世界最大級のコンテンツマーケットMIPCOM(10月、カンヌ)でGYOKURO STUDIOの取り組みが説明された。(筆者撮影)

22 DEC

日テレはなぜ“開国”を掲げたのか?―世界市場と向き合う「GYOKURO STUDIO」戦略の核心

編集部 2025/12/22 12:00

日本テレビが新たな中期経営計画で掲げたスローガンは「日テレ、開国!―日本発グローバルコンテンツメーカーへー」。海外売上を今後8年で5倍に伸ばすという野心的な計画を進めている。その切り札として社内に立ち上げたのが、世界市場向けフォーマット制作スタジオ「GYOKURO STUDIO」である。世界基準のバラエティ企画を専属スタジオという形で取り組むのは、日本のテレビ局では先駆的な試みになる。果たして本気度と勝算はどこにあるのか。同スタジオ代表・秋山健一郎氏に訊いた。
(ジャーナリスト・長谷川朋子)

■2030年に「海外売上目標1000億円」

「これまで“鎖国”していたつもりはないが、あえて社内外に強烈なメッセージを与えたいと思い、“日テレ、開国!”という海外戦略上のスローガンを掲げた」。
日本テレビ取締役専務執行役員・澤桂一氏がコンテンツマーケットTIFFCOM(10月、東京)で主催したセッションで説明した。同氏によると、日本テレビの海外売上は現在200億円強だが、2033年にはその5倍となる1000億円を目指すという。ドラマやバラエティ、アニメのグローバルプラットフォーム向けのセールス、コンテンツのファンダムを起点としたイベント展開など、複数の収益導線を拡大しながら、「色々な領域でチャレンジし、その中から当たり筋を見つけていきたい」と語った。

中期経営計画で掲げたスローガン「日テレ、開国!―日本発グローバルコンテンツメーカーへー」を説明する日本テレビ取締役専務執行役員・澤桂一氏(筆者撮影)

こうした戦略の中核として、今年6月に社内に立ち上がったのが、世界市場向けオリジナルフォーマットを開発・制作するクリエイティブスタジオ「GYOKURO STUDIO」である。現在は日本テレビのコンテンツ戦略本部・海外戦略センターの傘下に置かれ、権利処理から契約業務、セールスまで一気通貫で行う体制構築を目指している。

スタジオ代表の秋山健一郎氏は、「日本テレビが長年培ってきたバラエティコンテンツの制作の強みを世界に届け、社内外・国内外のクリエイターや制作会社、クライアントと“共創”することを大切にしたい」と方針を語る。スタジオ名については「日本茶の“玉露”のように、上質でプレミアムなコンテンツを世界に届けるという思いを込めた」と明かす。

日本テレビのバラエティフォーマットの成功例としては、世界最多の約50カ国で展開されているビジネスリアリティショー「¥マネーの虎」がある。GYOKURO STUDIOはこうしたヒットを戦略的に生み出していくことを狙いとしている。またNetflix、Amazon、Disney+などグローバルプラットフォームとの連携を通じて、世界市場に向けたラインナップ拡大も図っていくという。

世界市場向けオリジナルフォーマットを開発・制作するクリエイティブスタジオ「GYOKURO STUDIO」代表・秋山健一郎氏(筆者撮影)

■「アナザースカイ」のバイネームを活かす戦略

年間10本の新規フォーマット開発を目標に掲げるGYOKURO STUDIOは、すでに2本の新作を世界に向けて打ち出している。ゲームショー「Mega Catch」とリアリティショー「Secret Little Assistant」の2タイトルで、どちらも世界最大級のコンテンツマーケットMIPCOM(10月、カンヌ)で発表された。

とくに「Secret Little Assistant」は、「はじめてのおつかい」の系譜にある子ども主体のリアリティシリーズで、子どもたちが親の職場に潜入しサプライズを仕掛けるという、国境を越えて受け入れられやすい設定を持つ。過去に「はじめてのおつかい」が世界的な話題となった背景からも、海外展開に向けたポテンシャルを秘めた企画といえる。

