10月13〜16日にフランスで「MIPCOMカンヌ2025」が開催された。

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02 DEC

YouTube初出展が示した“テレビ市場の転換点”(MIPCOMカンヌ2025・前編)

編集部 2025/12/2 12:00

フランス・カンヌで開催された世界最大級の国際TVコンテンツ見本市「MIPCOMカンヌ2025」(10月13〜16日/主催RXフランス)は、例年以上に会場の空気が変わっていた。今年の最大の焦点は、20周年を迎えたYouTubeの初出展である。放送局・スタジオ・配信プラットフォームに加え、個人クリエイターまでもが同じ土俵で“テレビ”を語るようになった。その光景は、テレビ市場が大きな転換点を迎えたことを鮮明に示していた。現地で取材した今年のMIPCOMのトレンドを前・中・後編にわたってレポートする。
(ジャーナリスト・長谷川朋子)

■YouTubeにとってBBCは最高のユーチューバー

カンヌに世界中のテレビ関係者が戻ってきた。1年ぶりのMIPCOMは、南仏らしい穏やかな陽光に包まれ、コートダジュールの海が臨める会場に特有の活気が漂っていた。春開催のMIPTVが2024年で幕を閉じたことにより、MIPCOMは現在、世界100カ国以上からテレビ関係者が集う“唯一の国際TVコンテンツ見本市”となった。そのためか、今年は初日から「今、業界で何が起き、次に何をすべきか」を探る空気がいつも以上に濃かった。

参加者は107の国と地域から1万600人超。例年並みを維持した一方、出展社は350社に上り、うち88社が初出展という数字は、市場が再編期に入ったことを物語る。主催するRXフランス エンターテインメント部門MIPCOMマネージング・ディレクターのルーシー・スミス氏は「今年はクリエイター・エコノミーを中心に据えた年だった」と語り、テレビ産業とクリエイターの距離が、もはや“別カテゴリ”ではなく“同じ文脈”で扱われ始めたことを強調した。

初日のオープニングキーノートには、YouTubeのEMEA地域ヘッドのペドロ・ピナ氏、BBC Studiosのデジタル担当シニア・バイスプレジデントのジャスミン・ドーソン氏、そしてメディアストラテジストのエヴァン・シャピロ氏が登壇した。この3者の組み合わせそのものが、今年のMIPCOMが示す“転換点”を象徴していた。

初日のオープニングキーノートにYouTubeのペドロ・ピナ氏とBBC Studiosのジャスミン・ドーソン氏、メディアストラテジストのエヴァン・シャピロ氏が登壇した。 Copyright© S. Champeaux - Image & Co

YouTubeのピナ氏が語った「BBC Studiosは我々の最高のユーチューバーの一人です」という一言は、会場でも強烈な印象を残した。「彼らは素晴らしいコンテンツを制作し、それを世界中の視聴者に届け、賢く収益化している」と続け、従来の“テレビ局とYouTube”という対立図式を軽々と越え、両者が“水平なパートナーシップ”を築いていることを象徴する発言だった。

YouTubeが示したのは「パートナー(放送局・制作会社)が成功して初めてYouTubeも成功する」という姿勢だ。視聴者を奪い合うのではなく、視聴者の熱量をどう増幅させるかを共に設計するという考え方は、“放送 vs デジタル”という構図とは明らかに異なる。

 BBC Studiosのドーソン氏は、自然史ドキュメンタリー『Planet Earth』『Blue Planet』などを例に挙げながら、「YouTubeがファンダム形成の場として機能し、その熱量が放送や配信の視聴にも波及している」と語った。デジタルと放送が補完し合う動きを裏付けている。

さらにBBC Studiosは、クリエイター人材を積極登用し、デジタルのスピード感と「視聴者の熱量」への理解を組織に取り込んでいる。ドーソン氏はBBC Studiosが協業を重視する指標として“Audience Obsession(視聴者への執着)” を挙げ、「視聴者をどれだけ深く理解し、熱量を高められるかが、パートナーシップの基軸になる」と説明した。視聴者中心のKPIへの転換は、放送局がデジタル時代に順応するうえで不可欠な変化だ。

