ローカルコンテンツが拓く、地域価値最大化戦略 〜Inter BEE 2025 レポート
ライター 天谷窓大
一般社団法人電子情報技術産業協会(JEITA)は、「Inter BEE 2025」を2025年11月19~21日にかけて幕張メッセで開催。今年は昨年を上回る33,853名が来場した。
本記事では、メディア・エンターテインメント業界のエキスパートによる講演・セッションプログラム「INTER BEE FORUM」より、11月19日に行われた「ローカルコンテンツが拓く、地域価値最大化戦略 〜テレビ発地域イノベーションの可能性〜」の模様をレポートする。
本講演では、全国のローカル放送局が連携してコンテンツの新たな価値創出を目指す「LCB(Local Contents Bank)」にフォーカス。
前半ではプロジェクトの立ち上げの経緯とその内容、展望について、中心メンバーによる発表とディスカッションの模様を、後半では講演を終えたメンバーに、LCBが生み出すローカル局同士のシナジーへの期待を伺う。
登壇者は、放送サービス高度化推進協会(A-PAB) 業務執行理事の安田隆二氏、北海道テレビ放送株式会社 社長室の阿久津友紀氏、株式会社毎日放送 経営戦略局の齊藤浩史氏、株式会社テレビ西日本 事業企画局の尾野上 敦氏、株式会社テレビ宮崎 コンテンツビジネス局の大山真一氏。
モデレーターを、dentsu Japan グロースオフィサー(特任執行役員) / メディアビジネスイノベーション担当の須賀久彌氏が担当した。
■ローカル局コンテンツをメタデータで“目刺し” エリア特性を活かすビジネスハブに
LCB(Local Contents Bank)は、全国のローカル局がコンテンツの流通を促進させるべく、各局が制作するローカル番組のコンテンツや映像素材を集積するコンテンツバンク。各配信プラットフォームへの番組提供をはじめ、正規化された共通メタデータの付与による素材の有効活用や、加盟ローカル局に対する共通窓口としての役割などを志向する。
2023年9月、全国のローカル局17社が連名でA-PABに実証実験を提案。2024年よりスタートした。
2025年12月時点では、全国63局が参加している。2025年10月には事業会社として「合同会社LCB」を設立。2026年以降の社会実装を目指す。
講演冒頭、プロジェクトの発起人である毎日放送・齊藤氏が発表。ローカル局が直面する課題について言及した。
齊藤氏は、「テレビ広告費のインターネットへの流出、人口減少という社会構造の変化の中で、従来の『内向きの地域性』に依存したビジネスモデルは限界を迎えつつある」と指摘。
キー局が海外市場に活路を見出す一方、ローカル局は地域に人を呼び込むインバウンドや関係人口の創出を促し、エリアの特性を活かすビジネスのハブになることが新たな役割になると提言した。
「LCBは新たな配信プラットフォームを作るものではなく、あくまでコンテンツの流通を促進させるためのバンク。その鍵は『情報の向きを逆転させる』こと、つまり地域で培ってきたコンテンツを国内、さらには海外へ向けて積極的に発信していくことにある」
特番を単発で作るだけでは一過性に終わり、持続可能性には難しさがある。そこで着目したのが、ニュースや情報ワイド番組の中で日々放送されている、5分から10分程度の短いコーナーVTRだ。
「グルメ情報や観光情報が満載のコーナーVTRは、ドラマやバラエティといった『視聴して楽しむ』コンテンツとは異なり、視聴者を『ここへ行ってみたい』『この店に食べに行こう』など行動するきっかけにつながる」と齊藤氏。
「各局が持つ動画に統一されたメタデータを付与し、一つのバンクに集約したうえで、『ラーメン』『観光』といったテーマで横串に刺す、いわば『メザシ』のようなフィルターを用意する」と、その骨子を説明した。
■ローカル局の熱意を受けて実証実験がスタート
A-PAB・安田隆二氏は、この提案を受けた当時を振り返った。
A-PABでは2023年度からコネクテッドTV検討部会を立ち上げ、放送と通信の連携を最大の課題として共通メタデータのコンセプトを取りまとめるなど、業界全体のDXを模索していたが、ローカル局に対する施策や取り組みが皆無であることに課題を感じていたという。
「元々、メーカーで全国の放送局向けの営業経験が長く、ローカル局のみなさまには大変お世話になっていた」と安田氏。「何か恩返しができないか」という思いを抱いていた中、齊藤氏からLCBの構想を持ちかけられたと語った。
提案の段階で系列を超えた17局ものローカル局が既に集まっていたこともあり、その熱意に後押しされる形で安田氏は実証実験の開始を決断。「うまくいくか分からないドキドキのスタートではあったが、ローカル局が主体となって新たな価値を創出しようとする動きをA-PABとして支援することに大きな意義を見出した」と振り返った。