GYOKURO STUDIOが開発したゲームショー「Mega Catch」©日本テレビ
「はじめてのおつかい」の系譜にあるリアリティショー「Secret Little Assistant」©日本テレビ

しかし秋山氏は、世界市場で戦う難しさを冷静に見ている。「世界でヒットしているバラエティフォーマットとは、予算の掛け方も、制作の思想も前提が違う。新作だから価値があるわけではないという現実を受け止め、世界基準でチューニングしていく発想の転換が必要だと考えています」と語り、課題と向き合う姿勢を示す。

一方で、グローバルプラットフォーム向けの取り組みでは、すでに成果も表れている。Disney+のトラベル・ドキュメンタリー「旅するSnow Man / 完全版 - Traveling with Snow Man -」は、今年7月の世界配信開始後、エピソード更新のたびに再生数1位を獲得し、確かな成果を残した。
秋山氏は、グローバル市場で強みを発揮できる日テレらしさとして、自身がチーフプロデューサーも務めたヒューマンドキュメンタリー「アナザースカイ」の存在を挙げる。
「“アナスカ”のような世界観でコンテンツを作りたい、というニーズは確実にあります。バイネームが活きる領域で、番組が培ったクリエイティブを軸に“見たことのないエンタメ”を開発できると考えています」。
さらに、日テレが持つ制作力を活かし、グローバル企業向けのブランデッドコンテンツにも注力していく構えだ。秋山氏はこの3年間、ハイブランドを扱うベンチャーのデジタルクリエイティブに携わってきた経験を持ち、その知見を活かしてクライアントのマーケティング課題やブランド戦略に寄り添うデジタルコンテンツを提供し、GYOKURO STUDIOの新たな収益柱に育てる方針だという。

Disney+のトラベル・ドキュメンタリー「旅するSnow Man / 完全版 - Traveling with Snow Man -」©日本テレビ

■新設LAビジネスオフィスは「情報と人脈のハブ」

海外展開に向けたもう一つの大きな動きが、今年7月に開設されたロサンゼルス・ビジネスオフィスである。ハリウッド周辺を拠点に、フォーマット販売やGYOKURO STUDIOと連携した現地向け企画開発、海外企業との協業づくりを担い、海外ビジネスの「情報と人脈のハブ」として機能させる狙いだ。すでにカナダの大手制作スタジオでカナダ版の「はじめてのおつかい」を成功させているBlue Ant Studiosとの戦略的パートナーシップを締結するなど、連携の具体化も進みつつある。

また、日本テレビは「自らフォーマットをつくる」だけでなく、「優れたフォーマットを買い、知見を取り込む」ことも重要な成長軸と捉えている。その具体例が、フォーマット購入したオランダ発の「The Floor」だ。2023年の初放送から2年で30カ国以上に広がった人気クイズショーで、100人が巨大LEDフロア上で対決するというもの。LED制御とクイズ出題が連動する技術から、没入感を生む撮影手法、ビジネスモデルに至るまで、多層的なノウハウを直接吸収できる点に大きな意義があると考える。
秋山氏は、日本が主導する企画の価値を強調しつつ、世界仕様へのアップデートの必要性を語る。
「僕自身、多くの番組をつくってきましたが、日本には本当にユニークで光る企画の“種”が多いと感じています。ただ、その種をどう“今”のトレンドに合う映像の撮り方やアウトプットに落とし込むか。海外の人が『これ、一緒にやりたい』『買いたい』と思う形にするプロセスを、もっと工夫していかなければならない。そう強く感じています」。
日本発のアイデアを「世界で戦えるフォーマット」へと育てる。その入口に立ったばかりの日本テレビの新組織「GYOKURO STUDIO」は、国内外のクリエイターとの共創やLA拠点との連動を武器に、新しい海外戦略の輪郭を描き始めている。