東宝株式会社、日本初の「Dolby Cinema」の制作が一気通貫で可能となるポストプロダクションスタジオを東宝スタジオ内に設置
編集部 2026/3/2 12:00
東宝株式会社は、ドルビーラボラトリーズが開発したHDR(ハイダイナミックレンジ)映像技術「Dolby Vision」と立体音響技術「Dolby Atmos」の両方に対応する劇場用ポストプロダクションスタジオを、東京都世田谷区のTOHOスタジオ株式会社が運営する東宝スタジオ内に設置した。Dolby Cinema対応コンテンツを一気通貫で制作できるポストプロダクションスタジオとしては、日本初となる。
TOHOスタジオ株式会社代表取締役社長の島田充氏は、「ようやく東宝にイマーシブ(没入感のある映像・音響体験)が導入された」と語る。現在、日本映画でもメガヒット作品が多く生まれており、その一因はイマーシブやラージフォーマット(IMAXやDolby Cinema、4DXなど没入感の高い上映形式)による興行にあるとし、状況の変化を受けて今回の導入に至ったとしている。
2025年12月17日に行われたメディアおよび関係者向けの内覧会の様子を紹介する。
■世界トップレベルの音響制作環境を実現した「ダビングステージ1」
ダビングステージ1は、ワーナーブラザース スタジオ全面協力のもと、バーバンクのダビングステージNo.9、№10を模して設計された。音響設計は同スタジオを手掛けたチャールズ・M・ソルター・アソシエイツが担当し、見た目だけでなく音の鳴り方も世界トップレベルのステージとして施工されている。
左右の壁面に9本ずつ、天井には9本×2列の18本、後方壁面に6本と、全部で42本のスピーカーに加えて、サラウンド用のサブウーファーを左右の壁面に2本ずつ新たに設置されている。スクリーン背面にあるメインスピーカー(左・センター・右)とサブウーファー3本を加えると、合計52本ものスピーカーシステムとなっている。
コンソールは、国内初となる「Avid ProTools|S6」と「AMS Neve DFC GeMiNi」のハイブリッドシステムを導入しているのもダビングステージの目玉だ。
「音響制作はProToolsというソフトを使って作業することが多く、ProToolsで作業したデータをそのまま簡単に展開できるのがメリットです。一方、DFC GeMiNiは2010年にダビングステージができたときからあるコンソールで、ご利用者に長年、多チャンネルの映画音響制作で親しまれてきました。ミックスした音をGeMiNiを通してマスターファイルを作れるため、クライアントの音の要望に合わせてワークフローを組めるのが機材的な特徴です」(担当者)
また、今回の改修によりIMAXⓇデジタルシアターの上位フォーマットであるIMAXⓇ12ch音響制作にも対応できるようになった
「従来からIMAXⓇ 5chの作業は行っていました。天井にスピーカーを付けたことで海外でしかできなかったIMAXⓇ 12chにも対応できるようになりました。国内で唯一、このスタジオがDolby AtmosとIMAXⓇ の音響制作ができるようになったことが、今回の改修で実現した大きなメリットです」(担当者)
■試写室ではDolby Vison、Dolby Atmosの最終チェックが可能
試写室ではDolby Visonグレーディング、Dolby Vison およびDolby Atmosの最終チェックができるように対応した。
島田氏は新ポストプロダクションスタジオのアピールポイントを次のように紹介した。
「CMA(クリティカルミキシングエリア)、CLA(クリティカルリスニングエリア)という立体音響のベストポジションが、他スタジオに比べて若干広く設計されています。また、ワーナーブラザーズ スタジオのように、ダビングステージのコンソールがハイブリッドになっているのもほかにはない特徴です。そして何より、Dolby Atmosの音響だけでなく、Dolby Visionの映像もマスターグレーティング作業ができることになったのが最大のメリット。音も画も制作作業から、完成した作品のクオリティチェックまで可能です。今までは音のダビング、画のグレーディング、完成作品の最終チェックがそれぞれ別のスタジオということが多かったのですが、成城に来ていただければすべて完結します」(島田氏)
スタジオ内覧会には、Dolby Laboratories, Inc. 日本法人社長(兼)東南アジア・大洋州統轄の大沢幸弘氏も登壇した。
「Dolby VisonとDolby Atmosの両方で作った作品をDolby Cinemaと呼んでおりますが、1カ所でその両方ができる大変な施設が日本で初めてできました。映画でも配信でも放送でもライブでも、最も販路が広がるような技術で作品を作っていただいたら、コンテンツ業界もいずれ日本を代表する自動車業界と肩を並べられる時代が来るのではないかと思います」(大沢氏)
大沢氏は、Dolby VisonやDolby Atmosが映画だけでなく、音楽ライブ映画にも採用されるなど、さまざまなコンテンツに広がっているとアピールした。