■AIがメタデータの付与をサポートしながら動画を集約する「ためて、ととのえる」 LCBシステム
LCBの具体的な仕組みについては、テレビ宮崎・大山氏がデモンストレーションを交えて説明。「LCBのコンセプトは『ためて、ととのえる』ことである」と強調した。
「現在63局が参加し、日本各地の食、観光、街情報といった日々放送される番組コーナーを抜き出して一箇所に『ためる』。ただ貯めるだけでなく、さらにAI技術を駆使してメタ情報を『ととのえる』ことが最大のポイント」
LCBは、各局が動画をアップロードしAIを活用しメタ情報を付与する「メタサポートシステム」と、全コンテンツを集約しプレイリスト生成などを行う「カタログサイト」の2つで構成される。
特にLCBが独自に策定した3階層のタグ体系は、例えば「味噌ラーメン」といったキーワードの表記揺れを防ぎ、AIが動画内容を解析して適切なタグを自動で紐づけることを可能にする。
会場で行われたデモでは、カタログサイトに1,500本以上のコンテンツが登録されている様子を公開。ラーメン動画を例に、放送局情報や店名、住所などのスポット情報が詳細に記録され、AIがおすすめのスポット情報やタグを提案、人間がそれを修正・確定する半自動のワークフローが実演された。
たとえば「ラーメン」で検索し、さらに「とんこつラーメン」「九州・沖縄」といったタグやエリアで絞り込んだプレイリストを作成することも可能。
「できるだけAIで自動化をして、ローカル放送局の手間がかからないようなシステムを作っていければ」と、大山氏は開発思想を語った。
■TVer配信で判明した「地域を越える視聴」の価値
北海道テレビ・阿久津氏は、TVerで行われた実証実験の結果から見えてきた可能性について報告した。
TVerでは「ご当地番組大集合!」という枠で「全国の“街ネタ”集めました」と題した配信を実施。63局のコンテンツを元に、「全国ラーメン図鑑」などを関西編、九州編といったエリア別テーマで週替わりに展開した。
「視聴数のピークがお盆休みと重なるなど、帰省や旅行のタイミングで地域の情報需要が高まる傾向が見られた」と阿久津氏。
TVerから提供された視聴データでは、「北海道・東北編」視聴者の50%超が北海道・東北在住者であった一方、関東圏からの視聴も一定数存在。同じく「九州・沖縄編」でも九州・沖縄在住者が50%超を占める一方、関東・関西の視聴者が一定の層を形成していたことが明らかとなった。
この結果から、阿久津氏は「地域の中はもちろん、地域をまたいだ視聴のニーズがある」と分析。ローカルコンテンツが地元住民だけでなく、出身者や旅行を検討している関係人口にも価値を提供できる可能性が示されたと述べた。
「我々の素材はプレミアムではないかもしれないが、価値は絶対にある」と阿久津氏。「ローカルコンテンツは『未開拓の領域』」といい、FAST(リニア配信)やSNS向けの短尺動画、デジタルサイネージなど、さらなるビジネス展開の可能性を秘めていると述べた。
■事業化見据え会社設立 「ビジネスマッチング」「共有によるエコシステム化」を志向
テレビ西日本・尾野上氏は、LCBの取り組みを「まさにスタートアップ」と表現。今後の事業化に向けた展望を語った。
2025年現在、LCBはA-PABの実証実験として運営されているが、2026年度以降は社会実装のフェーズに移ることが予定されている。この主体となる機構として、2025年10月に北海道テレビ放送、毎日放送、テレビ西日本、テレビ宮崎の4社による事業会社「合同会社LCB」を設立。本社を大阪の毎日放送本社内に設置し、事業化に向けた取り組みを進める。
LCBのビジネスモデルについて尾野上氏は、「ローカル放送局と配信プラットフォーム、旅行会社などのビジネスパートナーをつなぐ『ローカルコンテンツのマッチングサービス』」と説明。コンテンツを共有のデータスペースに集約することで、映像資産を個社で死蔵させず、新たな価値が生まれるエコシステムの構築を目指しているという。
2026年4月からを予定する社会実装に向けては、当面40局以上の参加が目標。各局が数万円程度の費用を負担し合い、LCBのインフラ維持や新たなシステム開発などに充てて、各局内の業務効率化(放送DX)に寄与する。直近では、字幕データファイルの生成機能やアドサーバとの連携機能の開発を進めている。
「早期の目標として、国内5つ以上のプラットフォームへの配信や、海外配信も視野に入れている」と尾野上氏。「将来的には字幕データファイルの生成機能を発展させ、多言語翻訳や吹き替え、縦型動画の自動生成といった技術開発も進めていく」とし、グローバルスタンダード化に向けた取り組みを進めていくことを強調した。