こうしたYouTubeと放送局発スタジオの新しい協業関係を踏まえ、シャピロ氏は、いま語られているクリエイター・エコノミーは「5年前とはまったく異なる生態系だ」と強調する。YouTubeを起点にコミュニティ形成、商品化、ライブ、グッズ販売までが連動し、結果的にテレビ視聴にも広がる流れは、単なる動画収益ではなく、事業全体を動かす構造となり、プラットフォームとパートナー双方の利益に結びつく仕組みだという。

■次世代クリエイターと既存IPを再構築

今年のMIPCOMは、まさにクリエイター・エコノミーをキーワードに、複数のトレンドセッションが組まれていた。そのひとつが、世界最大手の独立系ディストリビューター兼制作会社のBanijay FranceとYouTubeの協業事業「Creator Lab」を取り上げたセッションだ。

YouTubeフランス/南ヨーロッパ統括のジャスティーヌ・リスト氏、Banijay Franceのアレクシア・ラロシュ=ジュベール氏、そして人気クリエイターらが登壇し、レガシースタジオとYouTubeクリエイターがどのようにIPを共に再開発していくのかが議論された。

Banijay FranceとYouTubeの協業事業「Creator Lab」が紹介された。 Copyright© RX France

Banijayは、自社のカタログからフランスでよく知られた5つの番組フォーマットを選び出し、「Creator Lab」として次世代クリエイターに開放したという。応募には若いクリエイターが殺到し、それぞれのチームが既存IPを別の形で再編集・再構成しながらパイロット制作に取り組むプロセスが進められた。

スタジオ側は一定の制作費とノウハウを提供し、クリエイター側はYouTube世代の感覚や“バイラルの感度”を持ち込むという、双方向の実験だ。完成したパイロット版はYouTubeチャンネルで発表され、手応え次第ではTV放送やシリーズ化も視野に入るが、登壇者たちは「まずは互いに学び合う場であることが重要だ」と繰り返し強調していた。

■フランス「KAIZEN」が象徴するハイブリッド型の成功

クリエイター・エコノミー関連セッションで紹介された、フランス発の大型企画「KAIZEN: 1 Year to Climb Everest」も象徴的だ。若くしてトップユーチューバーに上り詰めたInoxtag(イノックスタグ)が映画制作会社 M2K Films とデジタルメディア大手 のWebediaと組んで制作したエベレスト登頂ドキュメンタリーで、劇場公開では約30万人を動員し、YouTubeでも1,000万再生を突破した。クリエイターのファンダムが映画・テレビを含む全メディアに直接影響を与える“新しい成功モデル”を示したと言える。

フランスYouTubeの大型企画「KAIZEN: 1 Year to Climb Everest」の成功事例が語られた。 Copyright© S. D'Halloy - Image & Co

登壇したInoxtagは、ゲーム実況から始まったキャリアを振り返りつつ、「人生そのものを変える挑戦がしたかった」と語った。100万ユーロ超を投じた本作をYouTubeで無料公開した理由については、「コミュニティと物語を共有することが一番大事だった」と説明。単に消費される動画ではなく「1年後も見返される作品」を目指す姿勢を強調し、この“なぜやるのか”という軸をチーム全体で共有することが、いまのクリエイター事業の核だと位置づけた。

レガシースタジオが自社IPをクリエイターに預け、クリエイターはスタジオの開発力やIP運用の知見を取り込みながら新しいフォーマットを共に模索する。そしてYouTubeがインフラ、データ、コミュニティを提供する。この三者の補完関係は、BBC StudiosやCreator Lab、「KAIZEN」のような事例に明確に表れていた。テレビとYouTube、クリエイターの関係はもはや「競合」ではなく、「共創のエコシステム」へと移行しつつある。そして、この“共創”はIP活用や縦型ショートドラマとも強く結びついている。中編では、そのトレンドの核心を見ていきたい。