03 FEB

生成AIでドラマ制作『サヨナラ港区』の舞台裏と議論 〜Inter BEE 2025 レポート

編集部 2026/2/3 12:00

一般社団法人電子情報技術産業協会(JEITA)は、「Inter BEE 2025」を2025年11月19~21日にかけて幕張メッセで開催。今年は昨年を上回る33,853名が来場した。

本記事では、11月19日に行われたINTER BEE IGNITION × DCEXPO 基調講演「テレビドラマに革命を起こすAI映像」の模様をレポートする。

専修大・松本氏、テンパレード・宮城氏、ytvメディアデザイン・汐口氏

本講演では、2025年9月に読売テレビで放送・配信され、業界に衝撃を与えたAI生成利用のドラマ『サヨナラ港区』にフォーカス。企画と脚本を手掛けた株式会社ytvメディアデザインのプロデューサー・汐口武史氏と、映像生成を担ったテンパレード株式会社のAIクリエイター・宮城明弘氏が登壇し、専修大学特任教授の松本淳氏の進行のもと、その舞台裏を語った。

■「テレビの制約をAIで突破できないか」新しいドラマ制作のスタイルを模索

プロジェクトの出発点は、2025年1月。テレビドラマ制作において、予算や技術的な問題から「ロボットを出す」といったスペクタクルな表現が企画段階で削ぎ落とされていくなか、「こうした制約をAIで突破できないか」というアイデアが発端だったという。

ytvメディアデザイン・汐口氏

「これまで(予算の制約から)そうした表現を排除して企画を考えてきたが、これを実現できる手段を生み出せるならば、その試みを込みにして企画になるのでは、と考えました」(汐口氏)

「テレビの制約をAIで突破して、新しい表現領域を作る」というミッションと、「AIと人間が共創する、新しい未来のスタンダードを作り上げる」というビジョンを設定し、プロジェクトがスタート。公開予定は2025年9月で、作品の総尺は50分、地上波では7分ずつに分けて連続放送することとなった。

当初は実写との融合も検討されたが、「予定の放送日まで8ヶ月という限られた時間的制約の中、AIを使って50分のドラマを作りきれるのかということ自体が企画になる」として、あえて全編フルAIでの制作に踏み切ることに。「エンドロールを可能な限り短くし、ミニマムなチームでの挑戦であること自体もコンセプトの一つとしたかった、という狙いもあった」と、汐口氏はその背景を語った。

■1カットに1000文字のプロンプト 絵コンテなき制作プロセスで生まれた「職人技」

テンパレード・宮城氏、ytvメディアデザイン・汐口氏

ドラマ制作は、脚本担当の汐口氏と、映像生成担当の宮城氏のわずか2人で分業。通常、企画や脚本の次に来るプリプロダクションや撮影といった工程は一切なく、絵コンテやビジュアルボードも存在しなかったという。

「具体的には、私が執筆した脚本を宮城さんが読み解き、そこから得たインスピレーションを基に映像をAIで生成してもらいました。宮城さんがいったん脚本を咀嚼する工程をはさみ、光景を想像する工程を入れることで、クリエイターとしての作家性が発揮されるのではないかと考えました」(汐口氏)

AIによって映像を生成したドラマ『サヨナラ港区』のワンシーン Copyright© ytvメディアデザイン

映像生成にあたって宮城氏が使用したのは、「Midjourney」「Hailuo AI」の2つ。あえて特定のバージョンに固定し、生成に関わる変動要素を極力排除したうえで、「今できることをやる」という方針を貫いたという。

「シーンを生成するためのプロンプトはワンカットあたり最低1000文字、複雑なシーンでは3000文字に達したこともあった」と宮城氏。すべて英語で記述し、指示内容はキャラクターの眼球の動きといった細部にわたったという。

テンパレード・宮城氏

「同じプロンプトを打ち込んでもまったく同じ映像は生成できず、出すたびに違う映像が生まれてきました。AIによる映像生成は、決して単純作業ではない。だからこそ、自分にしか(発想)できないものを作ったほうが絶対に面白い。AIクリエイションにおける作家性の重要さを認識しました」(宮城氏)

カメラワークに関しても、宮城氏は自動設定ツールを使わず、全てプロンプトで制御。逆光など複雑な表現も、「情景にプラスして、『カメラからはこう見えていて、ここに光源があって、それがカメラに向かってやってきている』という演出をわざわざ書いておく必要があった」といい、AIへの指示にあたって映像言語への深い理解が求められることを明かした。

■AIの「不完全さ」と、人間による「創造的解決」

AI生成における最大の課題は、キャラクターにおける一貫性とリップシンクの担保であったという。

「同一のキャラクターでも、カットごとに髪の長さや衣装の柄などが微妙に変化してしまう。固定物が存在しないAIの世界でドラマとしての一貫性を保つことは、至難の業でした」(宮城氏)