■「スイミーのように」LCBが拓くローカル局の共創
講演の最後、各登壇者がLCBプロジェクトにかける思いを語った。
齊藤氏は、小さな魚たちが集まり大きな魚の姿となって生き延びる物語「スイミー」を引用し、「ローカル局1局1局だとなかなか大きな動きにはならないが、同じ課題を持つ局がまとまること自体が価値の源泉になる」と強調。「LCBがハブとなることで、個々では接触が難しい海外企業などとも繋がることができる」とビジョンを述べた。
阿久津氏は、海外の映像マーケットでLCBのコンテンツが「これまで市場で見たことのないコンテンツだ」「これは十分にプレミアムである」と高い評価を受けたことを報告。多くのパートナーと手を繋ぐことで利益を増やしていく形がベストだと語った。
大山氏は「LCBを通じて放送局が『地域プロデューサー』となり、地域経済の発展に貢献していくことができる」とコメント。安田氏も、「全国の民放の半数以上が系列を超えて参加するLCBは、もはや業界の『公器』である」と期待を述べた。
■ビジネスマッチングと業務効率化を後押し LCB加盟でローカル局は「楽になる」
ここからは、講演を終えた登壇者らにインタビュー。事業会社化以降の動きや具体的なシナジーの形、参加局にもたらす実務的なメリットなど、LCBがこれから果たしていく「役割」にまつわるビジョンを聞いた。
──事業化へとフェーズを進めるなかで、継続のためのビジネスモデルをどのように確立していくかという点は関心が高いポイントだと思います。現状の考えをお聞かせください。
安田氏:これまでLCBはA-PABの会費から予算を配分する形で運営費を捻出してきましたが、事業化以降は収益を参加各局へ分配する仕組みなど、キャッシュフローが回る体制の構築が不可欠となります。今後は合同会社LCBが運営会社として、これらの機能を担っていくこととなります。
尾野上氏:LCB自体は直接的なプラットフォームとしての機能を持ちませんが、外部のプラットフォームへコンテンツを提供することによって利用料をいただき、収益化していくという形を取れたらと考えています。
齊藤氏:インフラ維持に必要な費用を参加局で持ち合っていただきつつ、その分LCBのシステムを活用していただきたいと考えています。その上で、頑張って多くの素材を提供していただいた局にはレベニューシェアというより配分のような形でお金をお渡しする仕組みを考えています。「頑張って素材を提供するほど、収益がプラスになる」というメリットを感じていただけたら嬉しいですね。
──企業とのビジネスマッチングも志向していくとのことでしたが、現状すでに引き合いはあるのでしょうか。
齊藤氏:はい。すでに多くのお声がけをいただいています。今回のInter BEEの会場でもいくつかお話をいただく機会がありました。それぞれ事業者様のスタンスやご意向があるなかで、我々が何をできるのか、個別に話をしながら咀嚼し、参加局の皆さんとご相談していく形になると思います。
須賀氏:こうした「塊」ができると、事業者のみなさんにとっても話がしやすくなるのではないでしょうか。全国100局以上のローカル局と個別に交渉するよりも、一元化した窓口があれば、断然話を進めやすくなる。すでにLCBには多くの局が系列を超えて参加していますから、プラットフォーム側から見ても非常に助かると思います。
阿久津氏:系列をまたぐことはもちろん、独立局のみなさまにも参加していただくことを最初から目指して、交渉やお声かけを行ってきました。その結果が今のLCBの形と言えます。
──LCBへの参加は、ローカル局にとって様々なメリットが期待できるのですね。
齊藤氏:LCBによってローカル局が「楽になる」、すなわちDXに繋がり省力化されながらも、何かしらの形でコンテンツを外部に出していくことを目指しています。
阿久津氏:参加各局の担当者の所属部署は新規事業、技術、コンテンツ、報道現場とさまざまです。局の成り立ちや組織構造も違いますから、一律で「この部署の方に参加いただく」とモデルではそもそもありません。平たく言えば、各局から「関心のある方」が集まっているのです。自社で部署を横断して交渉し、素材を提供してくださっている。こうした方々の労力を少しでも軽減できたらという思いがあります。
齊藤氏:ローカル放送局のLCB担当者は1人か2人という場合が多く、非常に孤独な立場にあると感じています。新しい動きがなかなか社内へ浸透しにくい中、LCBを通して「すごいことをやっている」と認知されれば、仕事がやりやすくなるはず。そうした人々を後押しできる存在になりたいと考えています。
■“コンテンツだけじゃない”LCB 人や地域の新たなつながりを浮かび上がらせる拠り所に
