(左から)東海テレビ 石井氏、中京テレビ 森本氏、中国放送 中村氏、境氏

27 JAN

同時配信時代のローカル局の挑戦(前編)【InterBEE2020レポート】

編集部 2021/1/27 09:15

一般社団法人電子情報技術産業協会(JEITA)は、毎年幕張メッセで開催している「Inter BEE」を、11月18~20日にわたってオンラインで開催。「メディア総合イベント」のニューノーマルを目指し、オンライン上で様々な展示、並びに50以上の講演、セミナーが実施された。

今回は、その中から放送とネットやビジネスとの「CONNECT」をテーマとし、InterBEEのひとつの目玉企画「INTER BEE CONNECRED」のセッションより、「同時配信時代のローカル局の挑戦」の模様を前後編にわけてレポートする。

NHKに続き、2020年10月に日本テレビがプライムタイム・深夜帯での地上波放送同時配信を期間限定で実施した。これらは視聴地域を制限しないものであり、これまでキー局からの番組ネットを受けてきたローカル局にとってピンチととらえる向きもあるが、これをチャンスととらえ、自局の放送エリアを越えてネット上での各種サービスを立ち上げる動きも見られる。今回はこうした取り組みを実際に行っている局の担当者を迎え、その狙いについてプレゼンテーション・ディスカッションが行われた。

前編では、中京エリア民放4局共同の配信サービス「Locipo(ロキポ)」、RCC中国放送による広島カープ応援メディア「カーチカチ!」、HTB北海道テレビにおけるネットサービスの立ち上げの事例について取り上げる。

パネリストは、中京テレビ放送 ビジネス推進局 インターネット事業部 兼 編成局 編成部 森本英樹氏、東海テレビ放送 編成局コンテンツビジネスセンター デジタルコンテンツ部 石井謙吾氏、株式会社中国放送 コンテンツビジネス局コンテンツセンター コンテンツセンター長 中村知喜氏、北海道テレビ放送株式会社 報道情報局 報道部 副部長 高橋啓人氏。モデレーターをメディアコンサルタントの境 治氏が務めた。

■キー局配信にローカル局は「ビビる必要ない」

メディアコンサルタント 境 治氏

「キー局やNHKの同時配信が始まったが、まずみなさんに言いたいのは、『それで、ローカル局に何か影響がありました?』ということ」と境氏。「キー局による同時配信が始まってもローカル局の既存ビジネスに影響はないし、視聴率は下がらない」という。

「キー局が同時配信をやるくらいネットが当たりに前にある時代だということ」と境氏。「だからローカル局はもっとネットをガンガン活用しよう」と、セッションのタイトルにからめて語った。

続いて境氏は、今年記録的なヒットを打ち立てたアニメ『鬼滅の刃』について言及。同作品はインターネット上の動画配信に加え、全国のローカル局18局以上を通じて地上波テレビでも放送された。

「一般的にアニメは3つぐらいの局で(テレビ)放送し、その後はDVDで収益を上げるというビジネスモデル」と境氏。しかし同作においては、「できるだけ見せ込むぞ(という体制が敷かれた)」といい、「(作品側が)ローカル局のリーチ力を利用した」と指摘する。

「ローカル局とネット配信が一体になって見せ込んだから、映画の大ヒットに繋がった。これはメディアの下克上と言ってもいいのではないか」と境氏。「(ローカル局での放映から始まった)『鬼滅の刃』のヒットのように、ネット配信もうまく使えば、ローカル局もいろんな可能性がある」と期待を示した。

■「デジタルシフトの基盤作りを」東海民放4局共同メディア「Locipo」の取り組み

中京テレビ 森本英樹氏
東海テレビ 石井謙吾氏

続いて森本氏・石井氏が共同で、東海エリアの民放4局(中京テレビ・東海テレビ・CBCテレビ・テレビ愛知)共同によるデジタルメディア「Locipo」の事例を紹介。同サービスでは参加各局の報道・情報番組を中心とした見逃し配信や、記者会見など緊急情報のライブ配信、番組に関連するテキストコンテンツを展開している。

「東海エリアに放送局のデジタルシフトの基盤を作ることが目的。視聴環境の変化に対応した新たな市場をインターネット上に作り、東海エリアの総合メディアプラットホームを目指す」と森本氏。「一つの局でできることには限界があるが、普段はライバル関係の局同士ともネットの世界では協業・協力して、一つのものをみんなで作り上げていこうという形でやっている」という。

「テレビ局の伝送路の拡大、コンテンツのリーチを大きくしていくことが目的」と石井氏。「サイトに集まる(ログ)データに関しても、各局が単独で持つのではなく、4社が協力した形で共同で利用することで価値が作れる」といい、「まず市場を共同で作り上げ、できたところで各局が競争する形となればよい」と、基盤づくりの側面を強調した。

