地域発映像コンテンツで「聖地を作る」MBSグループ新会社・Zipangインタビュー
マーケティングライター 天谷窓大
株式会社MBSイノベーションドライブ代表取締役 日笠賢治氏、株式会社Zipang代表取締役CEO 吉廣貫一氏
MBSの完全子会社、株式会社MBSイノベーションドライブは、映像コンテンツ制作やWEBメディアの運営を通じて地域創生支援を行う「株式会社Zipang」を設立した。
昨今の新型コロナ禍や大規模災害の頻発を受け、これまでのように大都市へ集中した経済や生活のありかたが大きく根底から見直されつつある。その一方で日本全体を覆う「自粛ムード」は各地域の観光産業を中心に大きな打撃をもたらし、いまなお地域経済に深刻な影響を与え続けている。こうした状況のなか、これまで日本国内における長年の課題とされてきた「地域創生」に対する取り組みが、いま改めて脚光を浴びつつある。
MBSグループの新規事業部門として、最先端の技術と放送局のコンテンツ制作ノウハウを組み合わせた事業を生み出しているMBSイノベーションドライブ。今回設立したZipangは、これらの課題にどのようにアプローチしていくのか。
株式会社Zipang代表取締役CEOの吉廣貫一氏、株式会社MBSイノベーションドライブ代表取締役の日笠賢治氏に話を聞いた。
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■「この街を聖地にしよう」地域映像製作という挑戦
──事業立ち上げの経緯を教えてください。
日笠氏:MBS社内で開催されたビジネスコンテストがきっかけでした。このコンテストで、吉廣を中心としたメンバーが「地域をテーマにした映像事業」というビジネスアイデアを提案したのです。最終的にコンテストでは別のアイデアが採択されたのですが、地方も中央も関係なく情報を発信できるネット動画という領域に高い関心があったので、コンテストとは別軸で「アイデアを実現させないか」と持ちかけました。
──「地域をテーマにした映像事業」というコンセプトはどんなきっかけで生まれたのでしょう?
吉廣氏:きっかけは「ロケツーリズム協議会」との交流です。映画やドラマなどのロケ誘致を目的に全国の自治体などで組織される団体なのですが、メンバーに話を聞くと、それぞれ地元の地域を舞台とした映画や動画作りにとても意欲的であることがわかったのです。
──有名作品の舞台となった街を訪れる「聖地巡礼」も、観光の形としてすっかりメジャーな存在になりましたね。
吉廣氏:とある有名映画で「主人公たちが海岸で手を繋ぐシーン」の舞台となった海岸があるのですが、人気の沸騰とともに多くの観光客が「聖地」としてその場所を訪れるようになりました。これは地元から見れば大きな観光資源ですが、勝手に映画のポスターを貼って宣伝してよいかというと、それはできなかった。著作権者への許諾申請ふくめ、さまざまな権利処理が必要だったのです。
──地元にスポットがあたっても、作品に関する権利を持っていなければ観光資源として活用できないのですね。
吉廣氏:こうした現状に接し、映像作品そのものが地域に直接貢献できる仕組みを作れないかと考えるようになりました。たとえば作品の映像素材を、舞台となった地域の商店や企業が自由に使用できるようにする。それによって、地元の魅力をより多角的に伝えることができるかもしれない。地域への注目や盛り上がりに直接貢献できるビジネスモデルとして、地域発のドラマやアニメを製作するという事業コンセプトが浮かんだのです。
──「聖地を自ら立ち上げる」ビジネスモデルなのですね。
吉廣氏:はい。まさに「この街を聖地にしよう」と決め、そこからコンテンツを立ち上げるというモデルです。これまでのように作品ありきでロケ地を選ぶのではなく、最初から地域が持つストーリーをベースに話題となるコンテンツを生み出し、さらにそれをIP(知的財産)として地域に還元していくところまでを志向していきます。
──Zipangの設立メンバーとして毎日新聞社 映像事業担当取締役CCOの猪狩淳一氏や元サイバーエージェントで『AmebaStudio』立ち上げに尽力したMAKE LOL JAPAN Webメディア事業担当取締役CMOの難波宏太氏、顧問として元埼玉県三芳町の名物PRパーソンとして知られるPRDESIGN JAPAN 代表取締役の佐久間智之氏など、地方PRや映像制作のプロフェッショナルたちが名前を連ねています。
吉廣氏:猪狩氏はMBSとも関係の深い毎日新聞で登録者数100万人超の動画メディア『MAiDiGiTV』をはじめ数多くのメディアを立ち上げており、冒頭のロケツーリズム協議会でも参事を務めていました。地域を舞台にしたアニメーションやドラマ作品の制作というZipang事業アイデアにも氏の構想が関わっています。
サイバーエージェントで動画関連の案件を立ち上げていた難波氏とは、地方自治体向けの動画制作支援や高知県四万十町のスマートシティ化事業に携わっていたこと、また出身地が私たちと同じ関西であったことから意気投合しました。制作力やブッキング力などこれまで放送局として強みであった点を活かしつつ、さらにインターネットでの展開を広げるためのビジネスモデルをともに作り上げました。
佐久間氏は埼玉県三芳町の職員であった時代に独学で習得したデザイン技術を駆使し、全国広報コンクールにおいて映像・広報企画・写真部門で数多くの賞を受賞、自治体広報日本一に輝いた実績を持っています。
