(写真:Netflix)

21 OCT

次のアジアをつくる現場——Netflix「Creative Asia」釜山国際映画祭現地レポート(後編)

編集部 2025/10/21 12:00

釜山国際映画祭(BIFF)期間中、Netflix主催イベント「Creative Asia」が開催された。登壇したのは、「アジアのクリエイティビティ」を象徴する5名のクリエイターたち——ギレルモ・デル・トロ(『フランケンシュタイン』)、ヨン・サンホ(『地獄が呼んでいる』)、宮守由衣氏(『イクサガミ』)、レスター・チェン(『レザレクション』)、マギー・カン(『K–POPデーモン・ハンターズ』)。「アジアと世界をつなぐクリエイティビティの現在地」をテーマに、5人がそれぞれの視点から掘り下げた。アジアの制作現場を支える仕組みを追った前編に続き、後編ではNetflixコンテンツの創作の現場を見つめる。(ジャーナリスト・長谷川朋子)

■デル・トロ監督とヨン・サンホ監督が語る創作の原点

「映画は、こちらに何をして欲しいのかを語りかけてくる。監督である以上、その声を聴く耳を持たねばならない」——ギレルモ・デル・トロ監督のその語り口調は、穏やかでありながら確かな熱を秘めていた。

デル・トロ監督が言う“映画の声”とは、脚本や演出を超えて作品そのものに宿る意志のことだ。最新作の『フランケンシュタイン』でも、モンスターを恐怖や異形の象徴ではなく、“人間を映す鏡”そのものとして表現してきたデル・トロ監督は、アジアのクリエイターをこう評する。「神話と現実の間を軽やかに行き来する表現力を持つ。それはまるで“世界を翻訳する詩人”だ」。

これに応じたのが、韓国の映像業界を代表するヨン・サンホ監督だ。ゾンビ映画『新感染 ファイナル・エクスプレス』や宗教寓話『地獄が呼んでいる』から、AI時代を描く新作『Revelations』へと続く自身の軌跡を踏まえながら、「私はエンターテインメントを“社会的ファンタジー”として捉えている」と語る。その根底には「現実へのまなざし」がある。「視聴者は想像上の世界を通して現実を理解しようとしている。言うなれば、怪物は社会の鏡だ。アニメーションでもホラーでも、結局は人間を描いている」と語りを続けた。

またNetflixのようなグローバルプラットフォームが果たす役割について問われると、デル・トロ監督は「作品を管理することにとどまらず、“共創の場”であるべきだ」と即答した。「映画は孤立した芸術ではなく、対話の中で呼吸を続けるもの。だからこそ、声を届ける“場所”が必要なのだ」と語った。

2人が呼応したこのパートの最後に、デル・トロ監督は「映画は国境ではなく感情でつながる。私たちの仕事は、その感情を守り、表現することだ」と静かに締めくくった。ヨン・サンホ監督も「アジアのクリエイターは、比較ではなく連携で結ばれる時代に入った」と応じる。その言葉こそが、「Creative Asia」が掲げるメッセージそのものだった。

 

釜山国際映画祭で開催されたNetflix主催イベント「Creative Asia」のマスタークラス。(写真:Netflix)
ギレルモ・デル・トロ監督(『フランケンシュタイン』)とヨン・サンホ監督(『地獄が呼んでいる』)(写真:Netflix)

■伝統を再構築する——日本と台湾が示す「文化の更新」

続いて登壇したのは、Netflix初の日本発時代劇シリーズ『イクサガミ』のプロダクションデザイナー宮守由衣氏。Netflix作品常連の藤井道人監督と、主演およびプロデューサーの岡田准一氏が手掛ける大型プロジェクトで、美術設計の中核を担った。

宮守氏は冒頭、「私はもともと時代劇の専門ではない」と明かしたうえで、「だからこそ、“決まりきった様式美”の外側から新しい時代劇の姿を探りたかった」と語る。『七人の侍』に代表される伝統を踏まえつつも、黒澤明がかつて成し得た“革新”を現代的に呼び起こす——それがNetflixチームの共通目標だったという。

