アジアの制作エコシステムを底上げする——Netflix「Creative Asia」釜山国際映画祭現地レポート(前編)
ジャーナリスト 長谷川朋子
(写真:Netflix)
アジアの映像クリエイティブをけん引する釜山国際映画祭(BIFF /2025年9月17日 〜 26日)で、今年もNetflixが公式パートナーシップを組んだ。2年目となる今回は、期間中に開催された特別イベント「Creative Asia presented by Netflix」が注目を集めた。アジアの制作現場をどう底上げしていくか——その仕組みと思想を共有する場となった。現地取材の模様をレポートする。(ジャーナリスト・長谷川朋子)
■誰もがアジアの物語を語る時代に
熱気と歓声に包まれたBIFFの会場は、アジアの映像ファンダムを構築する場所と呼ぶにふさわしい。NetflixがBIFFと公式パートナーシップを組む理由のひとつは、まさにその熱量にあるだろう。今年は日本発オリジナル初の時代劇『イクサガミ』から、巨匠ギレルモ・デル・トロ監督の最新作『フランケンシュタイン』まで、多彩な注目作が揃い、会場を盛り上げた。
Netflixアジアのクリエイティブの方向性を示すプログラム「Creative Asia presented by Netflix」も目玉の1つにあった。Dongseo University Centum Campusのコンベンションホールを真紅の“N”一色に染め上げて、9月20日に開催された。テーマは「関係性(Relationship)から生まれる創造性」だった。
「プレス・スペシャル」パートのオープニングを飾ったのは、BIFFのプログラム・ディレクター、カレン・パーク氏。米国の片田舎でアジア人として育った自身の体験を重ねながら、「かつて“見えなかった”アジアの物語が、いまや“尊敬”をもって受け止められている」と語る。世界的ポップスター「BTS」や、映画『ミナリ』や『パラサイト -半地下の家族- 』を例に挙げ、「誰もがアジアの物語を語る時代になった。その背景には、言語と文化の壁を日常的に横断させたストリーミング、なかでもNetflixの存在が大きい」と語る言葉には説得力があった。

■成功の共通項「オーセンティシティ」
続いて登壇したのは、Netflixアジア太平洋地域コンテンツ責任者(インドを除く)のキム・ミニョン氏。
「今日は作品の話ではなく、“人と情熱”の話をしたい」と切り出したミニョン氏は、世界を席巻した『イカゲーム』や『K –POP デーモン・ハンターズ』 の成功を支えた鍵として「オーセンティシティ(真正性)」を挙げる。
ただし、ミニョン氏が注目を促したのは、“オーセンティシティをどう生み出すか”という仕組みそのものだ。
「Authenticity isn’t a formula. It’s founded in relationships. =オーセンティシティは公式やマニュアルではない。それは人と人の関係性の中でしか育たない」と強調した。
この「オーセンティシティと関係性の構築」を理念に掲げ、Netflixはアジア各国で250社以上の制作会社と協働し、地域文化に根ざした人材育成プログラムを展開している。韓国のVFXアカデミー、日本でのリスペクト・トレーニング、台湾のOJT、オーストラリアやタイでの専門プログラムなど、国ごとの実情に合わせて制度設計されている。制作の各工程を見直すことで、制作エコシステムそのものの底上げを図る狙いだ。
2021 〜 2024年の4年間で、アジア全体の育成プログラム参加者は8,000人を突破したという。年内にはインドネシア・ジャカルタで「Creative Asia Forum」の開催も決定しており、日本では「Netflix クリエイターズ道場」として新たな取り組みが始まったばかりだ。Netflixの投資が作品制作にとどまらず、現場の“基礎代謝”を上げることにも目が向けられていることがうかがえる。

■タイ・日本・韓国——“可視化”と“制度化”
「プレス・スペシャル」の最後には、タイ・日本・韓国のNetflix制作パートナーによるパネルトークが行われた。テーマは「安全(Safety)・尊重(Respect)・透明性(Transparency)」。Netflixがコンテンツ制作で重視する3つの柱をもとに、それぞれの立場から率直な思いが語られた。
タイのチャートチャイ・ケートヌット氏(Wildlife Post Production プロデューサー)は「ポスプロから見た東南アジアの変化」という視点から「ポスプロが“ポスプロ”に終わらないのがNetflixの制作体制の根幹」と語る。これまで仕上げ段階の受託業務にとどまっていた工程が、今やプリプロ段階からワークフロー設計に関与するのが前提となった。Dolby Vision/Atmos対応のトレーニングを通じ、技術的な安全とクリエイティビティを両立する環境が整いつつあるという。「“開かれた管理”がクリエイティビティの安全地帯になっている」と表現した言葉が印象的だった。
日本からは、インティマシー・コーディネーターの西山ももこ氏が登壇。「検査官ではなく、創作の同伴者」と自らの役割を定義する。台本に「2人はベッドに倒れ込む」と書かれていれば、その表現内容をアクション・衣装・心理に分解し、演出の意図と俳優の合意点に設計していく。Netflixが2020年に日本へ導入して以降、実際に現場での成功例を経て、他社の作品にも活用が広がっている。「リスペクト・トレーニングや子役カウンセラーなどの分業体制が、“NOと言える環境”を可視化した」と西山氏は指摘する。
韓国のプロデューサー、イ・ヨンス氏は「10〜15年前とは比べものにならないほど現場環境が良くなった」と総括した。国をまたぐロケ撮影においても、Netflixが各国で提供する安定した制作支援体制が大きな支えになっているという。「同じ目標に向かうという“当たり前”が、ようやく現場で実装されている」と語り、会場をうなずかせた。
いずれの発言にも共通するのは、映像産業を支える“当たり前”をようやく可視化し、制度化したという自負だ。その思想を最も鮮烈に語ったのが、同日午後に開催されたマスタークラスのゲスト、ギレルモ・デル・トロ監督だった。「映画の声を聴け」と語ったその言葉の真意は——後編に続く。
