27 JUL

IP化時代に「放送」が担保するべきものは? Interop Tokyo 2022基調講演「IP化時代における放送の将来像」レポート(後編)

編集部 2022/7/27 09:01

2022年6月15日から17日に千葉・幕張メッセにて開催されたインターネットテクノロジーのイベント『Interop Tokyo 2022』で、江口靖二事務所・企(くわだて)・TVer・NHK放送文化研究所の4社による基調講演「IP化時代における放送の将来像」が開催。この模様を前編・中編・後編にわたりレポートする。

パネリストは、株式会社江口靖二事務所代表 江口靖二氏、株式会社企 代表取締役 クロサカ タツヤ氏、株式会社TVer 取締役 須賀久彌氏。モデレーターは、NHK放送文化研究所メディア研究部 チーフ・リード 村上圭子氏が務めた。

前編では、総務省によるミニサテ局・小規模地上波デジタル中継局のブロードバンド代替構想から、視聴者・制作者にとって複雑化を極めた放送システムを“単純化”する方策としての「放送のIP化」について、中編では「テレビのIP化サービス」としてのTVerの現状から、小規模地上波デジタル中継局のブロードバンド代替の試算に話が及んだ。

後編ではこれらをふまえ、クロサカ氏、江口氏、須賀氏、村上氏がパネルディスカッション。「放送のIP化」においてどのような課題を解決すべきか、その具体的な内容に迫る。

■「インフラ論」と「ビジネス論」は分けて考えるべき?

NHK放送文化研究所 メディア研究部 チーフ・リード 村上圭子氏

「全国のミニサテライト局の更新費用について、民放のコストをNHKが負担できないかという論点は放送法改正の議論の中で出てきていた。しかし、この検討会が開始されると、いきなりブロードバンド代替の話として提示されてきた」と村上氏。ミニサテライト局の維持管理が経営を圧迫しているローカル局にとっては、コストの削減につながる可能性を示唆しつつ、「この議論に乗っかるべきかどうか、各局ともまだ考えあぐねている状況ではないか」と推測する。

一方、地上波デジタル中継局のブロードバンド代替の方法として、制度上「放送」として認められたIPマルチキャスト(ホストから同一ネットワーク内への一斉送信)ではなくIPユニキャスト(ホストと端末の個別通信)が検討されている背景について、クロサカ氏は次のように語る。

株式会社企 代表取締役 クロサカタツヤ氏

「マルチキャストは一定の設備が必要であり、提供できる事業者も絞られる。一方のユニキャストは、(放送以外の通信も同じネットワークを通るため)優先制御ができないなかで、これを放送インフラとして使って良いのかという議論はある。だが、ユニキャストならばどの事業者でも対応可能だ」と話す。また、「ユーザー目線に立てば、IPも放送も『いま使っているスマホの中』という印象だろう。ユーザーにとってシームレスに移行できる道を考えるべきでは無いか」とクロサカ氏は問いかける。

株式会社TVer 取締役 須賀久彌氏

ここで須賀氏は、「議論されているブロードバンド代替の話とTVerのサービスの話が直ぐに結びつくのは難しいと思う。結びついていくために、まだ、いくつか論点や課題があり、それを整理する必要があると思う。例えば、著作権の話もそうだし、ビジネスになるかどうかと言うこともある。単にIP経由で視聴者のもとへ放送が届くというだけでビジネスが成立するかというと難しい。現在議論されているブロードバンド代替のエリアは、視聴者数でいうと決して多いはと言えず、仕組みとしてクリアできるからといっても収益には繋がりにくいと思う。 “責任”として放送を届けていく話は話で重要で、それをどう実現していくのか、という視点での話。」と、ビジネス論とインフラ論を分けて考える必要があると語った。

■「サービス拡張」という観点からIP化を考える

免許事業である放送局は、自社の放送波そのものがビジネスの基盤である。須賀氏の言うように、「単にIP経由で視聴者のもとへ放送が届けばよいという話ではない」。 

村上氏は、ブロードバンド代替の議論が出てきたことを契機に、放送のIP化について、これまでの放送サービスをいかに「維持」していくかという点と、いかに「拡張」していくかという点の両面から整理することが、放送制度の議論をする上でも、放送事業者自身が戦略を考える上でも重要ではないかと述べた。そして次の図を示し、維持、拡張ともに様々な取り組みが行われている中で、現在行われていないのは、「ローカル局のチャンネルも含めた民放全局の同時配信」であると指摘した。

続けて村上氏は、ブロードバンド代替と、TVerのリアルタイム配信、2015年から総務省の検討会での議論で度々提起されたものの行われてこなかった常時同時配信を放送と位置付ける制度改正の3つを比較する表を提示。私見と断った上で、それぞれに想定される道筋を示した。そして、これらの道筋のうち、放送事業者はどの方向性で模索していくことが望ましいのか、そのためにはどのような制度改正が望ましいのかを考えてみることが必要ではないかとした。総務省の検討会では今後こうした俯瞰した視点で議論を行って欲しいし、TVerには、放送全体の役割をアップデートする気概で将来像を描いてもらいたい、と球を投げた。

■IP化時代に「放送」として担保されるべきものは何か?

