構造変化の先にある“地域戦略”──日本・韓国・中国の現在地(MIPCOMカンヌ2025・後編)
ジャーナリスト 長谷川朋子
吉本興業は海外展開が進む『ドキュメンタル』の大型広告を会場内に展開した。
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MIPCOMカンヌ2025レポート前編・中編では、YouTube初出展が示した産業構造の変化や、IP活用・縦型ショートドラマの潮流を追った。後編では、視点を“地域ごとの戦略”へと移す。会場では、日本・韓国・中国の東アジア3国が、それぞれ独自のアプローチで国際市場への存在感を明確にしようとしていた。フォーマット輸出、アニメ戦略、FAST欧州進出──各国の動きは、いま世界が求めるコンテンツ価値を示している。
(ジャーナリスト・長谷川朋子)
■来場者300人超えの日本勢プロモーション
今年のMIPCOMで日本勢がとりわけ存在感を高めたのが、フォーマットセールスの恒例プロモーション「Treasure Box Japan(TBJ)」【主催:一般社団法人放送コンテンツ海外展開促進機構(BEAJ)、後援:総務省】だ。会期初日に開催されたプレゼンテーションには 331名(前年比10%超増)が来場し、うち 222名が海外関係者と、日本フォーマットへの関心が、国際マーケットで維持していることを示した。
TBJは日本のバラエティ番組の新作フォーマットを各局が共同で紹介する場だが、今回はキー局、準キー局が勢揃いし、計10局が登壇。日本テレビ、テレビ朝日、TBSテレビ、テレビ東京、フジテレビ、NHKエンタープライズ、読売テレビ、朝日放送テレビ、毎日放送、関西テレビがプレゼンテーションを行なった。
発表された企画は、クイズ、ゲーム、恋愛、ホラーなど幅広い。相撲を切り口にした『SUMO KING』(テレビ東京)など、フィジカル×ゲームといった日本が得意とするフォーマットも目立ち、各局が次なる世界ヒットを意識し、会場の参加者にわかりやすい形で企画の魅力を整理したプレゼンを行なっていた。
TBJ審査員のひとりであるSmall World社CEOのティム・クレシェンティ氏に直接話を聞くと、クレシェンティ氏が注目したのは『MUGEN LOOP』(TBS)だった。
「この企画が示しているのは、“橋渡し”だ。日本のTBS と韓国の CJ E&Mが初めて協業したことで実現した企画であり、フォーマット開発における国際共同制作モデルが確実に前に進んだことを実感した」
クレシェンティ氏は『¥マネーの虎』(日本テレビ)の海外展開に携わるなど、日本や韓国のフォーマット国際流通を長年支えてきた人物だ。その知見を踏まえ、日本と韓国の共同制作がTBJの場で明確に打ち出された今回の動きに、強い関心を寄せていたのが印象的だった。
BEAJの調査によれば、日本発フォーマットは着実に成果を数字に残してもいる。これまでに 90作品以上の日本フォーマットが海外でローカライズされ、累計話数は12,000話を超える。今回のイベントでも、審査員からは「発想力の高さ」や「企画の多様さ」に評価が集まり、日本のバラエティ番組の可能性はまだ広がっていると感じさせた。
■アニメ強化は日本だけでなく、韓国も
今年の日本勢の動きはフォーマット輸出だけにとどまらない。アニメとIPをめぐるトピックでも象徴的な動きを見せた。日本のアニメーションの魅力をテーマにしたJETRO主催のセッションでは、テレビ東京の斉木裕明氏に加え、東映アニメーションらキーパーソンが登壇した。総務省・近藤玲子審議官からは、日本アニメの国際展開に関する政策的視点も共有された。アニメは依然として日本の強力な輸出ジャンルだが、今後の発展を考える場にもなった。
さらにテレビ朝日は、2024年9月からYouTubeで展開しているフランス語吹き替え版『ドラえもん』が、複数の配信契約につながっていることを発表した。MIPCOM会場の自社ブースでは、フランス版キャストを招いた “どら焼きパーティ” を実施し、長寿IPをローカライズとデジタル展開で再活性化する取り組みを印象づけた。今年のMIPCOMが示した潮流とも呼応する動きと言える。
