【技研公開2026/NHK TECH EXPO 2026レポート】番組制作の負担を激減。フェイク対策からAI番組内容チェック、次世代照明まで最新技術を紹介
編集部
NHK放送技術研究所(技研)にて「技研公開2026」と「NHK TECH EXPO 2026」(開催期間 5月28日(木)~31日(日))が同時開催され、次世代のメディア体験の向上と番組制作の効率化を目指す、数々の革新的な技術が公開された。現在、メディア業界ではフェイクニュース対策や、コンテンツ制作現場の深刻な労働負担、さらにはアクセシビリティの向上が大きな課題となっている。本記事では、マルチモーダルAIによる番組内容のチェックやC2PA規格を用いたフェイク対策、現場のクリエイターを支えるハードウェア技術など、視聴体験と制作現場の課題解決を両立する注目の最新技術を紹介する。
AIが番組制作を強力に支援。マルチモーダルAIによる内容チェック
映像、音声、字幕などを統合的に理解できる「マルチモーダルAI」にNHKの番組を学習させ、制作現場におけるコンテンツチェックを自動化する技術が開発されている。テキストのみを扱えるAIとは異なり、複数の異なる種類の情報(モダリティ)を組み合わせて文脈を理解できるのが特徴だ。
デモでは、音声で「明治8年」と言っているにもかかわらずテロップが「明治7年」となっている誤りや、電子番組表(EPG)の出演者記載ミスなどを自動検出する様子が公開された。
取材の中で、担当者は次のように語る。
「電子番組表には男性の〇〇という名前が書いてあるが、実際は女性の方で、間違った出演者が記載されている場合、AIで検知することができる」
この技術により、これまで人の目に頼っていた膨大なチェック業務の負担が大幅に軽減されることが期待される。
フェイク動画を見破る。C2PA規格による映像の来歴情報付与・提示
インターネット上に流通するディープフェイクや改ざんされた映像への対策として、C2PA規格を用いた映像の「来歴情報」付与・提示システムが注目を集めている。C2PAとは、コンテンツの作成者や編集履歴などのメタデータを安全に記録し、来歴を証明するための国際標準規格である。
このシステムでは、カメラでの撮影から編集、配信に至る全ワークフローにおいて、コンテンツに改ざんがないことを証明するデジタル署名(来歴情報)を付与する。ユーザーはブラウザ上でC2PA公式の「cr」アイコンをクリックするだけで、「〇〇のカメラで撮影され、NHKが編集・配信した」という確実な履歴を確認できるようになる。
「これまでは、放送局の外から入ってくる映像素材を1つ1つ人手でチェックして本物かフェイクかを判別していたが、事前に来歴を検証することで、その膨大な作業や労力を軽減できる」との発言があり、人手に頼っていた判別作業の大幅な省力化と信頼性の担保が同時に実現する。
VR特有の疲れを解消する「ライトフィールドヘッドマウントディスプレー」
視聴体験を向上させるハードウェア技術として、疲れにくい自然な3次元映像を表示する「ライトフィールドヘッドマウントディスプレー」が展示された。
従来のVRゴーグルは、左右の目に異なる映像を見せることで立体感を出し、特に近い物体の表現では目が “寄り目” になる(輻輳)が、目のピント調節(焦点)は物体との距離によらず一定であるため、輻輳と調節の距離が矛盾するため「VR酔い」や目の疲れにつながる可能性があった。
新開発のディスプレーは、極小のレンズが平面状に並んだ「レンズアレー」を密着させ、物体の1点から目に届く9方向の光線を作り出す。これにより、現実世界と同じような奥行きのある3次元映像を表示し、目のピント調節を可能にした。
「手前のオブジェクトを見た時は奥がぼやけて見え、奥のオブジェクトを見た時は手前がぼやける。我々が現実世界で見ているような目の使い方と同じ使い方で映像を見ることができるので、長時間見ても疲れにくい構成になっている」
VR特有の視覚疲労を大幅に軽減し、より長時間の快適なメディア体験を提供する。
(開発中)8K撮影を強力にサポートする「フォーカスアシストシステム」
映像制作の現場において、特に高精細な8K撮影では極めてシビアなピント(フォーカス)合わせが求められ、カメラマンの大きなプレッシャーとなっていた。これを解決するのが、LiDAR(レーザー光による検知と測距)センサーを用いたフォーカスアシストシステムである。