「Locipo」は2020年3月末よりサービスを開始。新型コロナに関する情報を積極的に発信したことも手伝い、7月には44万MAU(Monthly Active User:月次アクティブユーザー)を記録した。現状のユーザー層は男性・高年齢層が多く「女性ユーザーの拡大にも力を入れていきたい」と石井氏。

「いままでは一般的な情報配信サービスという形だったが、ようやく本来われわれがやりたかったことができるようになってきた」と森本氏。現在は「あなたのお出かけをテレビ局がお手伝いする企画」と銘打ち、地上波のテレビ番組で紹介した店舗やイベントなどの最新情報を動画で紹介する機能「どこ行く?」をスタートした。

「『視聴者の皆さんが見たいもの』は、テレビで見るものだけではない」と石井氏。同機能では、「地図上に配置されたピンをトリガーに、(番組で取り上げたスポットに関する)動画を見ることができるようになっている」という。

「生番組でスポットが取り上げられた際など、いったん見逃してしまうとなかなか動画の形でもう一度確認することが難しかったが、各局の番組が集まる(Locipo上で展開する)ことによって、魅力的なサービスとして打ち出せる」と森本氏。「『このスポット、この番組で紹介されたんだ』というような形で、またテレビを見ていただくような循環が作れたら」と期待を見せた。

「Locipo」では、動画コンテンツのほかに「読みもの」と題し、番組で取り上げた情報をテキスト記事としても展開。森本氏は、「将来的には、新聞・雑誌・ラジオなどの媒体各社とも一緒に協業していきたい。(ターゲットは)東海エリアが基本とはなるが、東海エリアから他地域へ転居した方などにも利用していただきたい」という。

石井氏は、「Locipo」について「インターネット上のマス(メディア)としてブランドイメージを設定している」とし、「われわれがローカル放送局として一番うたっている地域密着(の情報)をネットの世界で構築していく」と、その方向性を語った。

■「広島カープ公式アプリを展開」中国放送「カーチカチ!」の取り組み

中国放送 中村知喜氏

続いて中国放送・中村氏が、同社が中国新聞社と共同で運営する広島カープファン向け公式アプリ「カーチカチ!」の事例を紹介。同アプリは2019年3月にサービスを開始し、同球団の試合中継の有料配信などを行っている。

広島県の老舗局である中国放送とカープ球団の繋がりは強く、かねてよりラジオでは全試合中継や、テレビについても年間20試合弱を放送してきたほか、2007年より中国放送のサイト内コンテンツ「Veryカープ!RCC」を立ち上げ、月額課金サービスを行ってきた。「カーチカチ!」は、この発展形にあたるという。

「全国のカープファンの人口の1割(以上の利用を目指している)」と中村氏。有料課金コンテンツのほか、カープ好きを公言する芸能人らによる応援ライブをスポンサード中継するなどの施策を通じ、運営費を捻出しているという。

運営スタッフは少人数。同じスタッフが1日のあいだにいくつもの現場を掛け持ちすることも珍しくなく、「ライブ中継の際はワンマンというときも」と中村氏。ときには外部プロダクションの協力も得たりしつつ、「広島で行われる試合は全部ハイライト化して発信している」と語る。

「権利関係が複雑といわれるプロ野球コンテンツにおいて、球団アプリをメディアが(直接)運営しているというケースはなかなかない」と中村氏。コンテンツの権利に依存しないコンテンツとして、球場での観戦客に向けた混雑状況や球場内のグルメ情報といったサービスを提供しているという。「個人的には、アプリを通じてファン同士の交流が生まれる仕組み作りにも取り組みたい」と述べた。

■「アクセスの半数は道外から」北海道テレビのYouTube展開

続いて北海道テレビ・高橋氏が、自社の取り組みを紹介。

同局では、2020年の夏よりYouTube上で「北海道ニュース24〜HTBニュースLIVE」をスタート。道内のニュースを24時間ライブストリーミング配信している。

「胆振東部地震ではブラックアウト(電源喪失)が発生し、各家庭のテレビの電源が入らなくなったことで『テレビの無効化』という事態に直面した」と高橋氏。「テレビがなくなったとき、テレビ局は何をするべきかという現実に直面させられた」と語る。

「非常時のためにも、時代的にも、ネット(にコンテンツ)を出していかなければいけない」と高橋氏。「北海道ニュース24〜HTBニュースLIVE」では、鈴木直道・北海道知事による新型コロナ関連の記者会見をリアルタイムに中継するなどの「有事対応」が注目を集めている。

「送出システムはマスター(主調整室)など、放送(運行)に近い技術チームが内製しており、特別の運用チームは設けられていない」と高橋氏。「報道デスクやAD、マスターなどのスタッフが少しずつルーチンで運営にあたっている」という。

