ヤフーが参入する映像クリエイター支援事業とは?~「Yahoo! JAPAN クリエイターズプログラム」の狙い~(後編)
ジャーナリスト 長谷川朋子
ヤフー株式会社が昨年からテストケースとして始めた映像クリエイターの制作・発信支援の取り組みは、新たに「Yahoo! JAPAN クリエイターズプログラム」という名称で、今秋にサービスがリリースされる予定だ。前編ではこの「Yahoo! JAPAN クリエイターズプログラム」と連携し、国際共同製作ドキュメンタリーを推進するイベント「Tokyo Docs(トーキョー・ドックス)」を通じて、ドキュメンタリー制作者の創作活動を支援する取り組みについて伝えた。実はヤフーが計画する新規事業はドキュメンタリーに限らず、映像コンテンツを制作するクリエイターを支援していくものになるという。どのような可能性と狙いがあるのか。引き続き、ヤフー株式会社メディア統括本部「クリエイターズプログラム」サービスマネージャー(事業責任者)の藤原光昭氏と同社メディア統括本部「クリエイターズプログラム」コンテンツプロデューサーの金川雄策氏のお二人に答えてもらった。
■映像クリエイターが抱える3つの課題「届けたい、支払われたい、関わりたい」
ヤフーが今秋にリリースする予定の「Yahoo! JAPAN クリエイターズプログラム」は、「世の中の価値ある映像コンテンツをつくる様々なクリエイターたちを支援し、Yahoo! JAPANを通じてユーザーに届ける」ことを目指す新たな個人発信のプラットフォームという。

藤原氏:2012年より、ヤフーでは各分野の専門家や有識者がオーサー(執筆者)として独自の視点による意見や提案を記事で寄稿する「Yahoo!ニュース 個人」というサービスを続けてきましたが、このサービスを立ち上げてから、書き手の方々に色々とお話を聞く中で、書き手が抱えている課題は大きく3つあるということがわかってきました。それは「(記事を)届けたい、(原稿料を)支払われたい、(人と)関わりたい」というものです。ニュース個人では、それらの課題に対してどう支援できるかを考え、この6年間、インセンティブだけでなく、様々な制作支援のプログラムを組み込みながら、オーサーとともにサービスを成長させてきました。そして、これから新たに取り組む「Yahoo! JAPAN クリエイターズプログラム」における映像クリエイターの方々も似たような課題を抱えているのではと考えています。良い映像作品を作ってもそのままではなかなかユーザーに届かない。特にインターネットメディアの市場においては、コンテンツを作って終わり、ではなく、そのコンテンツをどう届けるのか、どうやってユーザーとのエンゲージメントを築くのか、そこまでセットに考えて制作しなければ、本当に伝えたいユーザーにコンテンツが届かないし、共感してもらえない時代になっています。ですから、我々の新しい取り組みにおいても、コンテンツを投稿していただいてインセンティブをお支払いして終わり、ではなく、そのコンテンツをどうやってユーザーに届けるのか、どんなコンテンツの作り方であればユーザーに届くのか、そして、何よりそのコンテンツによってクリエイターの活躍がどう広げられるのか、そこまでをきちんと念頭におきながら、様々なサポートプログラムをサービスの設計に組み込んでいきたいと考えています。Tokyo Docsとの連携や人脈を広げてゆく機会の提供も、単発の施策ではなく、きちんと継続性のある事業スキームとして構築していくことに意味があると考えます。
映像分野への参入はインターネット上のプラットフォームのなかでは後発の取り組みとも言えるが、「Yahoo! JAPAN クリエイターズプログラム」はどのような狙いで始めるのだろうか。
