TIFFCOMの商談から国際共同制作に繋がった新アニメシリーズ『ピノ&シノビー』のキャラクター(筆者撮影)
大阪のローカル局はどう世界と向き合うのか--読売テレビとABC、二つの挑戦
編集部 2025/12/26 12:00
いまやテレビ局の「海外展開」は特別な取り組みではなくなった。だが、現場で聞く言葉の温度は、局ごとに異なる。読売テレビが示すのは、イタリアとのアニメ作品の国際共同制作という具体的な一歩だ。一方、ABC朝日放送が語るのは、フォーマットや数字の話にとどまらない、「なぜ自分たちの番組は人の心を動かしてきたのか」という制作の原点である。同じ大阪のローカル局でありながら、ひとつは“最新の実装”、もうひとつは“マインドの掘り下げ”から世界と向き合う。その差分は、ローカル局が世界に出るときの「勝ち筋」が、決して一つではないことを示している。
(ジャーナリスト・長谷川朋子)
■局キャラ「シノビー」イタリアと組む
読売テレビは新たな国際共同プロジェクトに踏み出している。イタリアの老舗アニメスタジオ「スタジオ・ボゼット」との新アニメシリーズ『ピノ&シノビー』だ。
読売テレビはこれまで『名探偵コナン』『犬夜叉』など、世界的に認知されるアニメ作品を数多く生み出してきた。国内市場に深く根を張りつつ、結果的にグローバルIPを育ててきた存在でもある。
今回の国際共同制作の起点となったのは、コンテンツーマーケットTIFFCOMでの“出会い”だった。北イタリア・ミラノ発祥のスタジオ・ボゼットは、哲学的でユーモアに富んだ作風で知られ、フランスや英国との共同制作実績を持つ。一方、日本との協業は初めてだ。CEOのピエトロ・ピネッティ氏は「日本は重要な市場です。今回の取り組みによって関係を構築したい」と、世界最大級のコンテンツマーケットMIPCOM(10月、カンヌ)の会場で語っていた。イタリアでは日本への関心が高く、その期待に応える物語を共に作る意義は大きいという。
プロジェクトの象徴となるのが、読売テレビのマスコットキャラクター「シノビー」だ。大阪城近くに住む忍者の末裔という設定を持ち、SNSやイベントを通じて世代を超えて親しまれてきた。このシノビーを軸に、新たに開発されたイタリアのキャラクター「ピノ」と共に互いの国の暮らしや文化を体験するストーリーが描かれる。
制作過程では、生活習慣の細部に至るまで丁寧なすり合わせが行われたという。和室や玄関の使い方、ベランダに置かれた植物、着物で自転車に乗る描写など、一見ささやかな違いも一つひとつ対話を重ねて調整していった。イタリアのティラミスと日本の餅を融合させた「ティラミ餅」のエピソードに象徴されるように、異文化は対立するものではなく、組み合わせることで新しい楽しさが生まれるという視点が貫かれている。
プロジェクトはイタリアの放送局や政府機関からも支援を受け、今後は日伊での放送を皮切りに、中東など他地域への展開や企業コラボレーションも視野に入れる。読売テレビの取り組みは、単なる「海外進出」ではない。約60年にわたって培ってきたアニメ文化とキャラクター資産を異文化理解という文脈で世界と共有する試みだ。大阪発のローカル局だからこそ生まれた普遍性が国境を越えようとしている。
■「笑いだけでも、涙だけでもない」ABCの感情設計
一方、ABC朝日放送が強調しているのは、「海外展開=フォーマット一本勝負」ではないという、現実的なスタンスだ。現在の軸は既存アーカイブの海外セールスだが、中長期的にドラマやバラエティのフォーマット開発へとつなげていく構えを持つ。
フォーマットは依然として重要な輸出手段ではあるものの、それ自体が目的ではないという。MIPCOMに参加した朝日放送グループホールディングス執行役員の井口毅氏は「ABCにとってフォーマットもまた“IPの出口のひとつ”です。配信やグッズなどを含めたIPの360度展開の中に位置づけています」と語っていた。
その際、同局が強みとして掲げるのが、国内で培ってきた「ナンバーワンコンテンツ」の実績だ。『芸能人格付けチェック』や『ポツンと一軒家』、『M-1グランプリ』といった大阪のローカル局でありながら、日本を代表するヒットを生み出してきたという自負がある。
しかし、その「国内での存在感」が、そのまま海外で通用するわけではない。むしろ両者の間には大きなギャップがあることも自覚している。だからこそ、海外展開では「単独で戦わない」ことを前提にしている。これから新たに開発する企画については制作段階から共同で進めることが前提条件だ。
実例として挙げられたのが、NBCユニバーサルと共同制作したバラエティ『The Secret Game Show』だ。現在はセールスオプション段階で、本格的な展開はこれからだが、国際的なアワードでの評価を得るなど、一定の手応えは感じているという。また、韓国の制作会社と組んだ企画や、ドラマ分野での共同開発も進行中だ。
こうした取り組みの背景には、朝日放送ならではの制作哲学がある。それは「笑いと感動の共存」だ。井口氏は、こうした感情設計こそが自社の強みと考える。
「笑いだけでも、涙だけでもない。バラエティであっても、最後にカタルシスとしての感動があるからこそ、人の心を強く動かす。明確に言語化されてきたわけではないが、社内に深く染みつき、共有されています」。
それをどう世界に翻訳し、どの市場と結びつけるのかが、今後の課題だ。だからこそ、セールス担当だけでなく制作スタッフ自身がコンテンツマーケットに足を運び、商談に同席し、海外の空気を“肌で感じる”ことを重視しているという。その積み重ねこそが、次のヒットにつながる。そう信じて長期戦を選んでいる。
テレビ局の海外展開が当たり前になった今、問われているのは「海外に出るか、出ないか」ではなく、「海外にどう出るか」だ。読売テレビは、およそ60年にわたるアニメ制作の蓄積を生かし、日伊共同制作という具体的な形で、キャラクターと文化を世界につなげようとしている。一方、朝日放送は、フォーマットやIPを超えて、好奇心と感動を共存させる制作マインドそのものを武器に、現場からグローバルに向き合う。大阪のローカル局が示す二つの道は、海外展開に「唯一の正解」がないことを改めて示している。