「違法だよ!あげるくん」の狙い~民放局が取り組む違法配信撲滅キャンペーン~(後編)
ジャーナリスト 長谷川朋子
放送番組が不正にアップロードされる違法行為は放送事業者にとって悩ましい問題である。対策のひとつとして実施しているのが日本民間放送連盟(以下民放連)による「違法配信撲滅キャンペーン」である。6年目に入った今年度は新啓発スポット『違法だよ!あげるくん』を展開し、特にインターネットのカジュアルユーザーに向けて、「どのような行為が違法となるのか」を具体的に表現している。この取り組みによって、どのような効果が期待できるのか? 前編に続き、民放連の知財委員会知財専門部会不正流通対策部会主査を務める品田聡氏(日本テレビ)と、民放連で放送番組の不正流通対策に取り組む前田優子氏、同キャンペーンのクリエイティブディレクターである博報堂中野仁嘉氏と川辺圭氏の4人に話を聞いた。(本文以下、敬称略)

■違法動画は技術の進歩に従って変化している
――2014年度から「放送番組の違法配信撲滅キャンペーン」を始めた経緯を教えてください。

前田氏:2014年度以前は民放連としては違法動画について情報を共有する程度で、直接の対策は全国の加盟社各社にお任せしていましたが、著作権を担当している民放連の知財委員会の席で、「各社の取り組みだけでは足りない。民放連としても対応を強化して欲しい」という意見が出たことから、キャンペーンの取組みを始めた経緯があります。また、警察など、違法動画を取り締まる機関に各社が「違法のアップロードを摘発、検挙してください」とお願いするたびに、「業界としても周知を徹底して欲しい」と言われていました。こうした背景もあり、取り組んでいます。
――これまでのキャンペーンでは俳優の遠藤憲一さんを起用したスポットCMを展開していました。
前田氏:過去5年間にわたって実施したキャンペーンCMはドラマ仕立ての2シリーズ。どちらも遠藤憲一さんにご出演いただきました。「違法アップロードの言い訳」編では、刑事役の遠藤憲一さんに違法アップロードした人がアップロードした言い訳を述べていくものになります。例えば、「これが違法行為になるとは知らなかった」「好きなアニメ作品をアップロードし、見逃した人に褒められたかった」といった理由を挙げていました。そして「それ違法です」というフレーズを使って、放送番組を無断でアップロードするのは違法であることをダイレクトに知らしめるものでした。2作目は学校が舞台。遠藤憲一さんに先生役を務めてもらい、生徒役に対して「10年間の懲役、1000万以下の罰金、またはその両方」という厳しい刑罰が下されることを伝えました。制作幹事社はフジテレビが担当し、制作会社も贅沢な布陣でクオリティの高いCMを展開できたと思っています。独自のインターネット調査ではCMの認知度が高いことがわかりました。遠藤憲一さんをはじめ、皆さんの成果によるものです。
――では、6年目に入り、「あげるくん」という新たなアニメキャラクターを起用した新たな啓発スポットに変えた理由とは?


品田氏:遠藤憲一さんご出演による実写版はストレートに違法であることを伝えるものになったかと思います。土台はできたので、今度はカジュアルユーザー対策をどうするか。これを一番重要視しました。またアニメーションで表現することによって、子どもたちにも見てもらえる機会を増やし、愛着が沸くものを求めました。いろいろな企画をいただくなかで、博報堂さんのご提案はまさに当てはまるものでした。
――制作を担当することになった博報堂としては、何が決め手になったと思いますか?