強力な技術と豊富な実績を持ち、かつ同じ方向性を目指すメンバー同士でタッグを組み、現在の布陣が出来あがりました。
■地域横断企画、WEBメディア展開でブームの継続性を担保する
──現時点でどのような収益モデルを想定していますか。
吉廣氏:地元自治体が地域観光や産業のプロモーション用に確保している予算や、地元の商工会や地場産業からの出資などを想定しています。このほかWEBメディアでのタイアップ記事制作や広告掲載など、多面的な収益モデルの構築にも取り組んでいこうと考えています。
──地域によって、経済や財源の規模もさまざまかと思います。個々のケースにはどのように対応していきますか。
吉廣氏:舞台はひとつの地域とかぎりません。企画の仕方によっては、たとえば「同じ海に面している地域」として複数の地域が連動したり、同じような課題を持つ自治体同士がひとつの舞台として立ち上がることもあるでしょう。まずそれぞれの地域が抱える悩みを聞いたうえで座組を考え、財源の確保に関するコーディネートも行っていけたらと考えています。
──映像事業とWEBメディア事業が“2本柱”として据えられている点が印象的です。
吉廣氏:映像事業は大元となる地域へのムーブメントを生み出すための仕組みとして、WEBメディア事業はこれらを一過性のものにせず継続させていくための仕組みとして据えています。
──映像制作と並行してWEBメディアの運営も行うのでしょうか。
吉廣氏: Zipangでも独自のWEBメディアを運営しますし、自治体のWEBサイトや地元企業のWEBサイトも領域として想定しています。製作した映像作品をそれぞれのWEBメディアでも利用していただくことで、製作したドラマなどの放映期間が終了したあともIPを活用して継続的なプロモーションが行える仕組みを構築していきます。
■各地に系列局を持つMBSグループの強み
──地方創生を手掛ける企業として、MBSグループならではの強みを教えてください。
日笠氏:MBSはテレビ・ラジオともに全国各地にJNN・JRNとしての系列局があります。各局とも、地元の有力新聞社の系列企業となっているところが多く、数ある放送ネットワークのなかでもより地域とのつながりが密接である点が大きな特徴です。こうした心強いパートナーととともに一緒に作品作りが行えるという点は、MBSグループならではの強みといえるでしょう。
──各地の系列局による確かな地元目線と、それらを俯瞰的に連携させていくZipangの統括力が組み合わさってひとつのプラットフォームとして稼働するのですね。
吉廣氏:まさにその通りです。地元局の目線で追い続けているからこそわかる地域の魅力というものがありますし、逆に、地元の人々が気づいていない新たな魅力を外から見出すことも重要と考えています。こうした「中から目線」「外から目線」を組み合わせることで、より多面的な魅力を持つコンテンツを生み出していきたいと思います。
──放送局系の企業として積み重ねてきた制作ノウハウも魅力的ですね。
吉廣氏:MBSは老舗テレビ局としてドラマやアニメ制作の実績を豊富に持っており、監督や声優、俳優陣におけるブッキングの強さが特徴です。
──大容量・低遅延である5G通信の普及もはじまりつつあります。映像をより手軽に楽しめる環境が整いつつあることも、追い風となりそうですね。
吉廣氏:これまでの地域メディアは文字ベース・記事ベースのものが多く、動画で展開するものはあまりなかったように思います。いっぽう、1分の動画が180万文字分の情報量を持つという研究結果もあります。スマートフォンでも動画を手軽に楽しみやすくなったこの時代において、放送局として持つ映像制作ノウハウはこれからますます活用できるでしょう。
──最後に、これからのZipangの事業にかける思いを聞かせてください。
吉廣氏:Zipangは「地域と輝く」ことを社是として掲げています。これからはそれぞれの地域と生活者との関係性づくり、いわゆる関係人口の創出が大きな焦点となっていくでしょう。
移住や定住、観光や産業促進など地域に向けてアクセスするインバウンド展開、新たな地場産業を創出して海外も視野に進出していくアウトバウンド展開の両方を組み合わせ、世界中からメジャーな場所として認知される地域をZipangは作っていきたいのです。
そういった点で、見た人の記憶に残る作品作りはこれを推し進めていく強力な磁場として機能します。見た人がその地域に興味を持ち、最終的には「この街を終の棲家にしたい」と思っていただけるようなきっかけとなる作品を作っていきたいと思います。
日笠氏:これまでもMBSイノベーションドライブでは、食をテーマにしたエンターテイメントを創出するTOROMI PRODUCEやスポーツ産業の発展に取り組むMGスポーツなど、地域に根ざした事業展開を行ってきました。そこに今回、放送局としての得意分野である映像制作やメディア運営で地域創生を推進するZipangが加わることは、グループ全体としても大きな前進を意味すると考えます。
関西地域を基盤とする放送局であるMBSは、数々の番組制作を通じて地域の盛り上げ創出に長年携わってきました。私たちはZipangを通じ、最先端の技術と課題解決力による「立体的な地域貢献」という新たな事業の方向性を示してきたいと思います。