左からビデオリサーチ・松岡逸美氏、TBS・田中徹氏、東宝・岩橋康平氏

23 OCT

TBS・東宝のキーマンが語る、これからのコンテンツ配信戦略 〜「VR FORUM 2025」セッションレポート(3)

編集部 2025/10/23 12:00

ビデオリサーチ主催「VR FORUM 2025」が、10月8・9日に東京ミッドタウンホールで開催され、会場・オンラインを含め4900名が参加。9日午前のセッション「届ける力、響かせる力:これからのコンテンツ配信戦略」では、強力なIPを持つTBS・東宝の担当者が登壇し、多様化するチャネルの中でいかにしてコンテンツビジネスに取り組んでいるか、その戦略の深層を語った。

登壇者は、株式会社TBSテレビ プラットフォームビジネス局長・田中 徹氏と、東宝株式会社 エンタテインメントユニット ライツ事業部 配信番販事業室長・岩橋康平氏。モデレーターは株式会社ビデオリサーチ ビジネスデザインユニット 新規ビジネス開発グループ  シニアプロデューサー・松岡逸美氏が務めた。

■TBSが重視する「コンテンツ・ライフタイムバリュー」戦略

株式会社TBSテレビ プラットフォームビジネス局長・田中徹氏

「デバイスや生活様式の変化に伴い、リアルタイム視聴だけでなく、放送直後に無料で視聴できるTVerやU-NEXTなどのプラットフォーム配信が不可欠となってきた」とTBS・田中氏は語る。

「コンテンツという呼び方が割と流行っているが、作った番組をできるだけ多くの人に見て欲しいという気持ちは昔と変わりない。TBSの中期経営計画『VISION2030』、コンテンツ価値の拡張戦略『EDGE(Expand Digital Global Experience)戦略』でも、国内外含め、多くの人々へコンテンツを届けることをゴールにしている」

コンテンツの価値を測る指標も変化し、かつては初回放送で一番高いスパイクをどれだけ作れるか、すなわち瞬間最大視聴率がゴールであったが、現在は「スパイクを放送後にもさざ波のようにずっと立てていくこと」が重要という。

「これからは、ユーザーにコンテンツを長く愛してもらい、ビジネスサイドではそれをマネタイズしていく『コンテンツ・ライフタイムバリュー』の考え方が重要」

田中氏は具体的な成功事例として、映画『グランメゾン・パリ』を紹介。公開前に、ドラマ『グランメゾン東京』など木村拓哉氏の過去作品を各プラットフォームで展開し、ユーザーの期待値を高めたことで映画の大ヒットにつながったと話す。

■独自進化を遂げる日本の“BVOD”「TVer」 五輪きっかけにユーザー層が変化

続いて田中氏は「TVer」を例に挙げ、国内における配信プラットフォーム戦略について語った。イギリス発の言葉として、TVerのように放送局由来のコンテンツを配信するプラットフォームを「BVOD(Broadcasting Video On Demand)」と呼ぶ流れがあるのだという。

「TVerは、安心安全なBVODとして確立された存在。民放各社が出資して形成しているという点は、世界的に見ても非常に珍しい例だ」

田中氏は、2024年のパリオリンピックを契機に実施された「TVer、無料」というプロモーションが、新たな視聴者層の獲得に大きな役割を果たしたと分析。これまでTVerに触れてこなかったユーザーが流入し、ドラマだけでなく、バラエティの視聴が大きく増加したと話す。

「主に40代、50代の男性層が『TVer、無料』キャンペーンを経て、『ドラマだけじゃないんだ、無料なんだ』ということにかなり気づいてくださった」

これらの新規ユーザーが最も視聴しているのは、バラエティ番組だという。

「TBSでは『水曜日のダウンタウン』。他にも日本テレビの『上田と女が吠える夜』や、テレビ朝日の『夫が寝た後に…』といった番組も、男女問わず視聴されているのがトレンドだ」

■東宝が描く、実写とアニメの配信戦略 “非・独占”展開でIP認知拡大狙う

東宝株式会社 エンタテインメントユニット ライツ事業部 配信番販事業室長・岩橋康平氏

東宝・岩橋氏は、自社の配信戦略について、「実写作品とテレビアニメシリーズでアプローチが大きく異なる」と紹介。

実写作品の場合、ペイテレビや地上波放送といった従来のウィンドウがある程度存在するが、東宝では作品の興行収入などを鑑み、「独占配信」か「非独占で広く展開する」かを個別に判断しているという。

一方、テレビアニメの場合は「放送とほぼ同タイミングで配信を行う」とし、「IPを広げるという意味で、まずは『非・独占』展開を基本戦略としている」と岩橋氏。関連商品や雑誌の購買を促し、作品の認知度を最大限に高めることを狙っていると話す。

「今年7月クールにテレビ東京系列で放送した『怪獣8号』(第2期)では、X(旧Twitter)で放送と同時に全世界へリアルタイム配信する新たな試みを行い、認知拡大を最重要視した」

■グローバル展開の鍵は「パートナーシップ」と「ネットワーク拡充」

左からビデオリサーチ・松岡逸美氏、TBS・田中徹氏、東宝・岩橋康平氏

中盤の話題は、グローバル展開について。TBS・田中氏は韓国「CJ ENM」との戦略的パートナーシップに言及し、「常に世界をゴールにコンテンツを制作し、強固な販売網をCJから学ぶ部分がとても大きい」と語った。

CJ ENMとTBSが共同開発したバラエティ番組『MUGEN LOOP(英題:Infinite Loop)』は、国際フォーマットアワードで「ベスト・スタジオベース・ゲームショー・フォーマット」部門にノミネートされ、TBSと韓国の大手制作会社「STUDIO Dragon」との共同制作ドラマ『初恋DOGs』は「HBO Max」での世界配信が決定した。

