欧州最大級のドラマ祭「シリーズマニア2026」パノラマ・インターナショナル部門にNHK『火星の女王』が選出された。©J.LELONG/Series Mania

07 MAY

仏リールで反響集めたNHK『火星の女王』国際ドラマの作り方【「シリーズマニア2026」後編】

編集部 2026/5/7 12:00

欧州最大級のドラマ祭「シリーズマニア」(2026年3月20-27日/フランス・リール)のパノラマ・インターナショナル部門にNHK『火星の女王』が選出され、関心を集めた。シリーズマニア2026特集・後編では、日本発のSFドラマがどのような企画意図で作られ、海外のフェスティバルでどう受け止められたのかを追う。NHK制作統括の渡邊悟氏、同エグゼクティブ・プロデューサー/演出の西村武五郎氏、同演出の川上剛氏の3人に、リール現地で話を聞いた。(ジャーナリスト 長谷川朋子)

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■海外でも展開できるドラマを目指した

「シリーズマニア2026」仏リールでの上映会。左から『火星の女王』演出の川上剛氏、エグゼクティブ・プロデューサー/演出の西村武五郎氏、制作統括の渡邊悟氏。

今年のシリーズマニアでは、64カ国・375作品の中から選ばれた51作品が最終セレクションに進み、期間中、約11万2000人が来場した各会場で上映された。その一つに、NHK『火星の女王』が名を連ねた。シリーズマニアの公式リリースでも、日本発のSFが今年のプログラムの一角を担う作品として評価されていた。

その背景には、企画段階から海外展開も視野に入れた開発がある。『火星の女王』エグゼクティブ・プロデューサーで演出を担当した西村武五郎氏は「海外でも展開できるドラマを目指して、明確な意図を持って制作した」と明かす。5、6年前から始まった国際戦略関連のプロジェクトを通じて、海外プロデューサーに向けて複数の企画をヒアリングするなどリサーチを重ねる中で、最も反応が良かったのがSFの企画だったという。

「7カ国ぐらいの海外プロデューサーから意見をもらい、日本が作るSFドラマを見たいという声が多く上がりました。海外から見ると、日本はテクノロジーの国というイメージが強いことを再認識できました」と西村氏は説明する。

さらに、企画を後押ししたのが現実の動きだった。「企画した当時は、2025年前後に火星探査をめぐる動きが盛り上がると見られていて、『はやぶさ2』の時のような関心の高まりを想定していました。そのタイミングに合わせれば、未来志向のムーブメントが作れると考えました」(西村氏)

小川哲の長編小説を原作に、NHK放送100年の節目に向けた特集ドラマとして企画が具体化していく。制作に当たっても、国際的な視点が取り入れられた。演出した川上剛氏はこう語る。

「戦争が止められないような現実の中で生きるさまざまな国の人が見ても、自分たちの状況に置き換えることができる要素を感じてもらうことを意識しました」

■制作時間は通常NHKドラマの1.25倍

放送100年特集ドラマ『火星の女王』49分×6本版スペシャルエディション(全6回)が2026年5月10日(日)夜10時からNHKBS・BSP4Kで放送予定。©NHK

川上氏は制作過程についてこうも振り返る。

「NHKは過去を調べることは得意ですが、未来を考えるとなると途端に難しく考えがちです。ただ、実際に100年後の未来を描くヒントは過去にしかありませんでした。科学的な根拠も踏まえながら、例えばアメリカ独立戦争やアフリカの植民地支配の構造、国連の仕組みなどを参照しながら、未来の社会を組み立てていきました。過去を見つめないと未来も見えてこないということに、改めて気づく経験になりました」

制作手法にも細やかな工夫が重ねられている。宇宙という遠い場所を描くにあたり、まずコンセプトアートを制作し、世界観の統一を図った。衣装や美術もそこから設計されている。加えて、視覚的な差異を明確にするための色彩設計も行われた。火星と地球の環境の違いを、色によって直感的に伝えている。

さらに撮影体制を強化し、撮影監督に石坂拓郎氏を迎え、VFXスーパーバイザーに尾上克郎氏、VFX制作進行の古橋由衣氏を起用した。

「ワンカットごとのフレーミングも映画的な手法で組み立て、映像としてのクオリティにもこだわりました。通常のNHKドラマと比べて1.25倍ほどの時間をかけて制作しています」と、制作統括の渡邊悟氏は説明する。

■絶望で終わらないドラマに普遍性

©Gaël Leitao/Series Mania

シリーズマニアのパノラマ・インターナショナル部門に選出され、評価につながったのは、火星を舞台にした設定そのものだけではなかった。シリーズマニアを率いるマネージング・ディレクターのローレンス・ハースベルク氏が指摘するように、今年のセレクションには政治性の強いテーマが目立った。その文脈の中で本作も位置づけられている。西村氏はこう話す。

「パノラマ・インターナショナル部門全体を見ると、ファシズムへの抵抗といったテーマを扱う作品が多く、フランスでは政治的な題材が強い関心を集めています。『火星の女王』も、火星と地球の関係を通じて、支配と被支配の構造や、人はどこまで他者をコントロールできるのかといったテーマを描いています。こうした点が評価されたのだと受け止めています」

シリーズマニアでの上映もほぼ満席となり、観客の反応も手応えがあった。

「週末の上映ということで子どもたちも多く、サインや写真を求められたほど。フランスではSFドラマが少ないので、日本がこういう作品を出してきたことに驚きがあったと思います」と、西村氏は話す。

では、NHKが制作するSFドラマとしてどのように差別化を図ったのか。その答えの一つは「エンディングにある」と、渡邊氏は語る。

「ディストピアとして描くのではなく、未来にも明るさがあることを制作陣の間で共有しました。誰がいつ見るのかわからないという前提があるからです。子どもにも見てもらえる作品にしたので、残虐な描写は極力避けながら、その範囲で緊張感を作っていきました。絶望で終わるのではなく、最後に希望を残す。それが公共放送としてのドラマのあり方です」

シリーズマニアでは受賞には至らなかったものの、ドイツのThe World Media Festivalsでノミネート、さらにNew York Festivals TV & Film Awardsのショートリスト2026エンターテインメント・スペシャル部門で最優秀候補選出されている。SFというジャンルを用いながら、歴史や社会の構造を反映し、普遍的なテーマに落とし込んだ作りが国際的にも通じるドラマとして受け止められた結果といえる。