今年のMIPCOMは「物語のつくり方」も一つのトレンドワードにあった。

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05 DEC

IPは“物語資産”へ、ドラマは“短尺”へ─コンテンツ世界トレンドの核心(MIPCOMカンヌ2025・中編)

編集部 2025/12/5 12:00

MIPCOMカンヌ2025レポート前編では、YouTube初出展が示した“共創のエコシステム”を中心に、今年のMIPCOMが捉えたテレビ市場の転換点を報告した。だが、流通の変化にとどまらない。会場では、既存IPの再活性化と、縦型ショートドラマの急拡大が大きな話題になっていた。中編では、マテル社や トイザらスの戦略、そして世界各地域で存在感を増す短尺ドラマの動きを中心に、MIPCOM2025が示した“物語のつくり方”の変化を読み解く。
(ジャーナリスト・長谷川朋子)

■マテル社とトイザらスのIP再活性化

MIPCOMのIPトレンドを語るうえで、存在感を放っていたのがマテル社のキーノートだ。玩具メーカーとして知られる同社だが、近年は世界的ドールの「バービー」やミニカー玩具の「ホットウィール」など200〜300に及ぶブランド群を“物語資産”として再定義し、映画・テレビ・アニメ・デジタルを横断するストーリーテリング企業へと転換を進めている。その象徴が、映画『バービー』の世界的ヒットだった。

マテル・スタジオ代表のロビー・ブレナー氏がキーノートに登壇した。 Copyright© S. D'Halloy - Image & Co

登壇したマテル・スタジオ代表のロビー・ブレナー氏は、この変化を「IPを軸に、あらゆるフォーマットで物語を展開できるエコシステムの構築」と説明する。単に玩具を売るのではなく、ブランドに宿る世界観を映画・ドラマ・アニメに広げ、ファンとの持続的な関係を築くことを目的にしているという。

ブレナー氏自身は映画『ダラス・バイヤーズクラブ』など社会性のある作品を手がけてきた独立系プロデューサー出身で、「まずストーリーありきでIPに向き合う」という明確な哲学を持つ。現在、80年代に人気を博したアクション玩具IP『マスターズ・オブ・ザ・ユニバース』など、複数の大型プロジェクトが映画とテレビで同時に進行中で、マテルは玩具メーカーから“プレミアムIPのハブ”へと進化しつつある。

IP再活性化という点では、トイザらスのキーノートもまさに今どきのやり方を体現していた。かつて大量店舗モデルの行き詰まりから経営破綻した同社は、現在はブランドライセンス型へと舵を切り、35カ国・1560店で再成長を続けている。そこで鍵となっているのが、マスコットキャラクター「ジェフリー」の再定義だ。TikTokで110万人超のフォロワーを持ち、アメリカの国民的パレード番組「メイシーズ感謝祭」やコミコン出演、YouTubeシリーズ「Jeffrey Vision」、ニコロデオンとのゲーム番組連動などを通じて、ジェフリーそのものをグローバルIPとして育て直している。

さらにトイザらスは、ブランド再構築の戦略として、自社IPを本格的に映像化する「Toys“R”Us Studios」も立ち上げた。MIPCOMプレイベントのMIPJUNIORにも登壇したグローバルCMOのキム・ミラー=オルコ氏は、マーケティングとスタジオが担う長尺コンテンツ制作を明確に切り分け、「前者は販売を促すストーリーテリング、後者はブランドの“魂”を伝えるストーリーテリング」と説明する。

トイザらスは、ノスタルジーを起点に、遊び・発達・メンタルヘルス・世代間の“絆”といったテーマを物語化し、ジェフリーを中心としたIPとして世界に再展開しようとしているのだ。

トイザらス社グローバルCMOのキム・ミラー=オルコ氏。 Copyright© S. D'Halloy - Image & Co

■世界で“縦型ショートドラマ”が主戦場に

MIPCOM2025では、海外では「マイクロドラマ」と呼ぶ縦型ショートドラマをテーマにしたセッションも人気を集めた。イギリスの調査会社K7 Mediaが登壇したグローバルトレンド分析によれば、この領域は「アジア発の現象」から「世界的なメインストリーム」へと明確に移りつつある。

K7 Mediaによるマイクロドラマ解説セッションが行われた。 Copyright© 筆者撮影

K7 Mediaのシニアアナリスト、クレア・トンプソン氏は、その起点を「2010年代前半に中国で広がったウェブドラマ文化」に置く。そこから2018年頃からTikTok系の縦型動画プラットフォームで本格的に“縦型ドラマ”として立ち上がったと説明する。1話1〜3分、1シリーズあたりの制作費は2万8000〜4万ドル(約450万〜650万円)前後と比較的コンパクトで、数十話単位を短期間で撮り上げる量産体制が整いつつあるという。

当初は50代以上も3割を占めていた視聴者層は、この1年で40歳未満が4割に達し、完全にモバイル・ネイティブ中心へとシフトした。中国では「数話までは無料視聴、その先はサブスクリプションや都度課金」というモデルが主流だが、他地域では広告モデルや、コスメブランドが自らマイクロドラマを制作する“ブランド発のドラマ”も登場している。

グローバル展開という意味では、中国・東南アジア発コンテンツを世界各地のプラットフォームに配給するRISINGJOYのカサンドラ・ヤン氏のコメントが象徴的だ。「マイクロドラマは、従来IPの“縮小版”ではなく、まったく別のフォーマットです。視聴者はまずIPよりも“どれだけ感情を揺さぶられるか”で選んでいる」と語り、強いフックと過剰なまでの感情値がヒットの条件だと強調した。

一方、トルコInter Medyaや英国Spirit Studiosのプロデューサーたちは、マイクロドラマを「新しいIP発掘の場」と捉えていた。TikTokスターを主演に起用し、マイクロドラマ→ポッドキャスト→長尺シリーズへと展開する戦略を語る姿からは、短尺ドラマがテレビや配信ドラマに先行して“物語の芽”をテストするフィールドになりつつある実情が垣間見えた。

IPの再活用から縦型ショートドラマの広がりまで、今年のMIPCOMでは“物語がどこで、どの形で生まれるか”という前提そのものが変わりつつあることが見えてきた。映画・テレビ・デジタルといった境界はさらに曖昧になり、ブランドやクリエイターが多様な形で物語を発信する動きが世界的に加速している。

後編では、各国の現場や市場の動きを踏まえ、MIPCOM2025のもうひとつの“今”を見ていく。