ドラマ『サヨナラ港区』のワンシーン Copyright© ytvメディアデザイン

これに対し、汐口氏が打ち出したのは「多少(の齟齬)は許容しよう」という方針。主人公格以外のキャラクターは多少デザインが変化しても同一人物と認識できるよう、あえて特徴を強く設定したという。

「それでもリップシンクに関しては、不自然さが拭えなかった」と汐口氏。宮城氏が生成した約2万カットに及ぶ膨大な映像素材の中から、セリフの口の動きに合う映像を目視で探し出し、繋ぎ合わせていくという、極めて人間的な方法で対応したと語る。

「自分で脚本も担当しているので、映像に合わせてセリフの語尾を調整するなど、映像と脚本の双方から歩み寄るという形での調整を行いました」

しかし、この修正のプロセスも一筋縄ではいかなかったという。「修正したシーンが本当に前よりもよくなっているのかという判断が難しかった」と汐口氏。「AI生成物ならではの『評価軸の曖昧さ』に頭を悩ませた」と振り返った。

■「セクション間の“翻訳者”が不可欠」AIとの役割分担で求められる新たなクリエイター像

これらの苦労をもってしても、AIによってもたらされる「制作における物理的・予算的制約からの解放」というメリットは大きいという。宮城氏、汐口氏は、実写とAI生成映像のハイブリッド制作による表現の拡張性に言及した。

「AI生成ならばロケも必要ないし、大掛かりな美術セットを作る手間もかからない。これまで『撮れない』という理由で諦めていた映像表現を、AIならば再現できるのではないかという点に大きな可能性を感じています」(宮城氏)

「『国会議事堂での立てこもり』というシーンで描きたかったストーリーを、『(予算が高いから)田舎の民宿に立てこもったことにしよう』とスケールダウンせざるを得ないのがテレビドラマの現状でした。『そこをAIに手伝ってもらおうよ』というケースが実現できるのならば、企画の自由度も格段に向上するのではないでしょうか」(汐口氏)

その一方で、本作の経験から、人間とAIの協業における新たな課題も浮き彫りになったと汐口氏。「(実写とAI映像との)照明の整合性であったり、現場の職人である照明部とAIチームをどうやって繋ぐのかなど、いろいろとコミュニケーション面での問題が出てくる」と指摘する。

宮城氏も、「ただ技術を持っているだけでは生き残れない時代になるだろうと感じている」と同意。「こうした(実写とAIのハイブリッド制作)環境では、AIクリエイター側のコミュニケーション能力が非常に重要になる」といい、「実写の撮影知識とAIの知識、その両方を理解し、各セクションを繋ぐ翻訳者としての役割が不可欠になる」と述べた。

■安易な「誰でもクリエイター」論に警鐘 AI生成時代に求められる真摯な姿勢と倫理観

今回の『サヨナラ港区』の試みは、技術的な挑戦であると同時に、AIを巡る倫理や著作権の問題に対する一つの回答を提示するものでもあったという。

「AIが生成する『◯◯風』画像や動画に対する嫌悪感が世の中にあることを認識した上で、我々は真摯に取り組んでいくという姿勢をどのように打ち出していくか、プロジェクトに臨むうえで熟考しました」(汐口氏)

「映像を生成するプロンプトには実在の人物・作品名を使用しないほか、生成されたキャラクターが既存の著作物に類似していないか、すべて検索して確認するという厳格なルールを自主的に設定しました」(宮城氏)

ドラマの最後には、「この映像を生成するためのプロンプトにおいて、特定の人物、団体、作品名などの名称は一切使用しておりません」という独自のディスクレーマー(おことわり)を表示。これは、今後の業界のガイドラインとなることを見据えた「モデルケース」としての行動であったという。

「AIを活用した作品づくりを始めたのは、資金力のない若い俳優やカメラマンたちが、映画を作るためのプラスアルファ(の道具)として活用できるのではないか、と考えたから。AIは決して既存のクリエイターを置き換えるものではなく、共存し、表現を豊かにするためのものであるべきだと考えています」(宮城氏)

「AIならば1人でこんなふうに作れますとか、誰でもこんなふうに作れます、という論調が散見されるが、それはちょっと違うと思う」と汐口氏。「何かを世に出した時点で(作り手はすべからく)責任を問われることになる」と語り、安易な「誰でもクリエイター」論に警鐘を鳴らした。

「『AIだから見る』ということも、『AIだから見ない』ということもなくなるほど、AIが(コンテンツ作りの)バックグラウンドにあることが当たり前のものになっていくと思います。これからはAIありきの企画ではなく、(人の生み出した)何らかの企画にAIが絡んでいくという方向になっていくのではないでしょうか」(汐口氏)

これに対して宮城氏も、「今後の活動の中心はフルAIではなく、実写とちゃんと融合できるものにしたい」とコメント。「人間にしかできないものこそが、AIよりも上位にある」といい、AI時代においても人間中心の創作思想が主軸であることに変わりはないとする意見を示した。