放送の未来はこうなる!〜生まれ変わるための本気と勇気「Advertising Week Asia 2019レポート」(前編)
編集部
東京・六本木ミッドタウンホールにて『Advertising Week Asia 2019』(2019年5月27日〜30日)が開催。マーケティング・コミュニケーション業界の企業やキーパーソンによるワークショップ・カンファレンスが多数行われた。
今回はこの中から、5月30日に開催されたセッション『放送の未来はこうなる! 〜生まれ変わるための本気と勇気』の模様をレポートする。
2019年末に予定されている5G(第5世代)通信の導入や放送法改正の動きなど、放送業界を取り巻く環境がターニングポイントにある。ラジオ業界ではインターネット同時配信サービス『radiko』が人気を高めるなか、テレビ業界でも民放テレビのキャッチアップ(見逃し配信)サービス『TVer』が動画広告に本格参入するなど、媒体を問わずプラットフォームビジネスにおける活発な動きが見られる。その中でテレビ放送局は現在の立ち位置について、そして今後、どのような方向へ向かっていくと考えているのか── NHK・民放キー局の担当者が登壇し、その展望を議論した。
本セッションには、日本放送協会(以下、NHK)放送総局 デジタルセンター 副部長の倉又俊夫氏、日本テレビ放送網株式会社(以下、日本テレビ)ICT戦略本部 部次長 新規事業ディビジョンマネージャーの太田正仁氏、株式会社テレビ東京ホールディングス(以下、テレビ東京)コンテンツ戦略局 企画推進部 部長の蜷川新治郎氏が登壇。モデレーターはメディアコンサルタントの境治氏が務めた。(※肩書は、イベント開催当時のもの)
■NHKのテレビ同時配信が解禁!民放各局の“反応”は…
2019年5月29日に参議院本会議にて改正放送法が可決・成立し、NHKのテレビ放送をインターネットで常時配信することが可能となった。セッション前日の成立というタイムリーな話題に際して、NHKの倉又氏は次のように語った。
「同時配信するのはNHKの総合テレビとEテレ(教育テレビ)の番組で、その中でも権利関係がクリアになったものが対象。具体的な時期としては2019年内から、遅くとも2020年3月の東京オリンピック聖火リレーまでには開始を予定している。今回の法改正によって、テレビが“場所に固定されたもの”から(スマートフォンでの視聴などを通じて)プレイスフリー(場所にとらわれない)な存在となる機会につながればと思う」と倉又氏。
このコメントに対し、テレビ東京の蜷川氏は、「世の中から見たら(テレビのネット同時配信解禁は)、『いまさら?』というのが率直な感想かもしれません。また、放送の同時配信がビジネスになるかというと、まだ難しい部分はあるが、(ネット同時配信は)必然だろうと思う。世の中の流れからすれば、もっと早いスピード感で行かないと“テレビ”は置いていかれてしまうかもしれない……」。
日本テレビの太田氏は「(スマートフォンやタブレット端末の画面を)タップして自社のコンテンツが再生されないのはもはやテレビくらい」と同意しつつ、地上波の放送をそのまま同時配信することに関しては、「いま放送している番組の編成をそのまま同時配信して、はたして世の中に受けるかは考えていかないといけない。たとえば地上波デジタルのワンセグ放送は世の中のほぼすべての機種で視聴できたはずなのに、浸透していない。みんなが(コンテンツを)外で見る時代に、いま(の地上波)と同じ編成でいいのかと思う」と、述べた。
■「『TVer』は集客装置として大成功」
一方、民放各社が中心となって運営するキャッチアップ(見逃し配信)サービス『TVer』について太田氏は、「集客装置としては大成功」と話す。2019年1〜3月期の『TVer』ユーザー利用状況において、同1月期はMAU(Monthly Active User: 月内に1回以上利用した活動的なユーザー数)が721万と過去最高を達成。同3月期には動画再生数も過去最高の6,102万回を達成した。
関連記事>動画再生数過去最高の6000万超え!TVer、2019年1-3月期ユーザー利用状況
これを踏まえた上で、太田氏は次のように続ける。
「地上波のテレビ媒体をインターネットサービスとして見た場合、UU(Unique User:絶対ユーザー数)とUB(Unique Browser:同一サービスへのブラウザごとの訪問数)なら1億人以上の水準だ。しかし、インターネット上のテレビ番組配信を『TVer』ひとつで代替できるかというと疑問。いろんな(動画配信サービスの)人たちをつなげて1億UB以上を達成するのが自分たちのビジネスを続ける上では至上命題ではないかと思う」(太田氏)。