「当時は最後と思われた嵐のコンサートがDolby Cinemaで収録されて公開されました(『ARASHI Anniversary Tour 5×20 FILM “Record of Memories”』が2021年11月にドルビーシネマ限定で先行上映された)。当時一桁しかなかったドルビーシネマの劇場(現在は全国10館)で3週間半、朝から晩まで満員の状況が続きました。それ以来、いろいろなアーティストがライブコンサートをDolby Cinemaで映画化するようになりました。音楽業界のパイを映画業界が取ったわけではなく、新しい市場が生まれているんです。一般の方にしてみたら、プラチナチケットで高くて買えなかった、あるいは買いたかったけど抽選に外れた人が映画館でまるで会場に行ったかのように楽しめています。海外ではスポーツもオリンピックやFIFAワールドカップなど人気のあるスポーツでドルビー中継されています。ファンはよりいい体験ができるようになっているのです。(Dolby Vison/Dolby Atmosによって)一般の人がもっといろいろなコンテンツを楽しんでくれるようになるのではないでしょうか」(大沢氏)
■コロナ禍をきっかけにDolby対応コンテンツが増加
内覧会終了後には、Dolby Japan シネマ&コンテンツソリューション部 部長の尾崎卓也氏にDolby VisonやDolby Atmosに対応するコンテンツの状況について伺った。
尾崎氏は「Dolby CinemaやDolby Atmosで映画コンテンツに導入されるようになったのはコロナ禍がきっかけでした」と語った。
「2012年に提供を開始したDolby Atmosは、映画から家庭用機器まで広まりましたが、一部の高級モデルに限られていました。しかしコロナ禍の巣ごもり需要があり、家で高音質・高画質で楽しみたいニーズが増えたのだと思います。また、スマホなどで楽しめるAppleMusicやAmazonMusicでDolby Atmosも含めた『空間オーディオ』が採用され、対応するデバイスが広がっていったことでDolby Atmosの認知度が爆発的に広まったというのが背景の一つになると思います」(尾崎氏)
Dolby AtmosとDolby Visonに対応するDolby Cinema作品を楽しめる映画館「ドルビーシネマ」は2018年末に日本に上陸し、本稿執筆時点で全国10館に展開されている。
「ドルビーシネマを導入し始めたコロナ前は、洋画作品が中心で邦画のDolby Cinema対応コンテンツは年間数作品でした。現在は12~15作品くらいまで増えています。日本の映画産業は邦画、特にアニメなしには語れません。(Dolby Cinemaなどの)プレミアムラージフォーマットに追加料金を払ってでも、自分の好きな作品であればいい映像、いい音、いい環境で見たいというニーズは日本だけでなく世界的に間違いなく増えています。そこにDolby Cinema作品はすごくフィットするので、対応作品数をさらに増やしていくのが重要だと思っています」(尾崎氏)
大沢氏が話していたように、Dolby Atmosでミックスしているアーティストもここ数年で増えているそうだ。
「せっかく配信などで楽しめるのであれば、劇場でも上映したいと考えてくださる方が多くて、コンサートを収録したコンテンツをDolby Cinema化して劇場上映する作品は、年に数作はコンスタントにあります」(尾崎氏)
ドルビーシネマ自体は10館と決して多くはないが、最近ではDolby AtmosやDolby Visonに対応するテレビも増えており、Dolby Cinema作品を楽しめる環境がかなり充実してきた。TOHOスタジオにDolby AtmosやDolby Visonで制作できる環境ができたことで、今後さらに対応する映画などのコンテンツが増えていくことを期待したい。
■編集後記:映像の未来を育む――Dolby Japanによる次世代育成の現在地
今回のDolby Japan社へのインタビューを通じ、同社が推進する次世代クリエイター育成の取り組みとその意義が見えてきた。本稿では、取材で得られた事実に基づき、映像制作の未来に向けた同社の展望を整理する。
教育機関との連携と制作環境の整備
ドルビー社は現在、全社を挙げた取り組みとして、各地域の大学や専門学校における次世代クリエイターの育成を支援している。
Dolby Visonの導入は途上にあるものの、Dolby Atmosの再生および制作環境を導入する教育機関は着実に増加している。
また、専門学校等での制作環境の構築に加え、立体音響に関する講義を授業に組み込むといった試みが既に始まっている。将来的にクリエイターがプロのスタジオで働く際、これらの技術を事前に習得していることは大きな意義を持つ。
多様なデバイスによる体験の重要性
技術の普及は制作現場に留まらず、消費者が日常的に触れるデバイスにも広がっている。
ドルビービジョンやアトモスを体験できるデバイスは、家庭用テレビ、スマートフォン、パソコン、さらには自動車に至るまで多様化している。
クリエイター自身が多様なデバイスを通じて技術に触れることで、「この技術を使って何を表現したいか」という具体的な発想を持つことが期待されている。
現状の制作現場では、どうしても目先の業務が優先されがちである。しかし、若い世代が技術を知り、自ら活用したいと願う土壌がなければ、業界の持続的な発展は望めない。
また、同社は今後も講義や交流の機会を増やし、教育機関との連携を強化していく方針だ。
技術が標準化していく中で、それを使いこなす「人」の育成に注力するドルビー社の姿勢は、映像業界全体の底上げに直結する。次世代のクリエイターがこれらの技術を武器に、どのような新しい表現を生み出していくのか、その動向を今後も注視していきたい。