──今回の講演で「メザシ」という言葉が印象に残りました。コンテンツの横串だけでなく、人の動きや地域間の繋がりにも横串を通すことにも大きな価値があるように感じますが、いかがでしょうか。
阿久津氏:たとえばですが、「飛行機の航路上にある街」という軸でつなげたら面白いですよね。地方路線の例として、北海道では丘珠―新潟便などがありますが、そうした航路でローカル同士をつながるというアプローチは、これまでにない面白さの掛け算を生み出す可能性を秘めていると思います。
尾野上氏:これまでも旅行会社や交通系の配信サービスからは連携の引き合いがあっていて、LCBと旅行や観光はとても親和性が有ります。
阿久津氏:1局だけで多地点のロケを行うことは、コスト面でも現実的ではないでしょう。しかしLCBがあれば、複数の局が参加して、各局の番組をどこかへまとめて預ける、といったことが可能です。私たちが推していきたいのは、まさにこうしたハブとしての役割です。
齊藤氏:たとえば屋久島の映像を作りたいとして、実際に撮影に行くのは莫大なお金がかかります。でも、鹿児島の放送局に行けば、10年前のものでも、もっと昔のものでも、素材があるはず。それをお互いに知らないという現状はあまりにもったいないことです。
──地元の情報が外から大きな価値を見出されるということが、多分にありえるのですね。
齊藤氏:鹿児島の人からすれば、屋久島は当たり前の風景でしょう。でも、他の地域から見たら、鹿児島にしかない、喉から手が出るほど欲しい風景かもしれない。ただ、これまでは、それを流通させるチャネルがなかった。そうした素材のマッチングという意味で、LCBは非常に大きな力を発揮できると思います。
阿久津氏:ローカル局の課題解決・DXを目指したシステムではありますが、極端な話、LCBのシステムそのものはそこまで特別なものではありません。似たような構造のシステムは他所にも存在するかもしれない。しかし、そこに集まる素材は、他の誰にも作ることができないものです。これまでアーカイブはあまり「利益を生まないもの」とされ、投資対象の外にありましたが、これからはLCBによって、いくらでも「資産」として活かせる可能性があります。
──自社でシステムを構築することなく、こうした仕組みを利用できるメリットは大きいですね。
齊藤氏:各局が自分たちでアーカイブシステムを構築するとなると、非常に高額なコストがかかります。でもLCBがあれば、「京都の清水寺」と検索するだけで、京都の局による清水寺の映像がワッと集まる。そんな壮大な話になる可能性も秘めていますね。
阿久津氏:現在のLCBシステムには、データを入れるだけでAIが字幕を自動生成するという便利な機能開発をしています。全文も整えることが可能になります。これを拡張させて全体的なアーカイブとして切り売りすることもできますし、自社専用のセキュアなアーカイブとして運用することも可能になるのではないでしょうか。
大山氏:局内アーカイブのSaaS的なニーズは絶対にあると思います。あとはそれを外に向けてどううまく出すかですね。
──系列を越えたローカル局同士が「人」でつながる拠り所としても、LCBは大きな役割を果たしていくように思えます。
齊藤氏:一番の価値は、やはり「人の繋がり」であると思います。参加局同士の集まりが一種のコミュニティとしても機能することも期待しています。オフ会のように集まる機会があって、会話の中から「この会社とこの会社が面白いコラボをしていた」という話が生まれて、そのまま「その話、お酒でも飲みながら詳しく……」と発展するかもしれません。
尾野上氏: LCBの「ユーザー会」として、参加局同士でシステムを使いやすくするための要望や新しい機能の提案などを話してもらい、我々がそれを実現していくという形で継続していけたら良いですね。
齊藤氏:カルチャーや視点といった波長が合う局のマッチングや、映像が欲しい局とそれを持っている局を繋ぐといったことも可能になるでしょう。そうした様々な繋がりを生み出すハブの役割は、おそらく我々LCBが担える役割だと考えています。
大山氏:放送局だけで集まって会話しているだけでは、なかなかそこから一歩進めず、壁を越えられないように思います。LCBのような取り組みを通じて放送局以外にもさまざまな業界の方々と情報を交換することで、壁を越えた新しい発想が生まれることもあるでしょう。そういったものをうまく繋いでいければ、もっと面白いことができるかもしれません。
阿久津氏:ローカル局という環境は、一度何かを始めるとその方向へ突き進むしかないことが多く、アップデートにかけられるリソースを割けないのが現状です。その点、LCBならば常にみんなで連携してアップデートしていけるから、方向転換の際のリスクを減らすことができる。「みんなで輪になって固まる」という円形のような組織でありたいですね。