チャンネル登録者数は7万人を突破。ユーザー層も「49歳以下が8割」と若いほか、「アクセスの半数は北海道外から」という。

「道外からのアクセスは、北海道テレビの放送が届かないから(見に)来ていただいているということ。(放送エリアを越えた配信については)議論もあるかと思うが、全国相手にコンテンツを届けられ、それにネット(コンテンツとして)のチャンスがあるという点は魅力的だ」と高橋氏。

同局の公式YouTubeチャンネルでは、ニュースに加えて情報番組のコンテンツや、アナウンサーによるコンテンツなども展開。「YouTubeからの広告収益のほか、営業支援的な展開にも利用している」という。

■「自社でルールを決められる仕組みが重要」インフラ内製に踏み切った北海道テレビ

その一方で高橋氏からは、特定のプラットフォームに依存することへの危機感も。

「いくら素晴らしいプラットフォームであっても、途中でゲームチェンジ(運用ルールの変更)が行われる可能性は捨てきれない。いわば(配信の可否が)全てプラットフォーム側に依存する状態。極端なケースではBAN(アカウント停止)の可能性も生じてくる」と高橋氏。

「テレビ局である以上、編集権・編成権は自社で持ちたい。自社でルールを決められる仕組みを持ち、メディアとしての独立性も担保しなければだめなのではないか」と。北海道テレビでは、クラウドを活用した独自の配信インフラを構築し、有料コンテンツの配信に乗り出しているという。

「プロトタイプとして実施したのが、2019年に開催された『水曜どうでしょう祭』。リアルでも約3万人の方が札幌にお越しいただいた有料イベントだったが、この様子をトランザクション(課金制)ライブで配信した」という。

インフラ基盤はAWS(Amazon Web Services)を活用し、クラウド技術を担当するチームがわずか1ヶ月で開発。

「動画をそのまま(外部のインフラに提供し)、レベニューシェア(売上折半)としたほうが人件費も手間もかからない。もしかしたらそっちの方が儲かったのかもしれないが、それだけでは未来(の収益成長へつなげることは)厳しい。(この取り組みは)自社でプラットフォームとデータを持つ(体制を整えるための)投資だった」と語る。

■有料イベント、ライブコマース… 自社プラットフォームで柔軟なビジネス設計

「コロナ禍に入って悲鳴をあげたのはイベントのセクション」で、ライブ配信の枠組みを使って物販を行う「ライブコマース」も展開しているという。

今年7月には、落語に造詣の深い同局・大野恵アナウンサーによるオンライン落語会「HTB寄席@オンライン」を開催。このイベント中に、大野アナのサイン入りうちわを販売し、大きな売上を記録した。

「(オンラインコンテンツは)単純に広告モデル、物販で終わりではなく、コンテンツによってどういうふうに、どうやって収益を上げるかの設計をしたくなる」と高橋氏。「自社プラットフォームであれば(制限を受けることなく)自由にできる」と、そのメリットを語る。

「(自社プラットフォームなのでログ)データも(豊富に)手に入るし、(自社サービスの)会員増にもつながった」と高橋氏。「コンテンツの強弱によって、赤字だったり黒字だったりというトライアルを月1回繰り返している状況」としつつ、「(ライブ配信の)担当セクションも、来年度には間接人件費を含めて黒字にしたい」と意気込みを見せる。

同局の人気番組『水曜どうでしょう』が毎年開催している全国ツアーイベント「どうでしょうキャラバン」でも毎回さまざまなグッズを販売しているが、今年はコロナの影響によりリアルなイベント形式での開催を取りやめたため、同社のプラットフォームを活用してライブ中継とライブコマースを展開した。

配信規模によって柔軟にスケーリング(規模調整)が可能という特性を活かし、「14時間、毎分5000人、UU(Unique User:実ユーザー数)で5万人規模の配信に耐えた」(高橋氏)という。

さらに高橋氏は、同局が運営する自社メディア事業についても紹介。南海放送からのアライアンスを活用して自社アプリ「HTBonちゃんアプリ」を展開しているほか、テキストベースのオウンドメディア「SODANE(そだね)」も展開。「テレビで紹介しきれなかった『北海道なこだわり』を北海道が好きな皆様に届ける」というコンセプトのもと、番組スタッフや社内の開発スタッフもまじえた多彩な執筆陣が、それぞれの独自な切り口で記事を発信している。

「HTB北海道onデマンドというトランザクションVODサイトやeコマースサイトも展開しており、たくさんの(ユーザー)データがある」と高橋氏。「(ユーザー)IDがバラバラで、取っているデータもバラバラ」という状況を打破すべく、これらを統合したマーケティングプラットフォーム「HTB ViEWS-on」を開発中という。

「われわれの本分は、放送波を含めたコンテンツ作り」と高橋氏。「さまざまなマーケティングソリューションを展開していくにあたり、アカウンタビリティ(説明責任)をもった自社データをきちんと展開できるようにしたい」と締めくくった。

後半では、各局がビジネス展開において直面している課題やその打開策について、各局パネリストらによるディスカッションの模様をお送りする。

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