その象徴が、作品全体のモチーフとして設定された「葉脈(ようみゃく)」のデザインだ。「戦いで失われる命も、自然の循環の一部として描きたかった。葉脈は生命の循環であり、人の血の流れでもある」と宮守氏が説明する。京都・天龍寺をモデルにした壮大なセットには、葉脈を象った文様が壁面や装飾に緻密に施され、光が差すたびに浮かび上がるよう設計されている。照明テストを重ね、和紙を何層にも染め重ねることで“呼吸するような光”を生み出したという。

総勢292人が同時に戦う冒頭のシーンを「撮影初日からこのスケール。監督もキャストも“これが時代劇の再出発だ”という覚悟を共有していた」と振り返る。白と黒の衣装に合わせ、孤独や宿命といったテーマを空間で象徴させるため、配色や構図には徹底的にシンメトリーを意識した。「観客が中心に立った時に、絵として“祈り”のように見える構造にしたかった」と語った。

「岡田さんが“時代劇をアップデートしたい”と語った瞬間、私も腹が決まった」と打ち明ける宮守氏は、Netflixの現場環境にも触れた。「デザイン、撮影、衣装、美術が常に横でつながっている。部署の“壁”がない」。各セクションが縦割りになりがちの日本の制作現場だが、「Netflixでは“同じ目標を共有する”という前提が現場に浸透している」と強調し、こう締めくくった。「それができるなら、時代劇だってまだまだ進化できる」。

台湾のレスター・チェン監督もまた、文化を「再構築する」試みを示した。新作『レザレクション』は“輪廻”をテーマに、現代台湾社会の再生を幻想的に描く。「私たちは過去を蘇らせるのではなく、未来に向けて更新するために語る」と明言するチェン監督の言葉は、宮守氏の姿勢とも響き合う。アジアの作り手たちは、いま「伝統を継ぐ」から「伝統を進化させる」段階へと確実に進んでいる。

日本発Netflix時代劇『イクサガミ』のプロダクションデザイナー宮守由衣氏。(写真:Netflix)
台湾発Netflixシリーズ『レザレクション』のレスター・チェン監督(写真:Netflix)

■K-POPが神話になる——『K-POP デーモン・ハンターズ』の挑戦

最後に登壇したのは、Netflix最大のヒット作『K–POPデーモン・ハンターズ』のマギー・カン監督だ。ソニー・ピクチャーズ アニメーションに所属するカン監督が企画した本作は、K–POPアイドルをモチーフに、音楽とダンスの力で悪霊を祓う“デーモンハンター”たちを描く。「この作品は音楽と信仰、そして友情の物語」とカン監督は説明する。

制作初期からチームは韓国文化のリサーチに時間をかけ、ソウル市内のライブ会場や練習スタジオに加え、南山タワー、済州島の民俗村なども訪れた。「現地で食べて、見て、触れて、そこに暮らす人々と話すことが何より大事だった。文化を“説明”ではなく“体験”として描きたかった」とカン監督は振り返る。食、ファッション、街並み、SNSカルチャーといった日常的なディテールが作中に再現されている。

「ソウルという街は、24時間動き続けている。光と音、そして人の熱が絶えない。だからこそ、アニメーションでも“本物の質感”を感じられるようにしたかった」と付け加えた。

リアルな背景描写と、K–POPという現代神話的要素の融合が本作の核にある。ステージで歌うヒロインたちは、華やかな存在であると同時に、孤独や不安を抱える等身大の若者たちでもある。「完璧に見える彼女たちも、恐れや迷いを抱えている。その“人間らしさ”が、アニメーションの中に命を吹き込む」。

さらに印象的だったのは、彼女が“文化翻訳”という言葉を使った点だ。「K–POPを題材にしていても、私たちは“輸出”をしているわけではない。文化の内側にある感情を物語という形に翻訳している」と語る。

その発言は、イベント全体のテーマ「関係性から生まれるクリエイティビティ」と深く響き合っていた。現地調査から表現手法まで、ローカルな文化を“オーセンティシティ”と“感情”の両軸で翻訳する——そのアプローチにこそ、Netflixがアジアで描こうとする共創のモデルが凝縮されていた。

Netflixアニメーション映画『K–POPデーモン・ハンターズ』のマギー・カン監督(写真:Netflix)

アジアの制作エコシステムを底上げする——Netflix「Creative Asia」釜山国際映画祭現地レポート(前編)