このほか、吉本興業やABEMAも継続出展し、吉本興業は海外展開が進む『ドキュメンタル』の大型広告を会場内に掲出した点も見逃せない。今年の日本勢は、従来の“フォーマット輸出の地固め”に加え、アニメ、YouTubeローカライズ、デジタル施策と、多層的なアプローチを着実に広げていた。
一方、今年の韓国勢は、「Kドラマ」「Kフォーマット」に続く第3の番組輸出カテゴリーとしてアニメを育てる姿勢を、これまで以上に明確にしていた。MIPCOMプレイベントのキッズイベントMIPJUNIORでは、韓国コンテンツ振興院(KOCCA)がアニメ特化の大型プレゼンおよびネットワーキング枠を主催し、5つの主要スタジオが登壇した。アニメを国家戦略として前面に出し、Kカルチャーの強みを活かしたプロモーションだった。
それは、Netflix史上最大のヒット作となった『K-POP ガールズ!デーモン・ハンターズ』の文脈ともつながる。同作自体はソニー・ピクチャーズ・アニメーション制作だが、K-POP、食文化など韓国的世界観をアニメで再構築した“ハイブリッドIP”として、MIPJUNIORでもトレンドトピックとして取り上げられた。
韓国の強さは、このヒットの手応えを国家プロモーションに即座に接続するスピード感にある。アニメ視聴がグローバルで拡大するなか、タイミングよく戦略をアップデートし、海外展開を加速させている。今年も韓国勢は、その“連動の速さ”が際立っていた。
■欧州で初の中国コンテンツ専門FASTチャンネル
中国は政府系機関が主導するショーケースを展開し、ドラマ、ドキュメンタリー、アニメに加えてAI活用作品まで含む幅広いラインナップを紹介した。登壇したのは約10社。現代ドラマから国際共同制作作品まであり、欧州市場を強く意識した構成でもあった。
モデレーターを務めたパリ拠点のメディアエージェンシーBOLYTICS創業者兼CEOボー・チャン氏は中国コンテンツを欧州のFAST(無料広告付きストリーミングTV)に本格的に乗せていくプロジェクトの中心人物の1人でもある。直接話を聞くと「フランスでは10世帯中9世帯がコネクテッドTVを持ち、FASTはすでに主要メディアになりつつある」と語り、欧州での成長タイミングを見据えて、中国コンテンツ専門のFASTチャンネル立ち上げに踏み切ったことを明かした。
コンテンツ供給の基盤は上海メディアグループ(SMG)で、楽天TVをはじめ欧州プラットフォームと連携し、まずは現代劇に特化したドラマチャンネルとして展開する計画だ。プレゼンでも紹介された都会で働く女性たちのキャリアや人生の選択を描く『A Better Life』は、その象徴的な1本にある。中国本土ではCCTVとTikTokで大きな話題を呼び、Netflixはすでに配信権を取得している。欧州でリメイク版も検討されているという。
欧州市場で初となる中国コンテンツFASTチャンネルを動かした背景について、チャン氏は「タイミングと多様性、そして情熱が揃った」と話す。欧州の視聴者が母国語の吹き替えで中国ドラマを楽しめる環境を整えていくことが狙いだ。こうした取り組みは、中国が欧州市場でドラマIPの流通モデルを多角的に広げようとする動きの一端でもある。
今年のMIPCOMには、例年の名誉国プログラム「Country of Honour」は設定されなかった。それでも現地で取材する中で、日本・韓国・中国がそれぞれの文脈で、迷いなく“次の一手”を打っているのが伝わってきた。
世界のコンテンツ市場は、止まっていれば自然と縮んでいく。Ampere Analysisのエグゼクティブ・ディレクター兼共同創業者、ガイ・ビソン氏が指摘した「既存メディアは今、何もしなければ、時間も視聴者も収益も奪われていく」という言葉は、今年のYouTube初出展と重なって聞こえた。
その中で、日本はフォーマットの地固めを続け、韓国はアニメを“第三の柱”に育て、中国はFASTで欧州へ踏み出す。それぞれの動きが、アジアの存在感がさらに立ち上がっていく前兆のようにも思えた。来年のMIPCOMでは、その答えがもう少し輪郭を帯びるのかもしれない。