フィンランドがなぜ日本と組んだのか〜WOWOWドラマ『BLOOD & SWEAT』共同制作戦略【現地インタビュー後編】
ジャーナリスト 長谷川朋子
日本×フィンランド共同製作ドラマ「連続ドラマW BLOOD & SWEAT」(写真:WOWOW)
日本とフィンランド、それぞれの文化や制作環境を理解し合いながら実現したドラマが『連続ドラマW BLOOD & SWEAT』だ。WOWOWとAX-ON、フィンランドのICS Nordicが共同制作した。日本と組んだICS Nordicは、国際共同制作をどのようなビジネス戦略として捉えているのか。後編では、その背景にある市場の変化について、同社創業者でエグゼクティブプロデューサーのイルッカ・ヒンニネン氏、イルッカ・ラーコネン氏に聞いた。
(ジャーナリスト 長谷川朋子)
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■成功要因にあった「50/50」の関係性
杏とフィンランド俳優ヤスペル・ペーコネンが主演するドラマ『BLOOD & SWEAT』は、日本とフィンランドの共同制作プロジェクトとして立ち上がった。約3年の月日を経て、開発と制作を進め、現在WOWOWで放送・配信中だ。フィンランドの民放局Nelonen(ネロネン)でも年内に展開が予定されている。
制作体制も文化も異なるチーム同士による国際共同制作を、実際に形にした成功例の一つとも言える。フィンランドの制作会社ICS Nordic創業者でエグゼクティブプロデューサーのイルッカ・ヒンニネン氏は、実現できた大きな要因の一つとして「50/50」の関係性を挙げる。
「プロジェクトが立ち上がった初日から互いに協力できる方法を見つけることができたことが大きかったと思います。私たちのプロジェクトではないし、彼らのプロジェクトでもなかった。共通のプロジェクトとして互いに認識でき、全力で取り組み、クリエイティブなアイデアを出し合い、プロデュース面でも力を尽くしています。杏とヤスペルが演じる2人のキャラクターを、共に主人公として描いた形にも表れています。あらゆる面でフィフティー・フィフティーでした」
どちらか一方の主導ではなく、双方が同じ熱量で関わる。その体制があったからこそ、長期間に及ぶ共同制作を進めることができたという。
また、作品全体のトーンを統一するために配慮した主要クルー体制も、国際共同制作を成立させる上で重要だったという。撮影監督や照明スタッフは、日本とフィンランド・タンペレ双方の撮影で同じメンバーを編成した。その一人にフィンランド出身で日本のAX-ONに所属するダニエル・トイヴォネン氏もいた。
■国際プロジェクトなくして、成長はない
そもそもICS Nordicが国際共同制作に取り組む背景には、フィンランド市場そのものへの問題意識がある。共同創業者のイルッカ・ラーコネン氏は語る。
「私たちは、フィンランドが孤立した市場だという共通認識を持っていました。フィンランドの物語は、本来あるべき規模で世界へ届いていない。この状況を変えたかったのです。解決策としてICS Nordicを立ち上げました」
同社は単なる制作会社ではない。業界で20年以上の経験を持つチームが、企画開発から資金調達、制作、国際販売までを一気通貫で手がける体制を取っている。作品を制作するだけでなく、IPを国際市場へどう展開していくかまで視野に入れている。
ニューヨークやロサンゼルスを拠点とする国際的なアドバイザーネットワークも持ち、BBC Studios Nordic ProductionsやアメリカのGershなど海外大手企業とも連携しながら、複数シリーズの開発を進めている。
「国際プロジェクトなくして、成長はない」ともヒンニネン氏は話す。
「今は、良いストーリーを作るだけではバイヤーに届きにくい時代になっています。メディア企業の統合が進むなかで、バイヤー側もリスクを避ける傾向が強くなっています。さらに、制作水準や資金調達の規模によっては、そもそも市場へ入っていくこと自体が難しいケースも少なくありません。一方で、AIを活用した分析や、バイヤーニーズとのマッチングも進んでいます。だからこそ、グローバル市場と直接つながるネットワークを自ら築いていくことが重要になるのです」
■WOWOW、AX-ONと組んだ意味は大きい
海外の相手と組む国際共同制作そのものも、ICS Nordicは変化する市場への対応策として考える。今回、WOWOWとAX-ONと協業したことに、「大きな可能性を感じている」とラーコネン氏は話す。
「映像市場は、もう以前の形には戻らないほど大きく変化しています。以前と同じやり方では太刀打ちできない。私たちは再構築されていく市場を見据えながら、ドラマ『BLOOD & SWEAT』のプロジェクトに取り組みました。加えて、大手ストリーミングサービス各社は収益面で苦戦している状況にもあります。本当に質の高いコンテンツを適正な価格で提供できれば、私たちの物語や文化が世界へ届けられる可能性は高まると考えています。日本とフィンランドはどちらも強いIPや文化を持ちながら、国際市場への進出に苦戦しているのは事実です。だからこそ、日本と組んだ意味は大きいと思っています」
ドラマ『BLOOD & SWEAT』を世界へ展開する戦略も練られている。日本とフィンランドのみならず、イギリス、カナダなど複数国の企業が関わる形が取られた。なかでも国際配給を担うカナダのBoat Rocker Studiosの存在は大きいという。同社はトロント、ロサンゼルス、ロンドンなどに拠点を持ち、世界市場のニーズを熟知したスペシャリストだ。シリーズマニアなど国際マーケットを通じて、セールス活動が積極的に進められている。
ICS Nordicが見据えていたのは、単なる海外進出ではない。異なる文化や市場を持つ国同士が協力しながら、物語を世界へ届けていく新たな形だった。
「これが日本との最初のプロジェクトであり、今後につながっていくことを信じています」
ヒンニネン氏とラーコネン氏のその言葉には、日本との共同制作を一度きりで終わらせないという意思がにじんでいた。ドラマ『BLOOD & SWEAT』は、日本とフィンランドによる共同制作であると同時に、国境を越えた作品開発や流通のあり方を探るプロジェクトでもあったのかもしれない。