変化の兆しは吉か凶か? 【MEDIA NEW NORMAL】パネルディスカッション
編集部
博報堂DYメディアパートナーズ メディア環境研究所によるWEBセミナー『MEDIA NEW NORMAL メディアの新常態を考える』が、2020年7月14日(火)に開催された。キーノートの模様を前後編にわたってレポートしてきたが、今回は、パネルディスカッション「変化の兆しは吉か凶か?」の模様をレポートする。
コロナの影響を受け番組制作を一時中断し、「三密(密閉・密集・密接)」防止の観点からこれまでの制作スタイルの大幅な転換を余儀なくされたテレビ業界。そして同じくコロナによって「おでかけ情報」の扱いが難しくなり、さらに紙媒体からのデジタルシフト真っ只中にある雑誌業界。それぞれ変化の荒波に揉まれるなかで、次なる展開をどのように考えているのか。各分野を代表するパネリストが赤裸々に語った。
【関連記事】『MEDIA NEW NORMAL メディアの新常態を考える』キーノートレポート(前・後編)
パネリストは、株式会社TBSテレビ 営業局 関西支社 営業部長の阿蘇博氏と、株式会社KADOKAWA 2021年室 エグゼクティブプロデューサーの玉置泰紀氏。モデレーターをメディア環境研究所 上席研究員の森永真弓氏が務めた。
■現場はコロナ直撃も、変化にはポジティブ?
まずはテレビの現場におけるコロナ禍の影響について、阿蘇氏が語った。
阿蘇氏:これだけ生活が様変わりしていることで(生活者の)生活態度も変わっている。バラエティにしても(スタジオ収録などでは)人と人の感覚が空けられたりしている。現在は(出演者がスタジオに来ない)リモート出演がベースとなっているが「それでも意外とできるじゃないか」という雰囲気になっている。
「コロナ以前の日常には戻らないだろう、という空気に現場もなっている」と阿蘇氏。リモート化が進むことによって番組取材のかたちも大きく変わって来ているというが、そこまで悲観的というわけでもなさそうだ。
阿蘇氏:お店の取材などもリモートで行うことが増えた。三密を避けるため、これまでのような大規模な取材クルーを連れて行くのが難しくなったためだが、(人件費など)予算を考えるとかえってこのほうが抑えられていたりもする。
雑誌業界はどうか。森永氏が玉置氏に水を向ける。
森永氏:「東京ウォーカー」はおでかけ情報にこだわっていたが、現状はどうなっているのか。
玉置氏:「ウォーカー」シリーズはまさにコロナが直撃という状況。雑誌の「東京ウォーカー」「横浜ウォーカー」「九州ウォーカー」は2020年8月号で休刊し、WEBメディアの「ウォーカープラス」へ移行した。
やはりコロナの影響は目に見えて大きいようだ。しかし阿蘇氏同様、玉置氏にもあまり悲壮感は感じられない。
玉置氏:「お出かけ情報を流通すること」そのものに興味がある。それが実現できるならば、媒体は紙でもWEBでもモバイルでも、何でもよいと思っている。一時期はUSTREAM(現:IBM Video Streaming)での動画配信にも乗り出していたくらいだ。雑誌媒体は紙への思い入れが強いが、僕自身はあまり紙に思い入れがない。(情報を届けられるならば)デバイスはまったく気にしない。複合的にやったほうが面白いと思っている。
KADOKAWAは、「ウォーカーREBORN!」と題し、2015年6月に「ウォーカー」ブランドの大幅刷新を敢行。WEBメディア「ウォーカープラス」のスマートデバイス最適化や、全国500名以上の「地域編集長」の起用など、デジタルシフトを強く念頭に置いた内容が話題を呼んだ。
「いまやテレビもデジタルシフトの時代。もはやテレビ画面か、スマホの画面かは(視聴者にとっては)関係ない」と玉置氏。
続いて阿蘇氏も「今年6月の人事異動でDX(デジタルトランスフォーメーション=デジタル改革)局が新設され、制作から権利処理まで一括に行えるようになった」と語った。
コロナによる影響は大きいものの、それによって生じた「変化」には意外にもポジティブな様子だ。
■技術革新よりも、本業回帰が重要?