2022年4月よりTVerでは地上波リアルタイム同時配信がスタートしたが、その対象は在京キー局5系列(日テレ系・テレ朝系・TBS系・フジ系・テレ東系)GP帯の全国ネット番組に限られており、2022年7月現在、全日の配信や、ローカル含めた各系列局の同時配信までには至っていない。

「現状、TVerがリアルタイム配信を行っているのは各キー局そのものの放送ではなく、全国ネットの番組を系列としてリアルタイム配信をしている」と須賀氏。「私見だが、将来のユーザビリティの観点で考えれば、系列だけでなく、127局のリアルタイム配信が全部あるべきだし、24時間対応するべきだし、あらゆるデバイスで見られるようになるべき。ただ、実現に向けては、クリアしていかないといけない課題がある。ローカルエリアの方々の自社制作コンテンツは全体からしたら10〜15%程度です。“歯抜け状態”でリアルタイム配信をしても、そのエリアの方々に喜ばれるわけではない。ユーザが何を求めているかを考えて、流し方を含めて考えていかなければいけない」と語る。

村上氏は「確かにローカル局にとっては、常時同時配信を放送とする制度改正が行われれば、自社のマスターから放送そのままの姿で配信することができる。しかし、こうした形で自局の放送エリア内でリーチが補完できたとしても、広告主がその補完に見合う広告費を上乗せで払ってくれる見込みは現状では薄いだろう。ここがNHKとの最大の違いであり、N・民や民放内で足並みがそろわなかった理由でもある。仮に、広告主側が『リアルタイム配信によってリーチを拡張できた分の広告費を支払う』という流れがあれば今からでも実現するかもしれないが……」と語る。

NHK放送文化研究所 村上氏

これに対して須賀氏は、「同時配信を放送と同じものと見なす時に、放送との同一性が条件になり、同じCMをどの視聴者にも流さなければならないということになるのは反対。せっかく、この数年、TVerとしてやってきたインターネット広告の長所の1つである個別の視聴者ごとに最適な広告を当てられるという武器は持つべきだと思う。もちろん、現行のテレビが持っている一斉にたくさんの人に同じCMを見ていただくリーチも武器。2つの武器を持てるチャンスがあるのに、リーチだけにしてしまうのは、制度的に放送と通信の垣根がなくなったとき、その時点で『テレビ広告』が進化するチャンスを捨てることになる。そこはきちんと議論したい」と述べた。

「ブロードバンド代替の調査を進めるなかで、日本がいかに広く、日本の放送がいかに複雑かということがしみじみわかった」とクロサカ氏。「今回挙がったテーマをいっしょくたにして語るのは少々無理がある」といい、「放送という伝統的な枠組みの中に自分たちをくくりすぎているのではないか」と問いかける。

続けて、「視聴者が自分でプラットフォームを自由に選べる状態ではなければ、今後テレビは見続けられないのではないか。事業者も含めて『これが放送だ』と合意できるポイントは、ハードやソフトという話ではなく、『テレビ局がウソの情報を流すことはないだろう』という“トラスト”の部分なのかもしれない」と述べた。

■IP化というテーマから、「インフラとしての放送」を問い直す

左から江口氏、クロサカ氏、須賀氏、村上氏

最後はパネルディスカッションを振り返り、パネリスト3名がそれぞれコメントした。

「広くあまねくが課せられた放送というものはそう簡単に進化できないということは、たぶん大きいのだと思う。2003年に地デジがスタートしてから今日に至るまで、基本的には何も変わってないわけで。一方で、それを、2〜3年スパンでスマホが買い替えられ、どんどん進化していく通信の領域でもやり続けるという意義を問う話になるのではないか。どんなサービスを提供するかを考えたとき、こうした根源の問題も考える必要がある。

TVerとしては、先ほどの村上さんの資料の「維持」側の進化も、「拡張」側の進化も担わせてもらえるなら、担っていきたいと思いますし、同時に、広くあまねくという放送のありかたの一部も担わなければいけないと思っている。あとは、わずか100名ほどのTVer社の規模で、人を増やすことも含めて、どこまでやっていけるか、スピードとの勝負であると思う」(須賀氏)

「現場を経てきたひとりの人間としても業界の事情は十分に理解できるが、それでもやっぱり、複雑な構造であることには異議を唱えたい。わかりにくいと、視聴者がついてこない。ジャンルにしても、ドラマ・スポーツ・バラエティ……と、紋切り型で良いのだろうか。コンテンツの選ばれ方、受容の形が根源から変わるいま、私たちの想像のはるか先を行く『コンテンツ』が生まれることを踏まえた柔軟な体質が業界に必要だ」(江口氏)

「放送がインフラとして守ってきた『誰一人取り残さない』という精神は、絶対に忘れてはいけない」と村上氏。「放送波であろうとも、IPであろうとも、この『社会的包摂』こそが放送の最大の使命であり、存在意義である」と語り、ディスカッションを締めくくった。