これらの番組は、韓国国内でもケーブルテレビや動画配信サービス「TVING」で配信。「(TBSとしても)これらの取り組みは初めてのこと」と田中氏は力を込める。

「とにかくいろんなところにコンテンツを出していく、売っていくという(韓国のスタジオの)力強さを、私たちも勉強をしていかなければいけない」(田中氏)

その一方で田中氏は、海外パートナーとの協業で浮き彫りになったという、日本の制作体制の課題についても言及。「日本では撮影時に台本が全て揃っていなかったり、撮って出しのようなスケジュール感であることも珍しくないが、これが世界市場で売っていくには難しい側面となる」と、危機感を示した。

「『初恋DOGs』の制作時、先方から『クランクインのときに台本が全部揃っていれば、もっと製作費を下げられたはず』と指摘があった」と田中氏。「捻出できた予算をVFXなどに回せば、作品全体のクオリティ向上に繋がる」といい、「ここは変えていかなければならない点だと感じた」と強調した。

■「ゴジラ」で挑む世界戦略 海外ネットワークが「IPのライフサイクル」を生む

東宝・岩橋氏は、同社の中期経営計画においてIP・アニメ事業が不動産、演劇に次ぐ新たな柱として設定されたと紹介した。

その核となるのが『ゴジラ』だ。誕生70周年を機に制作した作品『ゴジラ-1.0』は国内をはじめ、北米でも自社配給を行い、大ヒット。最終的にはアカデミー賞「視覚効果賞」を受賞するなど、歴史的な成功を収めた。

しかしそのネームバリューとは裏腹に、「商品化の面ではまだ展開できていない地域があった」と岩橋氏。海外チームがリサーチを進め、台湾の三越に「ゴジラストア」をオープンさせるなど、商品を届ける展開を足がかりに、世界での事業拡大を目指していると述べた。

東宝では、米国のアニメーション映画配給会社「GKIDS」を2025年に買収するなど、海外ネットワークを拡充。海外におけるファンとの繋がりを重要視し、各地域で好まれる作品の知見を得ることで、それを新たな作品制作に活かす「IPのライフサイクル」を目指しているという。

2025年5月のカンヌ映画祭では、東宝作品4作『国宝』『恋愛裁判』『ドールハウス』『8番出口』が招待され、上映された。

「制作チームが海外を意識して取り組んでいるというところもあるが、IPを展開していくということ、0から1の企画として狙っていくというところが大事なポイント」と岩橋氏。『国宝』についてはGKIDSを経由して北米での配給が決まっているとし、「ゴジラで得た知見を活かしてヒットに繋げられるか、非常に楽しみ」と期待を示した。

■外資プラットフォームの「視聴データ非開示」問題 コンテンツパワーの可視化が課題

「配信展開において、外資のプラットフォームと協力していくことは非常に重要」と岩橋氏。『沈黙の艦隊』のAmazonプライム・ビデオでの配給や、1960年初作『ガス人間第一号』のNetflixでのリバイバル制作など、制作・配給側の取り組みに力を入れているという。

しかしその一方、大きな課題も横たわる。会員登録数、視聴数といったコンテンツパワーを示すデータが、外資プラットフォームの多くで非公開であるという問題だ。

「こうした状況の中で我々が持つ作品をどのように売っていくか、非常に悩ましい部分でもある」と岩橋氏。打開策として、プラットフォーム側が公開する視聴ランキングや、他プラットフォームでの視聴データによるベンチマーク、第三者のデータ企業が公開するランキングデータなど、コンテンツパワーの可視化を補完する取り組みを進めているという。

「作品を出すということももちろん重要だが、同時に『この作品だったらこれだけ売れる』という情報をまとめ、認知させることが肝要。我々二次利用の部隊が1円でも多く稼ぎ、一次利用の制作部隊に還元することを念頭に置いている」

これに対して、TBS・田中氏も「出したコンテンツがどれくらい見られているのか、どのエリアで見られているのかを把握できなければ、ビジネス的にも他社との優位性を示しづらい」と同調。

「(視聴データが得られない状況は)目隠しをしてものを作っているような状況。どこの国の、どういう人が、どのタイミングで見てくれているのかがわかると、作り手にとっては大きなモチベーションにつながる」と述べた。

■「ユーザー一人ひとりの発信力が強まっている」ファンダムを捉え、応える姿勢が重要

セッションの最後は、コンテンツ展開における「Next STANDARD」が語られた。

東宝・岩橋氏は「自分自身も『推し活』をしている」と前置きし、「現代のファンは映画を何十回と鑑賞し、イベントやグッズ購入に積極的であるなど、熱量がすごく上がっている」と分析。東宝の社内でも「ファンダム」をキーワードに掲げていると話す。

「ファンが何を望んでいるかを捉え、それに応える形で展開していくことが、今後の広がりにおいて非常に重要になる」と岩橋氏。東宝の新たなスローガン「Moments for Life その時間が、人生の力になる。」を紹介し、「社員自身もわくわくするほど会社がめまぐるしく変わっている」と、未来への期待を語った。

一方、TBS・田中氏は「これまでテレビ局が相手にしてきた『マス』『最大公約数的アプローチ』という考え方は今後も変わらない」としつつ、「これからはより、ユーザー一人ひとりにフォーカスした戦略が必要になってくる」と指摘した。

「ユーザーの回遊や、好まれるUI/UXを想像しながら、コンテンツのウィンドウをコントロールし、PRしていくことが重要」と田中氏。「ユーザー一人ひとりの発信力がどんどん強くなっている世界になっているからこそ、コンテンツメーカー側も個人にフォーカスし、寄り添っていかなければならない」と力強く締めくくった。