コロナ感染防止のための収録中断を受け、今年春、テレビ各局ではバラティ番組を中心に総集編の放映が行われた。TBSテレビでも『JIN-仁-』や『逃げるは恥だが役に立つ』など人気ドラマシリーズの特別総集編が放映された。とくに『逃げるは─』では、本放送でカットされたシーンやキャスト陣によるリモート収録の『逃げ恥ダンス』が新たに追加され、視聴者を大いに沸かせた。
阿蘇氏:『JIN-仁-』『逃げるは恥だが役に立つ』は視聴率も反響もよかった。いいものを出せば視聴者は見てくれるんだ、と感じた。(再放送やキャッチアップでの配信によって)見る場所が増えていることはいいことだと思う。(視聴体験が)SNSで拡散され、テレビ(での放映)へと(視聴者が)戻ってくる。制作者たちも「いいものを作れば(視聴者は)戻ってきてくれる」と思えたところが大きい。
コロナよって生じた「不測の事態」への対応として行われた総集編放映だったが、結果としてコンテンツの再評価につながったと阿蘇氏。新たなセールスの可能性ものぞかせる。
阿蘇氏:もともとテレビ局にはスポンサーと視聴者という「2つの顧客」がいた。これまで営業はスポンサーと向き合い、制作は視聴者と向き合い……と分かれていたが、これからは昔のアーカイブをどう世間や世界に広げていくかを(一緒になって)考える時期に来たと思う。
ここで森永氏、玉置氏から手厳しい意見が。
森永氏:(テレビ局は)技術(革新)ばかりでなく、自分たちの本業を見直すことも大事なのでは。ひとつひとつ(のコンテンツ)はしっかりしているのに、出し方のフォーマットの部分で見誤っているのではないか。送り出し方のフォーマットを変えようという考えはないのか。
玉置氏:緊急事態のときは家にいる時間が長く、テレビを見る機会も多かった。それにしてもテレビはワイドショーとニュースが多い。ワイドショーの情報発信のありかたについては行政から批判があったりもした。(編注:ワイドショーやニュース番組で報じられた内容について、行政機関が直接番組に対して抗議する事例がたびたび発生した)ワイドショーの記事の作り方はイノベーションしていないと感じる。
森永氏:(ワイドショーは)情報を型にはめている。
玉置氏:「コロナ前の世界には戻れない」という話が出ているが、(生活者は)正確な情報を実用(的に判断)するという話。そういう変化にメディアもあわせていかなければいけない。昔は(演出された)コンテンツが視聴率を取っていたが、(コロナ禍によるメディア接触の変化は)そこから変わるチャンスだったのではないか。
森永氏:最近の音楽ライブやスポーツ中継では、距離感の近さを作るために野球では球場の音響から中継まで変わってきている。(従前の)フォーマットに合わせようとした瞬間、(コンテンツが)時代に合わなくなるということを理解する時期なのでは。
これに対し阿蘇氏は、「フォーマットやタイムテーブルの見直しも、メディアとしては検討していかなければいけないかもしれない」としつつ、次のような事例を挙げた。
阿蘇氏:『人生最高レストラン』(土曜日23:30〜)にてスタジオ収録できなかった時期、リモートで出演者が総集編を飲みながら語る回を放送した。豪華なスタジオセットがないぶん、人々の日常に近づいた感じがあった。視聴率に現れない部分で共感をつくれたのではないか。Twitterではスポンサーへの親近感の声もあり、いままで気づかなかった作り方に気づけた。
■「ライブ配信会場」として、イベントホールをふたたび大規模な“集客装置”に
昨今、コロナ感染防止の観点から、音楽ライブを中心として会場に観客を入れずにライブ配信を行う「無観客ライブ」が盛んになってきた。
KADOKAWAが新拠点を構える「ところざわサクラタウン」(埼玉県所沢市)にもイベントホール「ジャパンパビリオン」が建設されていたが、コロナの影響を受け、大規模な集客会場としての利用が難しくなった。しかし、同社・角川歴彦取締役会長から寄せられた「ある意見」がきっかけとなり、当初とは異なる形の「活用法」が生まれたという。玉置氏が語る。
玉置氏:昨年、「ジャパンパビリオン」の建設がある程度進んでいたところで(角川歴彦)会長から「設備をeスポーツに対応させるべき」との意見があった。これを踏まえ、ホールを会場としたeスポーツ大会の開催も想定した。コロナ禍によって(大勢の)人を集めるわけにはいかなくなったが、代わりにごく少人数を「プレミアム限定入場」とし、あとはネットで見てもらう方法に行き着いた。結果的に「ジャパンパビリオンをライブ配信会場として使えば良いのだ」という発想が生まれ、リアルとネットの落とし所が見えてきた。
森永氏:eスポーツはリアルタイム性が重要なので、通信回線が上り下りともに太くなければいけない。リアルタイム性を考えると、固定の音響設備や大規模な回線設備を備えた(ホールなどの)場所が脚光を浴びてくるかもしれない。
KADOKAWAグループ企業で「ニコニコ動画」を運営するドワンゴが毎年春に幕張メッセで開催してきた大規模ファンイベント「ニコニコ超会議」も、今年は実会場での開催を断念。その代替措置として同社の動画生配信プラットフォーム「ニコニコ生放送」を通じてパビリオンに見立てた生中継イベント「ニコニコネット超会議2020」が開催された。
玉置氏:開催10周年であった昨年の「ニコニコ超会議」では、リアルな会場への来場者が15万人、ネット経由での参加者が660万人だった。今年の「ニコニコネット超会議2020」では8日間で1600万人以上の“参加”があった。リアルとデジタルの組み合わせやデジタル(イベント開催)の可能性について、コロナのあいだに相当問いかけがあったのではないか。
■アフターコロナ、メディアの現場が考える今後のアクションは?
