方をはじめ、みなさんテレビコンテンツに誇りを持っていて、“面白いものを作りたい、新しいものを作りたい”という気持ちが強い方ばかりでした。その“面白そう”のツボにこのドラマが入っていけたのは、嬉しいですよね」とコメント。一流の番組を世に送り出してきたスタッフ陣と仕事ができたことに楽しさや喜びを感じたとし、感謝も述べていた。

現在、ドラマは全話配信中。SNSに書き込まれた「#潜入捜査官松下洸平」をのぞいてみると、ドラマについて好意的な意見が飛び交っている。

ユーザーの反応を見た小原Pは「サクラなんじゃないか、と思うくらい非常にいい感想ばかりで、ありがたいです。今回、松下さんはもちろん、浩市さんのスゴさを一段と感じたんですよ。『佐藤浩市さんが締めてくれている』と触れていらっしゃる方もいて、嬉しかったですね」とホッとした表情を見せた。

■「ドラマ×バラエティ」「地上波×配信」から見えた、“テレビづくり”の可能性

このプロジェクトを経て、ドラマ×バラエティの新たな未来は見えたのだろうか。前例のない仕事をしたことで、得られるものはあったのだろうか――。各プロデューサーからは、こんな答えが返ってきた。

「バラエティ番組の収録をしながらドラマも撮影できると分かったので、どこかでまたコラボをしてみたいです」(『ぐるナイ』合田P)

「『脱力タイムズ』は、ゲスト俳優の方に報道番組のコメンテーター役としてご出演していただいています。演出で作り上げた世界観の中で、リアルな側面をどこまで出せるのかが肝であり、それが見てもらえることにつながると信じています。そういった意味で、今回のコラボは、バラエティの枠に捉われないさらなる試みを考えていくきっかけともなったと思います」(『脱力タイムズ』中村P)​

「ドラマにおける伏線の張り巡らせ方が参考になりました」(『あざとくて』越後P)

「テレビの地上波放送とTVerの連動企画(未公開映像をお届け!よりもう一歩踏み込んだ何か?)を考えられたらな、と思いました。単純にドラマとバラエティの融合作品は、もっとあってもいいかな、とも思いました」(『池の水』桑原P)​​​

「今回のように局をまたいで面白い番組を作るというのは、今後も、ドラマに限らず、実現できれば楽しくなりそうですね」(『ラヴィット!』辻P)

今回の新たな試みについて小原Pは「これまでバラエティとドラマのコラボや、5局連動企画のようなものはそれぞれあったと思うのですが、今回のようなスタイルはなかった。だからこそ『もともとベースとしてあったもの同士が、違うかたちで融合した』ということに尽きると思うんです。もうやり尽くされたと思っていましたが、“テレビづくり”にはまだまだ可能性があるんだなと思いました」とコメント。

『潜入捜査官 松下洸平』企画・プロデュース 小原一隆氏

続けて「今のところ、地上波が先行していて、配信は手探りでやっているんですけど、『地上波でも面白いことができるが、配信でも面白いことができる』と地上波と配信が両輪となって動いていくと、テレビ業界もより盛り上がると思うので、そういう意味での前進にはなったかな思います」と述べた。

では、TVerとして、今後に活かせると感じたのはどんなことだったのだろうか。最後に熱く語ってもらった。

「『TVerだからできる企画がある』ということがよく分かったので、ドラマに限らず、テレビコンテンツを盛り上げるため、TVerがハブとなって各局と連携していくのは、今後もあるべきスタイルなのかなと思いますね。放送局さんは企業ですし、ライバル関係で切磋琢磨するべきだとは思いますが、テレビコンテンツを局の垣根を越えて接触していくという意味においては、TVerが中心となって動くことが大切だと思います」