藤原氏:例えば、ドキュメンタリーの分野でいうと、アメリカでは「VICE」などのメディアが若者からも熱狂的な支持を得ているように、ドキュメンタリーを「リアリティショー」として楽しみながら視聴する文化が根付いています。アメリカでは見たい番組を自ら選んで有料で視聴するケーブルテレビが習慣化しているなど、日本とは事情が異なる部分もありますが、ドラマやバラエティだけでなく、リアルな日常を知ってもらうこれまでとは違った新たなドキュメンタリーの形を模索し、視聴体験として日本でも根付かせてゆく必要があると感じています。社会的な課題やマイノリティだけでなく、私たちが生きている日常そのものが言ってしまえばドキュメンタリーでもありますので、どんなテーマでどんなコンテンツの作り方であればユーザーに届くのか、そこをプラットフォーマーとしてしっかりプランニングしながら、クリエイターの方々と新しい動画体験を作っていきたいと思います。例えば、若い世代に見てもらいたいのであれば、スマートフォンを意識して「縦型動画で3分で伝えられるドキュメンタリーを作りましょう」とクリエイターに提案することも僕らの役割だと思っています。そういう意味では、取り組みの参入は後発であっても、まだまだ新しく仕掛けられる余地がたくさんあるのが映像分野だと考えています。

金川氏 :「Yahoo! JAPAN クリエイターズプログラム」に投稿されたドキュメンタリー作品の中でも特に質の高い作品には「リアルストーリー」という独自のコンテンツブランドをつけさせていただくことも考えています。昨今、フェイクニュースなどが世の中に溢れ、何が真実なのか見えにくくなるなかで、我々の取り組みに参加してもらうクリエイターが独自に発見し、撮影、制作された質の高い作品を「リアルストーリー」というブランドでパッケージングして、その価値を高めていくことも目指していければと思います。
「Yahoo! JAPAN クリエイターズプログラム」ではドキュメンタリーに限らず、YouTuberやインスタグラマーなど、趣味やファンコミュニティをテーマに活躍するクリエイターにも声をかけて、動画コンテンツを発信してもらうことを計画している。
YouTuberにも広く参加を呼びかけ、個人クリエイターが発信する場所に
「Yahoo! JAPAN クリエイターズプログラム」ではドキュメンタリーに限らず、エンターテイメント分野にも広げた個人クリエイターが発信する場を計画している。
藤原氏:これまでYahoo! JAPANでは、新聞社や通信社、雑誌社など媒体社のみなさまから記事や情報をお預かりしてインターネット上のユーザーに届ける、いわゆる流通プラットフォームとして役割を果たしてきました。そして、今後は媒体社だけでなく、世の中の価値ある個人やクリエイターたちの制作や発信を支えるプラットフォームにもなろう、というのが会社としての方針です。ニュースの領域で「ニュース個人」というサービスを6年間続けてきたからこそ、出せた答えでもあります。引き続き「ニュース個人」はサービスとして運営を継続していきますが、概念としては「ニュース個人」も内包する形でこの「Yahoo! JAPAN クリエイターズプログラム」を育ててゆきたいと考えています。今、インターネットの世界で活躍されているクリエイターはドキュメンタリーのほかにも、エンターテイメントやハウツー、トレンド、カルチャー系など様々な分野にいらっしゃいますので、誰でも良いというわけではないのですが、質が高く、コンテンツ内容に価値のあるクリエイターには、私たちがこれから提供してゆくこのプログラムにぜひ参加してもらいたいと考えています。今秋ローンチするタイミングでは、まずは映像からスタートしますが、将来的には、例えば音楽や小説、漫画など多様なコンテンツフォーマットにも広げていければよいなと考えております。
放送局も番組づくりをはじめ、新規事業に至っても個人やクリエイターに期待する動きが多々みられる。メディアと個人の関わり方の変化をどのようにみているのだろうか。