この技術は、LiDARセンサーでレンズ前の環境の正確な距離を測定し、ピントが合っている範囲(被写界深度内の領域)をモニター上に「赤や緑の色の膜(ヒートマップ)」として可視化する。さらにAIによる物体検知を組み合わせたフォーカシングの自動追従も可能だ。
「これまでは、カメラマンは被写体に動きがある時に、画角も調整して被写体を中に入れながらフォーカスもいじるという大変な作業を行っていた。このシステムにより、安心してフォーカスは自動的にやってくれるので、自分はカメラワークに集中できる」
カメラマンを肉体的・精神的な負担から解放し、画角や構図などの映像表現に専念できる環境を提供する。
生放送の手話通訳をリアルタイムに支えるカンペツール「Sign Cue」
放送のアクセシビリティ(誰もが利用しやすいこと)を高める取り組みとして、「手話通訳者用カンペツール」が紹介されていた。これは、生放送中に耳の聞こえない手話通訳者に対して、アナウンサーが読んでいる原稿をデジタル化してリアルタイムで画面提示するシステムである。
従来の現場では、「紙を大量に印刷し、場合によっては床に並べて探し出す」という過酷なアナログ作業が行われていた。新システムではこれがデジタル化され検索は瞬時に、さらにAIによる顔認識や音声認識と連携することで、放送中の選手名や国名などの固有名詞を即座に画面へ表示させることができる。
開発の意図として、「とにかく通訳者に素早く正確に、たくさんの情報を与える」と語られており、一分一秒を争う生放送の現場で、通訳者が正確かつ円滑に手話を行えるよう強力にバックアップする。
1台で2役。スタジオ照明の常識を変える「Hybrid Super LEDライト」
持続可能な番組制作環境(環境負荷低減と省力化)を実現する機材として、「Hybrid Super LEDライト」が公開された。
従来のテレビスタジオでは、狭い範囲を限定的に照射して輪郭を強調する「スポットライト」と、広い範囲を均一に照らす「フラッドライト(面光源に近い役割)」の2種類の照明器具を使い分ける必要があり、機材の吊り替えや調整に手間がかかっていた。また、点光源に近いスポットライトは影がシャープに出やすく、フラッドライトは柔らかい影になるなど、光質そのものも異なるため、演出に応じた使い分けが必須だった。
新技術では、LEDの前面に「液晶シート」を配置し、印加電圧を制御することで、光の直進(スポット)と拡散(フラット)をシームレスに切り替えることができる。一般的なスポットライトも、レンズ機構によって狭角・広角の調整は可能だが、あくまで指向性の強い点光源に近い性質を保ったままビーム角を変える方式であり、フラッドライトのような面光源的な光の広がりや影の柔らかさを再現することは難しい。
一方、本機は光の拡散状態そのものを制御するため、「角度」だけでなく「光質(影の出方)」まで変化させられる点で革新的な照明器具である。熱を持ちにくいLEDの特性を活かした設計で、消費電力は従来の約7分の1(約300W)に抑えられており、スタジオの省スペース化とともに、大幅な環境負荷軽減にも寄与する。
このHybrid Super LEDライトは、「NHK TECH EXPO 2026」にて優秀賞を受賞した。
今回の展示取材から見えてきたのは、AIや最新ハードウェアが、単なる技術的な新規性を誇示するだけでなく、「放送現場の実務的な課題解決」や「信頼性の担保」に深く直結しているという点である。
番組内容のチェックやフェイク対策といった信頼性の向上、さらにはドローンによる被災地での通信構築、水深1000mでのシーラカンス撮影に成功した8K深海撮影システムといった未知の領域への挑戦。そして何よりも、フォーカスアシストやカンペツール、ハイブリッドLED照明に代表されるように、「番組制作チームの肉体的・精神的負担の軽減」や「持続可能な番組制作環境の実現」を明確なゴールとして据えている点が非常に印象的であった。
持続可能性と高い信頼性が求められるこれからの時代において、これらの技術が実際の放送やメディア体験をどのように豊かにしていくのか、今後の展開に大きな期待が寄せられる。