加えて太田氏は、日本テレビが進める媒体の多角展開についても言及。日本テレビ系列各社の番組を無料で見逃し視聴できるサービス『日テレ無料(タダ)』を展開しているほか、Yahoo!やYouTubeとのビジネス提携にも力を入れていると話し、「自分たちのコンテンツをいろんなところに撒いて、接点を増やしたい」と語った。
■媒体主導から「コンテンツホルダー主導」の営業スタイルへ
配信媒体を増やすだけではなく、ベースとなるビジネスモデルが重要という。太田氏は「コンテンツの価値決めを他社に渡さない」と、その方向性を語る。
「これまで(外部の配信媒体に自分たちのコンテンツを)売り渡して値付けしてもらっていたが、現在のコンテンツ営業はすべて日本テレビ側でハンドリングしている。現在は『場代を(配信媒体に)払って接点を増やしている』状況。これまではコンテンツをメディアに売り渡すことでコンテンツ価値はメディア側に決められていたが、コンテンツホルダー側が主導権を握ることで効果に見合った対価をいただく形にコントロールできる」(太田氏)
ここでモデレーターの境氏が参考資料として、電通発表の『2018年度広告費ランキング』を紹介。マス4媒体(テレビ・ラジオ・新聞・雑誌)由来のデジタル広告費のトップは、テレビではなく「雑誌」が占めていることがわかる。
この資料をきっかけに、現状の広告販売モデルに対する議論が湧き上がった。
蜷川氏は「雑誌(のデジタル広告)は、前々から続けられてきた取り組みの成果なのではないか」としつつ、時間単位で広告枠を販売する従前のテレビセールスが抱える問題点を挙げた。
「テレビ広告はもっといろんな売り方があるはずなのに、インターネットでも『時間売り』をしようとしている。かつ、『単価を維持したい』という声ばかりが根強く、そのせいで在庫を余らせてしまっているところがある。もっと(広告枠を)需要や、質に応じて、適切な仕組みで、単価が変動してもいいはずだと思うが、現状はまだその仕組みが整っていない。多く見られる番組があっても、それに見合ったセールスに結びついていないケースもあり、これらの在庫をどのようにしてインターネットに解放していくかが課題」と述べた。
いっぽう、日本テレビの太田氏は「余った広告在庫については、DMP(Data Manegement Platform:ビッグデータにもとづいて効率的な広告配信を実現するプラットフォーム)を駆使して売る方法もある」と、従来の慣習にとらわれない広告販売の方向性を示唆した。
「広告枠の単価を維持する風潮には懐疑的な見方をもっている。効果が高ければ(枠価格を)値上げしてもよいのではないか。広告ビジネスはまずお客さんを集めることが第一。広告売上に見合う形で集客のバランスを整えていてはお客さんが集まらないので、リソースを集客に割いていったほうがいい」(太田氏)
■番組のターゲットは「広くあまねく」から「熱い人向け」へ
続いての議題は「『視聴率』に対する各局のスタンス」に。従来の世帯視聴率にくわえ、個人視聴率は実数ベースの視聴データなどが新たな指標として取り沙汰されている。テレビ局側がいま重視しているのは、どんなデータなのか。
NHKの倉又氏は「いま重視しているのは、59歳以下の個人視聴率」と話す。
「数年前に、民放をふくめた全国100位ぶんの個人視聴率ランキングを集計したところ、19歳から59歳の年齢層ではNHKの番組が3番組しか入っていないことがわかった。その一方で、この1年の間に『チコちゃんに叱られる!』が再放送をふくめ、若年層からの支持を集めていることもわかった。『最近(NHKの番組に)若者向けのものが増えたのではないか』という声をきくが、背景としてはこのような事情がある」(倉又氏)
日本テレビの太田氏は「指標とする視聴率を『世帯視聴率』から『個人視聴率』に変えた」とし、そのうえで「2004年から若年層の個人視聴率を『コア視聴率』として事業の指標にしている」と述べた。
一方、特徴的なスタンスを見せたのがテレビ東京だ。
「実際の営業利益に大きく貢献しているのは『孤独のグルメ』などといった深夜帯のコンテンツ。コールデンタイムの看板番組よりも、深夜の番組で収益をあげているケースも多い」(蜷川氏)
蜷川氏からは、全量としての視聴率の多さよりもターゲットへの浸透率を重視することを示唆する発言もあった。
「これまで(テレビ東京の)深夜の時間帯はM層(男性)の含有率が高かったが、深夜ドラマ『きのう何食べた?』(毎週金曜、24:12〜)のヒットでF(女性)層の含有率がいっきに上がった。その結果、(M層をメインターゲットとして配信広告を出稿している)スポンサーとのミスマッチが起きた。番組を配信でいくら多く見られても、広告のターゲティングがずれてしまっては意味がない。『この枠はこの層向け』というスタンスを堅持しなければ、広告主が離れていってしまう」(蜷川氏)