中野氏:プレゼンテーション時には3パターンの企画を提案しました。いずれも、いかに違法動画を上げることをダサくみせるか。これをポイントに置きました。「あげるくん」の他に「アップロードマン」という企画もあり、正義の味方を気取るも、上げる行為がとんでもなく悪い行為であり、ダサい行為ということを伝えるものでした。「あげるくん」はさらに、愛着が持たれる要素があり、採用していただけたのだと思います。

川辺氏:「あげるくん」のクリエイティブを担当しました。タレントを起用するものより、アニメキャラクターは使い勝手が良いという利点があります。長きにわたって訴求しやすいものになるのかと。違法行為をする人に対して周囲が「あげるくんだね」と、ダサい名前で呼ぶようになれば、やりたくなくなるのではないかと思います。実は「あげるくん」のキャラクターイメージは、仮に例える存在でいうと「のび太」です。「のび太」になりたくないし、言われたくない。そんな風に「あげるくん」と絶対に言われたくないことが浸透していって欲しいという思いがあります。
――録画した放送番組を、みんなのために無断でインターネットにアップロードしようとする「あげるくん」を、友だちの「トメ吉」が「つかまるよ、マジで。」とたしなめるシリーズから展開されています。どのようなメッセージを伝えるものになりますか?
川辺氏:「つかまるよ、マジで。」と言われたら、気軽に違法でアップロードする人にダメ押し伝えることができる効果があるのかと思います。無断アップロードは違法だということはわかっても、どの行為が具体的にいけないのかはわかりにくい。「放送番組をスマホで撮影してあげるのはダメ」といったものを具体的に伝えるように気を付けました。

前田氏:「無断アップロード」 「SNS」「バレるから」篇の3パターンの中で、SNS篇が個人的には気に入っています。お笑い番組をスマホで撮影し、SNSで拡散することは違法であることが端的にわかります。これは実際に使われている手口です。過去に埼玉県警が動画投稿サイトに番組をアップロードした5人を摘発した実例ではiPadでテレビ画面を撮影し、動画投稿サイトにアップロードした人がいました。
――啓発スポットCMなどメディア展開について教えてください。
前田氏:6月から民放連会員である138局のテレビ局で、啓発スポットCMを集中放送しています。地方局をはじめ、BSや一部CS放送も含まれます。また各社が放送番組を正規に配信するサイトでも使ってもらっています。民放連では公式オフィシャルサイトを中心に展開中です。メディア展開のすそ野を広げていければ、いろいろな層に関心が持たれます。ウェブメディア展開も検討していきたいと思っています。
――展開開始から3か月が経過するところ。どのような反響がありますか?

川辺氏:Twitter上で実際に使われているものをみました。違法アップロードした人に対して「違法だよ、あげるくん」と指摘していたものでした。これは狙い通りの反響です。
前田氏:反発したご意見は今のところありません。オフィシャルサイトに届く声は好意的なものばかりです。「あげるくんのCMに共感を持った」という感想もあり、好評を得ています。
――今後の課題は何でしょうか? 将来的に違法配信を撲滅させていくために必要なこととは? 展望を踏まえて教えてください。
品田氏:啓発活動を今後も継続的に実施し、より強化していきたいと思っています。一方で技術革新が日々起こっているなかで、それに応じた対策が必要になります。そのために、いろいろな立場にある方との対話や協力が重要です。我々の取組みが放送ビジネスの今後の発展に繋がる一助になればと思います。
前田氏:業界団体としてもこうした活動を長く続けていく必要があると認識しています。規模や手法は変わっていくかもしれませんが、啓発の取組みを当面は続けていくべきだと考えています。「あげるくん」の啓発スポットを大いに活用しつつ、展開していきたいです。

中野氏:博報堂としては違法アップロードの環境に合わせて、生活者の目を持ちながら、クリエイティブをチューニングしていくことが役割にあると思っています。
川辺氏:「あげるくん」については、小学生が使える下敷きなどグッズ展開やLINEのスタンプ展開なども可能になれば、効果は広がっていくでしょう。現在、3話まで展開されている「あげるくん」はまだ捕まっていません。シーズン2を制作することになれば、「捕まる」篇を作りたいです。実際に摘発の実例が増えることで、「本当にヤバイ」ということになり、撲滅に繋がっていくと思います。
前後編にわたってお伝えした放送事業者が加盟する民放連の取組みは、違法配信撲滅に繋げていくことだけが目的ではない。権利者に適正な収益を確保し、結果、放送番組の質を高めていく循環を促すものにもなる。つまり、違法動画の蔓延のつけは視聴者にも返ってくる。「あげるくん」という新たな啓発スポットが抑止力になることに期待したい。