TBSテレビ代表取締役社長の龍宝正峰氏が注力領域のグローバルビジネスの取り組みを語った(筆者撮影)

24 DEC

TBSが描く「グローバルビジネス元年」以降の現在地― 龍宝社長がTIFFCOMで語った戦略の輪郭

編集部 2025/12/24 12:00

「グローバルビジネス元年」を昨年宣言したTBSが、この一年で取り組みを具体化しつつある。世界的に成功している『SASUKE』のセールス戦略では新たな展開を示し、グローバル市場を見据えた制作体制の中核として位置づけるスタジオ「THE SEVEN」の存在感も高まっている。さらに、新たなIPコンテンツの開発も進む。どの領域に賭け、どのモデルで収益化を狙うのか。その設計思想は、10月に東京で開催されたコンテンツマーケットTIFFCOMで、TBSが主催したセッションを通じて示された。TBSテレビ代表取締役社長の龍宝正峰氏が、自らその中身を語った。                      (ジャーナリスト・長谷川朋子)

■世界最大手の制作会社と『SASUKE』で協業

TBSテレビ代表取締役社長の龍宝正峰氏は、昨年掲げた「グローバルビジネス元年」について、この一年の取り組みを振り返った。コンテンツ価値の最大化を目指す「EDGE戦略」を軸に、長期経営計画「VISION2030」で注力領域の1つに位置づけるグローバル分野において、国内放送を中心としたメディアグループから、世界に向けてコンテンツを展開する企業体への転換を進めている現状を説明した。
北米と韓国に戦略拠点を設け、海外パートナーとのアライアンスや共同IP開発に着手してきた取り組みについて、龍宝社長は「ようやくスタートした段階にすぎない」としつつも、確かな手応えをにじませた。
その象徴的な事例として紹介されたのが、TBSを代表する大型スポーツエンターテインメント番組『SASUKE』だ。すでに165以上の国と地域で放送・配信され、25カ国で現地版が制作されてきたヒット作だが、龍宝社長は「グローバル展開に向けた新たな取り組みによって、これまで以上に多くの国でコンテンツが広がっていくことを期待している」と語った。
その背景として、世界に拠点を持つ最大手制作会社グループであるBanijay Entertainmentとの協業がある。『サバイバー』など数多くのヒットフォーマットを手がけ、バラエティフォーマットの国際販売で存在感を示す企業だ。同社のネットワークを通じてフォーマット販売を進めることで、『SASUKE』のグローバル展開を一段加速させる狙いという。なお、Banijayとの協業は、日本を含むアジアとアメリカ、ヨーロッパの一部地域を除いたエリアを対象としている。

■ベトナム国営放送と戦略的アライアンス

『SASUKE』をめぐっては、アジアで発展的な動きも見られる。それがベトナム国営放送ベトナムテレビジョン(VTV)との戦略的アライアンスだ。登壇したTBSホールディングス執行役員でグローバルビジネス局ゼネラルマネージャー(東南アジア・グローバルサウス担当)の太田裕之氏は、東南アジアの中でもベトナム市場を「成長性とダイナミズムを兼ね備えた重要なエリア」と位置づけ、長年の協力関係を次の段階へ進める取り組みだと説明した。
今回の提携では、7年ぶりとなるベトナム版『SASUKE』の復活を皮切りに、VTVが制作する英語による24時間ニュースチャンネルの日本での展開協力、TBSコンテンツのベトナムでの放送・配信、ドラマリメイクを含む共同制作、人材交流までを視野に入れた包括的な枠組みが示された。
セッションにはVTVの副社長ド・タイン・ハイ氏も登壇し、過去の共同制作を振り返りながら、「困難な現場を共に乗り越えた経験が、いまも信頼として残っている」と語った。まさに現場レベルでの信頼関係が今回の提携につながったと言える。
なかでも『SASUKE』については、単なる番組復活にとどまらず、若い世代に挑戦する姿勢を伝えるコンテンツとして育てていく意向だ。今後はライブイベントや体験型施設、関連ビジネスへの展開も視野に入れ、「若い世代に挑戦する精神やインスピレーションを届けたい」という。長期的なパートナーシップを前提に、コンテンツを軸とした関係性を深めていく考えが示された。

ベトナム国営放送ベトナムテレビジョン副社長ド・タイン・ハイ氏(右)とTBSホールディングス執行役員太田裕之氏が復活するベトナム版『SASUKE』について対談した。(筆者撮影)

■グローバル市場を見据えた作品づくりの足場固め

また、現在のコンテンツビジネスの潮流を象徴する例として挙げられたのが、スケートボードを扱った番組『KASSO』だ。地上波放送にとどまらず、SNSを起点に海外ファンを獲得し、イベント開催やグッズ展開へと広げていく構想は、いわゆるファンダムビジネスへの踏み込みといえる。視聴者を単なる受け手ではなく、コミュニティの参加者として捉える発想は、従来の放送モデルの外側で収益機会を広げようとするTBSの方向性を端的に示している。

さらに、TBSグループの海外戦略スタジオとして機能するコンテンツ制作会社「THE SEVEN」の取り組みも加速している。登壇したTBSホールディングス執行役員兼THE SEVEN代表取締役社長の瀬戸口克陽氏は、「世界中から日本のIPコンテンツに注目が集まっている今を好機と捉え、世界を目指した戦いに挑んでいる」と語る。
放送を前提とせず、立ち上げ段階からグローバル市場を見据えた作品づくりの足場を固めた今年度は、韓国のイ・ジェギュ監督(「今、私たちの学校は...」)や、アメリカの映画プロデューサー、デイヴィット・パーマット氏(「フェイス/オフ」)との国際共同開発が着実に進んでいるという。制作協力したNetflixシリーズ『幽☆遊☆白書』では、Asian Academy Creative Awardsで視覚効果賞グランプリを受賞し、VFX技術を強みにした制作体制が国際的にも評価された。今後はオリジナル企画の立ち上げにも注力していく方針だ。

TBSホールディングス執行役員兼THE SEVEN代表取締役社長の瀬戸口克陽氏がグローバル市場を見据えた作品づくりについて説明した。(筆者撮影)

今回報告されたTBSのグローバル戦略の具体例は、『SASUKE』に代表される既存IPの新たな拡張、そして『KASSO』や「THE SEVEN」に見られる新しい制作・事業の試みと多岐にわたった。一方で、これらは一本の線ではなく、複数のルートを同時に走らせる戦略として提示された点が興味深い。試行錯誤の途上にあるからこそ、TBSのグローバル戦略は今後の展開を占う材料として示唆に富むのだ。
龍宝社長はグローバルビジネスのブランドパーパスとして「Inspiring Global Love for Japan through Timeless Moments」を掲げ、時を超えて心を動かす日本のコンテンツを世界に届け続ける意志を示した。現時点で語られたのは、完成された戦略の姿ではなく、IPを軸に放送の外へ踏み出そうとするTBSの現在地だった。