NHKの倉又氏も「テレビ東京さんが得意な、特定層が盛り上がる番組がNHKでも増えている」と話す。
「もともと若者を意識した番組作りには取り組んできたが、たとえば『BSで放映しても、若者は見ていない』という事実も見えてきた。現在は『BSは大人向け』『地上波の深夜帯は若者向け』というスタンスで編成しており、LGBT(Lesbian Gay Bisexual Transgender:性的少数者)にフォーカスした番組などが色濃い反響につながっている。新しいフォーマットやスタイルを視聴者は求めていて、新しい試みに反応してもらっているという実感がある」(倉又氏)
日本テレビの太田氏も、これに呼応。「『土曜ドラマ』枠(毎週土曜22:00〜)では、ティーンに向けたシリーズを脈々と続けてきた。実は、『笑点』(毎週日曜17:30〜)もティーンの視聴率が高い。もっとも、狙ってやっているかというとわからないが……」(太田氏)
テレビ東京の蜷川氏は、番組作りにおける「テレ東らしさ」を次のように表現した。
「ゴールデンタイムで視聴率を狙おうとすると、『広くあまねく』の番組作りをしなければいけない。対する深夜番組は『見る人しか見ない』。私たちがいま考えているのは『視聴率の呪縛から離れたとき、どうするか』ということ。視聴率が3%ならば、残りの97%にとっては興味のない内容ということだが、その3%の視聴者とより深くつながる、そんな番組をテレビ東京は追求していくと思う」(蜷川氏)
蜷川氏はさらに、「テレビはこれまで『ただの入り口』でしかなかった」と続ける。
「テレビに出たことで特定の検索ワードが急上昇した、といっても、結局儲かっているのはGoogle(など、キーワード型広告を抱える検索サイト)だ。大事なのはコマースやイベントなど、いかに関連の仕掛けを用意するか。テレビはまず(放送によって)多くの認知を得たあと、いかに“その次のビジネス”を用意し、そこへお客さんを誘導するかを考えなくてはいけない。これからの時代の番組作りにおいて重視するのは、“そこそこ(幅広い層をカバーして視聴率を稼ぐ)”よりも、“熱い人達をあつめる”こと。もちろん、視聴率が取れればスポットCMのシェアも上がるし、私たちにもボーナスが出る(笑)。しかし、(一時的なヒットの状態から)“凪”の状態に戻ってくると『やっぱり僕らはここ(の立ち位置)だな』と思う」と、あらためて「テレ東イズム」に自信を見せた」(蜷川氏)
■「『不自由』から脱却したい」三者共通の思い
白熱した議論を見せるなか、セッションは佳境へ。最後に登壇者たちから、今後のテレビに対する展望が述べられた。
「(テレビは)不自由なメディアだと思っているが、これを自由にするにはある種どこかで“舵切り”をしなければいけない。これからも親しまれていくか、“斜陽メディア”になってしまうかどうかの分水嶺に私たちは立っているのではないか。これから取り組む放送同時配信などを通じて、自由をより獲得していきたい」(NHK・倉又氏)
「地上波の番組を(自社で)配信できるようになってから5年以上の月日が経っているが、当初描いている成長には程遠いと感じる。これからの成長をふまえると、テレビ業界だけではがんばっても行ききれない部分が出てくるかもしれない。(会社や媒体などの枠をこえて)みんなでテレビの自由を勝ち取ることが大事なのではないか」(日本テレビ・太田氏)
「気がつけばテレビは『一番不自由なメディア』になってしまった。あらゆるところで自分たちのコンテンツが見られるようにすることがすべてなのではないかと思う。広告収入によって無料で見せるものもあれば、有料で見せるのか── いずれにしても、あらゆる“流通網”を駆使して津々浦々に流通させない限り、テレビは不自由なメディアのままだと思う。(NHKのテレビ放送)同時配信という大きな風穴が業界にあいた。これを業界全体が加速する機会にしていかなければいけない」(テレビ東京・蜷川氏)
三者の発言に登場した「テレビは(いま)不自由なメディア」という言葉。番組を視聴するスクリーン(画面)が増大する昨今において、三者ともに「限定した場所でしか番組を見られない」という現状に大きな危機感を抱いている様子があらためて浮き彫りとなった。ここからテレビメディアはどのような進化・発展を遂げていくのか── 今後の動きに大きな期待を抱かせながら、1時間弱にわたるセッションが終了した。
このセッションに引き続き、今回の登壇者らによる「質疑応答セッション」が会場を移して催された。この模様は別記事で追ってレポートする。
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