藤原氏:すでに数年前からですが、インターネットに限らずメディア全体が、個人の発信やクリエイティブに、社会を変えたり、世の中のムーブメントを作りだす力があるのだと改めて認識させられている時代になっています。スマートフォンの普及以降、日々の情報量が爆発的に増え、消費のスピードも早くなる中で、インターネットメディア事業を運営している私たちからすると、少しでも社会や人々にとって価値のある情報やコンテンツを生み出せる個人をサポートしていきたいと思うことはむしろ自然な考えだと思っています。元来、インターネットは個人をエンパワーメントする最適なツールです。インターネットの誕生は限りなくシームレスな情報受発信の双方向性をもたらしましたが、それは同時に個人の声やクリエイションを最大化できるエンパワーメントツールにもなりました。今、巷で流行しているSNSや投稿サイトの多くが個人発信をベースとしており、そこに新たなコミュニティやマーケティングビジネスが生み出されているのも、インターネットそのものが個人を最大限エンパワーメントできるツールである証拠なのだと個人的には考えています。放送も配信もクロスメディアで様々な取り組みが行われるなかで、より個人やクリエイターにフォーカスした連携や協業のスキームを私たち自身もつくっていければと考えています。
ヤフーは、米国アカデミー賞公認・アジア最大級の国際短編映画祭「ショートショート フィルムフェスティバル & アジア 2018」のノンフィクション部門に公式スポンサードし、そこに応募された約150作品の中からアワード対象含む多数の作品をYahoo! JAPAN上で、今秋期間限定で独占配信することも発表している。このような新たな取り組みを積極的に始めるなかで、ヤフーが考える「価値ある映像コンテンツ」とはどのような作品を示し、期待しているのか、最後に聞いた。

金川氏:ドキュメンタリー制作者の中には長い間、丹念に追い続けているテーマをお持ちの方がいらっしゃいます。既存のメディアではなかなか発信できないテーマでも、粘り腰で追い続けていらっしゃるようなものに注目しています。それがYahoo! JAPAN上で反響を呼び、世の中の何かが変わっていくことに期待したいです。一人称でも、三人称でもなく、個人という立ち位置、視点だからこそ発信できるコンテンツを開拓していきたいです。最近、アメリカでも日本でも、ニュースを見ない人の割合が徐々に増えていると聞きますが、ドキュメンタリー作品から我々の身の回りの社会で起きていることを発見してもらえるようなコンテンツ群を築きあげていきたいです。

藤原氏:今年ヤフーが公式にスポンサードした「ショートショート フィルムフェスティバル & アジア 2018」のノンフィクション部門で優秀賞を受賞した『メリエム』という作品は「価値ある映像コンテンツ」の代表例です。シリア内戦における女性兵士の葛藤や苦しみ、その中でも懸命に戦う姿を追った作品で、一見私たち日本人にとっては遠い世界に感じる内容ですが、いろいろな状況のなかで懸命に生きている人の姿には、私たちが新たに考えさせられたり、感じさせられたりすることがとても多いと思います。そして一方で、その対極にある日々のさりげない日常の中に埋もれているような自分事化できるようなリアリティある作品にも期待しています。Yahoo! JAPANは文字どおり日本にコミットしている会社であり、「UPDATE JAPAN」を会社のビジョンとして掲げています。ですので、日本のユーザーを一人でも多く自分事化させて日常生活の中にインストールしてもらえるようなクリエイターの想いと情熱の詰まった映像作品を届けてゆきたいですし、これから立ち上げてゆくこの新たな事業においても、個人やクリエイターの制作、発信を支えながら、最終的には課題先進国であるこの日本全体をいかにより良くアップデートしていけるかを考えていきたいと思います。
今秋ローンチ予定の「Yahoo! JAPAN クリエイターズプログラム」はこれまでヤフーが「ニュース個人」で取り組んできたノウハウを映像分野にも広げる、という単純な話だけにはとどまらなさそうだ。映像はコンテンツ表現の一つであり、この立ち上げをきっかけにYahoo! JAPANのメディア事業の新たな柱として、個人発信のプラットフォームを育てていく狙いもみられる。リリース前ということもあり、まずは導入部分である志について伺わせてもらったが、事業を継続し、発展させていくためにどのようなビジネスモデルを描き、放送局などの映像メディアとはどのような連携を考えているのかも気になるところである。機会があれば、引き続き追いかけながらお伝えしていきたい。