終盤は「質疑応答」として、森永氏からの「問い」に阿蘇氏、玉置氏が答えた。
森永氏:(コロナ禍をきっかけに)レイトマジョリティ(これまで変化にとびついてこなかった)層が変化しているという。メディアとして、こうした状況をどう考えているか。
玉置氏:雑誌としての「ウォーカー」シリーズは読者層の男女比がほぼ50対50だったが、関西では男性の方が多かった。ウォーカーが扱うものは、あくまで実用(的な情報)でなければ意味がないと考えている。「面白さ」という面では男性側、「実用性」という面では女性側の志向が強い。メディアとしての「ウォーカー」現在WEBが主体となっており、WEBメディア「ウォーカープラス」も月間1億PVを達成するようになった。これまでやってきたことを試されるフェーズになってきていると思う。
阿蘇氏:テレビ(局)と視聴者の(ニーズの)乖離が見られるようになってきたのが、この(コロナ禍の)数ヶ月だった。B2CのC(Customer:生活者)の意見が反映されたコンテンツ作りや商品づくりが大事になってくると思う。
森永氏:メディアが(生活者との)心理的距離を詰めるためには、どんな要素が必要だと思うか。
玉置氏:(ターゲット層を)俯瞰で見るのではなく、レストランや店舗に行ったときに何を買うのか、実際に動いている人の目線で見なければいけないと考えている。かねてから現場には、「読者目線」「使う人目線」を大事にせよ、雑誌フォーマットありきで考えるな、編集者目線でつくるなと言ってきた。僕らにとっては「編集」が唯一のスキルだが、これにとらわれると使う人の視点からずれてしまう。編集者の価値も生活の変化によって見直されることになっていくと思う。
阿蘇氏:TBSはグループ傘下にラジオ局も持っているが、番組の内容についてデジタルとの融合(に関する議論)が飛び交っている。(WEBページに掲載する)タイムテーブルもradikoを意識したものになっている。メディア接触時間の統計でもラジオ(などの音声配信サービス)や(電子)雑誌が伸びているといい、(放送と)デジタルとの連動の機運が上がってきていると思う。まだ考えなければいけないことは多いが、ラジオやテレビとSNSの連動も今度出てくるのではないか。ラジオのほうがリスナー(=視聴者)に近いという印象があるので、その目線でメディアづくりに取り組んでいけたらと思う。
森永氏:メディアとして、直近ではどのような取り組みを進めていくつもりか。
玉置氏:これまでのメディアのコンテンツ(の固定概念)におさまらないことをKADOKAWAで行っていきたい。オリンピック・パラリンピックに大阪万博、IR(Integrated Resort:統合型リゾート)も控えている。もっとも、いまの時期は全部逆風だが……。いまこういうことを一生懸命やらなければ先がない。これらは(延期して)1年後に実施しようという流れになっているので、そこに向けて取り組んでいる。先のことは不安に思うが、やっていかなければいけない。
阿蘇氏:いま生活者は情報の鮮度を強く意識したり、複数のメディアから情報を得ることで正確性を担保したりしようとしている。それを支えるようなメディア連動をどう編み上げていくかが課題だ。営業部門にも制作経験者が入ってくるようになった。スポンサーの要望にどう応えるかという問いの先に視聴者がいる。(制作現場の知見を取り入れることは)視聴者(のニーズ)に耳を傾けるきっかけになるので、取り組んでいきたい。
コロナによる生活観の変化を“転機”としてとらえ、「新しい価値観」に沿った制作手法の組み換えやコンテンツ展開への糸口が見えつつあるとしながらも、その先の展開については、いまだ五里霧中といった様子。多くの「宿題」を感じさせながら、約60分のパネルディスカッションが終了した。