キー局攻めのメディア戦略【InterBEE2019レポート】
編集部
2019年11月13日(水)〜15日(金)、幕張メッセ(千葉県)において開催されたInter BEE 2019。その会場内のカンファレンスエリア「INTER BEE CONNECTED」で行われたセッションプログラムでは放送・広告業界における最先端の取り組みが紹介された。
本稿では11月14日(木)に行われたセッション「キー局攻めのメディア戦略」をレポートする。2018年にテレビ朝日が設置した「IoTvセンター」を皮切りに、民放キー局ではデジタル展開をふくめた包括的なメディアや営業の部門が続々と新設された。これまで長らく主流であったGRP(延べ視聴率)ベースの広告営業にくわえデジタル時代の新たなセールスが求められる現在、各局の動きと思惑は──。各局、そしてメディア営業の取りまとめ役である電通の担当者がリアルな現状を語った。
パネリストは株式会社フジテレビジョン 総合メディア推進本部 局長の樋口薫子氏、日本テレビ放送網株式会社 営業局長の黒崎太郎氏、株式会社電通 ラジオテレビビジネスプロデュース局動画ビジネス推進部長の植木崇文氏。モデレーターを株式会社ワイズ・メディア取締役 メディアストラテジスト/フラー株式会社 常勤監査役の塚本幹夫氏が務めた。
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■「コンテンツの価値を最大化する」フジテレビ・総合メディア推進本部の事例
フジテレビでは2019年7月に「総合メディア推進本部」を設置。デジタル配信戦略の立案や収益性向上、視聴指標の設定を担う「メディアマーケティングセンター」、PDMP(Private Data Management Platform:社内データ基盤)の運用とマーケティングデータの整備を担う「デジタルプラットフォームセンター」の2部門体制で、デジタル時代に対応したコンテンツマーケティングを推進する。
樋口氏:一言でいえば「配信やデータの戦略をきっちり作り、コンテンツの価値を最大化していこう」という部署。31名いるメンバーのうち専任は8名ほどで、大半が社内の各部署と兼任している。メディアマーケティングセンター(MMC)はスポット営業部・デジタル営業部・ネットワーク局などの営業部門メンバーが中心で、デジタルプラットフォームセンター(DPC)は配信技術部推進部や技術開発部、技術局のメンバーが中心。くわえて両部門ともに編成のメンバーが入っている。
「これまでのフジテレビは、デジタルに対する構えが保守的で、配信やデータマーケティングに対して消極的なところがあった」と樋口氏。現状を革新し、多部署横断の体制でデジタル時代のメディア戦略づくりに取り組む。
■「メディアの価値を最大化する」日本テレビ・総合営業センターの事例
日本テレビは2019年6月に「総合営業センター」を設置。センター長を筆頭に「タイムセールス担当部長」「スポットセールス・デジタルセールス担当部長」を置き、その下に営業社員を4〜5名単位に再編成した「渉外班」、デスク業務とCM考査を担当する「総合デスク班」、スポットCM枠の販売立案を担当する「スポット班」、デジタルセールスを担当する「デジタル班」を持つ。
黒崎氏:広告枠の種別ごとに構成されていた営業部門を再編成し、ひとつの部署でスポットにもネット(セールス)にもデジタルにも対応できるようまとめた。いまはデジタル広告が非常に強くなってきているので、その利便性をしっかり意識し、日本テレビの持ついろんな媒体価値を理解した上で総合的にセールスできる体制をとっている。
ミッション別に班を構成したことで、デジタル対応をふまえたクライアントからの相談にも柔軟に対応できる、と黒崎氏。
黒崎氏:クライアントから「スポットとキャッチアップあわせて出稿したい」と相談された際は、渉外班とデジタル班が一緒になって提案する。デジタル広告の利便性・スピードに地上波媒体としてもしっかりついていかなければいけない。ワンストップの営業にして、スピードアップを図る。
総合営業センターでは、デジタル営業のみへシフトするのではなく、既存の地上波セールスにおいても大幅な効率化を志向している点が特徴的だ。
黒崎氏:これまでスポットやタイムの枠配分は営業推進部が管理していたが、総合営業センター設置後はデスク業務の範囲を拡充し、CM考査も担当する「総合デスク班」として編成し直した。
これまで渉外担当や広告会社などさまざまな方面から考査依頼が持ち込まれ、手続きに時間を要していたが、新体制では総合デスク班が一元的な窓口として機能することで効率化した。
■「テレビ広告の価値を最大化する」電通が進める「1BP・1チーム」
電通では2019年1月より、業態ごとに設けられたBP(営業)局に対し、テレビのタイムセールス、スポットセールス、動画セールス3分野の営業推進担当者で構成されたチームを配置する「1BP・1業推」体制をとっている。
植木氏:社内でアンケートをとったところ、「クライアントからテレビ出稿と動画の予算をグロス(一括)で発注されたが、(枠の配分をふくめて)誰にどう相談すればよいかわからない」という多く寄せられた。
スポット業推・タイム業推・動画業推がワンチームになることで、初期段階での最適な枠配分が可能となった、と植木氏。
配分後は、担当者たちがそれぞれの部署に枠を持ち帰り、各自が的確なプランニングを行うという。
■テレビとデジタル。「地続き」か、「別物」か
つづいてセッションはパネルディスカッションへ。塚本氏がパネリスト各氏に質問で切り込んだ。
──動画配信のパイはまだ大きくないかと思うが、リソースを投じて対応する意義をどう考えているか。
樋口氏:FOD(フジテレビが運営する動画配信サービス)のチームには優秀な人材が集まっており、ここに集まった能力を社内に分配できないかという思いがあった。テレビ営業とデジタル営業では枠売りという点で同じかもしれないが、それぞれに求められる能力は違う。総合メディア推進本部が中心となり、人材交流をしながらあまねく社内に(コンテンツマーケティングの)ナレッジを共有していきたい。
黒崎氏:デジタル部門はまだ売上としては小さいが、著しく成長している。テレビのセールスもデジタルのセールスもすべてわかる人間を求めることは難しくとも、「この種類のセールスならば、この人に相談すればよい」という知見が共有できれば同じことが実現できる。たとえば今後は、地上波スポット向けのCMとキャッチアップ向けのCMを連動させてマーケティングデータを補完できないか。こうした希望がセンター設置の背景にはある。
植木氏:すべてのセールスをひとりの人間で抱えなくとも、オーダーを持って帰ってきた際に自分の所属するBP部担当の業務推進チームに相談すればよい、という仕組みを作る。同じようなオーダーがやってくるたび相談を繰り返し、やがてその担当者自身にも知見が蓄積されていくということを期待している。
──テレビ業界全体として、動画セールスは成長が見込めそうか?
植木:地上波テレビのリアルタイム視聴率とタイムシフト視聴率をデジタルセールスの指標であるMAU(Monthly Active User:月間アクティブユーザー数)に換算すると、前者は約1億1,000万MAU、後者も8,000万MAU相当のポテンシャルを持つことが調査の結果わかっている。極論ではあるが、テレビで放送される番組をすべてキャッチアップで視聴できるようになれば、手持ちのスマートフォンが無料ポータブル全録画端末に変わり、いつでもどこでもテレビを楽しめる環境になる。現在のYouTubeは6,200万MAUのリーチを持つが、先に挙げたようなことが実現したあかつきには、タイムシフト視聴率がポテンシャルとして持つ8,000万のMAUがキャッチアップに流れてくるのではないか。
──デジタルセールスはテレビセールスの延長上と考えるか。それともまったく別々の領域と考えるか。
黒崎氏:営業としては、テレビとデジタルは「2方面」であり、それぞれしっかりやらなければいけないと考えている。そもそもいまの地上波セールスも、もっと魅力的に展開していけるはず。しっかりクライアントニーズに答えられるよう進化しなければいけない。そのうえで、デジタルの強みを意識した地上波セールスの仕組みを考えていく。素材の搬入期日をはじめとしたさまざまなルールも時代に合わせて変えていくなど、(広告商品としての)利便性を上げていかなければと思う。
──NHKのテレビ同時配信が注目されるなか、2020年には民放各社でもTVerを介したニュース番組同時配信実験が予定されている。セールスという観点で、インターネットでの地上波同時配信をどう考えているか。
黒崎氏:大変高度な問題で私ごときが話すものではないが、大事なのは、好きなときに好きな番組を好きな方法で見てもらえること。メディアへの接触時間そのものは拡大し続けている。個人的には楽しみ方の選択肢として番組の同時配信は自然な流れだと思うし、コンテンツをより多くの場所に出していき、延べ視聴時間を積み上げていくアプローチのひとつとして捉えている。
植木氏:同時配信そのものは、媒体としてペイするものとはまだ考えていない。いまは地上波以外で「テレビコンテンツを見る」習慣をつけてもらう段階。そういった意味で同時配信は、キャッチアップへの呼び水になるのではないか。
各局ごとにアプローチの違いはあれど、デジタルセールスを「クライアント・視聴者の新たなニーズへの対応」として広くとらえ、既存のテレビセールスの改善のきっかけともしている点は共通していることを印象づけるセッションとなった。同時配信開始のあかつきには、さらに実績ベースのナレッジが積み上がっていくこととなる。メディアとして、コンテンツとしてテレビが培ってきた価値が今後どのように最大化していくのか。2020年の動きに引き続き注目していきたい。